フレンチの名シェフが開いたラーメン屋が、1年も待たずにつぶれてしまった話。

投稿日:2021/04/26

もう10年ほども前の話だが、馴染みのビストロがある日突然、ラーメン屋さんに商売替えをして周囲を驚かせたことがある。
提供するのはもちろん、フレンチの技法を生かしたラーメンだ。
ミシュランガイドに掲載されたこともあるお店だったので、当然のように話題になり連日、多くのお客さんが詰めかけるようになった。
その物珍しさから多くの雑誌に掲載され、またインターネット上にはその味を絶賛するたくさんのコメントが溢れた。

そんな中、開店の熱気も一段落した数カ月後の平日、お客さんの少なそうな時間を狙いお店を訪れたことがある。
ビストロを改装した店舗なので、客席数は10席あまりと小ぢんまりとしたままだ。
そして、ビストロ時代を彷彿とさせるメニューにワクワクしながらいくつかの麺を注文し、着を待つ。

結論から言えば、ラーメンはどれも最高に美味しかった。
味だけでなく見た目にも鮮やかで、を彩る野菜は以前のままに有名菜園から取り寄せており、非の打ち所がない。
店主のフレンチの技法が詰まったラーメンは、お世辞抜きで魂のこもっている一杯だとすら思えた。

帰り際、会計の時に出てきてくれた店主と久しぶりに2~3会話をすると、
「夜メインの営業形態に少し疲れたので、心機一転昼メインのラーメンにしました」
「フレンチの技法でラーメンを提供し、一人でも多くの人に気軽に食べてもらえる店にしたい」
というような事を話してくれる。
しかしその前向きな言葉とは裏腹に、顔色が優れない。

正直、店主の顔色が悪い理由はなんとなく、想像がついた。
そしてこのままでは、おそらくお店はそう長くもたないであろうことも。

残念ながらその予感は的中してしまい、それから3ヶ月ほどでお店は閉店してしまい、店主は田舎に戻ることになってしまった。
とても残念なことだが、こうなることは素人目にも明らかだった。

 

「コストを下げろ」という間違ったメッセージを出すリーダーの話

 

話は変わり、筆者があるメーカーで経営企画職を担当していた時のことだ。
現場責任者の女性から相談を受け、
「ウチの部長が、仕事の手を抜けと理不尽な指示をするんです!なんとかして下さい!」
と、すごい剣幕で詰め寄られた。
聞けば、どうやら製品のクオリティにこだわる現場と、そこまでしなくて良いという部長の間で、感情的な対立にまで発展しているという状況のようだった。

「少しでもコストを浮かしたい、意地汚い下心が丸見えなんです!」
「そんなことで利益を出して、お客さんに喜ばれると思いますか?」
「長い目で見て、そんなことをしたら会社のためになりません!」

などなど、彼女の立場での正義を畳み掛ける。
悔しさの余り、最後は泣き出してしまい、
「お客さんのためにならない仕事をしろと言われても、私はやりがいを感じられません。この状況が続くなら、辞めようと思っています・・・!」
とまで言い出してしまう。

言うまでもなく、ここまで自分の仕事にプライドを持ちお客さんの事を思ってくれる社員はとても大事な存在だ。
彼女には「コストを考える」という役割が与えられていないので、自分の仕事に誠実に向き合っているだけでもある。
悪いのは、コストコントロールを任されている部長が、その役割を与えられていない彼女に対し「伝わらない言葉」で説教をしたことにある。
相手が理解できない・したくない言い方で指示を出したところで、それは不快な雑音でしか無く、行動は何も変わらない。

それはそうとしても、彼女にも「上司の指示」を理解する努力が必要であることは言うまでもない。
そのため少し考えあぐねて、こんな言い方で答えを返してみた。

「最近の回転寿司ってスゴイですよね。特に脂ののったサーモン。私が小さい頃は無いネタでしたが、技術の進歩なのでしょうね。」
「・・・なんですか、急に。」
「いや、あれってきっとすごい材料コストがかかってると思うんです。他の安いネタも食べてくれるから出せるというか。」
「・・・そうでしょうね。」
「でもその分、小さな子どももいて騒がしいし、お水はセルフだし、削れるコストはとことん削っているようにも見えます。」
「・・・」

