2021年7月27日、新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センターで稼働を開始した、量子コンピューター「IBM Quantum System One」。
鳥類の「ハヤブサ」を表す英語「Falcon」の名前を冠した量子プロセッサー「IBM Quantum Falcon プロセッサー」を搭載したこの量子コンピュータは、東京大学とIBMが共同開発した日本初のゲート型商用量子コンピューティング・システムです。
量子コンピュータの活用方法は世界的にもまだ手探りの状態で、何が得意で何ができないのか、どのような用途で活用できるのかも研究が進められている段階です。
今回川崎に量子コンピュータが導入されたことによって、開発者や研究者、アプリメーカーらが模索や試行できる環境が日本に構築され、提供されることになりました。
これは、世界に先駆けて日本が量子コンピュータの研究開発を開始したことを意味する出来事です。
しかし、まだ一般的には「量子コンピューターがすごいことは分かるけど、普通のコンピューターとの違いがよくわからない」という認識でしょう。
そこでこの記事では、量子コンピュータの何がすごいのか、誰にでもわかるように解説していきます。
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目次
量子コンピューターとは
量子コンピュータとは、量子物理学の性質を利用してデータの保存や計算を行う機械のことを言います。
従来型のコンピュータでは答えの導出に膨大な時間を要する問題でも、量子コンピュータでは短い時間で解けるようになる可能性があるため、さまざまな分野での活用が期待されています。
近年は世界中でベンチャー企業が立ち上がり、GoogleやIBMといった巨大企業も研究開発を強力に進めており、限定的な用途ではありますが、数年後には現実的な利用が可能になると言われています。
現在の一般的なコンピューターは、トランジスタというスイッチをたくさん並べて大量の計算をこなしています。
スイッチが入っていない状態を「0」、入れると「1」で、全ての数字を「0」と「1」で表す2進法が採用されています。
この「0」「1」を表す情報単位は「ビット」と呼ばれます。現在のコンピューターでは「0か1か」で計算を進めますが、量子力学の「重ね合わせ」現象では、「0でもあり1でもある」という状態が生まれます。
この「0でもあり1でもある」という状態を利用して計算するのが量子コンピューターです。
現在のコンピュータは、0 または 1 などの単一の 2 進法の値を表すことしかできません。つまり、2つの可能な状態のうちの1つにしかなることができないのです。
しかし、量子ビットは0、1、または0と1の任意の割合の状態を重ね合わせて表現することができ、一定の確率で0になり、一定の確率で1となります。
量子コンピューターの原理を理解するためには、その最小の情報単位である1量子ビットと従来の1ビットの違いを理解することから始めなければなりません。
1ビットは常に「0」か「1」のどちらかにしかなりませんが、1量子ビットは同時に「0」と「1」の両方にもなりえます。これがいわゆる「量子の重ね合わせ」です。
「量子重ね合わせ」とは、量子は粒子と波の性質を同時に持ち、観測することでどちらか確定するという原理です。
「0」と「1」が重ね合わさった量子状態の量子ビットを観測することで、「0」か「1」のどちらかに収束します。
つまり、私たちがその量子ビットを観測すると、そこから得られるのは従来の1ビットと同様、「0」か「1」のどちらかです。
「0でもあり1でもある」という量子の特質を利用する量子コンピューターは、「000」から「111」までの8つ組み合わせを「重ね合わせ」の状態をつくることで、一度に計算することができます。
この「0と1を重ね合わせた」状態の情報単位を「量子ビット」と呼ぶのです。
これまでのコンピューターが8回計算しないと正解にたどり着けないのに対し、量子コンピューターは重ね合わせを利用することで、1回の計算で正解を見つけることができます。
「n量子ビットの量子コンピューターは2のn乗通りで計算できる」ので、例えば量子ビットが10個あるなら2の10乗=1024パターンを重ね合わせ、一気に計算できる、という仕組みです。
量子が重ね合わせられるということは、量子の状態がまだ確定していないことを意味します。つまり、1になるか、2になるかが定まっていない状態です。
では、状態はどのように確定すれば良いでしょうか。
