2020/06/30

技術革新は日本を救わない〜伝説のアナリストが提唱する「日本人の勝算」

ゴールドマン・サックス在籍時に日本の不良債権の実態を暴いて注目を浴びた「伝説のアナリスト」デービッド・アトキンソン氏が、新著「日本人の勝算」で日本社会に再び喝を入れています。

人口減少と高齢化という、ずっと前から始まっている事象に対して日本人が悠長であることを指摘し、「このままでは三流先進国に成り下がる」日本の様子について、エコノミスト118人分のレポートを元に容赦ない言葉で表現した話題の書にもなっています。

 

「人口増加モデル」破綻がもたらす最悪のデフレシナリオ

 

「日本は生産性が低い」と言われるのは今に始まったことではありません。
下の図は、労働力1時間あたりのGDPの推移を示したものです。


図1 OECD、G7と日本の生産性の推移
出所:OECD (2020), GDP per hour worked (indicator). doi: 10.1787/1439e590-en (Accessed on 22 June 2020)
https://data.oecd.org/lprdty/gdp-per-hour-worked.htm

黒線はOECDの平均、赤線はG7の平均で、薄いグレーの線は日本以外のG7各国の動きです。
黄色の線で示されているのが日本の1時間あたりGDPですが、このように見ると完全に「一人負け」を続けていると言っても良い状況です。

にも関わらず、日本では大きなパラダイムシフトが起きているようには感じられません。

生産性の低さを指摘されつつも、企業は良くも悪くも「存在し続けてしまっている」からです。
そしてそのしわ寄せが及んでいるのは「従業員の賃金」です。この現状を大きく変えなければならない、というのが本書の大きなテーマです。

さて、アトキンソン氏はまず本書の冒頭で「最悪のデフレシナリオに備えよ」と指摘しています。
最新の研究では、日本のデフレリスクは需給どちらの要因から見ても「最強」レベルだというのです。
理由として様々な調査・分析結果を挙げています。

<需要要因>

①人口減少:不動産市場を介してデフレ圧力になる。不動産ストックを減らすスピードが需要減少スピードに追いつかず、不動産価格の下落が物価全体に与える影響が増大。

②少子高齢化:多くの研究で相関関係が明らかに。IMFは、65歳以上の人口が増えることはデフレ要因と断言している。

③政治的デフレ圧力:65歳以上の高齢者層は資産はあるが収入が少なく、デフレを好む傾向があるというIMFの分析結果。

④産業構造の変化:平均年齢が上がるにつれ製造業からサービス業に中心が移動。介護など人手のかかる仕事が増える。

⑤外国資産売却:高齢になると資産を売却して生活費にする傾向。外国資産の売却が進むと円高につながりデフレ圧力に。

 

<供給要因>

①企業の生き残り競争:人口減に伴い市場は縮小。それに伴って競争が激化。

②労働分配率の低下:縮小する市場で生き残るためには利益を削らなければならなくなり、労働分配率が低下する。英国銀行の分析では、労働分配率が低下するとかなりのデフレ圧力が生じることが指摘されている。

③最低賃金の低さ:日本の賃金は、客観的分析による「あるべき金額」の3分の2でしかない。かつ最低賃金で雇用される人が日本には多く、デフレ圧力である。

④低賃金の外国人労働者迎え入れ:競争せざるを得ない中でも人手は足りず、日本人の非正規労働者でも飽き足らずに、より安い労働力に依存することに。労働分配率はさらに低下。

体感的にわかりやすいものもあれば、遠い将来の話に感じてしまうものもありますが、いずれも世界の論文から導き出されたものです。

そしてアトキンソン氏がパラダイムシフトの必要性を指摘するもう一つの理由は、
「今までの世界の経済成長は人口増加モデルだった」
ということです。

経済成長を「人口増加要因」と「生産性向上要因」に分けたマッキンゼーの分析では、今まで50年間の世界経済成長率は3.6%で、「人口増加要因」と「生産性向上要因」が1.8%ずつ成長率を押し上げているという結果でした。

