ESG投資が企業の行動を変える: 持続可能な社会の実現に向けて

1.はじめに

 2016年の初め頃から、日本のメディアで「ESG」という言葉が頻繁に登場するようになりました。ESGとは、環境保護、ジェンダー・ダイバーシティ、労働者の権利など、企業の社会的責任を表す3つの領域を指しており、下記の単語の頭文字をとったものです。

  • Environment(環境)
  • Society(社会)
  • Governance(統治)

 投資家は、重要なリスクや成長機会を特定するための分析プロセスの一環として、これらの非財務的要素を適用することが多くなっています。ESG指標は一般的に、義務的な財務報告の一部ではありませんが、企業は年次報告書や単独のサステナビリティレポートで開示することが増えているのです。

下記のような多くの機関が、これらの要素を投資プロセスに組み込みやすくするために、基準の策定や重要性の定義に取り組んでいます。

  • サステナビリティ・アカウンティング・スタンダード・ボード(SASB)
  • グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)
  • 気候関連財務開示タスクフォース(TCFD)

 この記事では、ESG投資がなぜ重要なのかについて詳しく解説していきます。

2.ESG投資とは?

 ESG投資とは、ESG(Environmental, Social, and Governance)の要素や結果を考慮した投資銘柄の選定を行うことを言います。

 ESG投資は、「社会的責任投資(social resuponsibility investing)」、「インパクト投資(impact investing)」、「持続可能な投資(sustainable investing)」と呼ばれることもあり、いずれも大きな意味の違いはありません。

ESG投資とは、特に、ESGの要素に対する企業の方針や業績を考慮して投資判断を行う手法です。ESG投資は経済だけではなく、環境や人間の福利にも配慮して投資を行う「持続可能な」投資方法として広く知られています。

3.ESG投資は新しいものなのか?

 ESG投資は、決して新しいものではありません。何百年も前から、宗教的・倫理的信念が投資判断に影響を与えています。イスラム教徒は、武器の禁止を含むシャリア法に準拠して投資を行っていました。今日では、企業の社会的責任(CSR)や社会の持続可能性が注目されていることから、市場への倫理的な参加に対する投資家の意識が高まっています。

 2006年に責任投資原則(PRI)が発表されたことで、ESG投資は正式に投資の主流になったと言えるでしょう。2,000人以上の署名者がいるPRIは、ESG投資に関する公式な基準として広く知られています。

社会的責任投資からESG投資へ

 以前は、社会や環境に配慮した投資を「社会的責任投資」(SRI)と呼んでいました。社会的責任投資は、1920年代に米国で始まったとされています。これは、資産を持つ教会が信仰に基づいた基準で、アルコールやたばこ産業などの特定の投資対象をポートフォリオから除外したことがその始まりです。

 また、第二次世界大戦後の公民権運動や反戦運動の高まりの中で、環境や社会的な目標に沿って企業の行動に影響を与えるために、SRIの主要な形態である株主擁護活動が行われるようになりました。

このような「責任投資」は、信仰に基づくものであれ、社会運動に関連するものであれ、経済的リターンよりも倫理的・道徳的配慮を重視するという点で、主流の投資家からはニッチな投資カテゴリーとみなされていたのです。

環境(Environment)への配慮の時代へ

 しかし、1990年代に入り、ESGが注目されるようになってからは、流れが変わっていきます。環境の分野では、1992年のリオ地球サミット、1996年の環境マネジメントの国際規格(ISO14001)、1997年の京都議定書の採択などがありました。

世界的に環境意識が高まり、有害化学物質やリサイクル、気候変動など、さまざまな環境問題に対応したルールや規制が導入された時代です。

社会(society)への配慮の時代へ

 移民が多く存在する欧州では、移民との完全統合に向けて、インクルージョン(包摂)が重要な社会問題として浮上していました。社会的一体性は中心的な社会的課題となり、人権の尊重はCSRの優先テーマとして浮上するようになります。

 1990年代半ばからは、アパレル業界が国際的なサプライチェーンの中で児童労働などの人権侵害を行っていたことが問題視され、Gap Inc.などの不買運動が起きた時期でもありました。

 新しいミレニアムの初期には、企業倫理やコンプライアンスの問題が話題になります。日本では雪印や日本ハムなどの大手企業による食品の安全性や偽装表示が相次ぎ、米国ではエンロン・スキャンダルが史上最大の監査の失敗として挙げられました。

