ブランド・マネジメントでは、自動車業界の取り組みがユニークかつ戦略的で光っています。
メルセデス・ベンツはなぜ巨額を投じてF1で優勝し続けなければならないのでしょうか。
トヨタはなぜ庶民車と高級車レクサスを同時に売ることができるのでしょうか。
両社のブランド・マネジメント手法は、他業界、他業種の企業の広報担当者や経営企画担当者や経営者にも参考になると思います。
鍵を握るのは「危機感を抱いたら躊躇せずに変わる」行動力です。
本記事では、メルセデス・ベンツやレクセスのブランド戦略について解説していきます。
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目次
なぜ高級車のメルセデスがF1で勝つ必要があるのか
速い自動車であり続けなければならないフェラーリが世界最高峰の自動車レースF1に躍起になるのはわかります。
しかしメルセデスは高級車の代名詞といわれていて、顧客の大半はラグジュアリー感を求めているのでああって、究極の速さを求めているわけではありません。
なのにF1では2014~2017年までメルセデスが連勝しています。F1に出場するには、1チーム大体、年100億~600億円ほどの莫大な費用がかかります[1]。
メルセデスはなぜ、巨額を投じてまでF1優勝を求めるのでしょうか。2014年より前のメルセデスに、どのような事情があったのでしょうか。
ブランド・マネジメントに失敗している
メルセデスのアメリカの拠点であるメルセデス・ベンツUSAは2011年に、顧客満足度が下がっていることを知り、強い危機感を抱きました。アメリカではそのころ、トヨタの高級車ブランド、レクサスの販売が好調だったのです。
メルセデスにとって、富裕層がたくさんいるアメリカ市場は主戦場であり生命線なので、顧客満足度の内容を徹底的に洗い出しました。注目したのは、レクサスが「客を自宅に招くようにもてなす」と評価されていた点でした。もてなしの項目でメルセデスは「『この自動車を買えることを感謝すべきだ』と言われているようだ」と辛らつな意見が寄せられていました[2]。
メルセデスの顧客たちは「いい自動車を売ってもらったからといって、メルセデスに感謝しなくてもいい」ということに気付き始めたのです。これは明らかに、ブランド・マネジメントの失敗です。
小さな車をつくらなければならなくなった
さらにメルセデスは、高級車をつくっているだけでは生き残れない、という危機に見舞われます。自動車の高性能化が進み、どのメーカーも規模を拡大しないと開発費を捻出できなくなったのです[3]。高級車は、利益率は高いのですが、販売台数は多くはないので企業の規模(売上高)を拡大するには不利です。フェラーリやアストンマーティンといった超高級車メーカーが小さな会社なのはそのためです。
そこでメルセデスは低価格車をつくるようになりました。いまは排気量が小さな自動車やファミリー向けの車種を多数ラインナップしています[4]。
これでは富裕層が納得しないでしょう。2,000万円出して買った高級セダンについている「ベンツ・マーク」が、252万円の自動車にもついているのですから。
ダブルのピンチをどう切り抜けるか
つまり2010年代のメルセデスは、高級車を売ろうとすれば富裕層から「偉そうだ」といわれ、低価格車を増やして富裕層を逆なでせざるをえないという、いわばダブルのピンチに襲われていました。
だからメルセデスは、ブランドイメージを高める一貫としてF1に注力したわけです。しかしF1にそこまでの「ブランド維持能力」が備わっているのでしょうか。
優勝すればF1は有効なブランド・マネジメントになる
F1で勝つことは簡単ではありません。F1は1958年から2017年までに52回開催されましたが、そのうち乗用車をつくっている自動車メーカーが年間優勝したのは、ルノー(2回)とメルセデス(4回、2014~2017年)しかありません。残りの46回はフェラーリやマクラーレンなどスーパーカーのメーカーか、ホンダやBMWなどからF1用エンジンの供給を受けたF1専門会社が優勝しているのです。
ちなみに乗用車をつくっているトヨタは2002年に、自動車メーカーとしてF1に参戦しましたが、1度も優勝できずに2010年に撤退してしまいました。
メルセデスの親会社であるダイムラーの時価総額は791億ドルです。トヨタは1,583億ドルです[5]。F1で勝つには潤沢な資金が必要ですが、資金だけでは勝てないのです。
しかしメルセデスはその偉大な事業を成し遂げました。乗用車メーカーによるF1優勝は、「自動車メーカー最高の総合力」を有していることを意味するのです。
販売台数は過去最高を記録し、世界一のブランドにも返り咲いた
メルセデスの2017年の世界新車販売台数は242万4,369台で、前年比8.8%増。7年連続で過去最高を更新しました[6]。
