コンプライアンスという言葉、本来の意味である「法令遵守」にとどまらず、社会的規範や企業倫理を守ることも含まれ、いまではCSR(企業の社会的責任)のベースとして重要視されています。
企業である以上、利益を伸ばし成長することが不可欠です。しかし、単に法律や社内ルールを守るだけでなく、企業の存在意義やステークホルダーとの相乗利益を追求することで、さらなる社会的信頼を獲得できます。そして、それが企業の成長・価値の向上につながります。
コンプライアンスを無視または軽視した場合、企業が被るダメージは甚大です。実際に、コンプライアンス違反が原因で倒産する企業件数は、毎年200件を超えます。
図1は帝国データバンクが調査を行い、「粉飾」や「業法違反」、「脱税」などのコンプライアンス違反により倒産した企業を類型別にまとめたものです。
図1:帝国データバンク/コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2019年度)違反類型別p2
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p200406.pdf
最多違反件数の「粉飾」は、構成比34.7%を占め2年連続で前年度を上回っています。さらに、「粉飾」による倒産企業は、多額の負債を抱える傾向にあり、「コンプライアンス違反倒産」を負債額順に並べると、上位20社のうち15社を占めています[1]。
今年度は、新型コロナウイルスの影響もあり、事業環境の急変や雇用維持問題、助成金受給に関する不正など、今まで以上にコンプライアンス違反が浮き彫りとなる可能性を否定できません。
新型コロナウイルス感染症の影響により、社会生活に多大な活動制限が課せられています。有事のいま、企業が意識すべきコンプライアンスとはどのようなものか、社労士の視点から読み解いてみます。
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目次
労働者保護の観点から、雇用維持を目的とした「助成金制度」
景気の悪化や自然災害など、経済活動にダメージを受けた際、企業は労働者の雇用維持が困難となります。仮に、解雇を避け雇用を維持するために労働者を「休業」させた場合でも、事業主は「休業手当」の支払いが義務付けられています(労基法第26条)。
そして、休業が長期化し企業に資金的余裕がなくなると、労働者を解雇せざるを得ず、結果的に失業者の増加につながります。この事態を防ぐため、政府は、休業手当の一部を「雇用調整助成金」により補てんします[2]。過去には、東日本大震災やリーマンショック時に活用されました。
政府主体の助成金のなかでも、厚生労働省の助成金制度は、雇用保険二事業の一つ「雇用安定事業」にて定められています。
「景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合において、労働者を休業させる事業主その他労働者の雇用の安定を図るために必要な措置を講ずる事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこと。」(雇用保険法第62条1項)とされ、これらの財源となる保険料は全額事業主負担で、失業の予防や雇用機会の増大を目的としてプールされています。
助成金を受給する際、一般的には、生産指標要件(売上の減少率)や解雇の有無など、直面している「事業活動の危機」に対する要件を気にしがちです。しかし、本質的な要件は「コンプライアンス」にあります。そもそも、労働者雇用に関する必要な手続きができているか、それに伴う保険料を申告・納付しているか、また、適正な労務管理(労働時間、賃金等)を行っているかなど、労働者を雇用するうえで当然な、最低限の法令遵守ができているかどうかが審査基準となります。
筆者が助成金相談を受ける際、「うちはアルバイトしかいないので雇用保険は入っていません」「タイムカードはありません」などという、そもそも論からスタートとなるケースが多く、事業主としてのコンプライアンス意識の欠如に驚かされます。
「労働者を雇用するということは、会社にとって最も高価な買い物をすることになります。不良品だから返品、劣化したから新しいモデルと交換などということはできません。企業コンプライアンスとして、最もハイリスクな部門が労務管理であることを、忘れないでください。」と、お灸をすえる意味でお説教をすることも多々あります。
潜在的なリスクは、物理的なモノやテクノロジーではなく、ヒトが抱えているということを、十分認識してもらいたいです。
コンプライアンスの本質
最大限の努力をしたにもかかわらず、いよいよ雇用の維持が困難となった場合、会社は労働者に対して「解雇」を行うことになります。
ここで一つ、コンプライアンスの観点から次のケースについて検討してみましょう。
“A社は、新型コロナウイルスの影響で売上げが激減、資金確保に奔走するも先の見通しが立たないため、いち早く人件費をカットすることを決定。労働者に対し、「この最悪な状況を改善すべく、全員を一時解雇する。」と告げ、「ただし、労働環境を整備し今年中に再雇用する。」と約束。そして、「再雇用までの生活費として失業等給付を受給するように。」と指示した。”
