「フロー」の提唱者であるミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)は、
「幸福」、「創造性」、「主観的な幸福状態」、「楽しみ」といった「ポジティブ心理学」を研究対象とする、米国クレアモント大学の心理学の研究者です。
彼の研究のオリジナリティは「フロー(Flow)」という心理状態にあります。フローは、「時を忘れるくらい、完全に集中して対象に入り込んでいる精神的な状態」を指しています。
ですが、「完全に集中した状態」と「幸福」がどうして繋がるのか、ちょっと不思議な感じがしませんか。でもそこにはモチベーションに繋がる、大変大きな意味があるのです。
本記事では、ミハイ・チクセントミハイの「フロー理論」について解説していきます。
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目次
「フロー」とチクセントミハイ
チクセントミハイは、他のアメリカの心理学者とは異なる視点をもっているように思われます。彼はTEDのおけるトークで自分の人生を振り返り、第二次世界大戦後に荒廃した祖国ハンガリーで、仕事や家などの拠り所を失ってしまい「生きる希望」をなくしてしまった大人達の姿を見ていたため、「生きる事とは何か」「幸せとは何か」を自問自答したからだと言っています[1]。
その後、心理学を学ぶためにアメリカに移住し、シカゴ大学で研究を行っていたときも「人生を生きるに値するものにするものは何か」を問い続けました。
そこで毎日の生活の中で、いつどんなときに幸せを感じるのかをインタビューすることにしたのです。対象は芸術家や音楽家、科学者やスポーツ選手だったと言います。
そして彼ら、彼女らが創造的な活動や高い技術力を必要とされる仕事などに没頭しているとき、疲れをしらず、時間の過ぎるのも忘れて活動を続け、永続的な満足感を得られていることを見出しました。
彼は、この共通した創造的な心理状態に「フロー」と名付けました。
「フロー」状態にある人は、非常に集中した状態にあり、普段は無意識に行っている外部から自分自身の状態をモニターする機能が薄れるため、自意識が薄れてしまい、時間感覚も正確ではなくなるとしています[2]。
実際に、これらを確かめるためにESM法(Experience Sampling Method)による調査を行ったと語っています[1]。
これは1日に10回、ランダムなタイミングでアラームを鳴らし、その時に「何をしていて、それは楽しいかどうか、やりたいことかどうか」などを一定期間答えてもらうという、アンケートの手法です。
筆者も経験があり、結構大変ですが、人間の精神状態の判定に有効な手法です。
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「フロー理論」での8つのメンタルステート
さて、チクセントミハイは人間の精神状態(メンタルステートメント)を8つに分けて定義しました[3]。
縦軸に「Challenging Level(挑戦の難易度)」を、横軸に「Skill Level(自分の能力)」を取ったときに、は図のようになります。
もし自分の能力が低い状態であれば、そこにいきなり難易度の高い仕事が与えられると「Anxiety(不安)」になるでしょう。
中くらいの難易度でも「Worry(心配)」な状態となります。例えば大学の授業でちょっとプログラミングをかじっただけなのに、いきなり本格的なシステムの開発をお願いされたようなものだと考えれば良いでしょうか。
自分の手に負えるような気がしない仕事というのは「不安」や「心配」に支配されてしまうものです。
逆に、自分の能力に対して難易度が低い状態だと、「Relaxation(リラックス)」または「Control(制御または支配)」とされ、自分の成長には貢献せず、どちらかというと物足りないレベルになってしまいます。
つまり仕事でいうと、本来ならばもっとできるのに、与えられている仕事の内容の難易度が低くて、自分の能力を持て余している状態だといえます。
こういう場合、「もっと難易度の高い仕事をください」と言えない環境ですと、ダラダラと仕事をしてしまうような状態になり、その人にとっても企業にとっても良くない状態になりかねません。
最も良いのは「Flow(フロー)」で、次いで自身の成長を促す「Arousal(覚醒)」だとされています。
「フロー」は挑戦の難易度と能力が高いレベルにある状態で、「覚醒」は能力を獲得すれば「フロー」の域に達することのできる状態だといえます。チクセントミハイは、ここは成長を実感でき、満足度の高い生活を送ることのできるゾーンだとしています。
一方、「Boredom(退屈)」や「Apathy(無気力)」は、満足度が低い状態で、仕事にしても学習にしてもよくないということです。少しでも能力を上げるために、その人にとっては少し難易度の高めの仕事を与えるなど、「覚醒」レベルに持って行けるよう調整をする必要があります。
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「フロー」にいたる条件
では、そもそもフローに入る条件というのは、どのような条件だと認識されているのでしょうか。
チクセントミハイは、次のような7つの条件(書籍によっては8つ)を挙げています[4]。
- 目標の明確さ(何をすべきか、どうやってすべきか理解している)
- どれくらいうまくいっているかを知ること(ただちにフィードバックが得られる)
- 挑戦と能力の釣り合いを保つこと(活動が易しすぎず、難しすぎない)
