2020/07/29

トヨタの5Sを通して考えるマニュアルの功罪 「究極の手法」に潜む危険性とは 

徹底的に無駄をなくせば、仕事の効率がアップし、生産性が増す。

デスクの上に置かれているのは電話1台だけ。
パソコンのデスクトップ上のフォルダは3列まで。
モノにはすべて住所があり、迷子になることは決してない。
必要な書類はいつでも10秒で取り出せる。

こうしたトヨタの「片づけ文化」を支え、生産方式の土台となっているのが、5Sです [1]。
整理・整頓を中核とする5Sは、ひたすら効率性、生産性を追求したマニュアルに落とし込まれ、国内の企業ばかりか、海外でも広く取り入れられています。

それは、半世紀以上にわたる試行錯誤によって磨き抜かれた知見の結晶。
そのことに敬意を抱きつつ、一方で、こうも思うのです。

「究極の手法」などというものが、本当に存在するのだろうか。
もしあったとしたら、それはそれで危険なのではないか、と。

 

 5Sの概要

 

上の疑問について考える前に、トヨタの5Sがどのようなものか押さえておきましょう。

トヨタは5Sを「仕事の基本中の基本」、仕事そのものであると位置づけています。
以下の表1は5Sのコンセプトを表しています。


表1 5Sのコンセプト
出典:*1 「片づけをすれば生産性がアップする<CHAPTER1 LECTURE02」

トヨタには「何事も5Sから」という考え方があります。
5Sを実施すれば、安全の確保、原価低減、品質の安定、従業員のマネジメントなど、さまざまな問題が改善されると考えられているのです [2]。

表1にあるように、5つのSのうち、まずは整理・整頓を徹底するだけでも効率がアップし、生産性向上の効果があるといいます [3]。

 

 オフィスにおける整理・整頓

 

製造業のイメージが強い5Sですが、実は企業の規模、業界、職種を問いません。
オフィスにおいても、その手法は有益であるとされています。

そこで、ここからは、業種を問わず必要なオフィスでの整理・整頓にフォーカスしたいと思います。

 

~「先入れ先出し」~

 

表1でみたように、整理の考え方は「いるものといらないものとを分け、いらないものは捨てる」です。

名刺もその例外ではありません。
「1年間、連絡をとらなかった人の名刺は処分する」など、明確なルールを設け、定めた期限がきたら即刻、処分します。
メールも同様に、要らなくなったら即刻、削除します [4]。

では、書類はどうでしょうか [5]。
トヨタには、「先入れ先出し」という原則があります。

まず、トレーをひとつ用意します。
1日に何回か、そのトレーにたまった書類を入ってきた順に処理します。
このとき、書類を3つに分類し、以下のように処理するのがポイントです (図1)。


図1 書類の処理方法
出典:*1 「書類も先入れ先出しで処理する<CHAPTER2 LECTURE07」 

 

~赤札活動~

トヨタが大切にしている手法には「赤札活動」というものもあります [6]。
「使わないもの」「使えないもの」に必要事項をメモした赤札を貼っていきます(図2)

次に、赤札を貼ったもの全てについて、品名、担当者名など赤札に書いたことを一覧表にします。
その中から、皆で話し合い、不必要なものを決めて捨てますが、処理に迷うものがあったら、期限を設けておき、その期限がきたら処分します。


図2 赤札の例
出典:*1 「『いらないもの』がわかる『赤札活動』<CHAPTER2 LECTURE09」

書類もこの赤札活用の例外ではありません。
いずれ不要になる書類にはあらかじめ期限を書いた赤い付箋を貼っておき、その期限がきたら処分します。

 

~よく使うものは近くに置き、あまり使わないものは遠くに置く~

書類の保管に活かされているのが、「よく使うものは近くに置き、あまり使わないものは遠くに置く」という原則です [7]。

そのために、書類を年度別・月別にボックスに入れ、右から左に流します(図3)。


図3 書類の保管方法
出典:*1 「書類を年度別・月別に新しいものから並べる<CHAPTER3 LECTURE03」

翌月、新しいボックスが右側に加わると、古いボックスが押し出されますから、押し出されたボックスを少し離れた収納棚に並べ、やがて定めた期限がきたら、処分します。

 

