AIが職を奪うことを煽った書籍が多く販売されています。
「画像認識率で従来のシステムよりも〇%アップ」や「囲碁のチャンピオンにAIが勝ち越した」といった目に見える結果があるため、不安に駆られるのも仕方ありません。
確かに、AIは一部の作業を代替することは可能でしょう。
しかし思い起こしてほしいのは、AIによってビジネスチャンスが増えることです。
目次
AIが職を奪う?
AIが職を奪うという被害妄想を煽る書籍
しばしば利用する図書館には、ビジネス書籍向けのコーナーが併設されています。
ビジネス街に位置することもあり、定時の終業時間になるとビジネスマンやビジネスウーマンがどっと増えます。資格取得のために勉強したり、ビジネス雑誌や経済紙を読んだりと目的はさまざま。
ビジネス雑誌に目をやると、「AIが仕事を奪う」の文字が。現役のビジネスパーソンにとって耳の痛い話です。
「AIが職業を奪う」というセンセーショナルな見出しをした雑誌だけでなく、書籍も多く販売されています。
私にとっても他人事ではないので、目を通します。
経営コンサルタントの方が執筆した本で、現存する仕事でもAIに奪われてしまうなど、胸が痛くなるような話が満載です。
AIという被害妄想に囚われ、怯えながらの日々を過ごす現役ビジネスパーソンもいるでしょう。
しかし本に目を通すと、AIの仕組みが説明されていません。
「本当にAIのことを理解しているの?」なぜ、AIが職を奪うと主張できるのでしょうか。
どうも、その根拠のひとつがシンクタンクや大学研究機関による試算にあるようです。
オックスフォード大学のデータの盲点
英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授らが野村総合研究所と共同で調査した試算によりますと、10~20年後には日本で働く労働者の約49%が、AIやロボットなどによって代替可能だそうです。[1]
しかしこの試算、専門家から見ると、荒がある試算のようです。慶応大学商学部の山本勲教授は、新しい技術によって生まれる雇用が加味されていないと反論します。[2]
AIを活用した新しいビジネスが思い浮かばない場合は、ウェブを想像するといいでしょう。検索ツールを開発したGoogleは、ウェブ上の広告をビジネスに事業を展開しました。
そのおかげで、「ブロガー」と呼ばれる人が広告収入によってお金を得たり、またYoutubeなどの動画配信コンテンツを活用して芸能活動を行う「Youtuber」が流行りになっています。
彼らはまさにウェブという新しい技術に恩恵を受けています。
試算を行なったオズボーン准教授自身は、日本人がこの数値を気にし過ぎであると主張します。[3]
欧米諸国でも類似の数値が試算されているにもかかわらず日本人が深刻に受け止めすぎているのは、少子高齢化や人口減少、労働市場に流動性を欠いている、つまり終身雇用制に囚われすぎているのが原因だと、オズボーン准教授は挙げています。
オズボーン准教授は機械学習の専門家ですので彼らの試算が誤りとは一概には主張できません。
しかし明治維新で武士という身分がなくなったように、時代が変われば失う業種が登場するのも致し方ないでしょう。
まずはAIを正確に理解すること
AI(人工知能)という言葉が紙上やウェブに氾濫していますが、それが指す対象を正確に理解しているでしょうか。
AIにもいろいろありますので一概には言えませんが、注目を浴びているのはディープラーニングをはじめとする「機械学習」と呼ばれる手法です。
乱暴に言ってしまえば、オンラインであるかにかかわらず集めてきたビッグデータをもとに学習し、最適な法則性を発見する仕組みです。[4]
この「最適」というのが機械学習の肝で、統計的な意味での最適値を求めます。
アルファ碁が2016年に囲碁の世界チャンピオンに勝利しましたが、大量の棋譜、あるいはコンピュータ同士の対局によって得られた棋譜をもとに学習、そして最適な碁石の置き方を計算処理しています。
言い換えると、碁石の正しい置き方を求めるのではありません。
私もディープラーニングの基礎であるニューラルネットワークをテーマに卒業論文を提出しましたが、基本的なアイディア自体はほとんど変わっていません。
詳述すると、ホップフィールドモデルと呼ばれるニューラルネットワークが登場して約35年ですが、基本は変わりません。[5]
では何が変化したかというと、コンピュータの処理速度です。
ムーアの法則についてご存知かもしれませんが、インテルの創業者であるゴードン・ムーアが最初に主張したコンピュータの処理速度の進歩状況を表します。[6]
かいつまんで言うと、CPUの処理速度は1.5年で約2倍になるという法則です。
ディープラーニングによる処理を可能にしたのは、高速コンピュータによるイノベーションといっても過言ではありません。
AIがもたらす未来はわからない
オックスフォード大学のレポートに話を戻すと、2030年には日本の労働者の約49%の仕事がAIなどで代替可能になると予測されています。
しかし「代替可能」の意味は広く、たとえばレジ係打ちは98%で代替可能であると予測されていますが、実際には日本では無人レジが普及しておらず、レポート通りに進むかは不明です。[7]
レポートを提出した学者ですらポジティブに考えている状況ですので、AIについて被害妄想に囚われ過ぎる必要はないでしょう。
ただ一点だけ補足すると、弱いAIと強いAIとの違いを踏まえる必要があります。
自由意思をもつAIを強いAI(あるいは汎用AI)と呼びますが、SF映画で登場するアンドロイドを想像するといいでしょう。[8]
アンドロイド、つまり強いAIが企業を経営するのは、近い未来には起こりえません。
自由意思をもたない弱いAIを運用するエンジニアや経営陣が必要な状況は、2030年も変わりません。
つまり、AIを上手く活用し、イノベーションをもたらすことが今後鍵になるといえそうです。[9]
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AIがもたらすイノベーション
新しいテクノロジーが生み出すイノベーション
イノベーションを生み出すのはAIだけではありません。
これまでも新規のテクノロジーにより、旧来のビジネスモデルが一掃、社会を変えました。
