ダイバーシティは、多様な人材を積極的に活用しようという考え方です。
アメリカで生まれ、欧米で発展した考え方ですが、少子高齢化やグローバル化という企業の経営環境の大きな変化の波にさらされている日本でも、ダイバーシティの推進は有能な人材の確保や多様なニーズへの対応にとって重要なポイントとみなされるようになっています。そこで今回は、ダイバーシティの基礎知識と企業におけるダイバーシティの重要性について解説します。
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目次
ダイバーシティ経営が必要とされる理由
ダイバーシティ経営の在り方を検討した経済産業省では2018年3月に「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を策定しました。ダイバーシティとは多様性を意味する言葉ですが、このガイドラインではダイバーシティ経営とは「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指し、全社的かつ継続的に進めて行く経営上の取組」と定義しています。
すなわち、年齢や性別、国籍、学歴、職歴、宗教など属性が異なる多様な人材を活かした経営戦略がダイバーシティ経営です。日本では最近まで男性を中心とした終身雇用・年功序列型人事をベースとした企業経営が行われてきましたが、このような画一的な発想では、今日の企業を取り巻く経営環境を乗り切れないという危機意識が強まり、日本でもダイバーシティ経営が目指されるようになりました。
では、なぜダイバーシティ経営が必要なのでしょうか。以下にその理由を見ていきましょう。
少子高齢化
まず、理由の一つは、日本では少子高齢化が進行していて、2008年をピークに総人口は減少に転じていることが挙げられます。このまま行けば、2060年には65歳以上の人口が総人口の4割近くに上ると推計されていて、15歳以上から64歳までの生産年齢人口の減少が懸念されています。
「平成30年版高齢社会白書」によれば、生産年齢人口は、2017年に7,596万人と総人口の6割を占めていましたが、2065年には4,529万人と約5割に減少すると推計されています。このような生産年齢人口の減少は人手不足を招き、企業活動に大きな影響を及ぼすと懸念されています。
日本商工会議所などが中小企業に対して行った2019年の調査では、66.4%が「人員が不足している」と回答しています。また、帝国データバンクによると2019年に発生した人手不足倒産件数は185件で前年比20%増となり、4年連続で過去最多を記録しました。こうした中で、企業は海外からの労働者や女性の雇用を増やすなどの戦略変更が求められているのが現状です。
グローバル化
二つ目の理由は、グローバル化です。従来、国内の企業の生産活動が国内の消費によって支えられていました。しかし、テクノロジーの発展などによりグローバル化が急速に進み、国を超えた企業の経済活動への対応が求められています。国内市場の飽和で内需が減少した日本企業は海外進出で需要を喚起する一方、海外企業による日本進出は新たな競争を生んでいます。
また、日本の労働賃金の高騰は、賃金の安い中国や東南アジアへの工場移転をもたらすなど、1990年代からグローバル化が急速に進みました。このように消費規模や生産活動が大きく拡大する中で、企業は人種、国籍、言語、宗教、生活様式、働き方など多様な人材の活用を求められています。
消費の多様化
三つめは消費生活の多様化です。日本では高度経済成長期以降、大量生産・大量消費の時代が長く続きました。その結果、国民は物質的には豊かな生活を享受し、車が何台もある家庭は珍しくないほどモノがあふれるようになりました。
内閣府の2018年に行った「国民生活に関する世論調査」では、「これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた人が61.4%、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」と答えた人が30.2%でした。また、今後力を入れたいものとしては、「レジャー・余暇」(35.2%)が最も多くなっています。