ESGの時代へ

 このような社会情勢の変化のなかで企業経営者は、環境マネジメント、機会均等、ワークライフバランス、サプライチェーンにおける労働権などの社会的責任を、コストをかけた「社会貢献」だと考えていました。しかし今日では、ビジネスのリスクと機会を管理するために不可欠なものとして受け入れるようになっています。

 それと同時に起こったことが、環境・社会的パフォーマンスを長期的な企業価値の指標として注目する機関投資家の増加です。また、上記のような不祥事の原因となった不健全な企業文化、不透明な意思決定、過剰な役員報酬といった、ガバナンスや透明性の問題をリスク要因として捉えるべきだという認識も広がるようになりました。

ESGは現代のビジネスに不可欠な要素

 つまり欧米の経営者の中には、社会貢献をビジネス上の追加コストと考えるのではなく、ESG方針をビジネスのリスクと機会の管理に不可欠なものと考える人が出てきたのです。

 一方で、宗教や社会運動に基づく価値判断ではなく、事業リスクと事業機会の評価に基づく投資判断において、ESG基準の重要性を欧米の投資家が認識し始めました。

 同時に、企業が強固なESG方針を追求するインセンティブを与えることで、産業や社会全体にポジティブな影響を与えることが、ESG投資には期待されています。

 特に欧米の大手公的年金基金は長期投資を目的とし、社会的使命を担っていることから、ESG投資がパフォーマンスを向上させ、社会にポジティブな変化をもたらす可能性があると考えられました。そして2006年に「責任投資原則」が制定され、欧州を中心とした機関投資家の間でこの原則が急速に広まってきたのです。

4.ESG投資の目的

 ESG投資という言葉は、2006年に国連主導で策定されたグローバルなガイドラインである「責任投資原則」に端を発するものです。

 すべての署名機関は投資判断を行う際に、財務データに加えて「EGS要素を組み込む」ことを誓約し、責任投資へのアプローチを忠実に表す詳細な公開情報を提供することが求められています。

ESG要素を投資に組み込む

 では、「ESG要素を組み込む」とは具体的にどういうことなのでしょうか? 基本的には、潜在的な投資先のESG方針を投資基準に含め、必要に応じて、より強力なESG方針を採用するよう投資先に働きかけることです。

 ESGとは、環境、社会、コーポレート・ガバナンスに関する取り組みを指し、具体的には下記のような要素に関する取り組みが挙げられます。

  • 炭素排出量
  • エネルギー効率
  • 資源効率
  • リサイクル
  • 水資源
  • 再生可能エネルギー
  • 化学物質の管理
  • 森林・海洋資源の保全
  • 環境配慮型製品の製造・販売
  • 職場の多様性
  • サプライチェーンにおける労働条件
  • 児童労働・強制労働
  • 現代奴隷制

 しかし、かつては追加的なコスト要因と見なされていた同じポリシーが、なぜ企業価値の指標として扱われるようになったのでしょうか?

 その背景にあるのは、企業を取り巻く社会・制度環境の変化です。気候変動、貧富の差、難民問題、テロなど地球規模の問題が人間社会を脅かすようになったことで、消費者や労働者などのステークホルダーの意識が変化し、規制などの制度改革が行われています。

 このような新たな状況のなかで、21世紀においては、「事業戦略や事業運営においてESG課題を軽視することは大きなリスクである」という認識が広まっています。

フィデュシャリー・デューティー(受託者責任)という考え方

 このような動きと並行して、年金基金の受託者、投資顧問会社、資産運用会社の法的責任であるフィデュシャリー・デューティー(受託者責任)の解釈にも変化が起こっています。つい最近までこれらの専門家の間では、倫理的な懸念から投資判断にESG基準を適用することは、受託者責任に違反するという考えが広まっていました。その理由は投資リターンを損なう可能性があるからです。

 しかし2005年、国際的な法律事務所であるFreshfields Bruckhaus Deringerがまとめた調査報告書はこれとは異なる結論を導き出しました。主要先進国9カ国の法的状況を分析した結果、”意思決定者は、受託者の義務や民法上の義務に違反することなく、価値に関連しないESG特性に基づいて(選択)する権利がある “という状況が多く存在する、と結論づけています。

