2021/01/29

営業とマーケティングは何が違うのか?USJをV字回復させたマーケターが実行した「たった1つ」の意識改革

リーマン・ショックから業績をV字回復させたユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、TDLを抜き、なおかつ値上げを続けても入場者を増加させ続けるという「絶好調」なビジネスを展開しています。

成功の立役者であるP&G出身の森岡毅氏は、日本企業にはマーケティングがきちんと導入されていない事実を指摘し、それがなぜなのかを考察しています。

一方で森岡氏が主張するマーケティングの考え方は、突き詰めれば「たった1つ」であるといいます。
それは何なのか、また、マーケティングの基本と心構えとはどのようなものなのか見ていきましょう。

 

新規事業を「全弾的中」に変えたマーケター

 

2001年の開業こそ華々しかったものの苦境が続いたUSJの復活には、目覚ましいものがあります。
2010年に森岡氏が入社した時点で750万人程度だった入場者数は、2016年度には1390万人を超えました[1]。

2017年度以降、USJは入場者数の公表を控えています。
ただ、かつては30%でしかなかった新規事業の成功率が97%という「全弾的中」にまで変化したのは、ひとえにマーケティングの導入の成果であると森岡氏は著書「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」で語っています。

その「1つ」とは何でしょうか。

結論を先に言いますと、「消費者視点の会社に変えたこと」です。

結局のところ「どれだけの消費者価値につながるのか」という1点に尽きるのです。
簡単に言えば、会社側のどんな事情もどんな善意も、消費者価値につながらないのであれば(消費者に伝わらないのであれば)、一切意味がない。そう腹をくくった意思決定をできる会社が Consumer Driven Company(消費者視点の会社)です。
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p29>

そんなのは当たり前じゃないか、と思うでしょうか?

しかし、実際にはできていないのが日本企業の現状だと森岡氏は指摘しているのです。

なぜならば、

“「ゲストが本当に喜ぶもの」と「ゲストが喜ぶだろうと作る側が思っているもの」は必ずしも一致しないのです。
なぜならば、作る側は自然状態では消費者感覚から最も遠ざかる運命にあるからです。

テーマパークの様々な仕掛けを考案したり、製作したりしている人々は業界のプロです。
プロの作り手は、この業界で経験を積むほどに作り手としての専門的な知識を獲得して玄人になっていきます。
それは素人である消費者とは真逆の感覚に進むことを意味しています。」
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p29-30>

このギャップを抱えたままの企業が日本には多く、ここから脱却するためにはマーケティングが必要不可欠だ、というのがこの書の主張の一つの柱です。

 

「マーケター」と「営業」の違いを理解しているか?

 

「マーケター」に特化した社員を置いている企業はどのくらいあるでしょうか。
経済産業省が企業のマーケティング活動についての調査では、市場ニーズの把握を「営業部門」に任せている、という企業が多くあります(図1)。


図1 市場ニーズを把握する部門・担当者
出所:中小企業・小規模事業者の成長に向けた事業戦略等に関する調査(経済産業省資料)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000224.pdf p12

しかし重要なのは、この中に「マーケター」と呼べる人が存在するかどうかです。

マーケティングは「売る仕事」とは少し違って、「売れるようにする仕事」です。
前者は「営業」です。この違いを明確にしておかなければなりません。

そして「マーケター」とは、「マーケティングができる人」のことです。
マーケティング部にいる人間がマーケターとは限りません。

寿司をよく知っている人と寿司を握れることが全く違うように、マーケティングを知っていることとマーケティングをできることは全く違います。
経営学部のマーケティングの教授といえども、その多くはマーケターではありません。マーケティングをよく知っていることは間違いないですが、マーケティング実務を豊富に積まれた人は非常に少ない。
(中略)
逆に、アカデミックなマーケティングの勉強こそしていないけれど、もともとの高い知性と豊富な経験から学ばれた「顧客を喜ばせる工夫」が素晴らしくできていて、非常にマーケティングの理にかなった商売をしている人達もいます。
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p64-65>

「作る」ことや「売る」ことの経験が長いからといって、必ずしも「マーケティングができる」とは限らないのです。

そして、マーケターは@消費者の最大の代弁者」でなければならないというのが森岡氏の指摘です。

ある人はカレーライスが良いという、別の人はすき焼きが良いという。そんな時に多くの会社では、誰かが頑張らないと「カレーすき焼き」を作って消費者に提供してしまうことになります。(中略)消費者がカレーライスを食べたいとわかった時に、あなたが取るべき行動は、社内をカレーライス一本でまとめることです。決して「カレーすき焼き」を作らせてはいけません。
誰が何と言おうと、たとえ社長が「すき焼きが良い」と言っても、カレーライスで説得しなくてはいけません。消費者の求めるベストであるカレーライスで押し通す。それができなければ会社を勝たせることができないのです。
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p36>

よって、マーケターとは社内の誰に対しても中立でなければなりません。

 

マーケティングの基本理論

 

