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【わかりやすく】封建制度とは?ヨーロッパ・日本・中国での成り立ちから崩壊まで簡単に解説

封建制度とは、土地を介して結ばれた主従関係に基づいて成り立つシステムのことです。歴史や社会の勉強で耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。

封建制度がもとになった言葉は今でも用いられていたり、私達の生活にも馴染みのある言葉です。しかし、封建制度について正確に理解しているという方は多くありません。

そこで、本記事では封建制度の基本的な知識から、発祥の地である中国での成り立ちや、日本やヨーロッパにおける封建制度の成り立ちと崩壊までを解説していきます。国によってその実態は大きく異るため、それぞれの違いに注目していきましょう。

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封建制度とは?

封建制度とは?

鎌倉時代から江戸時代の日本において封建制度といえば、日本史の授業で学んだ「御恩と奉公」や「御家人」といったキーワードを思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。

封建制度とは、土地を介して結ばれた主従関係に基づいて成り立っている社会のシステムや政治制度を指しています。

日本においては鎌倉時代から江戸時代にかけて、ヨーロッパにおいては中世の時代に発展しました。

封建制度において扱われる土地は「封土(ほうど)」と呼ばれており、例えば日本では御恩と奉公という制度によって、御家人が主君に対して「奉公」というカタチで何らかの働きをした際に、主君は「封土」を与えます。

封建制度の定義

1880年代のフランスの歴史学者、マルク・ブロックは封建制度について下記のような定義をしています。

「給料の代わりに領地を使用すること。人と人を結びつける従順と保護の結びつき」

つまり、封建制度における農民(農奴)はお金のためではなく、収穫の一部によって与えられる保護のために働いているのです。また、封建制度においては強力な中央政府はなく、土地を持っている戦士や武士が農民を支配します。

現代でも用いられる「封建」という言葉

封建制度は鎌倉時代や中世における制度ですが、「封建」という言葉自体は現代でも用いられています。現代においては「封建的」と言うこともあり、封建制度特有の性質をもっているさまを指しています。

具体的には、上下関係が重視されている状況や、個人の自由や権利を認めないさまを表しており、「あの人は封建的な考え方をする」や「この企業は封建的な企業体質を持っている」といった文脈で使われることが多いです。

例えば、企業体質や学校の部活においては、「先輩や上司には絶対に逆らえない」といった状況が、鎌倉時代の封建制度と似ているため「封建的である」とされます。実際、日本においては鎌倉時代が成立してから明治維新が起こるまでは長年、武家が国を動かしていました。

これにより厳しい主従関係が敷かれ、主君の命令に従わない場合は領地を取り上げられてしまうため、主君には逆らうことができませんでした。

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中国発祥!封建制度の成り立ちや歴史とは?

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それでは、まず封建制度の成り立ちや歴史について解説していきます。

日本において封建制度といえば平安時代中後期に発展していきましたが、封建制度自体はさらに数千年前の中国から始まったとされています。

また、そもそも「封建」とはどのような意味なのでしょうか? このあたりも詳しく見ていきましょう。

古代中国の周王朝が発祥

封建制度はもともと中国発祥の統治制度であり、1046年頃の中国古代の王朝である「周(しゅう)王朝」によって始まったとされています。

周王朝の前は「殷(いん)」という王朝でしたが、このときはまだ国としては成り立っておらず、「諸侯(しょこう)」が周辺の領主をまとめていました。

「諸侯(しょこう)」とは、当時有力だった君主の権威の範囲内で、一定の領地を支配することができた臣下である貴族を指しています。

殷王朝から周王朝の時代になると、周王朝は当時有力だった諸侯と血縁関係になることで、殷王朝が治めていた土地に対する影響力を強めることに成功しました。

これが封建制度の発祥であり、周王朝が中心となって各地の諸侯が領主として土地を支配・管理する制度が成り立ち始めたのです。

そもそも「封建」とはどういう意味か?

封建制度の意味や成り立ちを簡単に解説してきましたが、そもそも「封建」という言葉の意味がどのようなものかご存知でしょうか?

