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『職場のコミュニケーション』時代が変化しても変わらない本質とは?

『職場のコミュニケーション』時代が変化しても変わらない本質とは?

令和の今、「職場のコミュニケーション」はビジネススキルとしてとても重視されています。それは現代人がコミュニケーション下手になっている裏返しでもあります。
社会心理学者で職場コミュニケーションに詳しい大坊郁夫氏は、同じ職場にいる2人が、至近距離の人とメールで情報を伝えあっている状況は、理解の齟齬(そご、食い違いのこと)を生んでいると指摘しています。
職場での理解の齟齬が、仕事の効率化と生産性の向上を阻害している可能性は、多くのビジネスパーソンが感じているのではないでしょうか。

さて、大坊氏のこの指摘に違和感を持つ人はいないと思いますが、氏がこの指摘を行ったのは2006年に発表した論文「コミュニケーション・スキルの重要性」においてです。
2006年は平成18年です。平成の中盤ですでに、令和でも問題になっているIT機器によるコミュニケーション障害が一般的になっていたわけです。

そうなると、昭和の職場コミュニケーションはどうだったのか、平成前半や平成後半の職場コミュニケーションがどうだったのか気になります。
職場コミュニケーションの変遷を追いながら、令和の職場コミュニケーションのあり方について検討してみます。

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職場コミュニケーションの正体

職場コミュニケーションの変遷を追う前に、大坊氏の論文「コミュニケーション・スキルの重要性」で、理想の職場コミュニケーションについて確認しておきましょう[1][2]。

 

目標、記号化、解読でコミュニケーションは成立する

母親が赤ちゃんと濃厚に接触することももちろん、コミュニケーションの一種ですが、本稿ではそのような愛情から発生するコミュニケーションは除外します。
本稿では、ビジネスで義務的に必要となるコミュニケーションについて考えていきます。

大坊論文によると、職場でのコミュニケーションを起こすには次のような目標が必要です。

・生産性の達成
・葛藤の解決
・集団の活動の活性化させる

これらの目標を達成するためのコミュニケーションには、記号化と解読が不可欠です。すなわち、自分のメッセージを相手に伝えるには、相手も理解できる内容にしなければなりません。この作業を記号化といいます。
解読とは、他者が発したメッセージを的確に把握する行為です。

 

なぜコミュニケーション障害が起きるのか

目標を設定し、話者が記号化に努め、聞き手が解読に努めれば職場のコミュニケーションは問題なく成立します。一見簡単にみえるこの工程を踏めない人が存在するのはなぜでしょうか。

大坊氏はこの点について、論文のなかで以下のように述べています。

自分の世間という一種の当たり前の生活の中に、何人かが互いにあまり影響を与えることもなく、浮遊している。 そこに他の人が新たに加わるならば、それによって波立ち、窮屈になるのでそれを好まない。

自分の世間のなかに他人が入ってくると、ストレスを感じる、というわけです。その結果何をするかというと、

自分のいる世間については、障壁を厚く

します。

このことからわかるのは、職場で多数の人から「あの人はコミュニケーションが下手」といわれている人でも、その人の自分の世間のなかではしっかりコミュニケーションを図っているということです。
そして厚い障壁を撤去できれば、仕事を円滑に進めることができる職場コミュニケーションを獲得できる、というわけです。

 

なぜコミュニケーションが上達するのか

職場ではしばしば、コミュニケーションが下手と目されていた人が、次第にコミュニケーションを上達させることがあります。
大坊氏によるとそれは、自分の世間に閉じこもっていた人も

自分の立場をまず確保できてから、誰かを配慮するゆとりができる

からです。

以上のことをまとめると、職場コミュニケーションが苦手な人が職場コミュニケーション・スキルを身につける過程はこうなります。

  1. 自分のいる世間に閉じこもる
  2. 自分のいる世間の外の人とのコミュニケーションを断つ
  3. 厚い障壁ができる
  4. 自分の立場を確保できる
  5. 誰かを配慮するゆとりができる
  6. 自分のいる世間の外の人とコミュニケーションを取る

このコミュニケーションの構造を元にしながら、昭和と平成の職場コミュニケーション史をみていきましょう。

 

昭和、平成、令和と西暦

昭和、平成、令和を西暦に変換するのはひと手間かかるので、ここで確認しておきます[3]。
昭和最後の昭和64年と、平成スタートの平成元年は同じ1989年です。
平成は2019年の平成31年が最終年で、同じ年に令和元年がスタートしています。

 

昭和には職場コミュニケーションはなかった?

