世界トップクラスの少子高齢社会である日本。2019年時点で65歳以上の人口割合は28%で、この数字は世界で最も高くなっています。さらに15歳未満の人口割合は12.57%と、世界で3番目に低い数値です。
今や日本は4人に1人が65歳以上となっており、企業に目を向けてみると技術や技能の継承が進んでいないというケースが少なくありません。
このままでは、ベテランがリタイアした時点で技能・技術継承が途切れ、生産性が大幅に低下することは避けられないでしょう。
さらに、技術・技能を引き継ぐべき若手が少ないことも問題となっており、多くの中小企業が技能・技術継承に課題を感じています。
そこで本記事では、リタイアするベテラン社員の技術や技能をどのようにして若手に継承していくかといった技能・技術継承のポイントや課題を解説していきます。
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日本企業こそ技能・技術継承が重要な理由
1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれて栄華を極めた日本経済ですが、その後はバブル崩壊に伴い経済の低迷が続きました。
現在では、ものづくりにおける「量」では中国が「世界の工場」と呼ばれ、その座をほしいままにしています。さらに、生産人口の減少や少子化をうけて日本のものづくりにおける地位はさらに下がっていくでしょう。
「質」でも劣る日本企業
では、日本のものづくりにおける「質」はどうでしょうか?
かつて日本は高品質な製品をつくることで信頼を獲得し、「メイド・イン・ジャパン」のブランドを確立しました。しかし、現在ではその地位すら危うい状況に陥っています。
現在、世界を大きく揺るがしている半導体業界でも、1980年代では日本が世界を席巻していました。しかし、その後は韓国や台湾に大きく水をあけられてしまい、今では台湾のTSMCが半導体で世界トップシェアとなっています。
企業競争力の源は技術・技能
このように、日本は量においても質においても世界に取り残されている状況です。このような状況下で企業が生き残っていくには、企業競争力の源である技術や技能を継承していかなければなりません。
また、継承ができていなければ、ベテランがリタイアした際に生産性が低下したり、それまで当たり前のようにできていたことができなくなってしまうのです。
このように非常に重要な課題であるにも関わらず、企業の技能・技術継承はうまく進んでいないケースが多く見られます。このままでは企業の優位性が損なわれ、生き残ることが難しくなるでしょう。
技能・技術継承が注目され始めている理由
さらに近年では技能・技術継承の重要性が再認識され始めています。その背景には主に下記のような背景があります。
まず1つ目は、高度成長期に入社したベテランがこぞってリタイアし始めていることです。さらに、そのほとんどが技能者であるため、技術や技能を継承していかなければなりません。
2つ目は、企業が海外展開をしたことによる技術・技能の流出です。優れた技術は海外にあるため、国内の優れた技術者が減ってしまったのです。
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まず、技能・技術継承が進まない理由の1つに、ベテランが継承に対して積極的ではないということが挙げられます。ベテランが継承に積極的になれない理由としては、下記の5つの誤解があります。
教えれば誰でもできると思っている
まず1つ目の誤解は、自身が持っている技能や技術は教えたり経験を積めば誰でもできるものだと思っていることです。しかし実際は、受け継ぐ人にどのような知識や経験があるかで、継承にかかる時間や手間、クオリティは大きく代わってきます。
したがって、技能・技術継承をする際は事前に若手にどのような経験や知識があるのかを把握し、それをもとに教え、経験させていく必要があります。
技能・技術継承に負担を感じている
2つ目の誤解は、ベテランが技能・技術継承をすることに対して負担があると感じていることです。たしかに、若手に自身の技術を教えるのは手間や時間がかかるうえに、ベテラン自身は教えるプロでもないためお互いにストレスを感じることもあるかもしれません。
したがって、技能・技術継承をすることで長期的にはベテランの負担を軽減できたり、企業の存続にも貢献できるといったメリットを、ベテランに理解してもらうことが重要になります。
ベテランが忙しくて教える時間がなかったり、教えることに不慣れなことを考慮して企業が技能・技術継承をバックアップしていくことが求められるでしょう。
若手の技術を引き継ぐモチベーションが高いと思っている