このような消費生活の変化は、商品の所有に価値を見出す「モノ消費」から、体験や経験に価値を見出す「コト消費」への変化と捉えられています。スマートフォンやSNSなどの普及がこのような変化を加速させていると言えます。現在はさらに進化して、ハロウィンイベントや音楽フェスなど限られた場所や時間でしか経験できないことを求める「トキ消費」が注目されるようになっています。企業は今、このような消費行動の多様化への対応が求められています。
働き方の多様化
四つ目は働き方の多様化です。決まった時間に満員の通勤電車で出勤し、遅くまで残業して寝るためにだけ家へ帰る、このような働き方が従来当たり前に思われていました。有給休暇も消化しないで働きづくめというかつての働き方は今、大きく変化しようとしています。
その背景に少子高齢化に伴う人手不足がありますが、国では2018年7月に働き方改革関連法を成立させ、働き方の多様化を推進しています。また、若い世代では縛られない自由な働き方を求める傾向が強くなっています。
それを象徴する言葉が「ノマドワーク」あるいは「ノマドワーカー」です。ノマドとは英語で遊牧民や放浪者の意味で、ノマドワークは場所や時間に縛られない自由な働き方を言います。パソコン一つ持ってネットで仕事をするエンジニアやプログラマーなどを中心に、会社などの組織に縛られたくないという若い世代などに広がり始めています。在宅勤務やノマドワークなど働き方の多様化が進む中、企業は対応を求められています。
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違いを知っておきたい2種類のダイバーシティ
ここで、ダイバーシティには大きく分けて2種類あることを知っておきましょう。一つは表層的ダイバーシティ、もう一つは深層的ダイバーシティです。二つのダイバーシティについて以下に説明します。
表層的ダイバーシティ
表層的ダイバーシティとは、その人が生来持っていて、自分で変えにくい属性のことをいいます。人種や年齢、性別、言葉、障害など、外から見てわかりやすい属性です。どちらかといえば、人手不足という直面する企業経営の課題に対して、女性や高齢者、外国人を活用したいという観点で表層的ダイバーシティの議論が先行しているのが実情です。
深層的ダイバーシティ
一方、深層的ダイバーシティとは外から見てわかりにくい属性を言います。例えば、宗教や経歴、趣味、スキル、過去に受けた教育、価値観、パーソナリティなどです。このように外観から認識しにくい属性ですが、一人一人の持つ個性やアイデンティティの強みを企業経営に結び付け、新たな価値を生み出していくことが、ダイバーシティ経営にとっては本来重要と言えます。
ダイバーシティとインクルージョンの違い
ダイバーシティとは、企業に多様な個性を持つ人材がいる状態を言います。例えば、企業が女性管理職や外国籍の社員を増やすことはダイバーシティと呼ばれます。これに対して、インクルージョンは英語で包括や包含を意味する言葉で、多様な個性を認め、受け入れて、その個性を生かして一体となって働いている状態を意味します。欧米では社会福祉のキーワードとして、1980年代に「お互いを認め合う」状態をインクルージョンと呼ぶ考え方が生まれています。先の例でいうと、女性管理職や外国籍社員が互いに尊重され、補完し合っている状態がインクルージョンになります。
経団連が2017年5月にまとめた「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」という提言では、企業には「あらゆる人材を組織に迎え入れる『ダイバーシティ』が求められる。その上で、あらゆる人材がその能力を最大限発揮でき、やりがいを感じられるようにする包摂、『インクルージョン』が求められる」としており、「ダイバーシティとインクルージョンの双方があいまって、企業活動の活力向上を図ることができる」と指摘しています。
ダイバーシティの歴史と変遷
ダイバーシティの歴史は米国から始まり、21世紀に入り大きくグローバル展開しました。以下に年代を追って、ダイバーシティの歴史と変遷を見ていきます。
1960年代
アメリカでは黒人差別に対する公民権運動が高まり、1964年に公民権法が米国議会で成立して人種差別撤廃やマイノリティへの機会平等化が進められました。1966年にアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)が導入され、人種、肌の色、宗教などの項目について差別撤廃が社会に受け入れられるようになりました。しかし、公民権法が制定された当初、禁止されるのは差別的意図を有する差別(直接的差別)に限られ、差別的意図のない雇用上の不利な取扱い(間接的差別)は禁止されていませんでした。