「封建」とは正確には「封侯建国」といいます。封侯建国は「諸侯を封じて(土地と人民を与えて)国を建てる」という意味を持っています。この封侯建国を略して「封建」となりました。

この時代では貨幣が普及していなかったため、物事の評価や価値の基準はお金ではなく「土地」によって判断されていました。だからこそ、臣下が主君に仕えてその働きの対価として土地が与えられていたのです。

「邑」をもとにした血縁関係による封建制度

周王朝の封建制度では、「邑(ゆう)」をもとにした封建制度が基本でした。

邑とは同じ姓をもつ一族の集まりを指しており、当時は大きくなった邑が小さな邑を飲み込み、支配するようになりました。さらに邑はお互いにネットワークを築いて、あらたな社会を生み出したのです。

こうして生まれた邑は国の中で重要な役割を持つようになったため、周王朝では邑と血縁関係になることで支配力を大きくしていきました。

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中国の封建制度はなぜ崩壊したのか?

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このように誕生した封建制度でしたが、時が進むにつれて周王朝の力が弱まり支配力が低下すると、諸侯が力をつけて独立するようになりました。

これにより、中国大陸では小さな国が次々と生まれる「春秋・戦国時代」となります。この時代は大人気コミック「キングダム」の舞台として人気が高い時代です。

時代が変わり周王朝の封建制度は崩れ去りましたが、長く続いた戦の時代を経て秦の始皇帝が中国全土を統一しました。これにより、封建制度よりも効率的な支配を可能にするために、新たな支配方法が考案されたのです。

その新たな方法が「郡県制」です。

郡県制と封建制度の違いとは

周王朝の時代に行われていた封建制度は、血縁関係によって支配力を保っていましたが、基本的には諸侯が自身の領地を管理するため、いうなれば地方分権性でした。

一方で、秦の始皇帝が始めた郡県制では、中央集権制を採用するようになります。

始皇帝はまず36あった郡を48郡に分けて、さらに各群を分けて「県」と呼ばれる地域に細かく分割しました。そしてこの県に皇帝が選んだ役人を送り込み、効率的な支配を可能にしたのです。

つまり、封建制度が血縁関係に頼った統治制度であったのに対し、郡県制では法律と役人に頼る統治制度となります。

郡県制も崩壊してしまう

このように、効率的な支配を可能にした郡県制はうまくいくかと思われましたが、広大な中国にはさまざまな民族がいたので、国が一方的に支配をする統治制度に反対する勢力も存在しました。

このような勢力にとっては、国が送り込んでくる役人に支配されるよりも、従来の封建制度のほうに魅力を感じていたようです。これにより、地方では反乱が繰り返され、秦はついに滅亡してしまいました。

秦の次に成立した前漢は、封建制度と郡県制の折衷案を考え、新たに「郡国制」を採用します。しかし、その後も統一王朝の滅亡と誕生が繰り返され、統治制度は変化していきました。

広大な中国大陸を治めるには、封建制度でも郡県制でもどちらにもメリット・デメリットがあり、一概にはどちらが適しているとはいえないのかもしれません。

日本の封建制度の成り立ちや歴史とは?

日本の封建制度の成り立ちや歴史とは?

上記で発祥の地である中国における封建制度の成り立ちから崩壊までを解説しましたが、日本の封建制度は中国とどのように異なるのでしょうか?

日本において封建制度が誕生したのは、平安時代の中後期と言われており、武士が政治を動かし始めた頃と一致しています。

鎌倉時代における封建制度

鎌倉時代では、将軍と家臣である御家人との関係は、御恩と奉公によって成り立っていました。日本史で御恩と奉公について学んだという方がほとんどかと思いますが、御恩と奉公について簡単におさらいしていきましょう。

御家人は主君に仕えて戦や兵役をする「奉公」をし、それに対して主君は「御恩」として御家人が持つ土地の領有権を認めて保護をしたり、新たに土地を与えることで成り立つ統治制度が「御恩と奉公」というシステムです。

これが鎌倉時代においては封建制度の基本となりますが、モンゴル帝国の元寇によって幕府が財政難に陥り、御恩として十分な報酬を与えられなくなったことを受けて、御恩と奉公は鎌倉幕府とともに崩壊してしまいました。

室町時代における封建制度

鎌倉時代の次に成立したのが室町幕府です。室町幕府における封建制度では、守護大名が領地を治めており、さらに大きな権力も持っていたため将軍よりも守護大名のほうが強くなってしまったのです。

これにより、将軍と守護大名の関係は不安定なものになっていたところ、ついにその関係が崩れるきっかけとなったのが嘉吉の乱と応仁の乱でした。嘉吉の乱とは、力を持っていた守護大名の赤松満祐が、第6代将軍の足利義教を殺害した事件です。