そこで利用されるのが量子もつれという量子の性質です。量子もつれ(エンタングルメントとは、2つのペアとなっている量子がもつれている(連携している)状態を意味します。
つまり、複数の量子ビットの間で相互関係がある状態です。量子もつれ)というのは、離れたところにある複数の量子系の間に生じる一種の結合状態のことなので、例えば、「0」「1」の重ね合わせ状態にある、A、Bという二つの量子がもつれているとしましょう。
Aが「0」だと分かった瞬間、Bは「1」に確定するという現象が起こるのです。 量子コンピューターはこの性質を利用しながら、情報を送ったり処理したりできます。
従来のコンピュータのビットは、ある特定のビットの状態を変えても他のビットの状態に影響しませんが、量子ビットでは相互関係を持たせた一方の量子ビットの状態(0または1)を変えると、それと連動してもう一方の量子ビットの状態も変えることができます。
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量子コンピューターの2つの方式
世界的に開発が進められている量子コンピュータは世界中で研究・開発が進められていますが、その開発方式は、量子ゲート方式・量子アニーリング方式が主流です。
以下では、これらの開発方式の動向について説明していきます。
量子ゲート方式
現在主流となっている開発方式は、量子ビットを1個ずつ作製し、その量子ビットの間を配線したうえで、量子操作を順に行いながら計算を実行する「ゲート方式」で、現在は50量子ビット程度を搭載した量子コンピュータまで開発されていると言われています。
量子ゲート方式は、計算の前に問題を量子ゲート回路と呼ばれる計算手順を示した回路図に落とし込まなければなりません。
この回路において、量子ビットをどのような操作や変換を行うかを示したものを「量子ゲート」と呼びます。
計算の手順を示す「量子アルゴリズム」に基づいて、量子ゲートを適切に組合せ、配置して量子ゲートの羅列(量子回路)を作成します。
そして、量子コンピュータは、この量子回路に従って量子ビットの状態を操作し、最後に量子ビットの状態を測定して計算結果として読み出します。
ゲート式量子コンピューターは、素因数分解やデータベース検索、量子化学計算といった多様なコンピューター問題を、これまでにないほど高速に解くことができるとされています。
IBMやグーグル、マイクロソフトなどがその研究に多大な資金を投入しているものの、現時点では、まだ開発・実験段階です。
しかし、このゲート方式では量子ビットの数が増えるにつれて、量子ビット間の配線が非常に複雑になっていくため、実際の応用に使える量子ビットの数まで増やすのに技術的な限界があると言われています。
量子アニーリング方式
量子を並べて「重ね合わせ」の状態にした状態は不安定な状態なので、外部から刺激を与えると量子は安定した状態になろうとします。
粒子が安定化しようとするこの現象を利用すれば「組み合わせ最適化問題」という、従来のコンピューターが限界に突き当たっていた種類の計算が高速で可能となります。
組み合わせ最適化問題とは、「様々な制約条件の下で数ある選択肢の中から何らかの観点で最適な選択を決定する」問題です。
量子アニーリング方式は、組み合わせ最適化問題を解くことに特化した方式で、1998年に東京工業大学の西森教授たちが提案しました。
古典コンピュータやゲート式の量子コンピュータでは、まずプログラミングをしなければいけませんが、量子アニーリング方式の場合はパラメータを設定するだけで済みます。
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量子コンピューターの3つの特徴
量子コンピュータの概要はうえで説明しましたが、量子コンピュータにはどのような特徴があるのでしょうか。
以下では、量子コンピュータの3つの特徴について説明していきます。
2019年にはスパコンで1万年かかる計算を3分20秒で解いた
2019年、Googleが「世界最速のスーパーコンピューターでも1万年かかる計算問題を3分20秒で解くことができる量子コンピューター」を開発したと発表しました。
Googleは、量子論理ゲートで構成される「Sycamore」という名前の新しい54量子ビットのプロセッサの開発に成功したのです。
英ネイチャー誌に発表されたこの論文によれば、研究チームは乱数を生成する問題をコンピューターに解かせる実証実験を実施。
