IT・Web業界の世界チャンピン会社はどこか――。
この質問の答えは簡単ではなく、アメリカのアップルやアマゾン、韓国のサムスンなどが候補に挙がりそうですし、中国のファーウェイもアメリカ政府が警戒するほど成長しています。
したがって、まだ「トップ・オブ・IT・Web」は決まっていませんが、残念ながら日本企業はトップどころか1社も先頭グループに入っていません。
これからの巻き返しに期待したいところですが、そのためには強いリーダーが現れることが不可欠でしょう。
そこでIT・Web業界のトップグループに入っていて、しかも自動運転車やAI(人工知能)の分野でも存在感を示しているグーグル(Google)のリーダーシップを学んでみませんか。
グーグルはこれまで、以下の4人がトップに就きました。
ラリー・ペイジ | 2人のグーグル創業者の1人 |
セルゲイ・ブリン | 2人のグーグル創業者の1人 |
エリック・シュミット | 2001年からグーグルの経営陣に加わり、創業者2人と「三頭政治」を進めた |
サンダー・ピチャイ | 2015年からグーグルを率いている |
この4人のリーダーが、何を考えどのような行動を起こしたのか、みていきましょう。
<<あわせて読みたい>>
目次
人物を中心にしてグーグルをみてみる
4人を1人ひとりみる前に、予備知識を頭に入れておきましょう。
グーグルは1998年に、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの2人が創業しました。2人が出会ったのはグーグル創業のわずか3年前の1995年で、米スタンフォード大学への進学を考えていたラリー・ペイジがキャンパス見学に行ったとき、同大生だったセルゲイ・ブリンが案内したのです。
グーグルの最初の事務所は学生寮の部屋で、2人はWebサイトの検索エンジンを作成しました。その検索エンジンの名称は当初、バックラブ(BackRub、背中のマッサージ)といいました。
しばらくしてその検索エンジンはグーグルという名前に変わりました。由来は「googol(グーゴル)」という単語で、これは数の単位で1ゴーグルは10の100乗です。
この名称には、世界中の膨大な量の情報を世界中の人が使えるように整理する、という理念が込められています[1]。
エリック・シュミットはベル研究所やサンマイクロシステムズに居たITのエリートであり、なおかつ、超メジャーなコンピュータ言語・Javaの開発にも携わったITレジェンドでもあります。
そのシュミットが2001年にグーグルのCEOになりました。
グーグルの2人の創業者のこの選択は、とてもユニークです。というのもアップルのスティーブ・ジョブズも、アマゾンのジェフ・ベゾスも、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、マイクロソフトのビル・ゲイツも、創業者自らがカリスマ経営者となり、ぐいぐい会社を引っ張り世界企業に育て上げました。
もちろんペイジとブリンの創業者の2人も経営陣に残りましたが、それでもなお、グーグルのトップに「プロ経営者」を据えたことは驚きです。
シュミットがプロ経営者であることは間違いないでしょう。その証拠に彼はグーグルのCEOを務めながら、2006年にアップルの社外取締役に就任していたほどです[2]。
シュミットは2011年までグーグルのCEOを務め、その後会長に就任し、2018年にその会長職も辞しました[3]。
サンダー・ピチャイもIT・Web界では異色のCEOといえます。彼は大手コンサルティング会社マッキンゼーを経て「普通に」グーグルに入社しました。ピチャイの最初の仕事は、検索ツールバーをつくることでした。「普通の」社員だったのです。
ピチャイが頭角を現したのは「グーグルもブラウザをつくるべきだ」と提唱したことです。グーグルの最初の製品である検索エンジンは、いわば「便利サイト」です。一方のブラウザは「世界の人々のインターネットの玄関」なので、開発コストはけた違いです。
当時のシュミットCEOはコスト高を理由に反対したといわれています。
しかしグーグルはブラウザ開発に乗り出し、そして現在、グーグルのブラウザ「クローム(Chrome)」は世界シェア約50%を獲得しています[4]。
さて、これ以上の詳しいグーグル史は、4人のリーダーの発言と行動のなかからみていきましょう。
<<あわせて読みたい>>
ラリー・ペイジ
ペイジはグーグルの最初のCEOで、1998年から2001年までその役を務めました。その後、CEOの座をシュミットに譲り、シュミットがCEOを辞した後、再びトップに就きました[5]。
トップが「ころころ」変わっていますが、アップル社とゲイツのような骨肉の争いがあったわけではなさそうです。