1970年代
1971年のアメリカ連邦最高裁判決では、告訴対象が間接的差別にも拡大されました。また、黒人女性に対する大手企業の差別に対して、裁判では多額の賠償金が支払われるという事件が起き、企業は部分的にダイバーシティを認めるようになります。
アファーマティブ・アクションの措置については、1976年までに企業の70%以上が実施しています。米国で生成、発展した差別に対する考え方は、欧州共同体(EC)にも影響し、1976年男女均等待遇指令で「均等待遇の原則は、直接的であれ、間接的であれ、性別、特に婚姻上又は家族上の地位に関連した理由に基づくいかなる差別も存在してはならないことを意味する」と規定されました。
1980年代
1980年代には、人種や性別、価値観などの相違を価値として認めるという考え方、すなわちダイバーシティが始まります。これは、マイノリティの経済力が拡大したことで新しい商品開発が行われ、そこで成功した企業がダイバーシティの考え方をマーケティングに取り入れていったことが背景にあります。
1987年には米国労働省とハドソン研究所が発表した「21世紀のアメリカの労働力人口構成予測」がきっかけとなり、企業のダイバーシティへの取り組みが加速されました。その内容は、「今後の新規労働力は白人女性とマイノリティ人種と移民になる」というものでした。日本では、アメリカの動向を受け、1985年に職場における男女の雇用の差を禁止する「男女雇用機会均等法」が制定されました。
1990年代
1990年代には、企業はダイバーシティを競争力強化の手段としてとらえるようになります。すなわち、新商品や新サービスを生み出す手段や、労働力人口構成の激変に対応する手段として活用していきました。こうしてダイバーシティの受容が進むことにより、経営に成果が見られ、事業が発展することによってダイバーシティに一層の注目が集まりました。一方、日本でも1999年に男女の人権を尊重することが義務付ける「男女共同参画社会基本法」が制定されました。
2000年代
2000年代、すなわち21世紀に入ると、経済はグローバル化し、企業の国境を越えた活動も活発になりました。このため、多様な文化や習慣、宗教、価値観を持つ人や組織の交流が活発化しました。企業ではグローバル化によって、多様化する社員をまとめ、企業を成長させていく原動力に高めていくことが重要になってきています。多様性を尊重するダイバーシティは、さらに互いの違いを補完し合い、新しい価値を作り出すダイバーシティ・インクルージョンの段階に差し掛かっています。
経済産業省が提言しているダイバーシティ2.0
経済産業省は、2018年6月に「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」(座長 北川哲雄 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授)の提言をまとめました。以下にその概要と目的を紹介します。
概要
経済産業省では2017年3月に競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方を示した「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を策定していますが、その後、コーポレートガバナンス・コードの改訂(取締役会は「ジェンダーや国際性の面を含む」多様性を確保することが重要である旨の記載)されたこと、資本市場におけるESG投融資の加速、労働市場における企業のダイバーシティ経営への期待の拡大などダイバーシティの重要性が拡大したことを受け、
(1)取締役会における多様性の確保
(2)企業と労働市場・資本市場の対話促進にむけて官民が今後取るべきアクション
について提言「ダイバーシティ2.0の更なる深化に向けて」をまとめました。
これを受け企業が取るべきアクション及び具体的な取組事例を追加するなどの「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」の改訂も行いました。
目的
