「ナッジ理論」とは、人々の行動を強制するのではなく、自然な形で誘導する行動経済学の一つです。
近年、そんな「ナッジ」という考え方に、マネジメントの視点から注目が集まっています。
部下に考え方や行動を変えて欲しい・・・
そう思っても、当たり前のことですが「他人の行動を変える」ことは難しいものです。
自分の行動は変えられても、他人はそうはいきません。
しかし、「強制」するのではなく「そっと背中を押す」ことで相手の行動を自然体のまま、望ましい方向に変える。
ノーベル賞を受賞したこの「ナッジ」手法を、ビジネスシーンでうまく使うにはどうすれば良いでしょうか。
本記事では、ナッジ理論についてわかりやすく解説していきます。
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目次
ナッジ理論:「松・竹・梅」どれを選ぶ?ゴルディロックス効果
人は生活や仕事、あらゆる場面で、様々な選択を強いられています。
生活していることじたいが「選択の連続」とも言えるでしょう。
その中で、「ゴルディロックス効果」という心理現象の存在が明らかになっています。
日本では「松竹梅の法則」と呼ばれているものです。
例えばコース料理や鰻店、丼もの店で料理を注文する時、「松・竹・梅」とあったら、人はどれを選ぶか?というものです。
結果は、「松:竹:梅」=「2:5:3」の割合になることが多いそうです。
安すぎるものを選ぶのは周囲の目が気になる、高すぎるものに対する「極端性の回避」という現象、それらが噛み合った結果、「真ん中」を選ぶ人が多いというのがこの理論です。
このような、人間の「何気ない選択」の裏には様々な心理現象があり、それを分析し、人々の行動に当てはめるのが「行動経済学」です。
その中でも近年、ノーベル賞を受賞したことで注目されているのが「ナッジ理論」です。
ナッジ=Nudgeは「肘などでそっと突く」という意味合いです。
さりげない仕掛けで、人の行動を望ましい方向に変えようというもので、アメリカのリチャード・セイラー教授が2017年にノーベル賞を受賞したことで、日本でも話題になっています。
そしてセイラー教授らによる「ナッジ理論」の定義は、
「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」
だというのが特徴です。
「アメとムチ」に頼らずに人を動かす、という、魔法のような話でもあります。
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「ナッジ理論」は「選択しない」という最悪の選択を避けられる
部下や若手が「動かない」という時、あるいは上司が部下の反応に困る理由の一つには、彼らが「物事を決めない」「選ばない」ということがあるのではないでしょうか。
なぜそうなるかは容易に想像できます。
「選ばなくていい」というのは最強の選択肢だからです。
一番楽で、責任を負うこともなく、叱られずに済むからです。
「指示待ち人間」の心理であるとも言えます。
しかしそれでは困りますし、できれば思う方向の行動を取って欲しい、そうなった時に役立ちそうなのが「ナッジ理論」です。
そして行政では、すでに様々な実験が行われています。
例えば医療分野ではこうした実験結果が出ています。
まず、東京都八王子市で大腸がん検診の受診率を上げた方法が下のようなものです(図1)。
図1 2種類の大腸がん検診勧奨方法
(出所:「受診率向上施策ハンドブック 明日から使える ナッジ理論」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf p9
試みとしてはこのようなものです。
八王子市では、大腸がん検診の前年度受診者に採便容器を送付し、リピート検診を促していましたが、受診率は7割にとどまっていました。
そこで受診者を2つのグループに分け、Aグループには
「検診を受けてもらえれば、来年も検査キットを送ります」
というメッセージ。
Bグループには
「受診しないと来年は検査キットは送付されなくなります」
と、これまで自分が享受していたサービスを失う可能性のあるメッセージを送りました。
その結果、Bグループでの受診率は、Aグループに比べて7.2%高かったというものです。
発するメッセージの違いで、人の行動が変わったことがわかります。
また、福井県高浜町でがん検診セット申込率を上げた手法はこのようなものです。
セット申込について、受診するかどうかではなく「いつ受けるか」を選択するフォームを開発し利用したところ、検診セットの申込率が17ポイント上昇したというものです(図2)。
図2 福井県高浜町のがん受診セット申込数の変化