~パソコンデータは「住所」で管理する~

最後にパソコンデータについてみていきましょう [8]。

デスクトップに多くのファイルが並んでいると、探したいファイルをみつけるのは大変です。
そこで、いらないものは即刻、削除。
その上で、ファイルに「住所」を決めて整頓します。

データを大分類、中分類、小分類の3層に分け、入口となる大分類のフォルダだけをデスクトップ上に置くというやり方です(図4)。


図4 ファイルとフォルダの管理方法
出典:*1 「文房具やパソコンデータも『住所で管理する』<CHAPTER3 LECTURE08」

 

5Sは「究極の手法」か

 

これまでトヨタの5Sのうち、オフィスにおける整理・整頓の手法をみてきました。
なるほど、合理的で、無駄を省き、効率アップに効果的な手法であるという感触です。
整理・整頓は日本人の感性にもぴったりハマります。

では、トヨタの5Sは本当に「究極の手法」なのでしょうか。

 

~「超」整理法:整理・整頓はしないという考え方~

ここでご紹介したいのが、トヨタの整理・整頓とは対極にある方法論です。
題して『「超」AI整理法』 *2。

著者は経済学者の野口悠紀雄氏です。
野口氏が1993年に著した『「超」整理法』のノウハウは、それまでにない方法論として話題になりました。

「整理はくだらない仕事だから、どうやってサボれるかを追求した」
と彼はいいます [9]。

野口氏は、
「『いらないものは捨てましょう』という考え方はナンセンスだ」
と述べています。
そもそも「何がいらないか」がわからないから苦労しているのだというのがその理由です。

また、情報の場合、「整理は分類である」という考え方も間違いであるといいます。
その理由は2つ。

ひとつは、整理とは思想であり、思想によって分類が変わること。
もうひとつの理由は「コウモリ問題」です。
コウモリのように複数の属性をもつものを分類しようとするとき、「空飛ぶ動物」に分類すべきか、それとも「哺乳類」に分類すべきかという問題です。

そこで、野口氏が考え出したのが、「押し出しファイリング」という方法です(図5)


図5 押し出しファイリング
出典:*2 「分類するな。ひたすら並べよ<第2章 情報洪水時代に必要な『超』整理法の思想」

この方法は、
「分類するな。ひたすら並べよ」
という野口氏のモット―に基づいています。

まず、本棚に一定の空間を確保します。
A4版が入る大きさの封筒に書類を入れ、封筒裏面の右肩に日付と内容を書き、封筒を縦向きにして、内容に関わらず、左端から並べていきます。

新しい書類は、封筒に入れ、左端に並べるという操作を続けます。
そうすると、使わなかった封筒は次第に右に押し出されていきます。
右端にきた書類は使わなかったものなので、不要である確率が高いため、右端から捨てます。

ただし、長時間、使わなくても残しておきたい書類は「神様ファイル」として、別にしておきます。

ここまでみると、先ほど図3で示したトヨタの書類保管法と、右・左の向きが違うだけではないかと思われるかもしれませんが、両者には決定的な違いが2点あります。

ひとつは、この「押し出しファイリング」では、書類を分類しないこと。
もうひとつは、取り出して使った書類は元の位置に戻さず、左端に置くという点です。

実は、この『「超」整理法』は、数学的に最適な方法であるといわれています [10]。
コンピュータサイエンスにおける方法論と合致するというのです。

「キャッシュがいっぱいになってデータを捨てなければならなくなった場合、どのデータを捨てるべきか」
という問題の答えが、LRU(最長時間未使用の原則)です。
これは、「最後に使われてから最も長い時間が経ったもの」を捨てるという方法論です。
「押し出しファイリング」は、自動的にLRUを見出す方法になっているのです。

もうひとつ、
「キャッシュに新しいデータを加えるとき、それをどこに入れるか、使用したデータはどこに戻すか」
という問題がありました。
「自己組織化リスト」問題です。
その答えは、
「使用したデータをリストの先頭にもどせばよい」
です。
これは、MTF(先頭に送る)法と呼ばれ、この方法をとれば、検索時間が短くなることがわかっています。

