本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)の創業者、本田宗一郎(1906~1991)は、日本のモノづくりのレジェンドであり、名経営者として知られています。その本田氏は「性格の違った人とお付き合いできないようでは社会人としても値打ちが少ない」と述べています[1]。そして本田氏自身、自分と異質の人材をナンバー2に据えて成功しました。
リーダーになったばかりの人は、チームづくりから始めると思います。そのとき、異質の人をメンバーに加えましょう。そして、その異質の人を信用・信頼できると確信できたら、側近にしてみてください。
なぜならそのほうが、チームが物事を多面的にみることができるようになり、自分の弱い部分や欠点を補完してもらうこともできるからです。
(記事中の役職は2019年7月現在のものです)
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目次
本田宗一郎と藤沢武夫
本田宗一郎氏は最側近の藤沢武夫氏(1910~1988)に会社の実印を預け、経営の全権を委ねていました。そして藤沢氏が1973年に副社長の退任を決意すると、本田氏は「俺は藤沢あっての社長、俺も一緒に辞める」といって、本当に社長を辞めてしまいました[2]。
当時、本田氏65歳、藤沢氏61歳、まだまだ現役として十分できる年齢です。
これはとても素敵なエピソードですが、誰でもすぐに真似できるものではありません。普通の経営者がこのようなことをすれば、会社経営はすぐに立ち行かなくなるでしょう。
しかし、本田氏と同じくらい大きな夢を持っているビジネスパーソンであれば、人材を吟味して異質の人を探し、ナンバー2に置いたほうが良い結果になるのかもしれません。
ではなぜ、本田氏はこのような振る舞いをして、また藤沢氏をNo2に据えたのでしょうか。
自分にないモノを持っていた藤沢
本田氏と藤沢氏の出会いは1949年8月で、そのころホンダのバイクは飛ぶように売れていました[1]。しかし戦後の混乱が続いていたので、バイクを販売会社に売っても代金を回収できないことが続きました。それで当時のホンダは、バイクは売れるのに経営は傾く、という事態に陥っていました。
知人の仲介で藤沢氏に会った本田氏は、初回の面談で「機械についてはズブのしろうと同様だが、販売に関してはすばらしい腕の持ち主だ。私の持っていないものを持っている」と見抜きます。
仲介した人は本田氏に向かって「おカネのことなら藤沢に任せておけばなんとかするだろう。そうすればお前は苦労が減って好きな技術の道を歩けるようになる」とアドバイスしました。
その期待に応え、藤沢氏はすぐに手腕を発揮します。当時のホンダは浜松(静岡県)の会社でしたが、1950年3月に東京に営業所をつくります。2人が邂逅してからわずか7カ月後のことです。
現代のベンチャー企業やスタートアップの経営者たちは「スピード経営が大切」と口をそろえますが、それは彼らの専売特許ではなく、日本企業の伝統だったわけです。
本田宗一郎の人材論とは
ではなぜ本田氏は、異質の人を迎え入れ、しかも重用したのでしょうか。本田氏の人材論は、およそ次のようにまとめることができます[1]。
・異質とは、個性、持ち味、性格、能力が異なること
・同じ人間は会社に2人要らない
・目的は1つでも、そこへたどりつく方法は複数ある。異なる持ち味をいかして進むほうがよい
・性格の違う人と付き合えない人は社会人として値打ちが少ない
・親兄弟だけで会社を経営すべきではない、それでは企業は伸びない
・ホンダの将来の社長は外国人でもかまわない
異質を受け入れると会社もチームも育つ
ホンダは、2輪(バイク)と4輪(クルマ)の本業でも、異業種として新規参入したジェット飛行機でも世界1の称号を持っています。
2輪では、最高峰レースMotoGPで、ホンダは2018年に2年連続で3冠を達成しました[3]。4輪の最高峰レースF1でも2019年7月に、13年ぶりに優勝しました[4][5]。
ホンダのジェット飛行機「ホンダジェット」は2015年に販売を開始したばかりですが、小型ジェット機部門で、2017年と2018年の2年にわたって販売世界1でした[6]。
ホンダは公式サイトで、「Hondaは同族会社ではない」と断言しています[2]。同族会社とは、創業者や社長の血縁者だけで経営陣や幹部を固める会社のことです。同族会社が必ずしも「悪」というわけではありませんが、「骨肉の争い」や「親子闘争」を繰り広げられることが珍しくないのも事実です。
そしてホンダは、同族会社でないことで成功している企業といえます。なぜそのように断言できるのかというと、ホンダの強さは異質さにあるからです。
2輪と4輪とジェット機で世界1を獲った企業は、世界を見渡してもホンダしかありません。1社が異なる事業を手掛けることは、資産や投資の分散を招いてどれも中途半端になることが多いのですが、ホンダはそれをやり遂げています。
