2020/09/24

「ユーザーが買うのは製品ではない」  デザイン思考はそこにどうコミットし、何を目指すのか

ビジネスを取り巻く状況は目まぐるしく変化し、それに伴ってイノベーションのあり方も大きく変わってきています。
そして、現在は、いわば原点回帰。

次のようなドラッカーの言葉に、改めて目を向けるべき時です。
「顧客が買うのは製品ではない」

では、顧客が買うのは何なのでしょうか。
「デザイン思考」はまさにそこにコミットし、ブランド価値とイノベーションをもたらす方法論です。

 

 消費者のニーズとは、製品ではない

 

イノベーションの基本は、ユーザーのニーズに応えることです。

筆者は、以前、江戸時代の越後屋をテーマに、イノベーションに関する記事を書きました。

ドラッカーも認めた越後屋のイノベーションはここが凄い!330年前のビジネス書に学ぶ驚異の経営戦略とは

越後屋の創業者、三井高利は、世界初の「正札販売」(誰にでも同じ値段で売ること)をはじめとして、新機軸の経営戦略を次々に繰り広げました。

店頭販売、キャッシュ決済、反物の切り売り、間口の広い店舗設計……、当時としては画期的なこうしたサービスは、すべて江戸の町人層というユーザーのニーズに応えるものでした。
新興ブルジョアジー(町人)の台頭という時代背景を的確に把握した上でのニーズの掘り起こしです。

こうしたイノベーションのあり方を賞賛したドラッカーは、冒頭のように、
「顧客が買うのは商品ではない」
と述べています。
では、顧客は何を買うのでしょうか。
それは、
「欲求の充足である。顧客が買うのは価値である」[1]
さらに、
「顧客を満足させることが企業の目的でありミッションである」[2]
とまで言い切っています。

では、顧客にとっての価値とは何でしょうか。
メーカーは、それを品質だと思い込んでいる。
でも、それはほとんど間違いであるとドラッカーはいいます。

その説明の中で彼が挙げている例は、以下のようなものです。
20代の女性にとっては、靴の価値は専らファッションであって、彼女たちにとっては耐久性など全く価値がない。
一方、主婦にとっての価値はそれとは異なる。ファッションは絶対的なものではなくなり、大切な価値は、耐久性や価格、履き心地に移行している。

ところが、メーカーは価値ではなく、製品を生産しようとする。
こうした齟齬によって、
「メーカーが価値と考えるものが、顧客にとっては意味のない無駄であることが珍しくない」
とドラッカーは言います。

では、「消費者の価値」はどうしたら把握できるのでしょうか。
そこに真正面からコミットするのが「デザイン思考」です。

 

 今なぜ「デザイン経営」なのか

 

「デザイン思考」が活用されているのは、「デザイン経営」と呼ばれる経営手法です。

現在、産業界は第四次産業革命と呼ばれる大変革期を迎えています。
この時代を乗り切り、生き残っていくためには、企業は顧客に必要とされる存在でなければなりません。
そこで、世界の有力企業はこぞって経営戦略の中心にデザインを据え、「デザイン経営」を推進しています。[3]

 

~「デザイン経営」とは~

日本語の「デザイン」は、グラフィックデザインやビジュアルデザインなど、クリエーターやア―ティストといった分野をイメージさせる言葉です。

でも、「デザイン経営」のデザインとは、英語の“design”、つまり「設計=創り出すこと」を意味します。
そこから、この文脈でのデザインは、以下のように定義されています。

「一見明確ではない課題を発見し、創造的に解決する方法論」[4]

経済産業省・特許庁の「『デザイン経営』宣言」では、ビジネスに限定してもう一歩、踏み込み、以下のように定義しています。[3]

① 顧客と長期に渡って良好な関係を維持するためのブランド力の創出手法
② 顧客視点を取り込んだイノベーションの創出手法

ここで、これまでの産業とデザインの変遷を概観したいと思います。

図1 産業とデザインの変遷
出典:*2 経済産業省・特許庁(2018)産業競争力とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」p.3
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kyousou-design/document/index/01houkokusho.pdf