本稿では、大坊氏が指摘した以下のコミュニケーションを「正」と位置付けて考察していきます。
・職場コミュニケーションは、目標、記号化、解読で成立する
・自分の世間のなかで、自分の立場を確保してから他者に配慮する形でコミュニケーションを取る

昭和の職場コミュニケーションは、この理想のコミュニケーションとは「ほど遠い」と理解するしかないようです。

 

パワハラとコミュニケーション

昭和の職場には、パワハラ、精神論、根性論が席巻していました。パワハラについては、パワハラという言葉がなかったほど自然な存在でした。
上司が部下に「パワーを行使する」ことは、ビジネス的な愛情であり、褒められるべき行為でした。ハラスメントではなかったのです。

パワーで押してくる上司と、それを受け止めなければならない部下。この関係でビジネスが進行していた以上、「これはこれで」コミュニケーションが成立していた、と考えるべきでしょう。
ただ令和から昭和の職場を眺めると、ひとつ疑問がわきます。なぜ昭和の部下は、上司のパワハラをコミュニケーションとして受け入れることができたのでしょうか。

 

ノミュニケーションという不思議な手段

上司によるパワハラのストレスを減らす手法のひとつに、ノミュニケーションがあります。
ノミュニケーションとは「飲みに行く」と「コミュニケーション」を合体させた造語です。職場のコミュニケーションを深めるためにアルコールの力を借りる手法であり、気の合う友人同士でアルコールを飲むのとは異なります。

昭和式パワハラ指導で仕事を覚えた、令和元年の40代後半以降の人たちは、ノミュニケーションは有効なコミュニケーション手段であると考えているようです[4]。
職場で怒鳴り散らしている上司が、飲みの席では優しくなったり人情的になったりします。部下は上司の意外な一面を知り、安心できます。
また昭和のノミュニケーションは原則、上司のおごりでした。昭和の給料は年功序列式だったため、若手は収入が少なく飲みに出る資金が乏しい状態でした。ノミュニケーションに便乗すれば「ただ酒」にありつくことができます。
ノミュニケーションに混ぜてもらうには、職場で上司に口答えすることはできません。
上司と部下は、いわばWin-Winの状態にあったのです。

ところがノミュニケーションについては、令和元年の20代30代はもちろんのこと、40代前半の人たちでも否定的に考える人が多くなりました。この年代の人たちは、酒より楽しいことがあることを知っているからです。
そうなると上司から誘われるノミュニケーションですら、新たなストレスになります。そして上司によるノミュニケーションの強要は、平成では立派なパワハラになってしまいました[5]。

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平成前半:携帯ショックがガラリと変えた

平成の職場コミュニケーションをガラリと変えたのは、携帯電話です。日本で携帯電話が使われはじめた年を特定することは簡単ではありませんが、本稿では携帯キャリア最大手の株式会社NTTドコモの前身であるエヌ・ティ・ティ・移動通信企画株式会社が設立された1991年(平成3年)を携帯元年としておきましょう[6]。

 

居なくてもコミュニケーションが取れる時代の幕開け

携帯が職場コミュニケーションを変える力を持っていたのは、「会わないコミュニケーション」を濃密にする力を持っていたからです。
いつでもどこでも会話ができる携帯は、ビジネスシーンでも会う必然性を失わせました。

しかし、固定電話や公衆電話の時代は、時間と場所が制限されるので、「会わないコミュニケーション」が濃密になることはありませんでした。
そのためビジネス・コミュニケーションを必要とする人たちは、会って話すことを重視しました。

 

世代間ギャップ

「会うコミュニケーション」しか知らない世代は慌てることになります。
また携帯は最新鋭機器であったため、若者は携帯に飛びつきましたが、中高年には携帯の操作を苦手にする人がいました。
携帯は強力なコミュニケーション・ツールなので、携帯を使う若者と携帯を否定的に考えていた年配者の間のコミュニケーション能力に格差が広がりました。
これが職場でのコミュニケーション・ギャップを生むことになります。

