W杯開催前、日本代表に期待を寄せている人はお世辞にも多くありませんでした。日本サッカー協会はW杯出場を決めたハリルホジッチ前監督を大会直前に解任し、後任に同協会の西野朗技術委員長を任命したという騒動があったからです。
ところがこうした逆境をはねのけ、西野ジャパンはベスト16という好成績を残しました。
ここではW杯本番直前の監督交代劇を簡単に解説しつつ、ハリル前監督と西野監督のリーダーシップのあり方を比較します。
なぜ西野ジャパンが結果を残せたのか、西野監督のリーダーシップを組織に当てはめた場合にどのように考えるべきなのかを解説します。
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目次
W杯本番直前の監督交代劇
ヴァヒド・ハリルホジッチ前監督は、世界各国で監督として活躍し、2015年に日本代表監督に就任するまでコートジボワールとアルジェリアの代表監督も経験してきました。
日本代表監督に就任してからは、従来の日本の「ボールを支配するサッカー」を否定し、「縦方向の展開が速いサッカー」「ボールの奪い合いで勝つ身体能力の強さ(デュエル)」を志向しました。デュエルを高めるために、体脂肪率や「スプリント数(試合中のダッシュの回数)」、走行距離をデータ化し、重視していました。2016年のW杯予選でのオーストラリア戦とサウジアラビア戦は、こうしたハリル前監督の試みが結実した試合だったと言えます。
しかし2017年以降、ハリルジャパンの成長は鈍化します。能力の有無ではなく、自分の意向に沿うかどうかで選手を選り好みした結果、予選終盤はチームの動きが悪くなり、2017年末のカップ戦では韓国に1-4で負けるなど明らかにパフォーマンスを低下させたのです。
これと並行してハリル前監督は過激な発言で物議をかもしてきました。報道によるとサッカー以外のところでもチームの士気を下げるような発言が目立っていたといいます。
その結果、2018年4月9日、W杯本番を控えたタイミングでハリルホジッチ氏の解任に至りました。日本サッカー協会の田島幸三会長は「選手とのコミュニケーションと信頼関係が薄れている」と解任理由を説明し、後任に西野監督を任命したのでした。
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西野監督がチームから受け入れられた理由
ハリル前監督のリーダーとしての振る舞いは「独断的」だったと言えます。報道によると、例えば本田圭佑選手や香川真司選手、岡崎慎司選手らが戦術の見直しを直談判した後、彼らの出場時間を減らし、代表にも呼ばなくなったことがありました。自分の信じるサッカーを推し進め、そのやり方に逆らう選手を排除したのです。
また報酬の引き上げ要求や、CM起用へのアピールなど、「代表監督」としてではなく「ビジネスマン」としての振る舞いも目立ちました。こうしたやり方に日本選手は違和感を持ち、ハリル前監督は求心力を失っていったと考えられます。
一方で、今大会で予想外の結果を残した西野監督は、なぜチームから受け入れられたのでしょうか。それは西野監督がハリル前監督とは対照的な方針をとったからだと考えられます。というのも西野監督は、一定の戦術を示しながらもその中で具体的にどう動くか、選手に任せていたからです。
こうした姿勢はガンバ大阪時代、西野監督に指導を受けた橋本英郎選手が「(西野監督は)規律の中の自由度は高い」と語っていることや、西野監督自身がインタビューなどで「日本人の良さを活かしたサッカー」「チーム全体で試合中の判断を共有する」「選手にとって代表チームはやりたいサッカーができる場所」などと発言をしていることからもうかがえます。
これが選手たちに受け入れられ、今大会の結果につながった可能性は十分にあります。本田選手が西野監督就任後に報道陣に対して「(西野監督は)選手のアイデアをある程度尊重してくれる」と評価していることからも、少なくとも西野監督が選手たちに受け入れられていたこと分わかります。
西野ジャパンに見る「リーダーシップ」
ではここで、ひとつ考えてみましょう。ハリル氏はサッカーチームの監督として失敗し、西野監督は成功しました。これは、他の分野であっても同じだったのでしょうか。 以下ではここまでの内容を踏まえ、ハリル前監督と西野監督のリーダーシップを組織に置き換えた場合にどのように考えられるかを解説します。
リーダーの「本来の仕事」
日本代表を初のW杯出場に導いた岡田武史さんは、2009年に早稲田大学で開催された特別講演で次のような言葉を残しています。
「監督の仕事って何だ?」といったら1つだけなんです。「決断する」ということなんです。
実世界では「Aという選択肢を選べば結果がZになる」「Bという選択肢を選べば結果がYになる」といった法則が通じるとは限りません。組織でも同じです。確かにデータや資料を集めればある程度、未来を予測することは可能です。しかし何かのきっかけで、予測と真逆の未来になる可能性も十分あります。
この「もしかすると真逆の未来になるかもしれない」というリスクを覚悟した上で「Aという選択肢を選ぶ」と決断をするのが監督の仕事であり、リーダーの仕事です。岡田さんが言っているように、リーダーの仕事は基本的にこれだけです。