トップが異質の人を大切にすれば、下の者は「トップと異なる考えや行動をしてもいいんだ」と思えるようになります。それがかえってチームや企業の結束を固めることになるのです。
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超お坊ちゃんと中卒副社長
トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)はカタカナで「トヨタ」と書きますが、トヨタの創業家は豊田家と書き「とよだ」と読みます。
現在の社長、豊田章男氏は創業者から数えて3代目で、トヨタの11代目社長です。そしてこれまでの11人の社長のなかで豊田の苗字がついているのは、章男氏を含め6人います。
そして章男氏は慶應義塾大学法学部を卒業した慶応ボーイでもあります。
この略歴だけを眺めると、「異質」を嫌う「お坊ちゃん」のように感じるかもしれませんが、章男氏はそれを超越した「超お坊ちゃん[7]」です。
そして、その超お坊ちゃんは、中卒のかつての工場作業員を副社長に据え、世間を驚かせました。
超お坊ちゃんだから異質を受け入れられる
超お坊ちゃんは、豊田章男氏自らがそう称しています。章男氏は自虐でそう言っているのではありません。
ある経済人は、「結構、意味が深い」とみています[7]。この経済人の解釈によると、普通のお坊ちゃんは家柄や学歴で人を測りますが、超お坊ちゃんは人に上下の区別をつけない性質があります。この経済人は章男氏をよく知る人物で、「豊田さんはどんな人にも好奇心があるし、その人の本質に触れたら、生まれや地位に関わらず心を開く」と評しています。
さらにその経済人によると、章男氏には「今褒められたい」という欲求がなく、100年に一度の変革期にある自動車業界を生き抜くことに主眼を置いている、というのです。
つまり章男氏は、100年の一度の事態を乗り切るために「中卒副社長」を選んだわけです。
副社長室に居ない副社長
トヨタには、トップの豊田章男氏を含め24人の執行役員がいます。そのうち副社長は6人いて、河合満氏は副社長の序列4番目です[8]。
河合氏は中学校を卒業した後、トヨタ技能者養成所に入り、そこを卒業した1966年にトヨタに入社しました。
トヨタ技能者養成所は、今はトヨタ工業学園高等部になり、工業高校機械科の卒業資格を取得できますが[9]、河合氏の時代は高校ではありませんでした。
その後河合氏は、2005年1月に本社工場鍛造部主査、同6月に本社工場鍛造部部長、2008年に本社工場副工場長、2015年に専務役員、2016年に工場統括(現職)、そして2017年に副社長(現職)と歩んできました[10]。
注目したいのは出世の速度です。河合氏はトヨタ入社から本社工場の主査になるのに39年もかかっています。したがって、決して出世が速い人ではなかったのです。
ところが部長から副工場長になるのはわずか3年しかかかっていません。
そして章男氏が社長に就任したのが2009年です。章男氏は河合氏を2015年に専務に昇格させると、わずか2年後に副社長にしています。
河合氏はトヨタ本社の副社長室を使うことはほとんどなく、今でも鍛造工場の一室に通勤し、作業員たちが使う工場内の風呂「鍛造温泉」に入っています。
鍛造は「鉄を鍛えて造る」と書くように、鉄板に何十トンもの圧力をかけて自動車のボディやドアをつくる工程です。高温、熱気、騒音、ばい煙が混在した3K職場です。
河合氏は昼食も工場内の大食堂でとり、服はいつも作業着です。
章男氏がオヤジを必要とする理由
豊田章男氏は河合氏のことを、オヤジと呼んでいます[11]。
しかし、尊敬する年長者に向かってオヤジと呼ぶことは珍しいことではありません。かつて政治の世界でも、若手が派閥の首領をオヤジと呼ぶことがありました。
したがって章男氏は単に、現場を守っている男に敬意を表してそのように呼んでいるのではありません。トヨタは額に汗して、全身油まみれになっているオヤジたちが支えているから、そして河合氏がその代表だからそう呼んでいるだけなのです。
章男氏は2019年1月、社員たちに向けた新年のあいさつで、新しい人事制度を発表しました。そのコンセプトは「みんなプロになろう」です。
章男氏によるプロの定義は次のとおりです。
・一芸に秀でた専門性を持つ人
・謙虚に素直に自らの一芸に向き合って努力を続ける人
・その姿を背中でみせて、周りに影響を与える人間力を持った人
章男氏は、トヨタの強みは、ネット経済圏が拡大する現代にあって、リアルの世界を持っていることであると考えています。そしてそのリアルの世界を支えてきたのは、「ベター、ベターで昨日より少しでもいいものをつくる」という考え方です。
そして、いいものをつくるためにプラスされる手間やコストは、仕事のやり方を変えることで、何とか自分たちのなかでやりくりすることです。
この繰り返しでトヨタとトヨタ従業員は成長してきました。
そして章男氏はその2019年の新年のあいさつで、プロの代表として河合氏を紹介しました。
河合氏は2018年冬、デンソーなどのトヨタグループ各社の工場長たちを集めて飲み会を開きました。通称「オヤジの会」です。その飲み会で河合氏は「同じ匂いのする仲間が集ったことは心強く思う」とあいさつしました。