すると世界最高性能のスパコンでも1万年かかる計算を、グーグルの量子コンピューターは3分20秒で解いたというのです。
「スパコンで1万年かかる計算を3分20秒で解いた」というのはGoogleが2019年に発表した研究論文が基になっていますが、Googleの量子コンピュータは53量子ビットに過ぎません。
しかも、Googleが研究成果として発表したのは、「ランダム量子回路のサンプリング」という特定の計算だけです。
これは「スパコンにとってはめちゃくちゃ苦手だが、量子コンピュータにとってはめちゃくちゃ得意」という問題設定にしたら量子コンピュータが勝った、という話に過ぎません。
理化学研究所のスパコン「富岳」がやっているような新型コロナの飛沫シミュレーションや、AWSなどの巨大なクラウドサーバが日々さばいている各種の演算を、現在の量子コンピュータが超高速で計算できると分かったわけではないのです。
そのため、過大評価しすぎないことが重要です。
この事例からわかることは、量子コンピュータは、特定の計算を素早く行えるという特徴があるということです。
量子ゲート型では「素因数分解」、「データベース検索」の高速化が可能に
0と1で表現された情報を用いて論理演算を行う古典的な論理ゲートに対して、量子ゲートは0と1の重ね合わせ状態や位相差を制御して計算を行います。
先述したゲート式量子コンピューターを使えば、ある特定の問題領域において考え得るほとんどの選択肢をしらみつぶしに検査できます。
量子ゲート方式には、量子ビットに何を用いるかによって、さまざまな実現方式が提案されていて、代表的なものには、超電導方式、イオントラップ方式、光量子方式、シリコン方式、トポロジカル方式があります。
古典コンピューターよりも速く問題を解くことができるアルゴリズムとその応用例として、「Shor(ショア)の因数分解アルゴリズム」による暗号解読や、「Grover(グローバー)の検索アルゴリズム」による超高速なデータベース探索などが知られています。
つまり、量子コンピュータは、従来のコンピューターが実現できなかったデータの高速処理を可能にする可能性があるのです。
アニーリング型は「組合せ最適化」が得意
すでに説明したように、量子コンピュータの方式には2つの方式がありますが、量子アニーリング方式では「組合せ最適化問題」を、イジングモデルと呼ばれる数式に帰着させて解きます。
アニーリング型は、すでにカナダのD-Wave Systems(D-Wave)から商用製品が提供されるなど、商用利用も実現しています。
イジングモデルとは、物理学の磁性体の理論などで用いられる有名なモデルです。
イジングモデルを解くことで、どのような条件ならばエネルギー最小化が実現されるかが解として得られるので、それが最適化問題の解として利用できるのです。
代表的な問題例として、物流分野でコストや距離等が少なくなるような最適な経路探索や勤務条件、個人スキル等に基づいた適切な人員配置などの問題があります。
最も有名な量子アニーリング方式の適用例は、「巡回セールスマン問題」に代表される経路最適化です。
これは「セールスマンが都市を回るときに、最小の移動距離で回るにはどうすればよいか」を問う問題であり、例えば配送計画の最適化など、現実社会での応用も想定できます。
すでにフォルクスワーゲン社などで、量子アニーリング方式のコンピューターを用いた北京の交通最適化の実証実験も実施されています。
量子アニーリング方式のコンピューターは、超電導量子ビットを用いた量子コンピューターとしてすでに商用化されていますが、将来これをさらに進展させるためには、技術的に大きな課題が2つあります。
それは、「大規模化(集積化)」と「完全結合」の実現です。
前述した「巡回セールスマン問題」を例にすると、大規模化は都市の数に、また結合数は都市から都市への移動の制約に対応します。
より大規模かつ精緻な最適化問題への対応を実現するには、これらの課題の解決が必要です。
一方で、小規模かつ部分結合での組合せ最適化であれば、従来の古典コンピューターでは簡単に解けない問題であっても、現在の技術で作られた量子アニーリング方式のコンピューターで瞬時に解くことができます。
このため、現実社会で解決すべき問題点を「組合せ最適化問題」として整理できれば、多様な応用による解決が期待できます。
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量子コンピューターの従来のコンピューターの違い
