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日本生まれの母子手帳はなぜ50か国で年間2,000万冊も使われているのか 

プレートよ静かにしづかに今しがた生まれたひとりが乗らうとしてゐる[1]

ひとりの人間がこの世に誕生する。
そして、すくすく健康に育つ。
それは、当たり前のことのようでいて、「いつでも?」「どこでも?」を付加してみると、当たり前とはとても言い難い現実があります。

世界では年間約30万人の妊産婦と約260万人の新生児が亡くなっていると推測されています [2]。
特に途上国では、必要な医療が妊産婦や新生児に届かないことが大きな課題です。

そうした課題解決に日本の母子手帳が貢献しているのをご存じでしょうか。
その効果は実証実験によって科学的に証明されています。

日本生まれの母子手帳は抜群の機能を備えたツールですが、その裏には数回にわたる改正があり、その都度、最新の知見を取り入れ時代のニーズに合わせて、数々の改善が行われてきました。
また、現在では多くの途上国でも導入・普及が進んでいますが、その方法は実に戦略的です。

ドラッカーは、社会的イノベーションの重要性、マーケティングのあり方について、以下のように述べています。

… いまや、 技術的 イノベーションに劣らず社会的イノベーションが求められている。すでに社会的イノベーションは、社会的、経済的な発展において、技術的イノベーションに劣らず重大な役割を果たして いる。しかも、途上国の発展、地球環境問題への取り組み、教育と医療の生産性の向上など、今日われわれが直面する問題こそ、今日の企業とそのマネジメントにとって、社会的ノベーションのための最大の機会である [3-1]。
なんらかの販売は必要である。しかし、マーケティングの理想は販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、顧客に製品とサービスを合わせ、自ら売れるようにすることである [3-2]。

母子手帳は利潤を目的とした商品ではありませんが、母子手帳のツールとしての優れた機能や国際的な普及方法には、ドラッカーが推奨するイノベーションやマーケティングに役立つ、豊かな知見が溢れています。

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 ツール作成における戦略

~日本の妊産婦・乳児死亡率と母子手帳~

日本の妊産婦・乳児死亡率は世界的にみて低く、世界有数の低率国です(図1)。


図1 世界の妊産婦・死亡率の推移
出典:厚生労働省(2019)「妊産婦にかかる 保健・医療の現状と関連施策」 p.3
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000479245.pdf

こうした状況に貢献しているのが、母子手帳です。

母子手帳とは、妊娠中と出産時の母子の状況、子どもの成長や発達、予防接種などを継続して記録する冊子で、現在では以下のようなアプリを併用する人もいます(図2)。


図2 母子健康手帳アプリ
出典:鳥羽市「母子健康手帳アプリ」サービスについて
https://www.city.hashima.lg.jp/0000009120.htm

冒頭でも少しふれましたが、その効果は科学的に実証されています[2]。
モンゴルで母子手帳を試験的に導入したところ、母子手帳を支給された妊婦は支給されなかった妊婦と比べて規定された回数、妊婦健診を受けた人の割合が上がり、妊娠中の合併症も母子手帳を配付されなかった妊婦の2.5倍程度発見されました。
さらに、母子手帳を通して家族とも健康に関する情報を共有することで、受動喫煙も16%減少したことが報告されています。

~母親と子どもの健康をセットにして考えるという発想~

母子手帳の根源的な価値は、母親と子どもの健康をセットにして考えるという発想にあります。
妊婦へのケアが十分でなければ、安全な出産は望めませんし、出産後も母親が健康で、育児に関する知識を備えていなければ、支障が出るおそれもあります。
母親と子どもの健康をセットにして考えるという発想は、出産・育児の本質にコミットしたもので、非常にイノベーティブです。

~継続的な記録と情報共有~

母子手帳の重要な特徴は、継続的な記録と情報の共有です[4-1]。
そのため、母親だけでなく、家族や保健医療スタッフもこれまでの経緯を含めて状況を把握することができ、継続的な健康記録を参照することによって、母親や子どもがより安全で個人の状況に適合したケアを継続的に受けることができます。

また、受診の度に持参すれば、里帰りや引越しなどで普段とは違う施設を利用しても、継続的に記録することができます。

さらに、育児日記的な性格もあります。
筆者は長女が妊娠したとき、筆者が彼女を出産する際に使った母子手帳を長女に手渡しましたが、長女によるとその母子手帳の記録は、出産だけでなくその後の育児においても大変参考になっているとのことです。
こうした記録性も母子手帳の優れた機能です。

~健康と育児の情報提供~

家庭で参考にできる育児書としての特徴もあります[4-1]。
妊娠・出産・育児・避妊・栄養に関連する情報が分かりやすくコンパクトに記載されているため、母親や家族が参考にできるだけでなく、保健医療スタッフが母親への指導に活用することもできます。