平成前半のころ、例えば営業部の課長は部下に、「お客様ともっと会ってコミュニケーションを取りなさい」と指示していました。すると部下は「お客様とは十分コミュニケーションを取っています」と反抗します。
課長は、携帯で会話するだけでは、十分なコミュニケーションが取れているとは考えません。しかし部下は、顧客が直接の面談を面倒に感じていることを知っています。顧客から「携帯で用件が済むならそれのほうがよい」とも言われています。つまり部下は、あえて直接会わないようにしているのです。

この世代間ギャップの闘いは、部下に軍配が上がることになります。なぜなら平成の後半になると、携帯をはるかに超える高機能の「会わなくてもコミュニケーションが取れるツール」が登場するからです。
そうです、インターネットとスマートフォンです。

 

平成後半:スマホが「会わないコミュニケーション」を生む

平成が後半に突入すると、ネットを使った仕事もネットを使った職場コミュニケーションも当たり前の状況になりました。
そこに携帯ショック以上のコミュニケーション革命が起きます。アップルのスマホ、iPhoneの誕生です。2007年(平成19年)のことでした[7]。
平成は31年まで存在したので、スマホは平成後半が始まって少し経ってから誕生したことになります。

 

テレワークの合理性が評価される

スマホは単なる「携帯」と「ネット環境が整ったパソコン」のドッキング機器にすぎません。そのスマホがコミュニケーション革命を起こしたのは、アプリケーションの力が大きいでしょう。

LINEアプリ、フェイスブックアプリ、ツイッターアプリ、インスタグラムアプリは、プライベート・コミュニケーションだけでなく、職場コミュニケーションも変えました。
そして働き方も変わりました、テレワークの誕生です[8]。

これだけ「会わなくてもコミュニケーションが取れるツール」が充実すると、わざわざ会いに出かけるコストが無駄に感じられるようになります。
自宅で仕事をするテレワークなら、通勤時間も交通費も節約できます。さらにテレワークならコミュニケーションを意のままにシャットアウトできるので、雑談や非効率な指示も排除できます。
会わないコミュニケーションは、コミュニケーションの劣化ではなく、新・職場コミュニケーションに昇華されました。

 

パワハラは害悪

平成後半では、働き方改革とパワハラ自殺によっても、職場コミュニケーションが大きく見直されることになりました[9][10][11]。

政府が強力に推し進めている働き方改革は、生産性を向上させることと、時短を進めることが2本柱となっています。ITやネットやスマホは仕事を画期的に効率化するので、生産性向上にも時短にも寄与します。
政府の政策なので、企業は働き方改革をしなければなりません。そうなると業務のIT化とネット化は避けられません。
つまり企業は、好むと好まざるとにかかわらず「会わないコミュニケーション」を充実・推進させなければなりません。

2016年に大手広告代理店で、入社1年目の24歳の女性社員が、過重労働が原因で自殺しました。1カ月の時間外労働が100時間を超えることも珍しくありませんでした。
遺族は、女性が長時間労働だけでなく、パワハラとセクハラも受けていたと訴えています[10]。
パワハラは最早、職場コミュニケーションのツールになり得ないばかりか、職場の害悪と認定されるようになりました。

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希薄化したが「多角化」し「拡大化」した

平成の終わりと同時に、会うタイプの濃厚接触型のコミュニケーションは、職場コミュニケーションの主役の座から降ろされたといっていいでしょう。
もちろん、会うことで職場コミュニケーションが深まることは間違いありません。また大型の取引では、最後はトップが会って決める儀式もいまだ健在です。

しかし重要案件の情報のやりとりですらLINEで済む時代です[12]。
大方のビジネス案件はスマホ、パソコン、アプリ、SNSで済ませることができます。役員の会議ですら、ネット会議で完了します。

「会う」ことの価値が低下したことで、職場コミュニケーションが希薄化しているかもしれません。
しかしその代わりに、ビジネスパーソンたちは、平成前半までは考えられなかった多角化した職場コミュニケーションを手にしました。世界同時にコミュニケーションが取れる環境が簡単に得られたことで、職場コミュニケーションは拡大化も果たしました。
希薄化という被害を受けつつも、多角化と拡大化というメリットを得ている――これが令和初期の職場コミュニケーションの姿ではないでしょうか。

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令和コミュニケーションはAIでこうなる

令和の時代はAI(人工知能)の時代になるでしょう[13]。
AIはコンピュータとネットの進化形なので、コンピュータとネットなしでは職場が動かない現代のビジネスシーンでは、職場コミュニケーションも大きく変えるはずです(*14)。