実は、量子コンピューターは必ずしも1つ1つの計算処理が高速な訳ではありません。その計算原理を巧妙に利用して「計算ステップを劇的に減らす」ことで、計算時間を大幅に短縮できる点に、量子コンピュータの本質があります。
量子コンピュータは、膨大な数の組み合わせが存在する場合、それらを同時に考慮することができます。例えば、非常に大きな数の素因数を求めたり、2つの場所を結ぶ最適な経路を探したりすることができるわけです。
計算に多くの時間が必要な問題も素早く計算することができます。
すでに説明したように、私たちが普段使っているコンピュータは、情報の基本単位を「ビット」(bit=binary unitの略)とし、それぞれを「0」か「1」の状態を取ることによって、2進数で数を保持し、演算を行います。
この数は、0または1のどちらかの状態を表すことができますが、2つ以上の状態を同時に表すことができません。実際のコンピュータでは、0か1の状態を表すのに、電圧をオン・オフで切り替えて行なっています。
これに対し、量子コンピューターは、量子力学の基本性質である「0と1の両方を重ね合わせた状態」をとる「量子ビット」を使って計算します。
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量子コンピューターの進化のあゆみ
近年注目を集めている量子コンピュータですが、量子コンピュータの基礎的な技術の発展の歴史は、1980年代にまで遡ることができます。ここからは、量子コンピュータの進化の歩みについて、その概要を説明していきます。
1980年代:電子回路が考案される
量子コンピュータは、量子のふるまいをコンピュータに利用する技術が根底となっています。量子そのものは量子力学として1900年代に発展し、量子コンピューターのアイデアが提示されるようになったのはその後、1980年代のことです。
現代のコンピュータは、基本原理を数学者のアラン・チューリングが提唱したのち、フォン・ノイマンらが1951年に実現したものです。このことから、「ノイマン型(ノイマン式)コンピュータ」と呼ばれています。
そのわずか約30年後、1982年、リチャード・P・ファインマンが提唱した理論を用いて、量子コンピューターのアイデアをポール・ベニオフが示しました。
ベニオフは、可逆コンピューターの考え方を用いることで量子コンピュータが実現できるとし、可逆コンピューターは、「入力された値を計算し、解を出すと入力値を消す」という通常のコンピューターとは異なり、「答えまでのステップを記録し、解を出すと後戻りし、初期状態に帰る」という仕組みを採用していますが、これを利用することで、通常のコンピュータと同じことが量子コンピュータでも実現できることを理論的に示したのです。
ところが、量子コンピュータの中心的役割となる量子そのものが、電子や中性子、陽子、光子など、ナノサイズ(1メートルの10億分の1)であること、さらに近代科学からみるとまだ十分に明らかとなっていない「量子力学」という法則に従っているので、量子コンピュータの製作や完成はとても難しいものとされ、理論が示されただけでその実現は困難であるとされていました。
その後、1985年にディヴィッド・ドイッチェがチューリングマシン(計算機の論理モデル)を拡張する量子チューリングマシンが定義され、1989年には論理ゲートおよび論理回路の量子版として、それぞれ「量子ゲート」と「量子回路」の概念が提示されました。
このドイッチェの量子チューリングマシンが、量子コンピューターの始まりとされています。
1990年代:ショアのアルゴリズムを考案
一部の問題については量子コンピュータの方が現状の古典コンピュータのアルゴリズムよりも高速であることが証明されています。
その代表例が素因数分解です。素因数分解は、30=2×3×5などの簡単な場合なら暗算でも計算できますが、分解すべき整数の桁数が大きくなってくると、最高レベルの速度を持つスーパーコンピュータでさえ、その計算には年単位・あるいは宇宙の寿命ほどの時間が必要となります。
暗号化・復号化を扱う分野である暗号学の根幹にはこの数学的知見が活用されています。
2つの巨大な素数を掛けあわせてできた数を、元の2つの素数に分解する作業は恐ろしく困難である、というものです。この計算を行うには膨大な数のプロセッサーと長大な時間が必要で、現実的には不可能となっています。
この「解くのに時間がかかる」ことを利用したのが、現在の暗号通信・情報セキュリティに広く用いられているRSA暗号です。
しかし、1995年に米国の数学者ピーター・ショアが、古典コンピュータよりも圧倒的に速く素因数分解を行う量子アルゴリズムを見つけたことで、一気に量子コンピュータに注目が集まることになりました。