生産性がさして向上しなくても、人口が増加すれば物理的に経済成長率が上昇するのはある意味当然のことで、今までの成長モデルはここに乗っていただけにすぎない、というのがアトキンソン氏の指摘です。

しかしこれからの50年では「人口増加要因」は0.3%にまで低下するといいます。
しかも日本の場合、人口増加要因は「マイナス」です。大きな変革が必要とされる理由はここにあります。

 

「ローロードキャピタリズム」と「ハイロードキャピタリズム」

 

そこで紹介されているのが、2つの経営戦略です。

「ローロードキャピタリズム(Low road capitalism)」と「ハイロードキャピタリズム(High road capitalism)」で、今の日本の経営戦略は前者に当たるとしています。

前者は日本語に訳した場合もっとも近いのは「低次元資本主義」もしくは「低付加価値・低所得資本主義」といったところです。また、厳しい言葉ではありますが「簡単」「安易」「楽をしたい」「サボっている」「ごまかしている」といったニュアンスも含むのだといいます。

一方後者は、「高次元資本主義」「高付加価値・高所得資本主義」、そして「王道」「茨の道」「厳しい高次元な道」といったニュアンスがあるのだそうです。

そしてアトキンソン氏は、両者の違いをこのようにまとめています。これは興味深い分類です。

低生産性・低所得 高生産性・高所得
競争の源 主に価格 主に品質
商品の特徴 マス市場

同類の商品

専門性の高い、カスタマイズされた商品
典型的な作業 特定化された作業 マルチタスク
スキル 低い 高い
研修 作業に特化されたスキル

具体的な技術

特定な作業を超えるメタスキル
研修プロセス 短い

企業が提供

生涯学習と再研修

企業と公共機関

仕事の自主性 低い 高い
階級組織 管理職と労働者の明確な区分

管理職の階級は複数

労働者と管理職の壁が低い

階級は少ない

所得 相対的に低い 相対的に高い

「2つの資本主義の特徴」(引用:「日本人の勝算」p73)

多くの項目について、的確な指摘ではないでしょうか。

そしてアトキンソン氏は、これまで人口増加を根拠にしてきた「いいものをより安く」の戦略について、

「いいものをより安く」という戦略は、厳しい言葉で言うと、優秀な労働者さえいればどんなバカな経営者にも可能な戦略です。その分、労働者に大きな負担がかかります」(p69)

と述べている一方、高次元資本主義の場合は「よりいいものを高く」の戦略だと表現し、

High road capitalismの企業がある商品をいかに安く作るかよりも、作るものの品質や価値を相対的に重視する戦略をとります。(中略)とりわけ、どこまで効率よく付加価値を創出できるかを追求するのが、経営の基本にもなります。

もっと安いものではなく、ベストなものを作る。そのスタンスの裏には、顧客は自分のニーズにより合っているものに、プレミアムな価格を払ってくれるという信条が存在します。(p76)

と述べています。
発想が真逆である、とも言えるでしょう。

また、高次元資本主義の大きな特徴は、労働者の仕事が「単独の技術」ではなく「メタスキル」だということでしょう。
特定の仕事をこなすだけの応用のきかない技術だけでなく、一つの仕事をするに当たって調査・分析能力、問題解決力、説明力などを同時に兼ね備えているというものです。

そして、日本企業はこの「ハイロードキャピタリズム」に向かうべきと指摘しています。
日本人労働者の質は本来は高く、高次元資本主義への転換は十分に可能だとしています。

 

「技術革新は日本を救わない」

 

さて、高い生産性、付加価値、といったとき、日本人は
「技術力に特効薬としての期待を寄せる傾向がある」
が、そうは考えないというのがアトキンソン氏の立場です。

その根拠として、イギリス政府の研究結果を挙げています。
日本と同様に生産性の低さに悩み、政府を挙げて調査に乗り出したというものです。

その中で、生産性向上に重要と考えられる5つの要素と生産性との相関関係について分析した結果、以下のような結果が出ています。
数字の大きさは、生産性向上への寄与度の大きさです。