提言の目的は、競争環境のグローバル化を始めとする市場環境の変化が、経営上の不確実性の増大、ステークホルダーの多様化をもたらすとし、差し迫る外部環境の変化に対応するため、女性を含む多様な属性、多様な感性・能力・価値観・経験などを持った人材を確保し、それぞれが能力を最大限発揮できるようにする「ダイバーシティ経営」の推進のため、
(1)人材獲得力の強化
(2)リスク管理能力の向上
(3)取締役会の監督機能の向上
(4)イノベーション創出の促進
などにより企業価値の向上をめざすことを目的としています。
ダイバーシティ診断ツールを活用しよう
経済産業省は2019年3月に、企業のダイバーシティ経営の実践に向けて、今後必要な取組を見える化し、その取組を促進するために「ダイバーシティ経営診断ツール」を作成しました。ダイバーシティ経営診断ツールは、「診断シート」と「手引き」によって構成されていて、中小企業が自社のダイバーシティ経営を深化させるのに必要な現状分析・課題の明確化・打ち手の検討・実行を支援するツールです。
診断シートでは、ダイバーシティ経営のステージを5段階(第1ステージ:同質的組織、第2ステージ:多様な人材の組織、第3ステージ:多様な人材の活躍、第4ステージ:ダイバーシティ経営の実践、第5ステージ:ダイバーシティ経営の高度化)に分け、現在企業がどのステージにいるかを検討できます。また、手引きでは、各ステージごとの解説と関連の深い項目や企業事例について紹介しています。
例えばステージごとに陥りやすい状態やそこから抜け出すためのポイント、取組が特徴的な100選表彰企業事例を紹介しています。これからダイバーシティ経営に取り組む企業はもちろん、すでに取り組んでいる企業にも活用をお勧めします。
ダイバーシティ推進のポイント
ここではダイバーシティ推進するためのポイントとして、「育児休業・介護休業の促進」、「働き方の多様化の推進」、「研修プログラムの実施」の3点を取り上げ、説明します。
育児休業・介護休業の促進
育児や介護をしなければならない労働者が、円滑に仕事と両立できるよう配慮し、働き続けられるよう支援する制度として育児・介護休業法があります。育児や介護のための休暇をとりやすくする制度が盛り込まれていて、労働者の休暇の申し出に対する対応義務も規定されています。育児には産前産後の休業、育児休業、子の看護休暇、介護には介護休業や介護休暇などの支援制度があり、これらには所定外の時間外労働や深夜業務の制限、短時間勤務制度などが含まれています。
事業主は従業員が制度の利用を申し出た場合、それを理由にその労働者に不利益な扱いをしてはいけないことも規定されています。同法は29年1月と10月に改正され、さらに利用しやすくなっています。1月の改正では、年間3回までの分割取得が認められ、介護時に受け取れる給付金の率も40%から67%に引き上げられました。このほか、育児目的休暇の新設で男性の育児参加を促しています。介護休暇は1日単位から半日単位で取得できるようになりました。
10月の改正では、域時休業の延長が1歳6ヵ月から子供が2歳になるまでの延長が認められるようになっています。また、就業前の子供を持つ労働者が育児に充てる休暇制度の新設も、努力義務として制定されました。同法は、労働者だけにメリットがある制度ではなく、企業や社会にとってもメリットがあります。女性が出産・育児がしやすい社会となれば、出生率が上昇することが期待でき、ひいては少子化問題の解決にもなります。さらに、女性労働者の増加が期待でき、人手不足の解消も期待できます。
このような制度があっても、現実には職場の雰囲気で育児休業などが取りにくいと感じる人も多いようです。企業や職場の管理職には休業の取得がしやすい雰囲気づくりも望まれます。
働き方の多様化の推進
わが国では2019年4月から働き方改革関連法が順次施行されています。厚生労働省では働き方改革を、働く人が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で選択できるようにするためとしています。これまでは、決まったデスクで定時まで、あるいは定時をはるかに超えた残業も当たり前のように行われていました。
しかし、デジタル技術の進歩により、必ずしもこれまでの働き方にとらわれる必要がなくなっています。新型コロナの問題では、多くの企業で在宅勤務やテレワークが実施されましたが、これが契機となりより一層働き方が多様化しそうです。こうした柔軟な働き方は、それを希望する従業員のストレス解消や仕事への意欲向上につながるだけではなく、事業者にとっても多くのメリットがあり、積極的な推進が求められます。