ショアは量子計算を行うことで、大量の桁数でも因数分解が高速に行えることを数学的に証明すると同時に、因数分解の困難さから成立しているRAS暗号が破られる可能性があるということも示したのです。
この頃から量子コンピュータの応用の理論的な可能性が一般にも広まるようになりました。
2000年代:量子もつれ状態にあるイオンを採取
2000年代になると、量子コンピュータの理論が徐々に実装されることになります。
2008年にイオントラップの専門家デービッド・ワインランドが、個々のイオンをレーザー冷却して捕捉できることを示し、個々の量子もつれ状態にあるイオンを操作するトラップド・イオン量子コンピュータの研究が進みました。
トラップドイオンとは、原子から1個の電子を取り去って生じるプラス電荷のイオンを、電圧によって真空中に閉じ込めたもののことです。
電磁場を用いて荷電粒子(イオン)を自由空間内に閉じ込めて保持(トラップ)し、量子ビットを粒子の安定な電子的状態として格納します。
イオントラップ型量子コンピュータは、現在知られているものの中では、量子コンピュータの基本演算を最も高い精度で行うことができる計算方式です。
現在でもイオントラップ型の量子コンピュータは提供されており、米国企業のHoneywell(ハネウェル)社や、米国企業のIONQ(アイオンキュー)社がイオントラップ型量子コンピュータの開発に取り組んでいます。
2010年代:量子コンピューターD-Waveが完成
2011年5月11日、加企業であるD-Wave Systemsが「世界初の商用量子コンピュータ」を謳ったD-Wave Oneを発表しました。D-Wave Oneは、128量子ビットで、量子アニーリングにより最適化問題を解くのに特化した量子コンピュータです。
2013年5月には、NASA、Google、USRAが共同で、512量子ビットD-Wave Twoを使用した「Quantum Computing AI Lab」が設立されることが発表され、D-Wave Twoは機械学習やその他の研究分野で使用されるとのことです。
世界初の「商用量子コンピューター」を開発した企業D-Waveは異色の企業です。
カナダのブリティッシュコロンビア州に本社を置いており、D-Waveの創業者、ジョーディー・ローズは、かつてカナダのレスリング・オリンピックチームに選ばれた経歴をもつ人物で、ローズのほかに、Haig Farris(元取締役会長)、Geordie Rose(CTO、元CEO)、Bob Wiens(元CFO)、Alexandre Zagoskin(元VP研究および主任研究員)によって設立されました。
D-Waveの技術は、大規模な組合せ最適化問題や機械学習への応用として、創薬、分子シミュレーション、ポートフォリオ管理、レコメンデーションシステム、工場での経路探索、都市での交通流制御など、すでに様々な分野で利用されています。
2020年代:日本の共同開発でスクィーズド光源が開発される
2020年代は、量子コンピュータ元年と言われるほど、企業による量子コンピュータの活用が進んでいます。
量子コンピュータが実用化されるまでにはまだまだ時間がかかりそうではあるものの、企業は、量子コンピュータを使った様々なサービスに投資を始めています。
量子コンピュータの開発は、米国や中国が力を入れて進めていて、この領域に国としても大きな投資を行っています。もちろん、日本においても、それに追随するように新しいコンピュータ開発の動きが起きています。
2020年3月には、光量子コンピュータチップ実現にむけた高性能量子光源の開発に成功しており、量子コンピュータをさらに進化させるものとして注目を集めています。
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量子コンピューターが解決する問題
量子コンピュータは依然として研究・開発の段階ではあるものの、その役割については多くの期待がかけられている技術です。以下では、量子コンピュータが解決できるとされている問題について解説していきます。
生産計画の最適化
日本を代表する企業であるNECは、量子コンピュータのコアとなる「量子ビット」の製造に世界で初めて成功した企業です。
現在でも、量子コンピュータの動作方式の一つである「量子アニーリング」を活用した量子コンピュータの開発に取り組んでいます。