- 行為と意識の融合(自分はもっと大きな何かの一部であると感じる)
- 注意の散漫を避ける(活動に深く集中し探求する機会を持つ)
- 自己、時間、周囲の状況を忘れること(日頃の現実から離れたような、忘我を感じている)
- 自己目的的な経験としての創造性(活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない)
これら全てを満たす必要はありませんが、これらの条件の幾つかが組み合わさることで「フロー」状態に入ることができるとされています。
ざっくりとまとめると、重要なのは
1.本質的な価値がある活動を行い、その目標が明確であること。
2.その活動の難易度が自分の手に負える範囲であって、決して難しすぎずやさしすぎないこと。
3.その物事に集中して取り組むことができる環境にあって、上手く進んでいるかを逐次確認ができ、しかも周りの状況や時間の経過がまったく気にならないくらい没頭できること
です。
しかし、現実的に仕事場では、誰かから声をかけられたり電話がかかってきたりと、なかなか集中できない状態にある人も多いでしょうから、これはなかなかハードルの高い環境かも知れません。
それに先ほどの8つのメンタルステートメントからすると、3番目の条件などはよほど上手く難易度と能力を合わせなければ、この状態にはなれないだろうことが容易に想像できます。
またまわりが気にならなくなるほど集中して仕事を行えるというのは、その仕事が好きで仕方がないなどの条件が必要で、「上司に言われたからやっている」という仕事では、なかなかその域には達することができないかもしれません。
「フロー」に至るには、7番目の条件など、環境面以外にも自分自身のモチベーションが上がるような何かがそこに必要なのだということがわかります。
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こう考えていくと、「フロー」とモチベーションは密接な関係にあることがわかります。
モチベーションが高ければ、「フロー」に入りやすいのです。
モチベーションには「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の2つがあります。ここでは内発的動機付けに面から考えてみましょう。
例えばハーズバーグの提唱した「動機づけ・衛生理論」[5]では、不満要因(衛生要因)を取りのぞいても満足感には繋がらず、むしろ動機づけ要因にアプローチしなければならないとされています。
「自分の好きなことをやっているか」
「仕事を通して、自分の考えや発想を表現できているか」
「主導権を持って仕事に取り組めているか」
などが、重要だということです。
これらが満たされていると内発的動機付けがされている状態ですから、「フロー」に入る状態をうまく追加することができれば、良いことになります。
とは言いながら、チクセントミハイも、現在の平均的な労働者はフロー体験をしにくいだろうと述べています。
その理由として
「今日の仕事には明確な目標がほとんどない」
「適切なフィードバックがめったになされない」
「スキルが機会にうまく適合していない」
などを挙げています[6]。
実際に、企業では上記のような状態になっていることが多いため、個人で何とかするのには限度があるでしょう。
チクセントミハイも「組織としてフローを実現する環境を整える必要がある」と考えていて、経営者はチームリーダーに権限を委譲し、権限を譲られたリーダーはメンバーに対し「目標を明確にし」「適切なフィードバックを行い」「スキルを適合させる」しかけを作らないといけないとしています。
モチベーションには動機付けももちろん重要なのですが、少なくとも「フロー」状態に入る仕掛けを企業が上手く講じることができれば、その組織・企業は持続的に「フロー」を生み出し、成長することができるようになるでしょう。
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参照
[1] “ミハイ・チクセントミハイ:フローについて” TED 2004. https://www.ted.com/talks/mihaly_csikszentmihalyi_on_flow?language=ja
[2] “ポジティブ心理学入門” 島井哲志著 星和書店、 2009年
[3] “Finding Flow” Mihaly Csikszentmihalyi(1997)「フロー体験入門―楽しみと創造の心理学」大森弘訳 世界思想社、 2010年
[4] “Creativity, Flow and the psychology of discovery and invention” , Mihaly Csikszentmihalyi(1996), 「クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学」浅川希洋志監訳 世界思想社、 2016年
[5] “Work and the Nature of Man “ Frederick Herzberg (1966), 「仕事と人間性動機づけ-衛生理論の新展開」北野利信訳 東洋経済新報社、1968年
[6] “Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning” Mihaly Csikszentmihalyi(2003), (日本語訳「フロー体験とグッドビジネス―仕事と生きがい」大森弘訳 世界思想社、 2008年