組織の上に立つ人間には「部下に目標を与え、その結果を評価する」という重要な仕事もありますが、これも結局のところは「この部下にはどのような目標が適切かを決断し、その部下が出した結果をどう評価するかを決断する」ということです。したがって、リーダーの仕事は「決断すること」だけなのです。
自分のやり方を大切にしている人や、親切な人ほど仕事のやり方にまで口や手を出したがるものです。しかし、リーダーの仕事は決断することだけだと考えれば、これはリーダーの仕事の内容を履き違えていると考えられます。
与えられた目標をどうやって達成するべきかを考え、行動するのは部下の仕事です。そこに上司が口や手を出すと、部下は「自分の仕事は上司が考えたやり方に沿って行動することだ」と勘違いし、自分で考えることを放棄してしまいます。また「自分が考えたやり方ではない」場合、部下が結果の良し悪しを上司の責任だと考えかねません。
リーダーが部下に「何もかもを自分の指示通りにやらせる」という姿勢で接すると、自分では何も考えない部下が生まれるばかりか、自分の仕事に責任がとれない部下を量産してしまうのです。
リーダーは決断するということだけが仕事だと考えるべきなのです。
2人の監督の「リーダーシップ」の違い
ハリル前監督の評判や言動から分かるのは、彼の「自分の言う通りにしろ。反論は認めない」という姿勢です。ハリル前監督は盛んに「つなぐな、とにかく蹴れ!(縦に展開しろ)」と指示を飛ばしたとされますが、これはまさに仕事のやり方に口を出して部下にあたる選手たちの思考を奪い、責任能力を奪いかねないリーダーシップの手法と言えます。
これが勤続年数の短い社員と、勤続年数の長いマネジメント層の関係であれば、社員が思考力と責任能力を失うだけで済んだかもしれません。マネジメント層は社員の代わりに仕事のやり方を考え、責任をとるので、仕事は大変になります。しかし少なくとも社員は自分の指示を聞いてくれるでしょう。
ところがハリル前監督の部下は、世界を舞台に活躍する「サッカーのプロ」です。もちろんハリル前監督はプレイヤーとしてもプロ経験があり、監督としてもプロですが、前述の社員とマネジメント層ほどの力関係にはありません。
元スター選手の中田英寿さんは、スポーツ経営人材の輩出を目指すセミナー「Number Sports Business College」の中で自分が日本の代表監督を目指さない理由として、「僕は、選手がどれだけ監督の言うことを聞かないかを知っていますから」と答えています。中田さんのこの発言からも分かるように、選手と監督の間には口答えができないほどの厳しい上下関係があるわけではないのです。
平社員とマネジメントのような上下関係もない上に、日本代表に選ばれるほどの選手には自分で考える思考力もあり、責任を取る覚悟もあるでしょう。しかしハリル前監督は「自分の言う通りにしろ。反論は認めない」という姿勢をとり続けました。これでは選手たちが不満を募らせ、求心力を失うのも仕方ないでしょう。
一方、西野監督のリーダーシップは、橋本選手や本田選手の発言からも、前述の「リーダーの本来の仕事=決断」を踏まえたものだと分かります。決勝トーナメント進出を決めたポーランド戦は、まさに西野監督のリーダーとしての決断が生きた試合と言えます。
試合会場で浴びせられるブーイングも、万が一決勝トーナメントに進めなかったときの責任も全て自分が背負うと覚悟した上で、リーグ戦の順位決定方法を利用して「試合に負けても、決勝トーナメントに進出する」という道を選んだのは、リーダーにしか下せない決断です。
2人の監督の「ビジョンの示し方」の違い
またハリル前監督と西野監督は「ビジョン」の示し方も大きく異なっています。
ハリル前監督は「縦方向の展開が速いサッカー」と「デュエル」というビジョンを示してはいましたが、同時にビジネスが真の目的かのような振る舞いをしたり、「W杯が終わったら日本を去る」といった発言をしたりと、代表チームをないがしろにする言動もありました。
一方で西野監督はインタビューや記者会見などでも、繰り返しチームとして、監督としてのビジョンを語り、かつそのビジョンと一致しない言動はしませんでした。このおかげもあって、選手たちは安心して西野監督のもとでプレイできたのかもしれません。
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まとめ 組織に求められるのは「西野型」のリーダーシップ
「リーダーシップ」というと、ハリル前監督のような、自分の意志を貫く強気のリーダーシップを想像するかもしれません。
しかし、本来組織に求められるのは、西野監督のような「決断すること」に特化したリーダーシップです。特に経験も能力もある代表チームのような組織では、西野型のリーダーシップが求められるでしょう。
今回のW杯をきっかけに、自分が部下に対してどう接しているか振り返ってみるのもいいかもしれません。
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