さらにメルセデスは2016年に、実に12年ぶりに世界のプレミアムカー販売首位(高級車ブランド世界一)の地位を奪還したのです[7]。高級車ブランド世界一の座は、2005年から11年連続でBMWが守っていましたし、3位のアウディが長年メルセデスを猛追していました。メルセデスはその2社を押しのけて、見事な復活劇を演じてみせたのです。
これはF1戦略を含むメルセデスのブランド・マネジメント策が成功した証(あかし)といえるでしょう。
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なぜトヨタは庶民車とレクサスを同時に売れるのか
安売りをしないことは、ブランド・マネジメントでは鉄則です。しかしトヨタは、庶民の味方であるカローラを生産・販売しながら、レクサスという高級車を生産・販売し、しかも両方とも好調なセールスを記録しているのです[8]。
なぜトヨタだけ、安い製品を売りながら高級品のブランドイメージを維持できているのでしょうか。
「退屈」だからブランドになることができた
トヨタはレクサスについて、トヨタとは別のブランドであると考えています。しかし「株式会社レクサス」があるわけではないので、レクサスはトヨタという大きなブランドのなかの高級車部門ともいえます。
そのレクサスは1989年にアメリカで生まれ、日本にレクサスが「逆輸入」されたのは2005年です。レクサスは誕生からまだ30年足らずなので、高級ブランドに求められる「歴史」がありません。
なのにレクサスが高級ブランドに名を連ねることができているのは、壊れないからです。
アメリカの製品調査会社J.D.パワー社が2017年に自動車の耐久品質調査を行い、長期にわたって高品質を維持し続けている自動車メーカーのランキングを発表しました[9]。
1位レクサスとポルシェが同率
3位トヨタ
4位ビュイック
5位メルセデス
6位ヒュンダイ
7位BMW
8位シボレー
9位ホンダ
10位ジャガー
レクサスは「他社の高級車の故障の多さに嫌気を差したオーナーが選ぶ高級車」という評判を獲得していますが、このランキングはその実力を裏付けるものといえるでしょう。
しかし「~でない」という否定形で表現されたイメージは、高級ブランドにとってはあまり好ましいものとは言えません。例えば「抗菌加工で菌がつかない」というイメージを、エルメスやルイ・ヴィトンがほしがるとは思えません。
しかも「壊れない」を肯定語で表現すると「頑丈」になりますが、これは高級品にはそぐわないものです。頑丈さは農機具や大工道具などの実用的なシーンで評価される価値です。
そして「壊れないレクサス」という評価は、トヨタ側もあまり喜んでいません。
レクサスの幹部は「レクサスがブランドを構築したなどと偉そうなことは言えない」と述べていますし[10]、トヨタのトップ、豊田章男氏ですらレクサスに「退屈」というイメージがあったことを認めているのです[11]。
つまりレクサスのブランド・マネジメントを総括するとこうなるわけです。
・レクサスは短期間で高級ブランドになることに成功した貴重な成功事例
・しかしレクサス自身は従来のブランド・マネジメントに不満がある
ではトヨタはレクサスを「どうしたい」のでしょうか。そこには、ブランド・マネジメントの本質が隠れているに違いありません。
まさにブランド・マネジメントをしている最中
豊田氏は2016年1月に、公の場で「もう『レクサスは退屈』とは言わせない」と言い放ちました。これは、従来のブランド・マネジメントを完全に否定すると同時に、新しいブランド・マネジメントを始めることを宣言したのです。
そして豊田氏はこう続けました。
「レクサスを熱いブランドにする」
とても明確なメッセージです。
レクサスが取り組んでいるのは「意外性」と「ファッション性」の追求です。
メルセデスのF1戦略は、自動車の性能を究める点で、王道のブランド・マネジメントといえます。
しかしレクサスは、あえて王道ではなく「意外性」を選択し、そしてファッションブランドでもないのに「ファッション性」を重視していこうというのです。
これは「100年ブランド」を構築しているメルセデスやBMWに対抗するための戦略なのです[10]。
宙を浮くスケボーと高級ボートをつくる狙い
レクサスは2015年に宙に浮くスケートボード「ホバーボード」を、そして2016年には高級プレジャーボート「スポーツヨットコンセプト」を発表しました。
高級ボートはV型8気筒5リッターエンジンを積み、海上を時速80㎞で疾走します。
いずれも意外ですしファッショナブルです。
豊田氏は意外性とファッション性にこだわったブランド・マネジメントについて次のように解説しています。
- レクサスをカーブランドからライフスタイルブランドに昇華させる
- エモーショナルなストーリーを伝える