そのメリットとしてはコストの削減が図れることで、出勤した時は共用スペースのデスクとパソコンを使用するようにして、オフィスを拡張せずに従業員を増やせます。次に生産性の向上につながることです。在宅勤務であれば通勤時間が省けるので効率がよく、労働意欲も高まり、パフォーマンスの向上が期待できます。
また、自由な働き方が認められた社員は積極的に業務に取り組み、創造性の向上につながる可能性があります。多様な働き方を認めることで社員は労働への意欲を高め、心身ともに健康となり、満足度が向上することが期待されます。企業にとっても社員の定着率が向上し、利益をもたらす可能性が大きくなります。さらに柔軟な働き方を導入することで、優秀な人材を獲得につながることにもなります。このように働き方の多様化には多くのメリットがあります。
研修プログラムの実施
ダイバーシティは、人種、性別、年齢、宗教、価値観などが異なる多様な人材を受け入れて、企業の競争力を高める取組です。グローバル化による顧客ニーズの多様化や深刻化する人材不足などの課題の解決にとどまらず、イノベーションの創出や生産性の向上などのさまざまな優れた効果が期待されています。このため多様な人材を企業の発展や活性化に向けて最大限活用する取組として注目されつつあります。
しかし、ダイバーシティの考え方は、一朝一夕で構築できるものではありません。企業文化レベルまで引き上げるには、マネージャーなどの経営層を含めた研修プログラムの実施が不可欠です。特に多くの企業が陥りやすいのは、目に見える属性の多様性である表層的ダイバーシティにとらわれがちなことです。外からはわかりにくい深層的ダイバーシティであるスキルやキャリアなどのアイデンティティを対象としていくことで、新たな人材を見出し、ビジネスチャンスを生み出すことができます。
人材は4大経営資源の一つとされていますが、経歴や学歴など人材要件を緩和することで必要な人材を確保することもできます。企業ではイノベーションの創出が重要ですが、ダイバーシティの推進はイノベーションの源泉とも言われ、組織内の人材の多様性を最大限に活用できるような研修プログラムの実施が重要になります。女性や若い労働者などの多様な意見や考えを発表できる場や研修会を工夫していくことで、新たな活力、創造力が生み出されることが期待されます。
日本企業のダイバーシティ経営の事例
経済産業省では、2012年度から、ダイバーシティ経営に取り組む企業のすそ野拡大を目的に、多様な人材の能力を活かし、価値創造につなげている企業を表彰する「ダイバーシティ経営企業 100 選」(経済産業大臣表彰)を実施しています。ここではその中から千葉銀行、東急株式会社、SCSK株式会社、株式会社丸井グループの4社の事例を紹介します。
千葉銀行
概要
千葉銀行は、2014年に「ダイバーシティ推進」を経営戦略の一つとして位置付け、中期経営計画の主要課題として明示しました。2015年には「ダイバーシティ行動宣言」を策定・公表し、同社がダイバーシティ推進に取り組む姿勢を内外に大きくアピールしました。
また、2017 年の第13次中期経営計画では、「全ての職員が輝く働き方改革の実現」を新な中期経営計画の主要課題として明確化するなど、地銀業界をとりまく環境の激変に対し、同社は「全ての職員が輝く働き方改革の実現」を経営戦略に持続的な成長を実現し、ダイバーシティ経営を業界・地域全体に普及しました。
2014年からダイバーシティ推進を経営戦略に位置付け
同社では女性活躍推進の取組は2005年から本格化していましたが、最初に「ダイバーシティ推進」を経営戦略の一つとして位置付けたのは、第12次中期経営計画の主要課題として明示し、KPIを設定した2014年です。経営課題の 一つに「人材育成の一層の充実」を位置づけ、「専門性の高い人材の育成」「女性の活躍支援など職員の意欲や能力を引き出す人材活用」「新たな発想を生み出す企業風土の形成」を目指すとし、同社を取り巻く経営課題に対し、人材戦略として解決を図る方向性を明確化しました。
社内では、「自ら気づき、考え、行動する」現場を作ることを目的に、ボトムアップ施策を検討する「ダイバーシティ推進委員会」、多様な人材の活躍をサポートする「ダイバーシティ推進部」を新設しました。キャリアの転換期にいる社員や育児介護中の社員等、年間500名以上に対し個別面談や研修によるサポートを行うほか、男性の育児参画を支援する取組を開始しました。
