人事戦略は、企業の成功に欠かせない重要な要素です。
人事戦略を統括する管理者には「人事部長」のほか、「CHO」「CHRO」といったポジションも存在します。
今回は、CHOやCHROの定義や役割、人事部長との違いについて考察します。
企業の成長を成し遂げた人事戦略の事例もご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
「CHO/CHRO」とは人事戦略の最高責任者のこと
CHOやCHROとは、企業の人事戦略最高責任者を表す言葉です。
英語で示すと次のようになります。
【CHO/CHRO=Chief Human Resources Officer】
- Chief……最高
- Human:……人間の、人的な
- Resources……資源、リソース
- Officer……役員、責任者
CHOもCHROも英語表記は同じですが、リソースを意味する「R」の有無で意味が変わります。
CHROはCHOと比較して、人材採用や評価・給与に至るまで、人事管理の細部を統括する責任者として表現されることが多いです。
一方、CHOという言葉は、組織文化の醸成などに重点をおく「人事戦略最高責任者」を指すときに使われます。
ただ、実際のところは区別されないケースがほとんどで「共に同じ役割」「同じポジション」として使われることが多いようです。
CHOと人事部長との違い
CHOやCHROと人事部長との主な違いは、その役割の範囲と影響力にあります。
簡単にいうと、人事部長は採用や給与管理など、日常的な人事管理業務を統括する責任者です。
一方、CHOは経営陣の一員としての責任をもち、組織全体の人的資源戦略を策定し、実行する権限を持ちます。
両者の違いをわかりやすく比較していますので、下記も参考にしてください。
【CHOと人事部長との違い】
CHO/CHRO | 人事部長 | |
組織内の地位 | 経営陣の一員 | 人事部門の責任者 |
役割と責任 | 全社的な人事戦略や方針策定を担う | 採用や評価、給与、福利厚生などの具体的な人事管理業務を担う |
意思決定の範囲 | 組織全体 | 部門レベル |
必要なスキル | 戦略的思考、リーダシップ | 人事管理や法令の知識、コミュニケーション能力、部門単位での業務遂行力 |
CHO/CHROと人事部長の役割は、一見すると同じように見えますが、意思決定の範囲や具体的な業務は違います。
「CHOは全社的な人事戦略を決定する」「人事部長は人事戦略に基づく細かな管理をしていく」と理解するとわかりやすいでしょう。
「CHO/CHRO」5つの役割
CHOやCHROが担うべき役割についても見ていきます。
【CHOやCHRO5つの役割】
- 人事戦略の策定と実行
- CEOとの連携による戦略的な意思決定
- 人事領域におけるガバナンス強化
- 組織文化の醸成
- 従業員エンゲージメントと生産性向上
人事戦略の策定と実行
CHO/CHROの重要な役割のひとつに「人事戦略の策定と実行」があります。
CHOやCHROは、企業の成長のための人事戦略を経営目線で考え、それを具体的な取り組みに細分化していくことが求められます。
例えば、新事業での成長を計画しているIT企業を例に、CHOの役割を考えてみましょう。
まず、CHOは自社組織のビジョンや目標をもとに、どのような人事戦略が必要なのか考えていきます。
新事業を計画するIT企業であれば、技術開発やイノベーションにおいて経験豊富な技術者や管理者が必要になるでしょう。
特定のスキルを持ったスタッフを採用したり、他社からヘッドハンティングしたりする戦略も必要です。
人材育成や研修プログラムを計画するのも、CHOの役割です。
さらに人的資源を通じて持続的な成長を遂げるには、エンゲージメント向上やパフォーマンス向上に関わる評価制度も策定しなければいけません。
このように、CHOには経営目線で人事に関する戦略を考え、実行していくことが求められるのです。
関連記事:識学総研「戦略人事が注目される理由とは?そのメリットや役割、経営戦略と違いのを解説」
CEOとの連携による戦略的な意思決定
CHO/CHROは、CEO(Chief Executive Officer※最高経営責任者)など、他の経営陣と緊密に連携し、企業の戦略的な意思決定をおこないます。
具体的には、次のような役割を担います。
- 長期的な組織計画……CEOと協力しながら、組織全体の長期的なビジョンに則した組織計画を立案し実行する。組織目標に必要な人材やスキルを明確にし、計画に基づいた採用計画や人材育成計画を策定する
- 組織変革……企業の再編や合併など、大規模な変更に際し、CEOと共に人事面でのプロセスを管理する
- 危機管理とリスク管理……突発的なリスクが発生した場合には、経営責任者の立場で、影響を最小限に抑えるための戦略を実行する
CHOは役割こそ人事戦略がメインかもしれませんが、立場としては経営責任を担う最高幹部のひとりです。