3つ目の誤解は、技術を引き継ぐ若手のモチベーションが高いと思っていることです。
しかし実際は、すべての若手が技能・技術継承に対して積極的かといえばそうではありません。
「なぜ、継承しなくてはならないのか?」や「継承することによって自身にどのようなメリットがあるのか?」といった点を理解していなければ、若手の技術継承に対するモチベーションは上がりません。
そのため、「若手から聞いてくるはず」「やる気があるからできるはず」というベテランの思い違いと、若手とのギャップが生まれるのです。
したがって、技術を引き継ぐ若手には、技術継承の意義やメリットを教えて納得してもらったうえで継承することが重要です。
マニュアルがあれば継承できると思っている
4つ目の誤解が、マニュアルがあれば簡単に継承できると思っていることです。たしかに、マニュアルなどの仕組みは大切ですが、仕組みを構築すること自体が目的になっているケースもあり、その場合はうまくいかないことがあります。
仕組みは構築した時点で陳腐化が進むため、常にブラッシュアップしていくことが求められるほか、ベテラン目線でマニュアルをつくると、若手が知りたいことが抜け落ちる可能性も高いでしょう。技術継承には、若手目線のマニュアル作成が求められます。
職場全体で技術継承をバックアップしてくれると思っている
そして5つ目の誤解が、職場全体で技能・技術継承をバックアップしてくれると思っていることです。
実際には、職場においてはそれぞれの業務が優先されるため、技術継承は後回しになり、積極的なバックアップは期待できません。したがって、経営陣が技術継承の意義や必要性を職場・社内全体に浸透させる必要があります。
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ここまで、「技術」と「技能」という言葉を使ってきましたが、どちらも混同されがちな言葉です。技能・技術継承を考える際には、この2つの言葉の意味の違いを適切に理解しておかなければなりません。
簡単に言うと、「技術」は言葉で伝えることができて、知識から獲得し、「見える化」がしやすい非属人的なものです。一方で「技能」は言葉では伝えることが難しく、経験を積むことによって獲得され、「見える化」が難しい属人的なものを指しています。
このようにベテランが持つノウハウは技術と技能に分けることができますが、多くの中小企業では明確に区別することなく、資料や数字として「見える化」できる技術も技能と一緒くたに考えて、個人に依存した運用をしているのが現状であり、継承が難航するひとつの原因でもあります。
企業の価値となる技能を深堀りする
ベテランのノウハウを技能と技術に分けると、およそ8割は標準化ができる技術であり、残りの2割が標準化が難しい技能です。したがって、標準化や自動化ができる技術はアルバイトや外国人労働者に任せたり、またはICT化を活用することで効率的に運用できます。
しかし、難しいのは技能です。標準化や自動化ができない技能に関しては、自社の付加価値となる可能性が高いノウハウであるため、さらに深堀りして継承していかなければなりません。
また、技能はライバル企業との差別化となるものなので、これが外部に流出すると自社に大きなダメージとなります。
したがって、技能については限られた若手に継承する必要があります。
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【自社の強みを発見】コアコンピタンスとは?見つけ方や意味、成功事例を徹底解説!OJTを用いた技能・技術継承
技能・技術継承を進めるための基本的な方法はOJTです。OJTとは、職場の上司や先輩が若手に対して実際に仕事をしながら教えて、知識や技術を継承する教育方法です。OJTのメリットは実際の経験から深く学ぶことができる点にあります。
しかし、どのようにOJTを進めるかによって、適切な技能・技術継承ができるかどうかが問われます。
例えば、始めは簡単な技術から教えて徐々に難易度を上げていく「計画的なOJT」なのか、「ベテランの仕事を目で見て盗め」といったOJTなのかによって、継承のされ方は異なるでしょう。
長期的に企業の競争力を維持・強化するためにも、OJTによってベテランの技能や技術を計画的に若手へ継承していくことが重要です。
若手の経験や知識に合わせたOJTを行う
OJTを行う際は、事前にOJTを受ける若手の知識や経験、技術レベルを把握しておくことが求められます。誰がどれほどの知識や技術を持っているのかを可視化したうえで、扱う機器がいくつかあるなら、それぞれの機械をどれほど扱えるのかを評価します。
そして、まだ未習得の技術や技能を獲得できるように目標を設定し、計画的に進めていくのです。