そして応仁の乱は、室町幕府の第8代将軍である足利義政の後継者争いがきっかけとなり、全国の守護大名が2つに分かれて戦った内乱でした。この結果、室町幕府の権威は失墜してしまったのです。

江戸時代における封建制度

そして、江戸時代においては、江戸幕府と大名の関係は「幕藩体制」となりました。

幕藩体制では、全国を幕府領と大名領(藩)に分割し、大名に領地と農民を支配・管理する権限を与えました。このように、将軍をトップに据えて幕府が大名を従えながら、領地と農民を治めた中央集権的な支配体制を幕藩体制といいます。

しかし、大名を従えていたとは言え、大名が幕府に謀反を起こす可能性もあったため、江戸幕府は大名を統制するために「武家諸法度」を出しました。武家諸法度とは、「武芸と学問に励むこと」や、衣服に関する細かいルールや倹約を奨励するなどを決めた、厳しい大名専用の法律です。

これに反する場合は大名の役職を取り上げるという厳しい体制を整えた上に、大名を親藩・譜代・外様の3つに分けて外様大名に対して幕府の運営に口出しすることを禁じました。

このように徹底的に管理することによって幕府は守られてきたのです。

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江戸時代が終わり明治時代になると、天皇を頂点とする中央集権的な国家をつくるために明治新政府によって「版籍奉還(はんせきほうかん)」が実施されます。これは、「藩主が天皇に版(土地)と籍(人民)を返すこと」を指しています。

しかし、その後も知藩事として藩主が治めていたため効果があまりありませんでした。そこで、明治新政府は知藩事を廃止する「廃藩置県(はいはんちけん)」を行い、藩は「県」と改められ、土地や人民を完全に国の管理下に置いたのです。

つまり、新政府の命令や実行したいことが、地方にまで徹底されるような形に作り変えたと言えます。そして、鎌倉時代から約700年に渡って続けられた日本の封建制度は、日本の近代化を推し進める明治新政府によって消滅したのです。

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ヨーロッパのおける封建制度とは

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封建制度は中国や日本など東洋だけではなく、ヨーロッパでもみられる支配形態であり、ヨーロッパでは「フューダリズム(Feudalism)」と呼ばれていました。

しかし、日本の封建制度とヨーロッパの封建制度は同じではありません。それでは、ヨーロッパの封建制度がどのようなものでったのかを見ていきましょう。

ヨーロッパの封建制度は日本とは違う

中国では「血縁関係をもとにした封建制度」で、日本では「御恩と奉公をもとにした封建制度」でしたが、ヨーロッパにおける封建制度は「主従契約をもとにした封建制度」だと言えます。

ヨーロッパでは4世紀末にローマ帝国が崩れたことにより、王侯貴族は異民族からの侵攻や他国との争いから自身の土地を守らなければならなくなりました。

そこで、それまで脅威から守ってくれたローマ帝国の代わりに、自分たちを守ってくれる力のある者と主従契約を結ぶことを考えます。

これにより、力のある者に土地を譲り、それを借り受ける形で契約し、土地を守ってもらうという封建制度が生まれました。

このときの契約では、主君が約束を守らない場合は、家臣は義務を果たす必要がないとされていたり、中世になると複数の主君と契約を結ぶことも許されていました。

ヨーロッパの封建制度が崩壊した理由

このように始まったヨーロッパの封建制度でしたが、いくつかの要因により17世紀には崩壊してしまいました。

1つ目の要因は、12世紀頃に普及した貨幣経済により農民がお金を貯めるようになったことです。これにより経済力が増した農民は、領主と取引をすることで自由を手に入れていきました。

そしてもう一つの要因はペストです。ペストによって人口が減り、農民の奪い合いが起こり、そして17世紀になると市民革命が発生しはじめて封建制度が崩壊していったのです。

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まとめ 封建制度について

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ここまで封建制度の成り立ちから崩壊までを見てきました。

封建制度は中国発祥の制度でしたが、「郡県制」や「郡県制」といった制度に取って代わられてしまいます。また、日本でも「御恩と奉公」が封建制度として機能していましたが、これも時代とともに崩壊しています。

さらにヨーロッパでも封建制度は存在していましたが崩壊しているように、どの国においても封建制度は崩壊しているのです。

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