- レクサスに触れていない人に接触する機会をつくる
これを翻訳するとこうなります。
- 自動車から生活へ
- 性能から感情へ
- 自動車を必要とする人から自動車を必要としない人へ
レクサスは、これまでとは異なることをしようとしているわけです。
豊田氏は、レクサスのチーフブランディングオフィサーに就任しています。トヨタのトップが高級車のブランドづくりの先頭に立っているわけです。ちなみに豊田氏は専属のスタイリストをつけ、発表会の性質に応じた服を着ているそうです[12]。
そしてレクサスの開発現場の2トップである福市得雄氏と澤良宏氏という方々は、デザイナー出身です。人材面でも「ファッション・シフト(体制)」を敷いているのです[12]。
まとめ ブランド戦略について
メルセデスとレクサスから学ぶべきブランド・マネジメントは、変わる勇気ではないでしょうか。
ブランド・マネジメントが必要になる企業は、とりあえずブランド化には成功しているわけです。なのにメルセデスとレクサスの教訓は、「成功している今こそ変えろ」と教えているわけです。変化には必ずリスクが伴います。
ではブランド・マネジメントに取り組む経営者や担当者は、どうやってその勇気を振り絞ったらいいのでしょうか。ここでも豊田章男氏の言葉が役立つと思います。
「守りに入って失敗するくらいなら、攻めて失敗したほうがまだ浮かばれる」[10]。
失敗を恐れない覚悟が、ブランド・マネジメントの出発点になるのかもしれません。
参照
[1]年600億は何のため? F1 年間予算の内実と今後 F1マネーの真相(ベストカー)https://bestcarweb.jp/news/business/1524
[2]メルセデス・ベンツを顧客第一主義に変えた「カスタマージャーニー」とは――本当に強いブランドは自ら変わり続けている(Book Bang)https://www.bookbang.jp/article/525827?all=1
[3]進む自動車メーカー再編(加谷珪一)http://news.livedoor.com/article/detail/13594968/
ブランドイメージを大刷新! メルセデス・ベンツ初の「日本人社長」(プレジデント)https://president.jp/articles/-/16319
[4]メルセデス・ベンツ車種一覧(レスポンス・カタログ)http://response.jp/assistance/catalog/maker/ME/
[5]世界「自動車メーカー」時価総額ランキング GM超えのテスラは何位?(ZUU online)https://zuuonline.com/archives/146877
[6]メルセデス世界販売、7年連続の記録更新…8.8%増の242万台 2017年(レスポンス)https://response.jp/article/2018/01/10/304509.html
[7]メルセデス、世界高級車販売台数で12年ぶり首位…過去最多の208万台 2016年(レスポンス)https://response.jp/article/2017/02/01/289862.html
独ダイムラー、売上高と営業利益が過去最高 17年12月期(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26425740R00C18A2TI1000/
[8]新型車カローラ スポーツ 受注状況について(トヨタ)https://newsroom.toyota.co.jp/jp/toyota/23634975.html
レクサス 1〜6月の世界販売、過去最高を記録 新型LS、RXシリーズが好調(AUTOCAR)https://www.autocar.jp/news/2018/08/01/307597/
[9]ブランド別ランキングではレクサスとポルシェが同率1位 セグメント別ランキングでは、トヨタ自動車が10モデル、ゼネラルモーターズが4モデルでトップ(J.D.パワー)https://japan.jdpower.com/ja/Press-release/2017%20US%20VDS%20translated%20JP
[10]100年の歴史を持つ欧州ブランドに対抗するには、レクサスがオンリーワンの地位を築くしかない(ハーバード・ビジネス・レビュー)http://www.dhbr.net/articles/-/3528
[11]豊田章男社長「レクサスを熱いブランドにする。もう退屈とは言わせない」(プレジデントオンライン)https://president.jp/articles/-/17782
[12]なぜ、レクサスはラグジュアリーボートを作ったのか?(GQ)https://gqjapan.jp/car/story/20170310/lexus-sport-yacht-concept