人も組織も、常に変化が求められています。しかし人と組織はそう簡単に変わることはできない。なぜかというと、変化を阻んでいるものがあるからです。
人と組織が変化していくためには、何が必要になってくるのでしょうか。今回はそれを追い求めていきましょう。
<<あわせて読みたい>>
目次
「なぜ人と組織は変われないのか」から学ぶ組織マネジメント
ロバート・キーガン著の「なぜ人と組織は変われないのか」(英治出版)をご存知でしょうか?組織マネジメントに大きな影響を与えた名著です。
筆者の愛読書でもあるこの本は、組織マネジメントについて重要な示唆を与えてくれます。
今回はこちらの「なぜ人と組織は変われないのか」でも取り扱われていた「免疫マップ」を用いて、組織と人材について解説します。
成人の知性の3つのレベル
ロバート・キーガンは「成人発達」の視点をかなり重要視しています。
「なぜ人と組織は変われないのか」の中でも、彼は知性の発達段階を扱っており、次の3段階を提示しています。
環境順応型
環境順応型とは、文字通り環境に染まり切って、自己を確立できていない状態です。馴染みのある言葉で表現すれば「指示待ち人間」です。
環境適応型知性は常に周囲を気にかけ、「空気を読むようにして」生活しています。
強固な自己像というものが確立していないので、周囲に流されやすい一面もあり、悪く言えば自立できていない存在です。
しかし環境適応型知性は、チームプレーにおける忠実な部下としてはこれ以上になく優秀です。
組織というものはリーダーを中心に回って行きますが、皆がリーダーのように振る舞えば、組織は簡単に崩壊してしまいます。
環境適応型の人間は、組織の潤滑剤としてしっかりと役割を与えられているのです。
自己主導型
ロバート・キーガンが2つめのレベルとして設定したものがこの「自己主導型」です。
しっかりとした自己を持っていなかった環境適応型とは違い、自分である程度の判断基準を作ることができます。
環境適応型はメディアや権力者などの言動を鵜呑みにしてしまいがちですが、自己主導型は「疑い」の姿勢を持っており、「本当にそれは正しいのか」と思考する力を持っています。
「なぜ人と組織は変われないのか」でも強調されていますが、自己主導型はどのような情報を受け入れるかという「フィルター」を持っており、それに基づいて価値判断をすることができます。
もちろんその「フィルター」が正しいかどうかの保証はありません。それは客観的に正しいものではなく、自己主導型の人間が独自に作り出したものだからです。
自己主導型は古典的なリーダー像と重なりますが、ロバート・キーガンは、「この古典的なリーダーこそアップデートされなければならない」と述べています。
自己主導型はどのような存在になるべきでしょうか?その答えが次に紹介する「自己変容型」です。
自己変容型
自己変容型知性の人間も、自己主導型と同じく、情報を振り分けるための「フィルター」を持っています。
それでは自己変容型と自己主導型はどこが違うのでしょうか?
自己変容型の最もすぐれているところは、「自分の価値観が不完全だと思っている」ところです。
自己主導型が自分の「フィルター」に固執してしまうのとは反対に、自己変容型は「フィルター」を客観視することができ、常に価値観をアップデートすることができます。
要するに自己主導型は「頑固」な部分がありますが、自己変容型は「柔軟」なのです。
「仕事はとてもできるのですが、他の意見をまったく聞き入れない」人は、筆者の周囲でも時折見かけます。
そうした人は確かに自分の価値判断基準を持っているのですが、自分の価値観がすべてだと思い込んでしまうと、変容の機会を失ってしまいます。
ロバート・キーガンは、「あらゆるものが不完全であると認識すること」を重要視し、それこそが自己変容型へのステップだと述べているのです。
<<あわせて読みたい>>
免疫マップとは
「自分の価値観を不完全だと認識し、時代の変化に合わせて変容し続ければ良い」。言葉にするのは簡単かもしれませんが、「変化すること」はとても難しいものです。
ある人にとっては自分の誇りを傷つけるかもしれないし、またある人にとっては恐怖の対象かもしれません。
人間と組織は同じようなもので、「変化することに不安を覚える」存在なのです。
もちろん「変わりたい」という欲求は嘘偽りのないものでしょう。しかしそれと同時に「変われない」もしくは「変わりたくない」という心理もある。
免疫マップは、そうした人間や組織のジレンマを分かりやすく示しています。人間や組織は「変化」を望んでいながら、逆にまた「変化」に対して無意識に自己を守ろうとしているのです。
免疫マップには4つの重要な要素があります。まずはその要素について簡単に眺めていきましょう。
<<あわせて読みたい>>
免疫マップの4つの要素
改善目標
人間は現状に対して「変化」を望みます。何の不満もなく生きている人間などいないでしょう。
「変化」を望む人間がまず最初にすることは、「ここをこうしたい」という改善目標を立てることです。