 さらに最近では、Responsible Investor社が実施した2015年の資産家調査で、ESG基準の適切な適用が受託者責任の履行に不可欠であると結論づけられていました。また、2015年には、後述する2つの重要なグローバルフレームワークが採用されたことで、機関投資家の考え方が大きく変化し、日本においても、ESG投資の新時代の幕開けとなったのです。

5.ESG投資ブーム

 組織や個人に、社会・環境・経済問題における相互依存関係の認識が広まるにしたがって、ESG投資が世界中で大きく拡大しています[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/acfi.12479]。

 また、COVID-19の大流行は、この傾向を顕著に促進しました[https://doi.org/10.1080/20430795.2020.1782814]。

 実際、2020年の最初の3ヶ月間には、世界全体で456億米ドルがESG投資ファンドに流入しています[https://doi.org/10.1080/20430795.2020.1782814]。世界全体では、30.7兆ドルが持続可能な投資ファンドに置かれていますが、今後20年間でこれが約50兆ドルに増加する可能性があると予測されています[http://www.gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2019/03/GSIR_Review2018.3.28.pdf]。

 このことは、持続可能性を支援・促進する組織や商品に、より多くの投資家が資金を提供し、気候変動規制などの新たな規制に準拠したいと考えていることを示しているのです。

ESG投資は長期的には優れたパフォーマンスを生み出す

 また、ESGや持続可能性を組み込んだポートフォリオは、そうでないものよりも長期的に優れたパフォーマンスを示すことが多いという研究があります[https://joi.pm-research.com/content/29/2/58]。

 たとえば、10年間で、持続可能性に投資するブレンド・エクイティ・ファンドの80%が従来のファンドをアウトパフォームしていることを、米国の金融サービス会社モーニングスターが明らかにしました。また、10年前に存在したESGファンドの77%が存続しているのに対し、従来のファンドは46%しか存続していないことも明らかにしています[https://www.ft.com/content/733ee6ff-446e-4f8b-86b2-19ef42da3824]。

ESG投資は一時的な流行なのか?

 このようなESG投資のブームの背景には、様々な要因があります。

 たとえば、サプライチェーンの複雑化に伴い、ビジネス界における社会・労働・人権問題やリスクに対する認識が高まっているということも一因です。また、気候変動などの環境問題に対する関心の高まりも、投資家の意思決定に影響を与えています。 

ESG投資とサスティナビリティ(持続可能性)

 社会の価値観や規範の変化を反映して、企業が業界での競争力を維持し、公益に貢献するためには、将来を見据えたサスティナブルなビジネスを採用することが重要です。

 このような変化への対応が遅れている企業は、ステークホルダー、投資家、懸念する市民からの批判や圧力を受けることになります。特に、ステークホルダーからの関心が強い業界において予想されることは、法的義務が徐々に強化されていくことです。

 たとえば2021年5月にオランダの裁判所は、ロイヤル・ダッチ・シェルに対し、2030年までに温室効果ガスの排出量を45%削減するよう判決を下しました。同じ週には、エクソンモービルとシェブロンが、気候変動への貢献度を下げるよう株主から圧力を受けています。

このように、ESGの要素を無視してビジネスを展開することは、もはやできません。

6.なぜ今ESG投資なのか?

 ESG投資はなぜ重要なのでしょうか? この点については、ESG投資を行う投資家という観点と、ESG投資の影響を受ける企業のリスクマネジメントに焦点を当てた観点の2つに大別できます。ESG要素を考慮する投資家が増えている

 年金基金、慈善団体、寄付基金などの多くの投資家グループ(機関投資家)は、自分たちの役割を単なる投資リターンの追求者ではないと考えています。退職後の生活のための資金を提供したり、社会的な取り組みに資金を提供したり、教育費に貢献したりすることで、より広い社会を実現することを、多くの機関投資家が意識しているのです。

 これらの投資家グループは多額の資本を管理しており、この資本を用いて、どの企業に投資するかを常に考えています。

 彼らは、資金をどこにどのように配分するかを決定し、社会にマイナスの影響を与えないことを目的とした投資先や、プラスの影響を目的とした投資先を選択できます。したがって、もしこれらの投資家からマイナスの評価をされてしまえば、企業は資金調達が困難になってしまうのです。