日本が世界をリードする産業分野は、図1の一番上、ハードウェア・エレク トロニクスの組み合わせ領域です。
一方、世界の市場は一番下の「ソフトウェア・ネットワーク・サービス・デー タ・AI」の組み合わせ領域に急速にシフトしつつあります。

こうした状況の下、世界の有力企業が経営戦略の中心にデザインを置き、デザイン経営を実践しているのは、現在、イノベーションを担うのは以下のような要素だと考えられているからです(図2)。

図2 イノベーションを担う3つの輪
出典:*3 佐宗邦威(2015)『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(電子書籍版)
「21世紀型教育の先進国アメリカ」>「アメリカにおける創造力とビジネスの世界」>「イノベーションを担う3つの輪の融合」

まず、イノベーションにおけるデザインの役割は「構想=人間にとって望ましい姿を構想する」を担うことです。
次に、エンジニアリングの役割は「実現=再現性をもって実現することを可能にする」を担うことです。
そして、ビジネスの役割は「商売=社会にとって影響力を広げていく商売の仕組みをつくる」を担うことです。[5]

デザインが企業の競争力を高めることは、欧米の研究によっても証明されています(図3)。

図3 デザインの投資効果
出典:*2  経済産業省・特許庁(2018)産業競争力とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」p.5
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kyousou-design/document/index/01houkokusho.pdf

図3を左図から順にみていきましょう。
<左図>デザイン投資に対して営業利益は4倍、売上は20倍、輸出額は5倍増加。
<中図>デザインを重視する企業の株価はS&P500(アメリカの株価指数)全体と比較して過去10年間で2.1倍成長。
<右図>デザイン賞を受賞することの多い企業166社の株価は市場平均と比較し、10年で約2倍成長。

アップル、ダイソン、良品計画、マツダ、メルカリ、AirbnbなどのBtoC企業だけでなく、スリーエム、IBMのようなBtoB企業も、経営戦略の中心にデザインを置いている背景にはこうした状況があります。

このように、経営戦略においてデザインは欠かすことができないものとして、その存在感を高めています。

 

「デザイン思考」は消費者の欲求にどうアプローチするのか

 

デザイン経営に活用されているのが、「デザイン思考」(Design Thinking)です。

デザイン思考を教える代表的な教育機関は、アメリカのイリノイ工科大学デザイン学科やスタンフォード大学のd.school(Hasso Platmer Institute of Design)で、多くのビジネスパーソンが学んでいます。

 

~人間中心主義~

先ほどデザインの定義をみましたが、「デザイン思考」とは、そのデザインを実現するための考え方です。

ここで、図2で示した「イノベーションを担う3つの輪」にデザイン思考を入れ込んでみます(図4)。
すると、図2の「構想」にあたる部分が「人間」に変わります。

図4 イノベーションとデザイン思考
出典:*4 ジャスパー・ウ著・見崎大悟 監修(2019)『実践 スタンフォード式 デザイン思考』株式会社インプレス(電子書籍版)
「第1章 なぜデザイン思考が必要なのか」>「すべての中心には『人』がいる」>「デザイン思考を使い、イノベーションを起こそう」

従来は、① 技術と ② ビジネスだけでイノベーションを創出することが可能でした。

でも、現在は、技術によって製品を作り、それを市場に供給するだけではイノベーションは生まれません。
③の「人間」が重要な要素です。
「ユーザーが欲しているもの」
すべてはその把握から始まります。[6]

こうした「デザイン思考」は、冒頭の
「顧客が買うのは欲求の充足である」
「顧客を満足させることが企業の目的でありミッションである」
というドラッカーの主張にぴったり符合します。

さらに、デザイン思考は、前述のように、
「人間にとって望ましい姿を構想する」
「人類にとってより良い生活とは何か?」
という視点を常に持って、課題解決にあたるという特徴があります。

例えば、ウェアラブルやAI などの先端テクノロジーも、テクノロジーとしてのみ捉えずに、その技術で人々の生活をよりよくするためにどう使うかという視点が重要です。[7]