組織全体の目標達成に必要な、さまざまな戦略や意思決定を担う重要な立場といえます。
人事領域におけるガバナンス強化
CHO/CHROは、人事領域におけるガバナンス強化、具体的には「法令遵守」「倫理基準の維持」「リスク管理」などの任務を担います。
例えば、従業員の行動指針や企業の倫理基準を定めるのもCHOの役割です。
さらに、組織全体のコンプライアンス基準を明確にし、その基準が組織全体で遵守されるように管理していく責務も担います。
また、CHOやCHROは、労働関連の法規制に違反しないよう、法的リスクを最小限に抑えるための戦略を立案します。
CHOの役割は、単に人事関連のルールを定めるだけではありません。
人事戦略に企業の目標やビジョンを反映させつつも、同時に法的要件を満たすように管理するといった重要な役割を担うのです。
組織文化の醸成
CHO/CHROは、組織文化の醸成においても重要な役割を果たします。
例えば、次のような取り組みは、組織文化の醸成につながるCHOの代表的な役割といえます。
- 企業理念の策定と浸透……組織運営の基本となる企業理念を策定する。組織内だけではなく社外のステークホルダーに対しても説明をしたり、ブランディング向上に向けた取り組みを指揮したりするのもCHOの役割
- 多様性の理解……多様性を尊重する職場環境を作り上げ、すべての従業員が自分らしく働ける文化を醸成する
- 行動指針の策定……倫理的、法的にも問題のない行動指針を策定する。また、行動指針を組織内で浸透させるための教育とトレーニングも指揮する
従業員エンゲージメントと生産性向上
従業員エンゲージメントと生産性向上も、CHOの重要な役割のひとつです。
具体的には、次のような取り組みを行います。
- エンゲージメント調査の実施と分析……定期的に従業員エンゲージメント調査を実施。従業員満足度や仕事に対する熱意を把握し、改善が必要な場合は人事戦略を練り直す
- キャリア開発と成長機会の提供……キャリア成長のための機会を提供し、継続的な学習とスキルアップをサポートする。具体的には社内研修や外部セミナーへの参加支援などが含まれる
- 報酬制度や福利厚生の設計……:従業員のモチベーション維持と企業の成長を両立させるため、適切な報酬制度や福利厚生プログラムの策定を行う
- ワークライフバランスの促進……柔軟な勤務時間の導入やテレワークの促進など、従業員がプライベートと仕事のバランスを取りやすい環境を作る
CHO/CHROに必要なスキルや知識
CHO/CHROには、リーダーシップや戦略的思考などを含めた、次のようなスキルと知識が求められます。
- リーダシップ能力
- 戦略的思考
- コミュニケーション能力
- 分析能力
- 法務や人事領域に関する知識
リーダシップ能力
リーダーシップ能力は、CHO/CHROにとって不可欠なスキルです。
組織を導き、変革を推進したり従業員のモチベーションを維持したりするには、強いリーダシップ能力が必要です。
特に、市場環境の変化が激しく、労働環境も目まぐるしく変わる現代においては、スピード感を持って組織を統率する能力が求められます。
戦略的思考
CHO/CHROには、戦略的思考も求められます。
戦略的思考とは、長期的な視点を持ち、組織の目標達成に向けた最善の方法はなにかを具体的に考える能力のことです。
例えば次のような思考は、CHOに求められる必須能力といえます。
- 企業のビジョンに沿った人事戦略の策定……10~20年後の中長期目線で自社組織のビジョンに沿った人事戦略を考えられる
- 外部環境に応じた戦略策定……市場や競合他社の動向、政治的な背景などの外部環境を分析。そのうえで外部環境に柔軟に対応できる組織戦略を考えられる
- イノベーション戦略……新しい人材育成方法や管理方法など、従来の手法にこだわらない革新的な戦略を考えられる
コミュニケーション能力
CHO/CHROには優れたコミュニケーション能力が求められます。
CHOは、従業員はもちろん、社外のステークホルダーとも良好な関係をもち、組織の目標とビジョンを明確に伝える責務を担います。
分析能力
分析能力は、CHO/CHROにとって重要なスキルです。
具体的には、従業員のパフォーマンスデータ、労働市場の動向(給与と福利厚生のトレンド)などを分析し、自社の人事戦略に反映する能力が求められます。
法務や人事領域に関する知識
法務や人事領域に関する深い知識も、CHO/CHROにとって不可欠です。
CHOやCHROは、労働法・雇用契約や労働関係の規制、多様性への理解など、広範囲な法的知識や人事関連の知識を持つ必要があります。
CHO/CHRO配置による人事戦略の成功事例
CHOやCHROの配置と人事戦略の策定、そして戦略の実行により成功をおさめた企業の事例もご紹介します。
CHOが確固とした人事戦略を実行することにより、競争率を高めて成長する企業や、従業員のエンゲージメント向上に成功した事例もたくさんあります。