「押し出しファイリング」はこのMTFそのものです。
つまり、「超」整理法の基本原則はLURとMTFで、数学的に最適であることが証明されているのです。


実際に、「押し出しファイリング」では、必要な書類を探すのに必要な時間は、ふつうは数秒、暫く使わなかった書類でも2、3分ですみます。

筆者もふだん、主に「押し出しファイリング」方式で書類を管理していますが、手間がかからず、探しやすく、便利なノウハウだというのが実感です。

冒頭で、トヨタの5Sでは、必要な書類が10秒で取り出せるとお話ししました。
でも、取り出すのは10秒でも、5Sはそうするために、整理・整頓という手間をかけています。
つまり、先行投資が必要なのです。
それに比べると、「押し出しファイリング」の方がずっとコストが低い方法だといえます。

メールやデータについても「超」整理法は、5Sの「フォルダ方式」とは対照的です [11]。
「捨てる努力をやめて検索する」
という新たな方法論を示し、具体的なノウハウを示しています。

名刺も8枚くらいまとめて撮影し、データを保存する方法を推奨しています [12]。

~5Sと「超」整理法:対照的な手法からみえてくるもの~
これまで5Sと「超」整理法という対照的な手法を比べてきましたが、それは、5Sを貶したいからでも、「超」整理法の方が優れた方法であるということを主張したいからでもありません。

基本的に5Sは組織が用いる手法ですが、「超」整理法の方は、組織に特化した方法論ではありません。


また、5Sの概要をまとめるために参考にした『トヨタの片づけ』 *1 は2016年出版、『AI「超」整理法』 *2 は2019年出版で、この3年の時差がこれらの方法論の違いに反映している可能性もあります。

でも、実は、そこにこそヒントがあるのではないかと筆者は考えます。

「究極の手法」というものが、ある組織の中で、ある時点に存在し、その時点でいかに素晴らしいものであったとしても、それが永遠に有益であるとは限らないということです。

また、ある手法を絶対視してしまうと、他に優れた手法があったとしても、そこに目を向けることが難しくなってしまうのではないでしょうか。

それは、ケースバイケースでいくつかの手法を使い分けたり、組み合わせたりする柔軟な姿勢を阻む要因ともなるでしょう。

これから、こうした問題について考えてみたいと思います。

 

 「究極の手法」に潜む原理的な危険性

 

~客観的な検証の欠落~

「究極の手法」の陥りがちな罠に、その効果の検証が難しいという点が挙げられます。

あることを正しく評価しようと思えば、検証が欠かせません。
「必要な書類を10秒で取り出せる」という点を例にして考えてみましょう。

この場合、「必要な書類が10秒で取り出せた」という効果にばかり目が向きがちですが、実は5Sの場合、その実現のために「整理・整頓」というコストがかかっていることは既に述べた通りです。

プログラムや戦略を客観的に正しく評価する方法のひとつにランダム化比較試験(RCT)というものがあります [13]。

この評価法は、グーグルが意思決定の要にしていることでも知られています。
2010年時点で、同社は年間12,000ものRCTを実施しています。

その発端はこうです。
あるとき、グーグルのトップデザイナーが同社の検索ページに使う新しい青色を提案しました。
彼はその色に変えれば、広告のクリック率が上がると主張しました。

でも、それが正しい提案かどうか、簡単に検証することはできません。
検索ぺージをその青に変えて結果を調べ、もしクリック数が上がったとしても、その原因がその青に変えたことか、他に原因があるのか判断できません。

さらに、「反事実」、つまり「色を変えなかったら、もっとクリック数が上がっていたかもしれない」ということも検証できません。

そこで、試行錯誤の結果、同社は最終的に、41種類の青色を用意してRCTを実施することにしました。
ユーザーが検索エンジンを使うと、いずれかの色のページにランダムに誘導する設定にして、それらの結果によって判断したのです。
そうした方法によって、グーグルは勘や思い込みを排して、最適な青を見つけ出すことに成功し、年間売上が2億ドルもアップしたといいます。