(出所:「受診率向上施策ハンドブック 明日から使える ナッジ理論」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf p5
これは「問い方」を変えただけです。しかし大きな結果が生まれています。
このような成果を挙げている「ナッジ」について、厚生労働省は以下の要素にまとめています。
・”選ばなくていい”は、最強の選択肢
・簡単にする、簡単にみせる ・得る喜びよりも、失う痛み ・みんな気になる、みんなの行動 ・約束は守りたくなるのが、人の性 ・狙うのは、心の扉がひらく瞬間 |
<引用>「受診率向上施策ハンドブック 明日から使える ナッジ理論」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf p1
これらを意識した誘導が、医療機関で成功しているとしています。
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ナッジ理論:便器に「ハエの絵」を書いて○○を誘導
ナッジには「良心を引き出す」という作用もあります。
エン・ジャパンが「上司と部下」それぞれに対する意識調査をしたところ、「困った部下を持ったことがある」と答えた上司は56%でした。
その具体的な内容が以下のようなものです。
図2 「困った部下」の具体例(出所:「1万人が回答!「上司と部下」意識調査」エン・ジャパン)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2019/17710.html
「言い訳が多い」「報連相を怠る」というものが多く見られます。
また、この調査では「ときに嘘の報告をして、自身の失敗を他のスタッフのせいにする」という回答もあります。
このような場合、「潜在的良心を刺激するナッジ」は有効になりそうです。
海外ではこのような事例があります。
例えばイギリスでは、2012 年に、税金未納者に対して社会的規範に関するメッセージを挿入した税金納付通知レターと、一般的なレターを送付する施策を実施しています。
ひとつは「〇〇市では、10 人中 9 人は税金を決められた期日内に納めています。」という「地域の規範」を記述したもののみを送るパターン。
もう一つが、これにプラスして「あなたのような税金未納者もほとんどが既に納めました。」という「税金に対する規範」の2つを送るパターンです。
このケースでは、後者のグループでは納税率が全て高くなり、両者の納税額の間には1か月後に約1億7000万円の違いが出ています。
他人の行動を気にするという性質を利用したものです。
また、ナッジの有名な事例として語られるのが、オランダの空港の男子トイレの話です。
スキポール 空港の男子トイレでは、便器から逸れた小便が床を汚し、その清掃のための人件費がかさむという問題を抱えていました。
しかしある時、便器に小さなハエの絵を描いたところ、このハエを狙って用を足す利用者が増え、清掃費が8割も減少したというのです。
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きっかけ作りとしてのナッジ理論
「禁止されると逆にやりたくなる」「自由意志を制限されると全てに対してやる気が削がれる」というのはよくある心理です。
一方でナッジは、これらの感情と無関係に行動を促すという魔法のようなものに見えます。
しかし、注意も必要です。「悪いナッジ」も存在します。韻を踏んで「スラッジ(=ヘドロの意)」と呼ばれています。
これは例えば、インターネット広告の分野に時折見られるものです。
何かのサービスから会員が退会しようとする時、
「やめなければこんなサービスもありますよ」
といったメッセージが表示されることがあります。
これは「ナッジ」の一例でしょう。
しかし競争が激化するあまり、何度「退会」ボタンを押しても次から次と退会すべきでない理由が表示され、いつまでたっても退会手続きを完了できない、といったサイトもよく見られるようになりました。
これは「自由意志を歪めようとする」露骨な行為に他なりません。
逆効果であることは、経験したことのある人なら想像できることでしょう。
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まとめ ナッジ理論を活用しよう
「相手の自由意志を歪めない」のはナッジの基本です。
有効な手段ではありますが、それだけに利用する側の倫理規範も問われることが社会的にも課題になっています。
「さりげなく」適度に相手の行動に働きかけ、部下の「成功体験」「自己肯定感」を高める。行動によって「気付き」を得てもらう。
そのような形で、上手に使ってみてはいかがでしょうか。
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