①アントレプレナリズム(0.91)
②労働者一人当たりの物質資本増強(0.77)
③社員教育によるスキルアップ(0.66)
④技術革新(0.56)
⑤競争(0.05)

アントレプレナリズムとは、
「市場に変化と成長を起こすような新しい発想の創出、普及、適用を促す人。チャンスを積極的に探って、それに向かって冒険的にリスクをとる人」
と定義されています。

このような戦略がもっとも生産性向上に寄与するという結果です。
そして、「技術革新」の寄与度はそう大きくない、という結果にもなっています。

イギリスの政府はその原因を「新たに開発された技術の普及率が低いため」と結論づけています。
アトキンソン氏は日本にも当てはまる現象だと指摘しています。

 

「中小企業崇拝」「日本古来の美徳」への警鐘

 

そしてアトキンソン氏が強調するのは「企業規模を拡大することのメリット」です。

現在、企業の数は大小合わせてもすでに飽和状態にあり、かつ過当競争に晒されているというのが理由の一つです。
人口減少によってさらに競争が酷くなる可能性が非常に高いとしています。

日本人の感情として「中小企業が戦後日本を支えてきたではないか」という傾向があります。
しかしこれは、ただ単に戦後の高度成長期に労働者が急増したため、それを受け入れるために企業数が増えたに過ぎない可能性がある、あるいは人口増加によって支えられてきただけ、というのがアトキンソン氏の指摘です。

しかし今後はそうは行きません。そもそも、労働者が減少します。
中小企業を「破綻させずに企業数を減らす」ための道として、企業統合の有効性を主張しているのです。

そして、

今、非常に多くの企業が後継者不足で悩んでいます。帝国データバンクは、3社に1社が後継者不足に悩んでいると報告しています。しかし、その企業の持続性と収益性に大きな魅力があるのであれば、跡継ぎは現れるはずです。跡継ぎが現れないということは多かれ少なかれ、魅力がないのです。

ならば、無理をして跡継ぎをするより、統合してくれる企業を探したほうがいいでしょう。まさに一石二鳥です。(p156)

としています。

厳しい言葉ではありますが、頷ける指摘です。

後継者不足という企業存続すら不透明な状況の中、しかも「給料は安くても会社のために頑張るのが美徳」という考え方も、危険なものでしかないのでしょう。

 

このまま進んだ場合の日本の縮図はすでに存在する

 

厳しい言葉で綴られる本書ですが、しかしその主張はシンプルなものでもあります。
人口が減少すれば、ここに書かれていることが起きるのはある意味では当然ですし、変化は足元ではすでに始まっています。

今日明日始めなければならないパラダイムシフトであるにも関わらず、日本企業がいまだに危機感の薄いままでいることがアトキンソン氏の懸念です。

実は、このまま進んだ場合の日本はこうなるのではないか、という縮図はすでに存在していると考えられます。
東京一極集中の煽りで人口が減少し、疲弊した地方都市です。
人口が減少する一方で産業は旧来通りであるため生産性は低下し、社会機能の維持にまで影響を及ぼしているところもあります。

対策を取らなければ日本全体がこうした状況に覆われてもおかしくありません。

また、日本はなんとなく「中小企業が巻き起こすイノベーション」のようなものに対する憧れが強い傾向にあります。
しかし、企業規模が大きくなってもイノベーションを起こすことは可能なのです。

「大企業にだってイノベーションは可能」であり、小さいことを美徳とする考え方も通用しなくなるでしょう。

社会構造の大きな変化から、目を逸らし続けることはもうできません。
感傷的・感情的に物事を考えている余裕はないのです。

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参照

・「日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義」デービッド・アトキンソン著
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