ペイジの父親も母親も、大学でコンピュータサイエンスを教えていました。ペイジは完全にITネイティブなのです。ペイジは大学時代、交通機関システムに興味を持ちソーラーカー開発に携わったことがあります。また通学用のモノレールの建設を大学に提案した、という逸話も残っています[6]。
ペイジがコンピュータとITとネットに傾倒していくのは、グーグルのもう1人の創業者、ブリンと出会ってからです。ペイジは夢のなかで、「ネットのすべての情報をダウンロードすることができるかどうか」を考えました。そうして生まれたのが、インバウンドリンクを基準にしてWebサイトを格付けするアイデアです。インバウンドリンクとは、そのほかのサイトからのリンクのことです。リンクが多く張られているサイトは、検索語で多く検索されるサイトより重要度が高いという「価値観」は画期的で、それが検索エンジン・グーグルの信頼度を飛躍的に高めました。
ペイジは、人とやり合うことが苦手な性格です。唯我独尊で攻撃的にビジネスを進めるジョブズとは対照的です。
しかしIT・Web業界ではジョブズのような猪突猛進型のほうが珍しく、ペイジのような一見おとなしいタイプのほうが多いかもしれません。日本のIT・Web業界にも、ペイジタイプの技術屋経営者がいるのではないでしょうか。そのような人には、ペイジのリーダーシップ論が役立つでしょう。
以下の英文は、ビジネスインサイダーというメディアが紹介した、ペイジのリーダーシップに関する考え方です[7]。
・Don’t delegate: Do everything you can yourself to make things go faster.
・Don’t get in the way if you’re not adding value. Let the people actually doing the work talk to each other while you go do something else.
・Don’t be a bureaucrat.
・Ideas are more important than age. Just because someone is junior doesn’t mean they don’t deserve respect and cooperation.
・The worst thing you can do is stop someone from doing something by saying, “No. Period.” If you say no, you have to help them find a better way to get it done.
翻訳してみましょう。
・人に任せない。自分でやったほうが早く処理できるなら、自分でやったほうがよい。
・リーダーだからといって付加価値を生めないならスタッフの邪魔をしてはならない。リーダーがほかの仕事をしているのであれば、実際に作業をしているスタッフたちに話し合いをさせたほうがよい。
・官僚主義に陥らない。
・アイデアは年齢より重要。アイデアさえ持っていれば、若い人であってもリスペクされるべきだし、周囲はアイデアを持つ若者に協力しなければならない
・よりよい方法を持っていないのに、人の仕事を中断させることは最悪の行為だ。人の仕事を中断させていいのは、その人の業務を改善できるときだけだ。
ここから学ぶべきことは「リーダーはスタッフに余計な干渉をしてはならない」ということでしょう。しかし、ペイジの教えはそれだけではない、ということに注意しなければなりません。
ペイジのリーダーシップ論によれば、リーダーがスタッフに干渉しないほうがよいのは「自分で早く処理できるとき」「付加価値を生めないとき」「アイデアを持っていないとき」「よりよい方法や改善案を持っていないとき」に限られます。
そうでないときは、リーダーはやはりスタッフに干渉し、チームを正しい方向に導かなければならないのです。
干渉するかどうかの見極めが重要なのです。
<<あわせて読みたい>>
セルゲイ・ブリン
ブリンはロシア出身で、幼少のころ両親とともにアメリカに移住しました。アメリカに来て父親は数学の教授になり、母親はNASA(アメリカ航空宇宙局)の研究者になりました。
また9歳でパソコンを与えられたブリンは、数年後に引力シミュレーションのプログラムを書き上げます[8]。
「出自のよさ」と「濃厚なIT環境」は、驚くほどペイジと酷似しています。
ブリンから学びたいリーダーシップは、「邪悪になるな」という教えです。
ブリンとペイジはグーグルの創業当初に「邪悪にならない」という社是を掲げました。その社是はいま、「正しいことをやろう」に変わっています[8][9]。