量子アニーリングが解決する問題の代表例が、AI(機械学習)と組合せて運用する、多品種少量生産における「生産計画最適化」です。
IoT、AIを導入している工場では、大量の過去データを収集し、機械学習を活用したシミュレーションを行うことで、納期に間に合わせるための1日の生産量など「何をどれだけつくるべきか」を割り出せます。
しかし、機械学習だけでは「どの順番で、どの製品を加工すべきか、いつどのような手順で作るのか、設備、人員などをどう配備するのか」といった組合せ最適化の領域に関する答えを導き出すことは困難です。
しかし、AIの作動を支えているのは、あくまでも情報を0、1で処理する従来の技術であり、最適化問題を解くだけの処理能力が足りないのです。
一方、量子コンピュータを使って、AIと組み合わせれば、最適化問題を解く処理能力を獲得できます。
締め切り日が異なる数百品種のオーダーに対応するためには、電子部品、実装パターン、フローはんだの温度などをオーダーごとに設定変更する必要があるものや、さらに、各オーダーの締め切り日が異なるだけでなく、同じグループの品種を連続的に生産して効率化を図りたい、切り替え時間を最小化したい、といった他の条件も組み合わせると生産計画はさらに複雑化を極めます。
こうした大量の変数を処理できる技術として、量子コンピュータに期待が寄せられているのです。
オンライン広告の最適化
インターネット広告(オンライン広告)配信分野では、ユーザーが求めていることを、限られた時間で精度良く予測できるかが重要です。こうした課題にも、量子アニーリング技術を活用することができます。
インターネット広告の分野では、ユーザーの行動を最もよく予測できる属性(年齢、性別、居住地など)の組合せの最適化が必要です。
これはAI(機械学習)の分野では「特徴量選択」と呼ばれますが、量子アニーリングを使ってこれを高速に処理しようとする試みが始まっています。
この取組みは、リクルートが最も早く開始しましたが、2020年には電通も研究を開始するなど注目を集めてる分野です。
オンライン広告の配信分野において、消費者に推薦するアイテム間の相性を考慮すると、その解が指数関数的に増えてしまい、計算時間が限りなく長くなる「組み合わせ爆発」が起こってしまいます。
こうなると、膨大なパターンの計算を処理する必要があり、これまでの方法では処理が難しいという課題がありました。
しかし、量子アニーリング技術を使うことによって、一瞬でアイテム同士の相性を含めた最適な推薦アイテムの組合せを見つけることが可能になると期待されています。
物流の最適化
物流の最適化についても、オンライン広告の最適化と同じことが言えます。物流の最適化について、近年ではAIを使って配送ルートを導き出すアプローチが注目されています。
しかし、製品に応じた積み重ね方やドライバーのスキルなどさまざまな条件を組み込んだ上での計算は難しく、計画の精度にばらつきが生じてしまいます。
多くの条件を考慮した膨大なパターンから最適解を見つけ出す方法は「組み合わせ最適化問題」と呼ばれ、物流業務では積載やシフト、ルートの最適化が問題となっています。
この解決手段として注目される技術が、アニーリング方式の量子コンピュータ技術です。
量子コンピュータの活用によって、積載率の最大化やトラック台数の削減、荷量の平準化、回転率の向上が実現し、年間数千万から数億円規模での物流コスト改善、CO2排出量削減にも貢献すると期待されています。
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量子コンピューターの課題:ノイズに弱い
今の量子コンピュータはノイズに弱く、量子ビットにノイズが乗った際にそのエラーを満足には訂正できないという欠点を持っています。
今のところ、量子コンピュータは非常に繊細です。熱、電磁場、空気分子との衝突によって、量子ビットが量子的な性質を失ってしまうことがよく起こり、それによって、計算結果に間違いが起こるのです。
量子デコヒーレンスと呼ばれるこのプロセスは、システムのクラッシュの原因となり、関与する粒子の数が多いほど速く起こるとされます。
量子コンピュータは、量子ビットを物理的に隔離したり、冷却したり、慎重に制御されたエネルギーパルスを照射したりして、外部からの干渉から量子ビットを保護する必要がありますが、まだまだその技術開発は進んでいません。
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量子コンピューターのユースケース