以上のように、ものごとを的確に評価しようとすれば、客観的にその効果を検証することが必要です。

でも、その手法がある組織で絶対的なものとみなされていると、それが聖典化し、権威をもち、本当に効果がある手法なのかというという原点が疎かにされがちです。

 

~標準化の弊害~

「究極の手法」に内在するもうひとつの危険性は、形骸化です。

5Sは現場ではマニュアルに落とし込まれ、ルール化されて実施されています。
マニュアルは、属人性を排除した、業務の標準化です。

マニュアルが絶対視されればされるほど、そのマニュアルに従うことが免罪符となり、マニュアルに従ってさえいればいいのだと、マニュアル自体が目的化し、固定化されます。
その結果、社員は本来の目的を見失い、「究極の手法」は形骸化します。
それは、私たち人間の普遍的な弱さではないでしょうか。

トヨタには「なぜそれをしないといけないのか」と上司に疑問をぶつける社員が大勢いる。
そのような社員は、仕事に付加価値を産み、役職が上がっても、深い洞察力を備えたリーダーとして活躍しているといいます [15]。

彼らは与えられたものを無批判に受け入れるのではなく、上からの指示を批判的に捉える思考形態をもち、疑問を抱いたらその疑問を放棄しないで、自分の頭で考えようとする姿勢をもっている。
それゆえに彼らは有能なのです。

それは、マニュアルに盲目的に従うという方向性とは正反対のベクトルです。
そうした主体的な態度によって、組織全体が、マニュアルを、そして手法自体を、常に見直す。
そうした姿勢が大切です。

 

 おわりに

 

優れた手法にはそれ故の危険性が潜んでいます。
どれほど優れた手法であっても、それはあくまでツールであり、手段です。
組織を活性化し、成果を産み出すためには、組織全体が主体的な姿勢でそのツールを見直し、改善し、適切に運用していく、そんな柔軟性が必要ではないでしょうか。

参照
*1 OJTソリューションズ(2016)『トヨタの片付け』KADOKAWA(デジタル版初版)
*2 野口悠紀雄(2019)『「超」AI整理法』KADOKAWA(デジタル版初版)
*3 マシュー・サイド(2016)『失敗の科学』株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン(デジタル版)
*4 OJTソリューションズ(2015)『トヨタ仕事の基本大全』KADOKAWA(デジタル版初版)


[1] *1:「はじめに―部下500人分の資料もデスク1つで大丈夫」
[2] *1:「片づけをすれば生産性がアップする<CHAPTER1 LECTURE02 片づけは雑務じゃない。『仕事そのもの』である」
[3] *1:「整理整頓を徹底するだけでも成果が上がる<CHAPTER1 LECTURE02 片づけは雑務じゃない。『仕事そのもの』である」
[4] *1:「片づけに聖域はない・いらなくなった名刺はすぐに削除<CHAPTER2 LECTURE10 1年間使わなかった名刺は即刻処分」
[5] *1:「書類も先入れ先出しで処理する<CHAPTER2 LECTURE07 先に入ってきたものから、先に出しなさい」
[6] *1:「『いらないもの』がわかる『赤札活動』<CHAPTER2 LECTURE09 『使わないもの』『使えないもの』を明らかにする」
[7] *1:「書類を年度別・月別に新しいものから並べる<CHAPTER3 LECTURE03 『使う頻度』で置き場所を決める」
[8] *1:「文房具やパソコンデータも『住所で管理する』<CHAPTER3 LECTURE08 モノの『住所』を決めなさい」
[9]*2:「分類するな。ひたすら並べよ<第2章 情報洪水時代に必要な『超』整理法の思想」
[10]*2:「『超』整理法は、数学的に最適な方法<第2章 情報洪水時代に必要な『超』整理法の思想」
[11]*2:「第3章 AI時代の『超』メモ帳」
[12]*2:「AI時代における名刺の『超』整理法<第8章 AIで事務作業を効率化」
[13]*3:「Googleが選んだ『最高の色』<第4章 難問はまず切り刻め」
[14]*3:「究極の失敗型アプロ―チ:事前検死<終章 失敗と人類の進化」
[15]*4:「おわりに」