また、次の受診日を知ることができ、受診の遅れや受診漏れを防ぐことにも役立ちます。妊婦や胎児の健康に配慮して安全なお産に臨むためにも、出産後の母親や子どもの健康状態や発育状態を把握するためにも、受診は欠かせません。
受診遅れや受診漏れを防ぐ機能を備えているのも、優れたアイディアといえるでしょう。

~時代のニーズに合わせた改正~

母子手帳はこれまで時代のニーズや使い勝手に配慮して、何回も改正を重ねてきました[5]、[6]。

母子手帳の前身は1948年(昭和23年)まで使用されていた「妊産婦手帳」で、出産の状況、妊産婦・出産児の健康状態を記載する欄があり、手帳を持参すると、米、出産用脱脂綿、腹帯用さらし、砂糖などの配給を受けることができました。

1948年に妊娠中の母親と生まれた子どもの健康を守る手帳として、世界で初めて考えられたのが「母子手帳」(1966年より母子健康手帳)です。
出産の状況、産後の母の状態、乳児の健康状態、小学校就学前までの健康状態を記録できるもので、乳幼児の発育平均値のグラフも掲載されていました。


図3 1948年当初の母子手帳
出典:母子健康手帳データ化推進協議会
https://jeso.or.jp/council/what/index.html

当時は戦後間もなくで、子どもたちが栄養失調に悩み、感染症も多い時代でした。
当初は母子手帳を持つことで、妊娠中や授乳中の母親は優先的にミルクや砂糖の配給をもらうことができました。
このように、配給手帳としても母子手帳は大きな役割を果たしました。

1965年からは「母子健康手帳」と名前を変え、翌年、厚生省令で公布されました。
その後も繰り返し改正が行われ、その都度、新たな医学的知見や時代性を反映させています。


図4 発育グラフの改正
出典:国立保健医療科学院
https://www.niph.go.jp/entrance/jinji.pdf

筆者は以前、コロナ禍の影響で品薄になったホットケーキミックスをテーマに、記事を書いたことがあります。

ホットケーキミックスはなぜ品薄になった? コロナ禍での商機を支えた「攻め」のマーケティングとは

当時、ホットケーキミックス・ブレイクで52%のシェアを誇ったメーカーは、1957年以来のロングセラー商品であるホットケーキミックスを、時代とともに変化する消費者ニーズに合わせて何度もきめ細やかにリニューアルしていました。
そうした取り組みが新たな商機を支え消費を呼び込んだのですが、母子手帳の改正はそのことを彷彿させます。

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 海外での普及を目指した戦略

~50か国・年間2,000万冊に及ぶ普及~

母子手帳は、現在、JICAが中心になって途上国に普及させ、約50か国・地域で、年間2,000万冊、活用されています(図5) [4-2]。
これは、毎年、世界中で生まれる赤ちゃんとその母親のうち7組に1組が使用している計算になります。


図5 母子手帳が使われている国・地域
出典:JICA 独立行政法人 国際協力機構「日本発の母子手帳 世界へ」
https://www.jica.go.jp/activities/issues/health/mch_handbook/world.html

~現地の実情・ニーズに合わせてたカスタマイズ~

その普及に向けた支援で特徴的なのは、それぞれの国・地域に合わせたきめ細やかなカスタマイズです[7]。


図6 各国の母子手帳
出典:特定非営利活動法人HANDS
http://www.hands.or.jp/news/news/nhk-bs1cool-japan.html

公益社団法人日本WHO協会理事長の中村安秀氏は、インドネシアへの母子手帳普及に尽力しました。
そのきっかけになったのは、JICAの母子保健専門家(小児科医師)として現地で働いていたときに、改めて母子手帳の必要性に気づいたことだといいます[7]。

乳幼児死亡率を下げるために村の子どもたちの健康を改善するというプロジェクトに関っていたとき、生まれた時の体重をきいても、妊娠中の様子をきいても、はっきりした答えが返ってきませんでした。
日本では小児科医として当たり前のように母子手帳を使っていた中村氏は、そのとき改めて母子手帳の有用性を認識しました。

インドネシアでも母子手帳が必要であると痛感した中村氏は、やがてインドネシアへの導入に携わることになりました。
その際の留意点は次の3点です。

 1.日本の母子手帳の翻訳はしない。

インドネシアは日本とは文化も環境も医療制度も異なるため、インドネシアの実情に合わせた母子手帳を作らなければ機能しないからです。

 2.今までインドネシアで使っていたものをできる限り活用する。

インドネシアの保健師やヘルスボランティアが使い慣れたツールをできるだけそのままの形で母子手帳に取り込めば、使いこなせるからです。

 3.普及させるにあたり最初は小さいモデル地域で行う。

普及活動を始めたのは人口15万人のサラティガ市でした。人口2億4千万人のインドネシアでは一気に普及させることは難しいため、「10年後の全国制覇」を目指しました。また、あまりにも完成度が高いものを作ることは却って普及を妨げると考え、ちょっと良いものができたらどんどん広げていくという方向性で取り組みました。