章男氏はこのエピソードを披露したのです。
章男氏は、オヤジとは、情があり、厳しく、人を育てることと定義しています。そして、オヤジたちが育てた人が未来をつくると考えます。
経営幹部に大卒エリートばかりをそろえていてはトヨタはもたない――章男氏はそう考えて、異質の人である河合氏を副社長に置いたのです。
新年のあいさつのとき、章男氏は作業着を着こんでいました。
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異質の人を側近にする苦労とメリット
異質の人を側近にすることは簡単ではありません。
例えば本田氏の事例でいえば、メーカーにおいて技術部門と販売部門は対立することが珍しくありません。技術部門は「性能がよい製品をつくったのだから、しっかり売れ」といいたくなり、販売部門は「無駄に性能ばかり追求せず、消費者が求めるものを開発せよ」といいたくなります。
本田氏は技術者であり、藤沢氏は販売側です。したがって、藤沢氏の進言のなかには、本田氏にとって面白くないこともたくさんあったはずです。
また豊田章男氏の事例でいえば、高偏差値の大学を卒業した者たちを集めたほうが楽なはずです。なぜならエリートたちなら、章男氏の価値観をすぐに理解できるからです。
また、現場の労働者の多くは、多かれ少なかれ「経営者は楽しながら高い給料を持っている」と思っています。
その現場の代表をナンバー2に置けば、経営上知られたくないことでも現場に漏れてしまうかもしれません。
しかし本田氏も章男氏も、自分がストレスを感じることこそ、会社にとってよいことであると知っているのです。
現状のままであと10年やっていける日本企業はどれほどあるでしょうか。現状のままで10年やっていけるビジネスパーソンが何人いるでしょうか。
異質の人を受け入れるスキルと度量を身につけて異質の人とタッグを組むことが、企業にもビジネスパーソンにも求められるわけです。
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総括~異質だけど想いは同じ
異質の人を迎え入れるトップは、その人にとってはトップこそが異質の人であることに気を付ける必要があるでしょう。そして異質のナンバー2は、大抵アウェーで戦うことになります。
したがってトップは、異質のナンバー2を守る必要があります。
ただその守り方は単なる擁護ではいけません。ナンバー3、ナンバー4、ナンバー5たちに、なぜ異質の人がナンバー2のほうがよいのかを、しっかり説明する必要があります。
トップと異質の人が同じ想いを持っていれば、それは可能なはずです。
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参照
[1]「私の履歴書 経済人6 本田宗一郎」(日本経済新聞社)
[2]本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任(ホンダ)
https://www.honda.co.jp/50years-history/challenge/1973companyleaders/page06.html
[3]マルケスが3年連続で王者を獲得 Hondaは2年連続で三冠達成(ホンダ)
https://www.honda.co.jp/WGP/race2018/
[4]13年ぶりF1制覇のホンダ その間に四輪事業は(日経ビジネス)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/070100496/
[5]Behind the Scenes -ピット裏から見る景色- Vol.08(ホンダ)
https://ja.hondaracingf1.com/insights/behindthescenes-round08.html
[6]2年連続で世界首位の「ホンダジェット」、いつ黒字になるの?(日刊工業新聞)
https://newswitch.jp/p/16626
[7]トヨタ社長が”超お坊ちゃん”を名乗るワケ(プレジデント)
https://president.jp/articles/-/25070
[8]執行役員(トヨタ)
https://global.toyota/jp/company/profile/executives/
[9]トヨタ工業学園とは(トヨタ工業学園)
https://www.toyota.co.jp/company/gakuen/about/index.html
[10]副社長河合満(トヨタ)
https://global.toyota/jp/company/profile/executives/operating-officer/mitsuru_kawai.html
[11]INSIDE TOYOTA #1 豊田章男からのメッセージ ~自分のためにプロになれ(トヨタイムズ)
https://www.youtube.com/watch?v=vJ8DsIiSb-U