目標が達成できれば人生の質も上がりますし、問題を解決したという達成感を得ることもできます。
人間は常により良い未来を願っています。そのためにも、不安要素はできる限り潰していきたい。
改善目標を立てることは、人間が人間として生きている限り当然の欲求なのです。
阻害行動
改善目標を立てた人間は、それを達成するために戦略を練り、そのための行動を取ろうとします。しかしここで一つの問題が発生します。
目標を達成するためにする行動は真逆の、むしろその到達を阻害するような行動を取ってしまう、ということです。これを阻害行動と言います。
例えば断酒するという目標を立てた場合、「お酒を飲まない」ということが目標を達成するための行動なのですが、飲み会に誘われるとついつい行ってしまう。
このように、本来の目的を阻害するようなアクションを阻害行動と呼びます。
裏の目標
阻害行動をしなければ目標を達成できるのですが、どうしても人間は阻害行動を克服できません。なぜかというと阻害行動には「裏の目標」という動機づけがあるからです。
本当の目標の裏にある目標。それこそが人間に「変化」をためらわせ、阻害行動へと駆り立てていくのです。
強力な固定観念
裏の目標の基礎となっているのがこの「強力な固定観念」です。
これまでの話を少し整理してみましょう。人間は本来的に「変化」「変革」への欲求を持っている。
普通であれば、改善目標を立て、それに至るまでの戦略を練り、行動すれば、すぐに目標を達成できるはずです。
しかしまた人間は、「変化」「変革」に対して不安も抱きます。しばしばそれは阻害行動として現れます。そしてそれは「裏の目標」によって裏付けられており、さらにはその基礎に「強力な固定観念」がある。
ロバート・キーガンは、こうした「裏の目標」や「強力な固定観念」を炙り出すことこそが免疫マップの意義だと主張しています。
<<あわせて読みたい>>
免疫マップの書き方
それでは実際に免疫マップの書き方について見ていこうと思います。
まずは4つのブロックを作ります。そこにそれぞれ「改善目標」「阻害行動」「裏の目標」「強力な固定観念」を書いていきます。
具体例を出しながら進めていきます。「部下の仕事のパフォーマンスを改善したい」ということを例に取ってみましょう。
チームにはひとりの部下がいます。関係は良好。部下はしっかりと挨拶をし、礼儀正しくはあるのですが、どうも仕事のパフォーマンスがしっくりと来ない。
ここはひとつ部下に喝を入れて、チーム全体のパフォーマンスを向上させたい。
この「部下のパフォーマンスを改善したい」が改善目標になります。より良い未来のため、「変化」を望んだ結果、そのような目標が頭に浮かんできたのです。
そうなれば、部下のパフォーマンスについてじっくりと話し合い、時には叱るようにして、目標を達成しようとするのが通常の流れです。
しかし、自分はあまり強くものを言える性格ではないので、つい部下に対して甘くなってしまう。
「部下の仕事のパフォーマンス」を改善したいのに、ついついその目標を否定するような行動を取ってしまう。これこそがすなわち「阻害行動」です。
ではその阻害行動は何に裏付けられているでしょうか?重要になってくるのは「どうして阻害行動を取ってしまうか」をしっかりと考えることです。
部下を叱ると何が怖いかというと、「これまでの人間関係にヒビが入ってしまうのではないか」ということです。
今までそれなりに上手くやっていたこともあり、自分の行動がきっかけで関係が悪化してはたまらない。この「部下に嫌われることなく、良好な関係を築いていたい」というのが「裏の目標」です。
しかし、本当に部下を叱るだけで関係が悪くなってしまうものでしょうか。
むしろ部下からすれば「上司が自分のパフォーマンスをしっかりと見てくれている」と思い、かえって奮起するかもしれません。
叱ってしまうと関係が悪くなってしまうというのは、案外思い込みである場合が多い。これこそが「強力な固定観念」です。
さて、これで一通り整理できました。今見てきた項目をそれぞれのブロックに書いていきます。
まず、改善目標のブロックに「部下の仕事のパフォーマンスを改善し、ひいてはチーム全体の生産性の向上に貢献する」と書きます。
次に、阻害行動のブロックに「部下を強く叱ることができず、つい良い上司を演じてしまう」と書きます。
それから、裏の目標のブロックに「部下とは良好な関係を築いているので、自分の行動によってそれを壊したくない」と書きます。
最後に、強力な固定観念のブロックに「部下を叱ることによって関係性が悪化する」と書きます。
これによって免疫マップが完成しました。意識的に変化を望んではいるものの、無意識に変化を拒んでいるのが良く分かります。
これによって、裏の目標と強力な固定観念をしっかりと分析し、自己変革に役立てていくことができるのです。
<<あわせて読みたい>>
メタバースとは?メタバースの語源や意味、具体例をわかりやすく解説!