ESG要素を考慮しない企業は投資対象にならない

 ESG投資が重要なものになってきたもう一つの大きな理由は、企業にとってESGリスク管理の巧拙が、自らの業績に影響を与えるものになってきたというものです。

 ESGという要素を考慮する投資家は、ESG要素を投資プロセスに組み込むことで、リスクを軽減しようとしています。たとえば、ESGという要素を考慮せずに経営を行っている企業に対する投資は、労働者のストライキ、訴訟、ネガティブな評判など、将来的にその企業が直面する様々なリスクに、投資ポートフォリオが曝される可能性があることを意味しているのです。その結果、将来のリターンが低下することに繋がりかねません。

 したがって、投資家にとって投資先のESG要素をモニタリングすることは、リスクに応じたより良い判断につながるというわけです。

ESG投資は投資パフォーマンスの向上のためにも重要

 2000年代初頭には、投資家(特に資産運用会社)の受託者責任に、ESG特性のような投資に関係のない指標を考慮することが含まれるかどうかについて議論がありました。しかし、その後の多くの研究によって、「ESG要素は実際に投資のパフォーマンスを向上させることに一役買っている」というコンセンサスを得ています。

 ESGを考慮することで、投資家はより良いリスク調整後のリターンを得られるかもしれないのです。

7. ESG投資に関する間違った認識

(1)ESGファンドへの投資はコストがかかりすぎる

 低コストでインデックスベースのファンドが多く提供されているため、ESGファンドの手数料は減少しています。したがって、ESG投資にコストが掛かりすぎるということはありません。

(2)ESG投資の選択肢は非常に限られている

 2017年以降、ESGファンドやETFの半数以上が発売されており、選択肢は増え続けています。

(3)ESGを考慮することでファンドマネージャーは企業を排除する

 アセットマネージャーが投資先の選定に行うESGの調査では、ネガティブな基準に基づいて企業を排除するだけでなく(別名ネガティブスクリーニング)、ポジティブな属性を持つ企業を含めることを推進しています。

(4)ESG投資はニッチな投資戦略に過ぎない

 ESG投資には幅広いインデックスファンドや、ニッチなセクターファンドがあり、多くの企業がESGの指標を企業報告書に含めて報告しています。

8.ESGを推進する要因

 ESGの要素に注目が集まっているのは、投資家にとって投資判断に活用できる情報が増えるからという理由もあります。24時間放送のニュースチャンネル、インターネット、ソーシャルメディアの普及により、一般の人々は膨大な量の情報をすぐに手に入れられるようになりました。今や、ニュースはすぐに手に入るだけでなく、世界中のどこで何が起きているのかをすぐに把握することが可能です。

 企業は自社ブランドの価値を理解し、評判を落とすリスクを避けるために、世論に対する感度を高めています。このような世論の監視は、機関投資家がどのように資金を投下するかに影響を与え、その結果、投資家(資産運用会社)がどのように資金を投入し、企業と関わるかにも影響を与えているのです。

ステークホルダーとの関係構築が重要

 機関投資家、アセットマネージャー、企業の関係は一方向ではないものの、多くの場合で長期的なパートナーシップを築いており、お互いに影響を与え、情報を共有しています。したがって実際には、機関投資家、資産運用会社、産業界が協力してESGを推進しています。

情報技術の進化はESGへの追い風となる

 情報へのアクセスが増加していることの重要な側面は、データの利用可能性です。これにより、ESG要素を投資プロセスに組み込むことが現実的になりました。

 企業がより多くのESG情報を開示し、ESG投資の指標やツールが急増したことで、独立した第三者機関がESGスコアを提供し、新しいESGインデックスがポートフォリオのベンチマーキングを可能にしています。また、ESG要素を意思決定に組み込む方法を説明した研究も増えてきています。

9.おわりに

 ESG投資は従来の財務部情報だけではなく、ESGという3つの観点から、企業の将来性や持続性などを分析したうえで、投資先企業を選別することです

 その時々の環境・社会・経済の状況や、企業の業種・地域に応じて、何がより重要であると判断されるかにより、投資家や企業が優先的に取り組むべき課題が決まります。

 したがって投資家一人ひとり、あるいは、企業一社一社がESGという観点について考えていかなければなりません。これまでの投資方法は、企業の業績や財務情報だけが重要でした。しかし、企業の持続性や長期的な収益性を判断するには不十分であるとされるようになっています。したがって、企業の持続性や長期的な収益性を判断するためにも、ESG要素は極めて重要な意味を持っているのです。