「一時解雇」は、経営判断として必要な意思決定といえるのかもしれません。そして、一時解雇を受けた元労働者たちは、A社の指示どおり「失業等給付」を受給するため、ハローワークへ向かいます。
失業等給付は4種類(求職者給付、就職促進給付、教育訓練給付および雇用継続給付)あり、求職者給付の一つである「基本手当」が、いわゆる「失業給付」と呼ばれる手当です。受給要件として、「求職者給付の支給を受ける者は、必要に応じ職業能力の開発及び向上を図りつつ、誠実かつ熱心に求職活動を行うことにより、職業に就くように努めなければならない。」(雇用保険法第10条2項)とされています。
つまり、働く意思と能力を持ち、求職活動を行っているにもかかわらず、就職できない場合に支給されるのが「基本手当」ということになります。
A社は「再雇用を確約しての一時解雇」を行いました。海外ではこのような対応を「レイオフ」と呼び、優秀な人材の流出を防止する人事施策として実施されています。長期雇用が慣行となっている日本では、あまりなじみのない言葉ですが、当該ケースの一時解雇は再雇用を前提としているため、元労働者に「再就職活動(新たな就職先を探すこと)の意思がない場合」には、失業等給付(基本手当)は支給されません[3]。
「基本手当」は、再就職活動を支援するための給付です。雇用保険に関する業務取扱要領には、「求職申込み前の契約等に基づき求職申込み後にも就労する予定がある者については、受給資格の決定の際に就職状態にない場合であっても、労働の意思及び能力を慎重に確認しなければ受給資格の決定は行えない。」[4]と明記されています。
つまり、当該ケースでは、結果的に「基本手当の受給ができない」ことになります。そうなれば、元労働者らが不当解雇による地位確認請求の訴訟や労働審判などを申し立てることは必至です。その結果、解雇が無効となると、解雇された日にさかのぼって労働者の地位が認められるため、会社はその間の未払い賃金を請求されます。こうなると、会社が労働者全員に支払う賃金は莫大な額となります。
結論として、A社は、労働者に対して、解雇ではなく雇用を維持したうえで「休業手当(労基法第26条)」を支払い、前出の「雇用調整助成金」を申請し、休業手当の全部または一部を補う選択肢について、検討を重ねるべきでした。
やむなく解雇に踏み切る場合でも、まずは経費削減など解雇を回避する努力をしたのちに、労働者に対する説明や労働者との協議を尽くすなど、整理解雇の四要件(経営上の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、説明・協議の義務)を充足するよう整理解雇を実行するべきでした。しかし、この順序を間違えたり、四要件の一つでも満たせなかったりした場合、トラブルに発展したあげく解雇が無効となるケースがほとんどです。
ここまで細かく、「解雇のルール」があることを理解したうえで実行している事業主は少ないと思います。しかし、これこそが「コンプライアンス」の本来の姿です。法律を十分に理解せず、表面上の経営判断を下すリスクは、ときに、企業存続を根底から揺るがしかねない事態を招きます。その結果、社会的信用を失い、企業価値を低下させ、最悪の場合は倒産に至ります。
有事こそコンプライアンスの徹底を
冒頭でも述べましたが、企業コンプライアンスはCSR(企業の社会的責任)と密接な関係にあります。コンプライアンス本来の意味である「法令遵守」は当然のこと、その先にある「社会的規範」や「企業倫理」を追求することが重要とされているからです。
しかし、本来の意味である「法令遵守」をおろそかにした結果、すべてが崩壊するおそれもあることを忘れてはいけません。有事の局面は平時とは異なる状況の連続です。情報の錯そう、判断の鈍化、ミスリードなど、タイムリーに的確な決断を下すこと自体が困難となります。
刻々と変化する状況のなか、意識すべきは「コンプライアンスの徹底」です。例外はあれども、原点は「法律や規則を遵守」すること。不安定な状況下でこそ原点回帰からリスタートしましょう。
参照
[1]参考:帝国データバンク/コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2019年度)p2
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p200406.pdf
[2]引用:厚生労働省/雇用調整助成金(助成内容-概要)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html
[3]参考:厚生労働省/新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)問12
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html
[4]引用:厚生労働省/雇用保険に関する業務取扱要領(令和2年4月1日以降)受給資格の決定ロ(ホ)p12
https://www.mhlw.go.jp/content/000602346.pdf