ここで注意するべきポイントは、ただやり方を教えてやらせるだけではなく
- 言って理解させ
- やって見せて
- 書いて見せて
- やらせてみて
- 間違いを修正して
- やらせつつ、言わせる
といった手順を守ることを指導者自身に指導することです。
簡単な仕事から計画的に徐々に難易度を上げていく
それぞれの若手の能力を把握し、誰に何を教えるべきかを明確にしたあとは、まずは簡単な仕事から始めさせます。
その後、計画的に仕事の難易度を上げていきますが、このとき、それぞれの段階でしっかり技術や知識を獲得しているかどうかの確認を忘れないようにしましょう。
教育訓練が終わった際に理解できているのか、技術・技能レベルは必要な水準に達しているかを確認しますが、最終的な評価は顧客の満足度で評価することになります。
ベテランが指導する時間を就業時間内に設ける
若手に技能・技術継承をするベテランは職場においても重要なポジションにいることが多く、さまざまな立場の従業員から頼られる存在であり、いつも忙しいことがほとんどです。
そこにプラスして指導者として若手に教えなければならないとなると、多忙を極めるでしょう。
しかし、経営陣が技術継承の重要性を理解しているのであれば、ベテランが若手を指導するための時間を就業時間内に設ける必要があります。本気で技能継承をするのであれば、指導も仕事として捉えるべきでしょう。
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技能・技術継承がうまくいっている企業とそうではない企業の違いとはどのような点にあるのでしょうか?
「技術継承が成功している中小企業」と「技術継承に失敗している中小企業」を比べた、中小企業庁委託「技能・技術承継に関するアンケート調査」によると、「熟練技術・技能の標準化・マニュアル化」を行っている企業の割合は前者でおよそ6割ですが、後者では半分のおよそ3割となっていることがわかりました。
また、「OJTによる人材育成」や「Off-JTによる人材育成」についても、前者と後者を比較すると取組実施度に差が出ており、いずれも前者が後者を上回っています。
(参考:中小企業の技術・経営を支える取組)
技術継承に必要なこと
この結果を考えると、やはり技能・技術を円滑に引き継いでいくには、熟練技術や技能を「見える化」することや、技術・技能人材の育成、または社内制度の整備などが不可欠であると言えます。
実際、技能・技術継承が成功している企業においては、これらの項目にバランスよく取り組んでおり、技能・技術継承の課題を解消してきたことがわかります。
年齢構成にも違いが見られる
また、技術・技能人材の年齢構成別に技能・技術継承の円滑度を比べてみると、技術・技能人材がベテラン中心の中小企業では、「技能・技術継承がうまくいっている」と回答する割合がほかの年齢構成の企業よりも低いことがわかっています。
つまり、このことからは技能・技術継承には、そもそも「引き継ぐ若手人材の確保」が必要であり、技能・技術人材の年齢構成がベテラン中心になっている中小企業においては、こういった若手人材を確保できておらず、技能・技術継承がうまくいっていないことがわかります。
このように、中小企業を取り巻く若手人材の確保は困難になっているのです。
中小企業が若手人材を確保する方法
それでは、中小企業はどのようにして若手人材を確保すればよいのでしょうか?
若手の技能・技能人材を確保できている企業を見てみると、「大学、高校などのつながりを強化」や「ものづくりの魅力を伝える取組」などを実施している企業が存在します。
そして、実際にこのような中小企業の積極的な取り組みによって、若手の技能・技術人材の採用ができているため、このような取り組みは効果的であると言えるでしょう。また、インターンシップを活用することで人材の確保を目指す企業も少なくありません。
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かつてものづくりで栄華を極めた日本も、その量・質ともに海外に追い越され、このままベテランの技能・技術を継承できなければさらにその生産力は下がっていくことでしょう。
もちろんこれは企業としても早急に取り掛かり解決すべき課題です。
現在の業務はどういった部分が技能、どういった部分が技術によるものなのか、それを分解した上でマニュアル化やOJTでの育成といった、適した方法での継承と、それと同時に継承される若手人材の確保が求められています。
従業員単位ではなく、企業として取り組んでいくべきでしょう。
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