「他者を貶めることで、自分の立場をあげる人」と一緒に働くのは、リスクでしかない

投稿日:2021/04/14

私が会社員だった時。

一緒に働くうえで一番やりにくかったのは、
「他者をめることで、自分の立場をあげる人」でした。

今回はその話をします。

さて「他者をめることで、自分の立場をあげる人」というのは具体的にどんな人か。
具体的には、次のような人です。

・人の失敗談など「悪い噂」を好む
・評論家
・前任者を全否定する
・相談しない、報告しない、説明しない
・学ばない

 

失敗談や悪い噂を好む

 

彼らが人の失敗談を好むのは、「相対的に」自分の地位が上がる(ように感じる)からです。高い評価を受ける人が一人でも減れば、それは彼らにとっての利益です。

彼らが巧妙なのは、堂々と「あいつ嫌い」とか「失敗してざまあみろ」など、直接的な悪口は言わない点です。
彼らは間接的に悪い噂を持ち出します。

例えば、失敗していることを知っているプロジェクトの話をわざわざ持ち出して、
「あのプロジェクト、そういえばどうなったっけ?」と聞いてみたり、
「あいつ、部長におこられてたよなあ、気の毒に」と、部長に叱責された同僚に同情するふりをして、過去の失敗を蒸し返したりします。

本当に彼らに同情している人であれば、過去の失敗をわざわざ持ち出したりはしません。
彼らは狡猾に、誰かが「失敗したこと」を話題として提供するのです。

「人の悪口」は言わない。けれども「失敗談」が大好きな人が周辺にいたら、それはほぼ同罪で、要注意です。

 

評論家

 

彼らはよく、「うちの会社って、このままだとやばいよね」という話や、「あの人の仕事ぶりは迷惑だよね」といった、評論をします。

なぜそんなことを言うのでしょう。

それは、辛な評論であれば、「さも自分が有能である」かのように見せることができるからです。

ただし、「やばい」や「迷惑だ」というわりには、彼らはそれに対して何かしらのアクションを講じることはありません。
基本的にそれらは他人事、彼らは「評論家」なのです。

私が良く覚えている「評論家」の一人は、ある電機メーカーのベテラン技術者でした。

彼はその時の本部長と同期でしたが、残念ながら出世できず、課長職にもなれなかった。その理由は明らかで、彼は「評論家」だったからです。

例えば、私はプロジェクトに外部の人間として参画し、メンバーたちとしばしば飲みに行きましたが、そうした時、彼は決まって「本部の人事の課題」の話をするのです。

人が足りない、正当な評価をされていない、十分な説明がない、教育をおろそかにしている……

もちろん優しい同僚たちは、その課題に同意します。

しかし、あまりにもその話が繰り返されるので、私はあるとき「どうしたら解決しますかねー」と率直に聞いてみました。

しかし、彼は「本部長が分かってないからさ」と、問題解決には全く興味がないようでした。

なお、周囲の人間たちは彼が評論家であると気づいており、後で私にこっそり「言うだけ言わせてやってくださいよ」と耳打ちしてくれました。

 

前任者を全否定

 

前任者のやり方を否定するのは、他者をめることで自分の評判をあげる、最も手っ取り早い手法です。

本来、業務のやり方を大きく変更するのは、よく検証した後でなければなりません。
変更は多くのリソースを使うからです。

しかし、少なくない「後任」が、前任者のやり方を検証せず、「とりあえず前任のやったことを否定する」という手段をとります。

なぜなら「新しいことをやっている」というだけで、それがしばしば評価されてしまうからです。

本質的に、ある施策の成果が出るには多くの時間と労力を使います。
しかも、それがうまくいくかどうかは、やってみなければわからない。

そこで、狡猾な人間はこう考えるのです。
「とりあえず、新しい試みをしていることをアピールしておこう」と。

そうして、「前任者を否定し、新規施策を導入する」ことを好む人が出てくるのです。
これは、会社全体としては不利益ですが、彼個人のキャリアには利益をもたらす可能性もあります。

しかし、周囲で働いている人々にとっては、単に迷惑なだけの話であり、それが権限を持っている上司であればなおさらです。

 

相談しない、報告しない、説明しない。

 