AIを使ったチャットボットは、LINEのようなチャット会話を、ロボットが応対するツールです。例えば家電製品のユーザーが使用方法を家電メーカーに問い合わせるとき、人間ではなくチャットボットが対応します。チャットボットはユーザーの文章から疑問内容を理解して、使用方法を説明します。
チャットボットに問い合わせの対応をさせることで、家電メーカーは省人化を図ることができます。そしてユーザーも、24時間365日チャットボットのサービスを受けることができるので満足度は高まります。
チャットボットがさらに普及すれば、AIがビジネス・コミュニケーションを向上させたと評価できるでしょう。

AIが普及すると、職場コミュニケーションの量が大幅に減るかもしれません。職場コミュニケーションが欠かせなかった仕事を、AIがこなしていくかもしれないからです。
例えば、AIが顧客の購買行動を正確に予測できるようになると、職場でのマーケティング関連のミーティングは大幅に減るはずです。

大坊氏は職場コミュニケーションが必要になるのは、「生産性を向上させるため」と指摘しました。AIによって生産性が向上すれば、職場コミュニケーションの必要性が低下します。

しかしAIがどれだけ進化しても、職場コミュニケーションがなくなることはないでしょう。職場コミュニケーションは以下の目的も担っているからです。

・葛藤を解決するため
・集団の活動を活性化させるため

さすがのAIも、いがみ合う2人の同僚の葛藤を解決し、人々の活動を活性化させることはできないでしょう。
それで令和になっても、職場コミュニケーションに関する参考書やセミナーは需要があるのです。

 

まとめ 人格と仕事重視は時代を超える

「昭和」という言葉には、かたくな、非効率、時代遅れといったネガティブなニュアンスが含まれています。職場コミュニケーションの分野でも、昭和型根性論的コミュニケーションは否定されています。
ただ職場コミュニケーションであってもコミュニケーションである以上、人格や人柄、性質を無視することはできません。また職場である以上、仕事ができることや成果をあげることの価値は劣化しません。
つまり昭和も平成も、そして恐らく令和も、仕事ができる人格者がリーダーになり職場を引っ張ってきましたし、引っ張っていくでしょう。
令和の若いビジネスパーソンが、昭和育ちのリーダーの職場コミュニケーションを学ぶ意義は薄れません。

 

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参照
[1]コミュニケーション・スキルの重要性(大坊郁夫)
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2006/01/pdf/013-022.pdf?wptouch_preview_theme=enabled
[2]大坊郁夫
https://researchmap.jp/read0021759/
[3]和暦西暦早見表
https://www.jcb.co.jp/processing/share/wareki.html
[4]職場の関係作り、昭和のノミュニケーションはもう通用しない(日経BizGate)
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO4085169004022019000000
[5]上司からの強引な飲みの誘いはパワハラに抵触するか?(弁護士、竹下正己)
https://www.news-postseven.com/archives/20180625_707221.html
[6]会社の沿革(NTTドコモ)
https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/about/outline/history/index.html
[7]スマホの歴史の分岐点となった2007年「iPhoneが生まれた当時」の話(Forbes)
https://forbesjapan.com/articles/detail/17278
[8]テレワークとは(日本テレワーク協会)
https://japan-telework.or.jp/tw_about/
[9]働き方の多様化と労働環境のギャップ(NTTコミュニケーションズ)
https://www.ntt.com/bizon/ws-sol01
[10]「いまだに電通社員は、厳しい上下関係や深夜勤務の成功体験に囚われている」…高橋まつりさん母、手記全文(産経ニュース)https://www.sankei.com/affairs/news/171225/afr1712250002-n1.html
[11]電通の女性新入社員自殺、労災と認定 残業月105時間(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASJB767D9JB7ULFA032.html
[12]海外と通信、社長とやりとり…仕事で「LINE」を使っていますか?(TOKYO FM)
https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoFm_0buJtw5wUM/?p=2
[13]孫正義「AIの価値をわかっているのに、なぜ真剣に取り組まないのか」ソフトバンク2018基調講演(logmiBiz)
https://logmi.jp/business/articles/301878
[14]AIが接客する未来は実現するか?AIコミュニケーションの現状課題と、サイバーエージェントのAI研究(Ledge.AI)
https://ledge.ai/theai-cyberagent-1/

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