働き方改革については、2016 年に「働き方改革推進部」(現経営企画部働き方改革推進室)、2017年に「働き方改革及び業務効率化推進委員会」を立ち上げ、組織全体で業務プロセスの見直しを進めるなど、従前の業務の進め方に対して現場目線で見直すことで組織全体の変革を促しています。
女性の職域拡大とキャリアアップが徐々に結実
全ての社員が「働きやすく、働きがいのある」職場を目指して多様な取組を進めた結果、女性活躍推進を本格的に開始した2005年以降、2019年7月までに、女性の取締役・執行役員が4名(うち2名はプロパー)、女性部長が6名誕生しました。女性の支店長・本部副部長・所長は2名から25名に、副支店長は9名から58名にそれぞれ増加し、取締役会をはじめとした意思決定の場への女性の参画が進み、より多様な観点からの議論が行われています。
特に、社員の職域拡大や能力開発を進めた結果、従来ではごくわずかであった女性渉外担当者は個人分野を中心に36名から207名まで増加し、投資型金融商品販売を主担当とする渉外は女性が6割を超え、当分野の成績上位者の7割を女性が占めるまでになっています。
東急株式会社
概要
1997年に策定されたグループ経営理念では「個性を尊重し、人を活かす」を掲げ、個々の社員を活かす経営を基本に置いていました。その後、女性の社会進出拡大や少子高齢化など社会環境の変化に伴い、消費行動も多様化し、「多様な価値観に応える街づくり」の重要性が増してきたことを受け、2015年度からの中期経営計画において初めて、「ワークスタイル・イノベーション」と「ダイバーシティマネジメント」が重点施策として明記されました。
ワークスタイル・イノベーションとは、職住近接、子育てと仕事の両立など、働き方改革を同社内で実践するとともにそれらを社会へ展開していくことを企図しています。推進体制として、人事部門と経営戦略部門、鉄道事業部門を横断した組織として、「ダイバーシティ推進ワーキンググループ」を 2013年に設置し、さらにダイバーシティ経営を推進する中核部門として、「ダイバーシティ・キャリア開発課」を2014年に設置しました。
2016年には、会長、社長、副社長、社外取締役らにより人材戦略について議論する場として「人材戦略に関するアドバイザリー・ボード」を設置、年3回程度の開催し全社の人材戦略の見直しを行っています。
ダイバーシティ経営による成果
こうした取組の結果、KPIとして設定した項目については、まず女性管理職数では、2013年の実績値14 名に対して、2020年度末の目標40名としましたが、2019年10月時点で目標を達成しました。新卒総合職採用女性比率は2014年度の実績値27%に対して、2020年度の目標値を40~60%としていましたが、これも 2019年度42%とすでに達成しました。また、男性育休取得率は100%を目標としており、2014年の実績値2.1%に対して、2018 年度は73.1%まで増加しています。
女性の社会進出では、2019年10月現在、課長級の女性は34名、部長級の女性は6名と、女性社員は管理職が増えているだけでなく、職域も拡大しています。運転士、車掌、駅員といった鉄道現業職場においても女性の活躍は広がり、例えば車掌の12%は女性となっています。鉄道現業における女性社員のキャリアアップも進んでおり、女性の駅長や助役も誕生しています。
また、60 歳以降のシニア社員の職域も拡大しており、鉄道現業におけるキャリアの継続に加え、現業の経験を活かした部門を越えたキャリアや、営業や国際経験等の専門性をグループ会社間で生かす事例などが出てきています。こうした取組により、過去10年間に輸送人員は11%、沿線人口は5.4%増加しており(いずれも2009年度比)、日本全体の人口が減少に転ずる中で、同社沿線は「選ばれる沿線」を実現しています。
SCSK株式会社
概要
2011 年の合併を機に、経営理念に「人を大切にします」を掲げ、働き方改革・健康経営を推進しました。この取り組みにより、社員満足度の大幅な向上に繋がり、離職率は 2.4%とIT業界の平均離職率(15~20%)と比較して極めて低い水準を維持しています。
毎年行っている同社独自の社員意識調査の2018 年の結果でも、特に就労意欲に関する項目において、「今後も働き続けたい」と回答した社員が86.2%(2012年度比10ポイント増)、「誇りを持って働ける」と回答した社員は82.7%(2012 年度比16ポイント増)と高い結果となっています。ダイバーシティ推進を本格的に開始した2012年度に比べ2018年度の営業利益は208億円から346億円へと連続増益を達成しています。