そんな彼らの、最も苦手とするのが「相談」や「報告」、あるいは「説明」です。

彼らは骨の髄まで、「他者を否定して、自分を持ち上げる」という行動様式が染みついているので、自分が否定される可能性のある行為、例えば相談や報告を好みません。

あるいは、その人が管理職であれば部下から問いただされる可能性のある「説明」を苦手としています。
説明すれば、自分自身を否定される可能性がある。
「つべこべ言わずにやれ」と言いがちな管理職は、大体において「他者をめる」のが大好きです。

かつて、私の同僚に一人、「相談」や「報告」が絶望的に苦手な女性がいました。

彼女は、同業からの転職組だったのですが、人一倍プライドが高く、彼女自身は「私は仕事ができる」と思い込んでいました。

しかし、実際に仕事の成果を数値で測定してみると、彼女のパフォーマンスはよく言って平凡、むしろ普通より劣るくらいのものでした。

彼女の上司は言いました。
「取れる案件を逃している。〇〇の場合は必ず私に相談するように。」と。

ところが彼女は、頑なに相談をしませんでした。

しばらくして、見かねた上司が彼女を問いただしたところ、
彼女は特定のチームメンバーを名指しして、「あの人はずるい」と言ったのです。

「なぜずるいのか」と聞くと、彼女は、「取りやすそうな案件を優先的に回してもらっている。私は難しい案件ばかり。不公平だ」というのです。

上司は彼女に言いました。
「受注率が低いあなたに、良い案件を回すのはリスクであり、当然の処置だ。」と。

これに彼女は憤慨し、さんざんチームメイトを罵倒したあげく、ある日突然、会社を辞めてしまいました。

 

学ばない

 

「他者をめることで、自分の立場をあげる人」は学びません。
だから、能力的な向上もないし、ノウハウが蓄積することもない。

学びは、「自分の能力は足りていない」という認識から始まるものであり、「私は何でも知っていて、周りはバカばかりだ」という認識を持っている人には生まれないからです。

特に「他者をめる」行為は、学びとは最も遠い行為であり、結局困るのは本人なのですが、指摘してもなかなか治りません。

これについて、私が思い出すのが、ある一人のコンサルタントです。

そのコンサルタントは頭もよく、留学経験もあり英語も堪能でした。
お客さん受けも悪くなかったのですが、一つ悪い癖がありました。

何かにつけて、人を小馬鹿にするのです。
たとえば、「まあ、あの人は〇〇大の出身だからね」とか。
「レポートを見たけど、普通だったよ」とか。

人の良いところを発見する能力は、学びを発動するうえで非常に重要なのですが、彼らに決定的に不足しているところです。

 

必ずしも本人だけが悪いわけではない

 

このように見ていくと、「他者をめることで、自分の立場をあげる人」と一緒に働くことは、リスクだけであり、メリットはほとんどありません。

世の中には優しい人が多いので、それを直接指摘する人は少ないでしょうが、次第に周囲から人は離れていきます。

ただ、それをすべて本人の責任に帰すのも、いささか気の毒な気がします。

というのも、世の中には「人をめないと、生き残れない組織」というのが、実在するからです。

それは例えば
「密告が奨励されているような組織」
「行き過ぎた相対評価の組織」
「業績が右肩下がりの組織」
などです。
そういった組織では、限られたリソースをいかに奪いあうかに、皆が注力するので、「他者をめる人」が増殖し、本来そうしたこととは無縁だった人も、「生き残り」をかけて、他者を排除しようとする傾向があります。

私が昔、在籍していた営業組織でも、究極の相対評価である、「受注件数」の比較が行われていました。
ひと月に一度、全社員の受注件数が細大漏らさず発表され、序列をつけられるのです。

それは「成績が下位の営業に恥をかかせ、めるため」に行われていた所業でした。

もちろんこのような組織は、経営者が「他者をめること」を推奨していると公言しているようなものであり、そのような組織で育った人は、「それが正しいマネジメントだ」と勘違いしがちです。

しかしそれは結果として、組織内に

・人の失敗談など「悪い噂」を好む人
・評論家
・前任者を全否定する人
・相談しない、報告しない、説明しない人
・学ばない人

を増やすばかり。
組織は弱体化し、ついには崩壊し、経営者もその地位を追われてしまいました。

 

結論

 

もし「他者をめることで、自分の立場をあげる人」が多い組織で働いているなら、一刻も早くそこを出るべきです。

管理者が「他者をめること」を推奨するようなマネジメントをしているなら、その組織はもう長いことはありません。

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