お前もコストの説教を始めるのかと、彼女の目に明らかな疑いと失望の色が浮かぶ。
少し言い方を間違えたら大失敗に直面している緊張を感じながら、慎重に言葉を進めた。

「私、あの仕事で一番すごい人って、サーモンの仕入れルートを確立した人ではなく、全体のコストコントロールを設計している人だと思っています。」
「・・・」
「そのポジションの人って、儲かるネタ、損が出るネタの売れ行きを精に計算して、高コストのネタを出しながらも儲けを出し、顧客満足を最大限に高めているんですよ。これ、もはや芸術です。」
「・・・はい。」
「で、本題です。部長からピンポイントで個別商品のコストを下げるよう言われたら腹が立つんですよね。その気持ち、よく理解できます。」
「・・・ありがとうございます。」
「であれば、一度こう言ってみてはどうでしょうか。『細かいことを言うな。トータルとして月間、どれくらいのコストに収めたら満足するんだ』と。」
「どういうことでしょうか。」
「部長が求めているのは個別商品のコストを下げることではありません。トータルとしての原価率です。ですので、その枠に収めてやるから個別のことに口を出すなと。予算配分の裁量権を移譲しろと要求するんです。自分が顧客満足を最大限にするコストの使い方を決めると。」
「言ってもきっと渡してくれませんよ。」
「であれば私が役員会で議論し、権限規定を上書きします。問題は課長にやる意志と自信があるかどうかです。できますか?」
「・・・取締役にご協力を頂けるなら、できると思います。」
「ありがとうございます!私もできると思います。ぜひ、一緒に頑張りましょう!」

この時の彼女には、部長の「コストを下げろ」という指示が、「とにかく何でもかんでもコストを下げろ」という趣旨で伝わっていたことは明白だ。
であれば、現場としてはそんな指示に反発するのは当然である。
しかし経営的にいうと、これは「(トータルの)予算の範囲内で、顧客満足を最大限に高めろ」が正しい。
コストを下げろなどという言葉は、全く適切ではない。
回転寿司のネタと同じ話である。

残念ながらこの時は、部長の言葉足らずで現場にそのように理解され、関係にヒビが入っていた。
そのため横槍を入れたが、正しくコミュニケーションを取れる関係を修復できれば、私はもう用無しである。
定期的に、彼女が必要とするであろう定量情報を部門会議に流し続けたが、部長のマネジメントの下でとても大きな成果を出してくれた。
結果、ふたりとも仕事に自信を深める結果になり、私自身にもとても良い経験となった。

 

経営者には何が必要なのか

 

話は冒頭の、ラーメン屋さんのお話だ。
ビストロからラーメン屋に鞍替えした店主の腕は本物であり、その心尽くしの一杯を心から堪能したことはお伝えしたとおりだ。
しかしラーメンは、注文してから出てくるまでに実に30分近くの時間がかかっていた。
開店直後の不慣れな時期ではなく、既にオペレーションが熟れている時期にも関わらずである。
そして座席数はわずか10席余り。
さらにラーメンの値段は一杯900円で、素材はビストロ時代の有名菜園のものを使っているのである。

こんなもの、客の回転数を計算するまでもなく儲けが出るわけがない。
ラーメン1杯辺りであれば、もちろん数百円の利益は出るだろうが、お昼の短い書き入れ時に何人のお客さんをさばけるというのか。

一人ひとりのお客さんにしっかりと向き合いたい。
材料にこだわり、一杯一杯に魂を込めたい。

そんな店主の思いはよく理解できるし、だからこそビストロ時代にミシュランに掲載されるような評価を勝ち得たのだろう。
しかしそれは、客単価の高い夜の営業の経営スタイルであり、ラーメン店で何の工夫もなしに継承して良いスタイルではないはずだ。
にも関わらずこだわりを貫いてしまい、赤字を垂れ流してしまった。
しかし、自分のスタイルは変えられないので、どうして良いのかわからない・・・
おそらくそんな心境が顔色に現れてしまっていたのだろう。
袋小路で苦しむ店主の顔を、今も忘れることができない。

翻ってみて、先の工場のコスト管理の話だ。
この時にすべてが上手くいったのは、何も私に経営的な能力が人並み以上にあったからというわけではない。
単に、客観的に状況を俯瞰することが私の職責であり、だからこそ心身に余裕があり、全体最適を設計することができただけに過ぎない。
自分自身が追い詰められた経営者であれば、とてもそこまで、全てを客観視する余裕など持てないだろう。

「名選手必ずしも名監督に非ず」という言葉があるが、名職人と名経営者のどちらの能力もたった一人で必要とされる個人事業主や中小企業の経営者は、これほどまでに本当に難しい。
このような状況に陥らないためにもぜひ、中小企業経営者は、直言してくれる片腕や、忌のない意見を聞かせてくれる協力者をそばに置くべきではないだろうか。

【免責事項】
本サイトの目的は、リーダーシップやマネジメントなどに関する、様々な考え方や理論を広く紹介し、読者の皆様に有益な情報発信を行うことです。掲載されているすべての記事が「識学」の考え方を反映しているものではありません。

【識学からのお知らせ】

組織のリーダー限定「ロジカルなマネジメント手法」無料体験

2000社以上が受講!即実践できるマネジメント研修