このように、デザインは、本来的な企業のミッションに深くコミットし、その結果、産業競争力を高めます。

 

 デザイン思考の手法と特徴

 

ここではデザイン思考のプロセスとその特徴を概観します。[8]

 

~デザイン思考のプロセス~

デザイン思考は、以下の図5のように、「リサーチ、分析、統合/課題の再定義、プロトタイピング」という4つのモードを短時間に何度もぐるぐる回していくサイクル型で進めます。
そうすることによって、デザインする商品やサービスを急速に具体的していきます。

図5 デザイン思考のプロセス
出典:*3 佐宗邦威(2015)『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(電子書籍版)
「chapter 3 創造的問題解決の羅針盤」>「羅針盤としてのデザイン思考プロセス」

その際、縦の矢印と横の矢印の2つを行きつ戻りつします。

まず、縦の矢印をみましょう。
下に位置する「具体」とは、ユーザーの生活の中に潜むストーリーを掬い上げたり、アイディアを実現した場合の具体的な使用方法を考えたりすることです。
一方、上の「抽象」とは、潜在ニーズの中から重要なインサイトを決めたり、チームとして解決しようとするユーザーの課題を再設定したりすることです。

次に横の矢印をみます。
左に位置する「現実を知る」とは、主に、ユーザーが現在どのような生活をしているのかということ。右の「未来を作る」は、自分たちの内面に目を向け、創造したい世界を構想することです。

 

~デザイン思考の特徴~

次に、4つのモードをMBA型マーケティング(以降、「MBA型」)と比較することによって、デザイン思考の特徴をみていきたいと思います。

簡単にいうと、MBA型は左脳型、それに対してデザイン思考は右脳型のアプローチです。
まず、デザイン思考とMBA型の共通点からみていきましょう。
共通点は以下の2点です。

  • ユーザーの理解を出発点として、その学びを徹底的に分析し、課題を抽出すること
  • ユーザーインサイトに従って意思決定をしていくこと

次に相違点をみていきます。
まず、「リサーチ」の手法です。

  • MBA型:市場を代表するユーザーを正しく理解し、満たされていない平均的なニーズを特定する
  • デザイン思考:特徴のあるユーザーの生活に徹底的に共感し、コンセプトを実現する上で良い切り口になるような生活者のストーリーを発見し、構築する

デザイン思考のリサーチでは、相手の気持ちに寄り添うこと、共感することによって、相手のニーズや問題を見つけるという視点が重要視されます。
例えば、商品開発する場合、ユーザーにインタビューしたり、観察したりしたりしてユーザーリサーチを行います。

従来のMBA型では、リサーチの際、その市場を代表するような平均的なユーザーをその対象にします。
一方、デザイン思考では、エクストリームユーザー、つまり極端なユーザーを対象に含めます。[9]

例えば、CDに関するリサーチなら、超ヘビーユーザーであるDJ、あるいはその対極のCDを全く買わない人を対象にしてリサーチします。
こうしたリサーチは思考の幅を広げるのに役立ちます。

図6 イノベーター理論によるユーザーの分布
出典:*3 佐宗邦威(2015)『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(電子書籍版)
「chapter1 デザイナーから学ぶハイブリッド知的生産術」>「インプット:ビジュアルを集め、ビジュアルで考える」>「自分が見ていた世界と違う世界に触れる」

次の相違点は、「分析」に関するものです。

  • MBA型:さまざまなサンプルから得られたデータを用い、共通した事実を抽出し、わかりやすいサマリーを作って、チームやクライアントとの戦略合意を目指す
  • デザイン思考:ユーザーの印象的な生の声やストーリーを収集したり、リサーチでは直接、得られなかった生活者のインサイトを想像したりして、できるだけそのままの状態でチームやクライアントに伝え、一緒にその意味を検討する