タレントマネジメントでグローバル市場での競争力をつけたアステラス製薬
ひとつ目の事例は、グローバル市場での人材戦略で成功した「アステラス製薬株式会社」の事例です。
アステラス製薬は、日本だけではなく世界中の市場で治療薬を販売している企業です。
アステラス製薬では、世界市場での競争力を高めるため、グローバルな視点での人事戦略を必要としていました。
そこで同社が打ち出した人事戦略が「グローバルキーポジションの後継者計画」です。
戦略上重要な経営ポジションを決定し、有望な社員を「キータレント」として特定。
経営を担う後継者として育成していく計画を策定しました。
同時に、グローバル規模で社員のエンゲージメントも管理し、強みや弱みを把握しながら課題をすぐに解決する仕組みも整えています。
これらの取り組みにより、アステラス製薬はグローバルでの競争力を高め、多様な才能を持つ人材の育成と活用を可能としました。
同社の人事戦略は、経営層と社員とのコミュニケーション強化やエンゲージメント向上を実現し、長期的な企業成長とビジョンの実現に貢献するものとなっています。
参考:経済産業省公式サイト「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」
人材ポートフォリオの共有と組織的なリスキルで成長を実現したサイバーエージェント
ふたつ目の事例は、Web広告事業やメディア事業で有名な「株式会社サイバーエージェント」の事例です。
同社は、企業の成長のためには「人材ポートフォリオの共有」と「組織全体でのリスキル」が重要と判断し、人事戦略を策定しました。
具体的には、各社員のスキルや特性などをポートフォリオで一元化。社外人材も活用しながら、組織全体のスキルセットも強化させていきました。
また、若手の成長を目的に部門を超えて意見を言える社内風土を作り、従業員のエンゲージメント向上を図る仕組み作りも実現。
エンゲージメント向上の面では、人材ポートフォリオにより全社員のエンゲージメントを高頻度で把握できる仕組みを作り、できるだけ本人の希望を叶える社内異動制度を確立させています。
これにより、社員が各自の能力を最大限発揮しやすい環境が演出されたのです。
その結果、同社は事業成長に不可欠な人材を確保できるようになり、特に若手の育成と従業員エンゲージメントの向上に成功。
組織的なリスキルと若手の積極的な抜擢により、社員が能力を最大限に発揮できる風土を創出し、全社的な成長を遂げています。
参考:経済産業省公式サイト「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」38頁以降
人事戦略で組織を成功に導くポイント
最後に、この記事でお伝えした内容のおさらいも含め、人事戦略で企業を成功に導くポイントについて触れておきたいと思います。
人事戦略は、企業の成功に不可欠です。
ただし、いくら理想的な人事戦略を描いても、具体的な実行計画がなかったり、組織に浸透しなかったりすると失敗に終わります。
人事戦略で組織を成功に導くには、次の5つのポイントをおさえておくといいでしょう。
- 「企業理念と人事戦略の融合」……CHO/CHROは、まず組織が目指すビジョンの骨格となる企業理念を策定し、その理念に沿った人事戦略を考える必要があります。両方が融合することで従業員からの理解も得られ、人事戦略を進めやすくなります。
- 「適切な人材獲得と育成」……CHO/CHROは人事戦略の実現に必要な採用計画を考え、その実現に向けて陣頭指揮を取らなければいけません。また、採用するだけではなく、スキルセットや継続的な人材育成プログラムの策定も必要です。
- 「エンゲージメント向上」……従業員が仕事に情熱を持ち、能動的に動いてもらうためには、人事戦略を通じた従業員のエンゲージメント向上が必須です。CHO/CHROは、従業員のエンゲージメント向上のために、コミュニケーション強化や適切な報酬制度の確立、キャリア成長の機会を提供する必要があります。
- 「パフォーマンス管理とフィードバック」……従業員の成長と目標達成には、日頃のパフォーマンス管理やフィードバックの仕組みを構築しておくことも重要です。透明性があり公平な評価システムの導入や、具体的な面談機会の提供も、CHO/CHROの重要な役目です。
- 「多様性の理解」……CHO/CHROは、すべての従業員が尊重されモチベーション高く仕事ができるよう、多様性の理解に努める必要があります。組織内で多様性を理解する文化を醸成することも、CHOの役割です。
まとめ
CHO/CHROは、人事戦略の策定と実行、組織文化の醸成やエンゲージメントの向上など、企業の成功に不可欠な多くの領域を担います。
短期間で人事戦略を組織内に浸透させるには、人事部長など限られた範囲のみ権限がある管理者ではなく、経営のトップが人事戦略を練って実行して行く必要があるのです。