経営理念の1つは「人を大切にします」
2011年に住商情報システム株式会社と株式会社CSKが合併して誕生したSCSK 株式会社は、過酷な労働環境が常態化するIT業界の中で今後の労働人口の減少を見据え、限られた貴重な人材がフェアに評価されて能力を最大限に発揮し活躍できることが要であると考えて、経営理念の1つに「人を大切にします」を掲げました。翌2012年にダイバーシティ推進課を設置して、本格的なダイバーシティ推進に踏み切りました。
長時間労働の是正へ
「人を大切にします」という経営理念を実現するためには、健康リスクのある長時間労働や画一的な働き方といった従来の働き方を抜本的に改革する必要がありました。特に、入社後30歳までの女性の離職率は、合併前の2006年時点で7 割と非常に高く、何よりも残業時間を減らすことが必要でした。
そこで、2013 年に長時間労働の是正に向けて、平均残業月20時間未満で年次有給休暇20日の100%取得」を目標に掲げた「スマートワーク・チャレンジ 20」を開始しました。目標を達成した場合、残業代の削減額を原資として賞与に反映しました。実際に取り組むことで、体が楽になる、家族との時間が増える等の効果を実感した社員から、生産性や質の高い働き方を推し進めようという自発的なムーブメントが広がっていきました。
より柔軟な働き方へ「どこでもWORK」
2017 年には、働く場所や時間の制約を無くし、多様な社員が生産性高く働き続けられるよう、自席だけでなく自宅やサテライトオフィスでの勤務を実現する「リモートワーク」、紙を使用しない働き方を推奨する「ペーパーダイエット」、生産的・効率的なオフィス作りを目指す「フレキシブルオフィス」の三つを軸に、より柔軟な働き方を目指す「どこでもWORK」を開始しています。2015年には就業規則に健康経営の理念を追加することで、労働時間の削減に加えて、同社の原動力である全社員の健康を支援するというメッセージを社内外に発信しました。
女性とシニアの活躍を推進
女性の働き方改革では、仕事と育児や介護の両立支援制度を導入することで、女性社員の定着を進めることができたが、「女性が管理職になることは難しい」という固定概念が残っていたため、2018 年度末までに女性ライン管理職を100名に増やすという全社目標を経営戦略に掲げ、経営層を含めた全社的な意識改革と計画的な登用の仕組み作りを開始しました。
具体的には、女性の管理職候補に管理職としてのマインドやマネジメントスキル等を身に着ける2年半に及ぶ女性ライン管理職育成プログラムを実施しました。こうした結果、2012 年から 2018 年までの6年間で約180名が受講し、その成果として女性ライン管理職が2018 年12月時点で82名に達しています。またシニアについては、2018年よりシニア正社員制度を導入し、現在 224 名がこの制度を活用しています。
株式会社丸井グループ
概要
「お客さまのお役に立つために進化し続ける」、「人の成長=企業の成長」という経営理念の実現に向けて「多様性推進」を経営戦略の一つとして掲げ、多様化する価値観やニーズに対応するための風土づくり、制度改革を推進した結果、新サービスの創出等に繋がり、企業価値の向上を実現しました。
業績悪化を契機に会議などに女性・若手社員が参加
丸井グループでは2014年に中期経営計画に経営戦略として「多様性推進」明記し、人事部多様性推進課を設立するとともに、多様性推進に向けた委員会とプロジェクトを発足するなど制度改革に取り組み、企業価値の向上を実現しました。
同社では小売り事業とカード事業を2本柱としてきましたが、リーマンショックによる業績悪化を契機に、会社の重要な会議やプロジェクトで「おじさんだけ」で議論していても多様な顧客に応えられないと、女性社員や若手社員の参加を促しました。具体的には、「ワーキング・インクルージョン」の考え方の下、「個人の中の多様性」「男女の多様性」「年代の多様性」という3つのテーマを掲げて取組を始めています。
自己申告による職種変更を実施