さて、その上で、マーケティングとは実際どのように行えば良いのでしょうか。

マーケティングには様々なフレームワークがありますが、森岡氏は本質をこの3つに集約しています。

①消費者の頭の中を制する
②店頭(買う場所)を制する
③商品の使用体験を制する

中でも最も大切なのが「消費者の頭の中を制する」ことだといいます。

そして大きな仕組みとしては、これらを数値で把握し、目的に向かって「治水工事をするようなもの」だと言います。
実際には、まず消費者が購入を決定していく時にはこのような流れがあると指摘しています。

Awareness(%):認知度
Distribution(%):店頭での配荷率
Display(%):店頭での山積率
Trial(%):購入率
Rspeat(%):再購入率
Pricing:平均価格
Purchase Freqency:購入頻度

そして、「売上個数」「売上金額」の弾き方は、単純化すればこのようになります。

「売上個数」=「消費者の数」×「認知率」×「配荷率」×「購入率」

「売上金額」=「売上個数」×「平均価格」
=「消費者の数」×「認知率」×「配荷率」×「購入率」×「平均価格」

です。実際にはリピート率なども関与しますが、マーケターの仕事は目標の「売上個数」「売上金額」に向かって、これらを逆算して考えるのです。

目的に届くには認知率をどれくらいにしなければならないか、購入率はあとどのくらい必要か、といった具合です。

具体例で示しましょう。USJであるブランドのイベントを企画したときです。そのブランドは全国に活発なファンが500万人いることが調査でわかっていました。また、認知形成に使えるマーケティング予算から想定すると、認知率は50%までいけるであろうと考えていました。次に配荷率ですが、日本全国におけるUSJの配荷率(買おうと思えば買いにいける割合)はさまざまな見方があります。関西に1拠点しかないUSJでのイベントですので、交通費や宿泊費など大きな費用がかからなくても来場できる範囲と考えて関西人口の比率(つまり20%)を配荷率としました。
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p87-88>

このように組み立てていくのです。こうして「見える化」することによって、何をやれば良いのかが明確になるという、ある意味ではシンプルな考え方です。

このイベントの場合は、購入人数は最低3万人、できれば5万人で成功という数字を弾き出しています。

 

マーケティングができない日本企業の病理

 

一見するとシンプルに見えるマーケティングの考え方です。
しかし、日本企業で導入が進まないのには大きな理由があります。

まず、技術に頼りすぎるという点です。

iPhoneの参入で、「ガラパゴス携帯」と呼ばれるようになった大メーカーのビジネスモデルが崩壊した時の教訓は、今なおあまり生かされていません。

日本のメーカーとAppleの間には、本質的な「考え方の違い」があります。

Apple製品には説明書がないことはみなさんご存知でしょう。

なぜか?不便ではないのか?

違うのです。それは、「説明書がなくても誰でも使える機械を作りたい」というコンセプトが根底にあるからです。
ですから「タッチパネルができたから、消費者の利便性を考えてタッチパネルを使った携帯端末を導入した」という日本メーカーとは逆理論です。

もちろん、詳細なトラブルシューティングについてはWebで見ることができます。

日本のメーカーが作る「高性能だけれど、読む気の起きないほどの量の説明書がある」商品は、世界ではあまり受け入れられなくなってしまったというわけです。どちらが消費者目線かと考えると、その差は歴然としています。
また、説明書が膨大すぎるために全機能を使いこなせない利用者は多いことでしょう。せっかくの技術がもったいない状況です。

もちろん終身雇用による年功序列もまたバリアとして働いてしまい、マーケターを育てられない要因となっているでしょう。

ちなみに、このような統計があります。
マンパワーグループが会社員のストレスについて調査したもので、若手社員よりも中間管理職の方がストレスを感じている、というものです(図2)。
注目したいのはその内容です。


図2 勤務先でストレスを感じている割合
(出所「上司と部下が職場で感じるギャップを調査!信頼される上司、信頼される部下の人物像とは」マンパワーグループ)
https://www.manpowergroup.jp/client/jinji/surveydata/20200204.html

ストレス原因のトップは、

若手社員
・1位「仕事内容」(43.9%)
・2位「上司との関係」(43.1%)
・3位「仕事量が多い」(23.2%)

中間管理職
・1位「上司との関係」(47.0%)
・2位「仕事量が多い」(36.4%)
・3位「仕事内容」(33.6%)

となっています。

管理職までが「上司との関係」にここまで悩まされていては、消費者を代弁して社内をまとめるエネルギーはなくなってしまいます。
森岡氏のいう「カレーすき焼き」を作ってしまう大きなバックグラウンドです。

 

技術力を生かすための合理的思考を

 

現在すでに過当競争に突入し、「良いものを安く」の風潮がありますが、何か一歩抜きん出てここから脱却しなければ、人口減少市場縮小モデルでは生き残れなくなってしまいます。

なお、USJの消費者目線経営は、1日パスを値上げしても入場者数が増え続けているという結果を残しています。
値上げも、自社のためではなく消費者に還元するためのものであれば厭わないという姿勢です。

「問題を自覚することから反撃は始まる」と森岡氏は述べています。

技術には自身があるのに思うように売れない、と感じている経営者は、マーケティングの力をまず知ることが必要です。

参照
[1]「USJ入場者が3年連続最多更新 1390万人超…15周年イベントなどが寄与」産経WEST
https://www.sankei.com/west/photos/170317/wst1703170033-p3.html
参考書籍:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」森岡毅著 角川書店

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