以上のように、「リサーチ」と「分析」では、MBA型では「客観的な正しさ」を求めますが、デザイン思考では「主観的だけれど面白いストーリー」を集めることが中心です。

次に、「統合/課題の再定義」はどうでしょうか。

  • MBA型:リサーチで分析したインサイトを箇条書きにしてまとめ、戦略の変更があったら明記する
  • デザイン思考:リサーチで学んだインサイトの関係性を図示し、1枚のビジュアルで表現する。チームの確信に基づき、課題解決のための宣言文を作る

最後に「プロトタイピング」の相違点をみましょう。

  • MBA型:商品戦略とコンセプトを固め、正式なプロジェクトチームを組んで商品開発に移行して、本格的にプロトタイプを作成する
  • デザイン思考:初期アイディアの段階で、簡単なプロトタイプを作成し、顧客に提示し検証する。そうした方法で、どのアイディアを次のプロトタイプにしていくか判断する

デザイン思考のプロジェクトでは、「価値」の8割は、この「統合/課題の再定義」」と「プロトタイピング」の2ステップで生まれます。

これまでみてきたように、デザイン思考とMBA型とはそれぞれのプロセス手法が異なりますが、プロセスの進め方も異なります。
MBA型ではステップバイステップで一方向的に進めていきますが、デザイン思考は、適宜、4つのモードを切り替えて、短いサイクルで何回も回しながら進めていきます。

前述のとおり、デザイン思考を成立させるためには、右脳思考が必要です。
一方、ビジネスパーソンは左脳優位だといわれます。
左脳優位のビジネスパーソンが右脳思考を取り入れることによって、より有益な発想が生まれる可能性があります。

発想は価値を産み、価値を産む人間がその力を発揮する時代が来ようとしています。
デザイン思考は個々のビジネスパーソンにとっても有益な思考術だといえるでしょう。

 

 人間中心のアプローチがユーザーの「価値」を掘り起こし、企業の成長をもたらす

 

最後に、もう一度、ドラッカーの言葉を引用したいと思います。[10]

消費者の欲求のうち、「今日の財やサービスで満たされていない欲求は何か」を問う必要がある。この問を発し、かつ正しく答える能力をもつことが、波に乗るだけの企業と成長する企業との差になる。波に乗っているだけの企業は、波とともに衰退する。

これまでみてきたように、デザイン思考では、「人間にとって望ましい姿を構想する」ことが重要視されます。
そのために、ユーザーに寄り添い、徹底的に共感することによってユーザーの欲求を掬い上げます。


デザイン思考はユーザーの欲求を満たし、そのことによって企業に成長をもたらす思考法です。

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参照
*1P・F・ドラッカー著 上田惇生訳(2008)『マネジメント [上]―課題、責任、実践 』 ダイヤモンド社 (2012年 電子書籍版)
*2経済産業省・特許庁(2018)産業競争力とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」(2018年5月23日)
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kyousou-design/document/index/01houkokusho.p
*3佐宗邦威(2015)『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』株式会社クロスメディア・パブリッシング(電子書籍版)
*4ジャスパー・ウ著・見崎大悟 監修(2019)『実践 スタンフォード式 デザイン思考』株式会社インプレス(電子書籍版)


[1]*1:「第7章 目的とミッション」>「顧客にとっての価値は何か」
[2]*1:「第7章 目的とミッション」>「意見ではない」
[3]*2:p.3
[4]*3:「はじめに」
[5]*3:「21世紀型教育の先進国アメリカ」>「アメリカにおける創造力とビジネスの世界」>「イノベーションを担う3つの輪の融合」
[6]*4:「第1章 なぜデザイン思考が必要なのか」>「すべての中心には『人』がいる」>「デザイン思考を使い、イノベーションを起こそう」
[7]*3:「chapter 2 作り手魂の学校」>「より良い生活を実現するための課題を解決し作る」
[8]*3:「chapter 3 創造的問題解決の羅針盤」>「羅針盤としてのデザイン思考プロセス」
[9]*3:「chapter1 デザイナーから学ぶハイブリッド知的生産術」>「インプット:ビジュアルを集め、ビジュアルで考える」>「自分が見ていた世界と違う世界に触れる」
[10]*1:「第7章 目的とミッション」>「満たされない欲求」

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