この普及活動はJICAによるものでしたが、すぐにADB(アジア開発銀行)や世界銀行など他のドナーが別の所で活動を始めました。
そのとき、JICAの著作権を放棄し、著作権フリーにすることで普及を加速させるという実を取りました。

やがて、JICAはインドネシアにおける母子手帳のスタンダードを確立しましたが、普及までに大きな力となったのは、インドネシアの人々です。
印刷費に窮したときに資金調達をしたり、助産師協会に属する人々が自身のもつルートで配付してくれたりしました。

インドネシア版母子手帳ができて10年経った時、インドネシアの保健大臣令(保健大臣の正式文書)に「インドネシアの全ての子どもは生まれた時に母子手帳を配布されるべきである」と謳われ、制度化されました。
現在ではインドネシア中の母親が年間400万冊以上の母子手帳を使っています。


図7 インドネシアの母子とインドネシア版母子手帳
出典:内閣府(2012)「日本の母子手帳が世界の親子を守る・中村安秀 大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学講座教授」
https://www.cao.go.jp/noguchisho/info/interviewprofnakamura.html

JICAによる母子手帳の開発・導入・普及は、インドネシア以外でも、現地の母子保健のニーズや保健システムの状況、社会文化的背景に合わせて進められてきました[4-1]。
そうであってこそ、母親や保護者、保健医療従事者にとって使いやすく使いたいと思える母子手帳になり、それが母子手帳の有益な活用につながるからです。

例えば、先ほどみたインドネシアでは、感染症予防に力を入れています。
アフガニスタンは、複数民族で構成され、15-24歳の女性の識字率が32%にとどまるため、イラストを効果的に使った母子手帳が言語別に作成されています。

栄養不足に悩むガーナでは、妊婦や子どもの健診を行う際、より効果的に栄養改善のケアも行うことができるように、栄養指導や栄養カウンセリングの記録欄、発育発達の情報などを掲載しています。

セネガルでは思春期の妊娠・出産がいまだ多いため、母子手帳には、乳幼児期だけでなく、学童期・思春期までの健診や受診記録欄が設けられています。それは、性的暴力や早婚などによる予期しない若年妊娠への対策です。

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最後に、これまでみてきたことを企業活動に置き換えるとどうなるでしょうか。
それを考える術として、ドラッカーの言葉をもう一度、引用したいと思います。

顧客が買っていると思うもの、価値ありとするものが決定的に重要である。それらのものが、企業が何であり、何を生産し、繁栄するか否かを左右する。しかも、顧客が価値を認め購入するものは、財やサービスそのものではない。財やサービスが提供するもの、すなわち効用である。(中略)顧客こそが企業を存続させる。顧客こそが雇用を生み出す。その顧客の欲求とニーズに応えさせるために、社会は富を生み出す資源を企業に負託する[3-3]。

母子手帳はなぜ母子の健康に役立っているのか。
それがなぜ国際的にも普及し成果を上げているのか。
社会的貢献とはどのような取り組みによって実現するのか。
それらの答えは全てドラッカーの言葉の中に見いだせるはずです。

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参照
[1]宮内庁「平成二十六年歌会始御製御歌及び詠進歌」
[2]国立研究開発法人 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/press/2015/topic150409-1.html
[3-1]P・F・ドラッカー著、上田惇生訳(2012)『ドラッカー名著集13 マネジメント[上]』(Kindle版)「第3章マネジメントへの挑戦>企業家的なマネジメント」
[3-2]同上「第6章企業とは何か>販売からマーケティングへ」
[3-3]同上「第6章企業とは何か>企業の目的」
[4-1]JICA 独立行政法人 国際協力機構「なぜ母子手帳?機能と効果」https://www.jica.go.jp/activities/issues/health/mch_handbook/effect.html
[4-2]JICA 独立行政法人 国際協力機構「日本発の母子手帳 世界へ」
https://www.jica.go.jp/activities/issues/health/mch_handbook/index.html
[5]母子健康手帳データ化推進協議会「母子健康手帳とは>母子手帳は日本生れ」
https://jeso.or.jp/council/what/index.html
[6]厚生労働省「これまでの母子健康手帳の主な改正の経緯」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001oujo-att/2r9852000001ounf.pdf
[7]内閣府(2012)「日本の母子手帳が世界の親子を守る・中村安秀 大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学講座教授 ~各地の文化・習慣に合わせたテーラー・メイドの母子手帳を世界へ~」
https://www.cao.go.jp/noguchisho/info/interviewprofnakamura.html

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