量子コンピュータは、2010年代後半から企業の参入が相次ぎ、その成果が徐々に発表され始めています。ここでは、量子コンピュータが現実世界でどのように活用されているのか、近年のユースケースについて紹介していきます。
フォルクスワーゲン
ドイツの企業であるフォルクスワーゲングループは、データ・サイエンティストの Florian Neukart のリーダーシップの下、5人のフォルクスワーゲンのソフトウェア・エンジニアたちで、D-Waveの量子コンピューターを使用して、以下の問題に取り組むことができるか話し合いました。
それが、世界で最も混雑する都市の1つである北京のタクシー418台から収集した移動データを使用して、このチームは市内中心部と北京空港間の交通の流れを最適化しようというものです。
その概念実証の結果は、D-Wave システムがトラフィック・フロー最適化に使用できることを成功裏に実証するものでした。
2017年11月にはGoogleと量子コンピューティング分野で包括的な研究を行うことで合意しています。これらの実験や合意に至った目的の一つは交通の最適化にあります。
その1年後の2018年には、D-Waveと共同で、量子コンピュータによる都市交通管理システムの研究成果を発表しています。
これはバスやタクシーといった交通機関をどのように配置すれば、最も効率的に人や物資を移動できるかという「組合せ最適化問題」を、量子アニーリング方式で解くアプローチでした。
さらに、2019年11月には、フォルクスワーゲンとD-Waveがこの交通管理システムの実証実験をポルトガルのリスボンで実施しています。
市内を走る一部のバスの走行経路を、量子コンピュータが算出した結果に基づいて決めたということです。
野村證券
野村ホールディングス株式会社と東北大学は、2018年2月に、D-Wave Systems社製の量子コンピュータを資産運用業務へ活用していくための共同研究を開始しました。
検証の第一弾として、複数の投資銘柄の中から最良の組み合わせを選択し運用成績を上げる「ポートフォリオの最適化」と、「将来株価予測」をテーマに採り上げ、D-Waveマシンの導入による計算効率と精度の向上度を検証するとしています。
また、量子コンピュータを活用した技術が資産運用の他にも活用できる可能性があると考え、トレーディングやリサーチ、リスク管理など、野村グループの広範な部署での業務展開も検証していくとしています。
三井住友ホールディングス(SMFG)
三井住友フィナンシャルグループ・日本総研、NECは、2020年2月から共同で量子アニーリングの実用性検証を実施。この検証では、金融取引の不正検出を行っています。
不正を検知するためには、正常な取引データと不正なデータが必要となりますが、不正事例はほとんど存在しないのが実情です。
今回、量子アニーリングが持つ「規則性のない数値を生み出せる」という特性を使って、統計的に確からしい不正データの生成器を開発しました。
取引データには、海外クレジットカード会社の実際の取引履歴から作成された公表データを用いたとされています。
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まとめ
量子コンピュータは、まだまだ発展途上の技術であるものの、これまで解決できなかった社会に存在する様々な問題を解決する可能性を秘めた技術です。
量子コンピュータの技術は日々進化しており、日本政府も力を入れて開発に協力しています。大学での研究はもちろん、世界中の企業は大きな投資を行って量子コンピュータが現在直面している様々な課題の解決に挑んでいます。
社会を大きく変える可能性を秘めている量子コンピュータは、世界でも開発競争が激化しているのです。
さらに、量子コンピュータは、企業が行う経済活動の効率化をもたらす可能性を秘めている技術です。
量子コンピュータのこうした応用は、情報通信をはじめ、金融、運輸、創薬、化学など幅広い分野で期待されていますが、そもそも何に使えるのかという点についてもまだ研究の余地があります。
量子コンピュータは特定の問題に関しては素早く計算ができるものの、スーパーコンピュータを含む古典的コンピュータと比較して全てにおいて優れているわけではありません。
古典的コンピュータと量子コンピュータはそれぞれ得意分野があるのです。
この点を見誤ると、量子コンピュータの本質を見落とすことになりかねません。まずはきちんと量子コンピュータの本質を理解することが大切です。
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