DXとは?なぜDXと略すの?デジタルトランスフォーメーションの意味や定義をわかりやすく解説
免疫マップの活用法
こうした免疫マップやプロセスワークを用いて、マネジメントに活用することもできます。つまり従業員ひとりひとりに「自己変革」を促し、チームひいては企業全体の変革へと繋がるのです。
ただ、免疫マップを活用するといっても、マップを作ることはそう簡単ではありません。まず免疫マップを作成しやすい環境づくりが重要です。
それこそ人間の深層心理を炙り出すような作業ですので、AIや診断ツールなどを導入しておくのも良いでしょう。
環境が整備できたら、研修などの場で、免疫マップを実際に作成していきます。
免疫マップは作ってそれで終わりではありません。あくまでこれは「変革」を避ける無意識を分析するためのツールです。
マップを作成したら実際に行動を改善し、適宜振り返りをし、パフォーマンスの見直しを行います。一人だけで完結させるのは難しいので、周囲の助けを借りつつ、サイクルを回していきます。
この免疫マップと相性が良いのが、プロセスワークです。プロセスワークは心理学で、1次プロセス、2次プロセス、エッジを核としたものです。
1次プロセスは「普段から慣れ親しんだもの」、2次プロセスは「無意識の領域」、エッジが「1次プロセスから2次プロセスへの移行を阻む見えない壁」です。
これと免疫マップを対応させてみると、「阻害行動」「裏の目標」は慣れ親しんだものなので1次プロセスに置かれます。「改善目標」は2次プロセスに、「強力な固定観念」はエッジに対応しています。
プロセスワークは1次プロセス、2次プロセス、エッジに様々な働きかけをすることによって問題を解決していきます。
例えば、プロセスワークには、1次プロセスへの居座りを妨害するという働きかけがあります。先ほどの「部下を叱ることができない」上司を想定してみましょう。
上司は1次プロセスに居座り続けています。つまり部下に対して叱ることはせず、良い人間関係を保とうとしているのです。
ここでその上司に対して、「はっきりと苦言を呈す」存在をぶつけます。上司のだめなところをズバズバと言う人をぶつけることで、上司を1次プロセスから引き剥がそうとするのです。
これをディスターバーの増幅と言います。
このようにプロセスワークは、「変化する方法」に関して重要な示唆を与えてくれます。
免疫マップで現状を分析し、プロセスワークで「どのように変化していけば良いか」を割り出していくのが、もっとも良い方法のひとつとされています。
<<あわせて読みたい>>
免疫マップを使って組織をマネジメントしよう
今まで見てきたように、免疫マップは自己変革の鍵になる重要な概念です。組織の変化はまず、組織に属する人間ひとりひとりの自己変革から始まるのです。
免疫マップとプロセスワークを組み合わせることによって、分析・挑戦・振り返りのサイクルを継続させることができます。
今のマネジメントが正しいのかどうかを常に疑い、より工夫を凝らすことによって、よりよい環境を作っていきましょう。
<<あわせて読みたい>>
ブロックチェーンとは?技術の仕組みやメリット・デメリットをわかりやすく解説
参照
ロバート・キーガン(2013)『なぜ人と組織は変われないのか』英治出版