「邪悪なことをしない、正しいことをする」という約束は当たり前のことすぎて「わざわざ企業が宣言することなのか」という印象を受けるかもしれません。
しかしグーグルはいま、個人情報の宝庫であるフェイスブックより多くの個人情報を握っているといわれています。メールサービス(Gメール)、予定表サービス(グーグルカレンダー)、動画投稿(ユーチューブ)など、グーグルユーザーは大量の自分の個人情報をグーグルのサーバーに預けているのです[10]。
いまのグーグルが自社で保有している情報を使って邪悪なことや正しくないことをしたら、世界中で「大変なこと」が起きるでしょう[8]。情報はいまや安全保障に関わる事項であり、情報管理には日本政府も神経を尖らせています[11]。
創業当初から「邪悪なことをしない」と宣言したブリンたちは、自分たちのビジネスが世界に影響を及ぼす力を持つことを予測していたのかもしれません。
そして、企業は正しくなければ大きくならないことを知っていたのかもしれません。
「億万長者になりたい」「自家用ジェット機がほしい」といった野望を持っている人は、ブリンたちを真似て「正しいことをして儲ける」といった考えを加えたほうが、成功に近付きやすくなるでしょう。
<<あわせて読みたい>>
エリック・シュミット
エリック・シュミットの功績のひとつは、グーグルのビジネスにクラウドサービスを定着させたことです。シュミットが2006年8月のサーチ・エンジン・ストラテジーズ・カンファレンスという会合で「クラウド・コンピューティング」という言葉を紹介したことで、クラウドサービスが一気に花開いたといわれています[12]。
いまやグーグルはもちろんのころ、アマゾンもアップルもマイクロソフトも富士通も、クラウドサービスでビジネスをしています。
シュミットは2014年に「第五の権力 Googleには見えている未来」という本を著しました[13]。
その本のなかでシュミットは、グーグルなどのIT企業、Web企業によって「ネット化された個人」が5番目の権力を手に入れるだろうと説いています。
4番目までの権力とは、立法権(国会)と行政権(政府)と司法権(裁判所)と報道の権利(マスコミ)のことです。つまりインターネットにつながった個人は、この4つの権力と同じくらいの権力を手に入れる、というわけです。
シュミットは本書で、健康、報道、プライバシー、政府、宗教、国家、革命、テロリズム、戦争、未来が、ネットとITとWebによってどのように変わるか予測しています。
ビジネスでITに携わっている人が、テロの脅威まで懸念しているのです。
シュミットは「Googleには見えている未来」といっていますが、シュミットはグーグルのトップに居たので、つまり「シュミットには見えている未来」ということです。
<<あわせて読みたい>>
サンダー・ピチャイ
2015年に43歳でグーグルのCEOに就任したサンダー・ピチャイの歩みを知ると、「いまだアメリカン・ドリームは健在」と思うでしょう。
ピチャイはインドのチェンナイという街で生まれ育ち、母は速記者、父は電気部品の工場を経営していました。工場を経営していても家は貧しく、一家は2間のアパートに住んでいました。
学業で身を立てようと考えたピチャイは、インドの工科大学を出て、奨学金を得てアメリカに渡りスタンフォード大学で理学修士を取得します。さらにペンシルバニア大学でMBA(経営学修士)も取ります。
ピチャイは工学、理学、経営学の知識を引き下げて、世界的なコンサルティング企業のマッキンゼーに入社します。その後、2004年にグーグルに転身し、わずか11年でCEOにまで登り詰めたのです[14][15]。
ピチャイの有能ぶりはアメリカIT・Web界では有名で、ツイッター社やマイクロソフト社が彼をCEOとして迎え入れようとしたことが明らかになっています[14]。
ピチャイは、グーグルもブラウザを持つべきだと主張してそれを実現し、クロームを世界一のブラウザにし、OSのアンドロイドの用途をスマホからスマートウォッチや自動車にまで拡大してそれも軌道に乗せました。
ピチャイはGメールとグーグルマップの開発にも携わっています。
彼はこれまで紹介した3氏と比べてもまったく遜色ない「ITの巨人」であり、世界のグーグルのリーダーに相応しい人物といえます。
しかしグーグルのような巨大で強力な組織を、ITの知識と経験だけで導けるわけがありません。ピチャイにも、リーダーとしての素質があります。
ピチャイは控えめで協調を貴ぶ考えを持つ人物であるといわれています。
ピチャイはチームのメンバーに、仕事の意義を徹底的に理解させる手法を取ります。そして周囲の人は「ピチャイのことを悪くいう人はいない」「ピチャイを嫌う人はいない」「ピチャイをバカだと考えるグーグル社員は1人もいない」というのです[14]。