イノベーションによって淘汰されつつある製品に、フューチャーフォンがあります。
ノキアのSymbian OSを搭載した携帯電話が日本で普及しました。
ちなみに同時期に、ビジネスシーンで海外にて使用されていた携帯電話が、米オバマ前大統領も使用したRIM社のBlackberryです。
ところがその状況が一変しました。
2010年頃にオーストラリアに滞在しましたが、iPhoneユーザが増えはじめました。
CEOであったスティーブ・ジョブスがAppleに復帰後、破壊的イノベーションにより事業を大幅に拡大させました。
スマートフォン事業もその一つで、従来の携帯電話ではキーボードの操作性の悪さをユーザが不満にもっていたのを、iPhoneにより変えたといいます。[10]
これはキーボードにおけるイノベーションの一例です。
私はAndroid OSを搭載したスマートフォンをもち始めた時期でしたが、使用してすぐに日本の携帯電話をもう使わないだろうと実感しました。
実際2018年になり、フューチャーフォンを使用する人は激減しました。
ノキアはSymbian OSから撤退せざるを得ませんでした。
また2009年には北米で約50%ものシェアを占めていたBlackberryも、2年後には約12%に激減、Android OSを搭載するスマートフォン販売に切り替えました。
しかしどちらの企業も、かつてほどの勢いはありません。[11]
AIはイノベーションを創発するビジネスチャンス
イノベーションを創発するのは、企業だけではありません。
大学研究機関が積極的にビジネスを行なう時代になりました。
「量子コンピュータ」と呼ばれる計算処理速度の速い計算機が提唱されていますが、今市場に出回っているのが「アニーリング式」と呼ばれる新しいタイプの量子コンピュータです。
この基本原理を考案したのが東北大学の西森秀稔教授。
しかし実際にビジネスにしたのは、カナダのD-Wave社です。
西森教授は「量子アニーリングをビジネスにするという発想が日本では起きなかった」と回想しています。[12]
異分野でも研究者同士の交流によるネットワークや、変化をいとわない文化が量子アニーリングを可能にしたと主張しています。
AIも量子コンピュータ同様、イノベーションを創発するビジネスチャンスになる可能性を秘めているのではないでしょうか。
AIのような新しいテクノロジーに限らず、イノベーションの創発で思いだされるのが、イギリスに留学中の経験からです。
私が属していたロンドンの大学も社会科学研究が盛んで、シンクタンクと共同で研究することがありました。
私が拝聴したプレゼンテーションは政策決定のモデルの提案で、哲学の研究グループと共同で行なっていました。
日本ですと、文部科学省が文学部を再編するプランを提示、哲学を含めた文学部廃止を懸念した大学側が反対声明を発表するなど、今後の見通しが不明な分野です。
どのような分野でも活用できるのならビジネスチャンスに変えるという発想がますます求められてくると思われます。[13][14]
AIブームはいつまでも続かない
インターネットの普及をアリのコロニーの規模の遷移になぞらえた『ブレークポイント』という本があります。
小さく始まったのち、着実に成長、そして爆発的な成長をもたらします。[15]
しかし過成長により肥大しすぎた市場は内部崩壊し、急速に下降、収束するというのです。
インターネットの場合、ITバブルがはじけて、AmazonやGoogleなど一部の勝者が残ったことになります。
多くの新規参入企業も同時に淘汰されました。
AIになぞらえると、いまが「過成長」のときでしょう。
多くの企業がAIの活用を検討、概念実証を経て、本格的な開発あるいは運用フェーズに入ったのかもしれません。スマートフォンにせよAIにせよ、新しいテクノロジーは職を奪う可能性があります。
しかし同時に新しい仕事を増やすことを念頭に置きたいです。
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被害妄想に囚われても始まらない
イノベーションにより社会が変化するのは致し方ありません。
しかしAIに限らず、戦争や景気によって社会の状況はこれまでも変化しました。確かに従来よりも変化のスピードが速いと感じるかもしれません。
だからこそ、AIという被害妄想に囚われるのではなく、便利になる、あるいはビッグチャンスだと捉えるのが重要ではないでしょうか。
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参照
[1]「AIは人類の脅威ではない」(中央公論 2016年4月号 56頁)
[2]「人工知能(AI)との共生 : 人間の仕事はどう変化していくのか」(情報管理 2018年3月号 871頁)
[3]「AIは人類の脅威ではない」(中央公論 2016年4月号 57頁)
[4]「人工知能にできること、できないこと」(学際 第5号 27頁)
[5] http://www.scholarpedia.org/article/Hopfield_network
[6] https://www.nikkei.com/article/DGXMZO14889370U7A400C1000000/
[7]「AI時代に仕事はどうなるのか」(潮 2018年5月号 52頁)
[8]「AI時代に仕事はどうなるのか」(潮 2018年5月号 50頁)
[9] AIは仕事を奪うのではなく「変える」高付加価値業務に移る好機(日経コンピュータ 2018年8月30日号)
[10]『アップルの破壊的イノベーション』122頁
[11] http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc122110.html
[12]『量子コンピュータが人工知能を加速する』59-61頁
[13] http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/10/01/1362382_2.pdf
[14] https://www.sankei.com/premium/news/150907/prm1509070006-n1.html
[15]『ブレークポイント』28頁