リーダーシップスキルの獲得を目指す日本のビジネスパーソンは、ピチャイから多くのことを学べるでしょう。
そのなかでも最も重要なのは、「最後に勝つのは人から好かれる人」ということだと思います[14]。
<<あわせて読みたい>>
まとめ~「突飛なことは要らない」と思わせる
創業者のペイジとブリンは、ITの野望とビジネスセンスを兼ね備えた稀有な存在です。そしてビジネスセンスのなかで最も重要な社会貢献への意欲も人一倍強そうです。どの業界であろうと起業を考えている人には、この2人がつくったグーグル・マインドは参考になるはずです。
そしてシュミットは王者の風格でリーダーシップを発揮しています。知識も経験も言動も「リーダーはかくあるべし」と思わせます。
そしてピチャイの出世ぶりは、日本のビジネスパーソンに夢を与えます。しかしアメリカン・ドリームは運や能力だけで手に入れることはできません。謙虚さや協調性といった人間性を磨かなければならないでしょう。
グーグルの4人のリーダーを研究すると、「わざわざ突飛なことをする必要はない」と感じるのではないでしょうか。やるべきことを高次元で実現すれば、自然と誰からも信頼されるリーダーになっている――4人の言動はそう教えています。
<<あわせて読みたい>>
参照
[1]ガレージから Googleplex へ
https://www.google.com/intl/ja/about/our-story/
[2]エリック・シュミットhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88
[3]Googleでエリック・シュミットCEOが発明したこと
https://news.yahoo.co.jp/byline/kandatoshiaki/20171228-00079646/
[4]WebブラウザシェアランキングTOP10(日本国内・世界)
https://webrage.jp/techblog/pc_browser_share/
[5]グーグルCEOが交代、共同創業者のラリー・ペイジ氏に。グーグルはどう変わる?
https://www.gizmodo.jp/2011/01/ceo_6.html
[6]グーグルの生みの親、ラリー・ペイジの華麗なる半生
https://www.businessinsider.jp/post-100686
[7]The Untold Story Of Larry Page’s Incredible Comeback
https://www.businessinsider.com/larry-page-the-untold-story-2014-4
[8]自らを「邪悪になるな」と戒める二人の天才 ラリー・ペイジ/セルゲイ・ブリン (グーグル創業者)
http://bunshun.jp/articles/-/843
[9]「Don’t be Evil」から「Do the Right Thing」へ、Googleの新しい行動規範が公開されたことが判明
https://gigazine.net/news/20151005-alphabet-code-of-conduct/
[10]グーグルが握っているあなたの「個人情報」 情報量はフェイスブックよりずっと多い
https://toyokeizai.net/articles/-/223696
[11]我が国のサイバーセキュリティ政策の概要
http://www.soumu.go.jp/main_content/000463592.pdf
[12]Googleでエリック・シュミットCEOが発明したこと
https://news.yahoo.co.jp/byline/kandatoshiaki/20171228-00079646/
[13]「第五の権力 Googleには見えている未来」
https://www.amazon.co.jp/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%8A%9B-Google%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E6%9C%AA%E6%9D%A5-%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88/dp/4478017883
[14]インド出身のグーグル新CEO サンダー・ピチャイが愛される理由
https://forbesjapan.com/articles/detail/7649#
[15]グーグル新CEO、サンダー・ピチャイとは何者か
https://wired.jp/2015/08/12/sundar-pichai-google-new-ceo/
<<あわせて読みたい>>