特に力を入れている取組は、2013年より半期に一度チャレンジしたいグループ会社や部署を申告できる自己申告制度に基づき、グループ会社間や部門間の人事異動を行う「職種変更」の創設したことです。開始から2018年4月までに約8,000人の社員の43%が職種変更を経験し、そのうち約86%の社員が異動後に成長を感じています。2014 年に、女性活躍の推進を可視化するため「女性イキイキ指数」という自社指標を独自に設定し、2021年3月期までのKPIとして設定している。これにより意識改革が進み、女性の上位職志向は 41%から 67%まで上昇、男性の育休取得率も14%から109%と飛躍的に上昇しています。
中期経営推進会議参加希望者が毎回1,000名前後に
「年代の多様性」では、さまざまな年代の社員の意見や価値観を事業運営に取り入れるために、社員が「自ら手を挙げる」風土作りを目指しています。最も象徴的な取組は、同社の今後の経営における重点テーマを議論する中期経営推進会議の参加者について、2016年に幹部社員から全社員の応募制へと変更し、若手社員をはじめ社員の積極的な参加を促したことです。
現在では毎回1,000名前後の応募があるほか、多くの社員が経営に参画して意見を発信しており、社員自ら手を挙げる文化が醸成されています。社内の多様化による顧客ごとの価値観に沿った商品・サービスの提供などにより、業績は飛躍的に向上し、同社のグループ総取扱高は2018年3月期に初めて2兆円を突破し、営業利益は9期連続増益となっています。
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まとめ ダイバーシティはこれからの企業に必要不可欠
グローバル化や少子高齢化が今後一段と進む中で、ダイバーシティに基づいた企業経営やマネジメントは、これからの企業にとっては不可欠といえます。厳しい経営環境の中で、漫然と従来の経営を続けていくのでは、生き残れない時代になっています。ダイバーシティを企業の活力源としていくことで新たなビジネスチャンスを広げていくことが可能になります。ダイバーシティの考え方を理解して、日々の仕事に活用してください。
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経営課題の問題解決に使われる5つのフレームワークを紹介【事例つき】
参考
資料2 「日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会」報告書の概要―ダイバーシティ・マネジメントの方向性―
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/008/toushin/030301/02.htm
経済産業省 ダイバーシティ2.0一歩先の競争戦略へhttps://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/diversitykyousousenryaku.pdf#search=’%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3+%E7%B5%8C%E6%B8%88%E7%94%A3%E6%A5%AD%E7%9C%81′
経済産業省 ダイバーシティ経営診断ツールについて
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/downloadfiles/concept.pdf
ITmedia ビジネスオンライン 2019年の「人手不足倒産」、過去最多 過去7年で最も倒産が多かった業種は?
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2001/10/news082.html
厚生労働省 「働き方改革」を推進するための法律について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html
株式会社日本能率協会マネジメントセンター ダイバーシティ&インクルージョン
https://shrm.jp/dir/inclusion.html
一般社団法人 日本経済団体連合会 ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて
https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/039_honbun.pdf
週刊東洋経済オンライン ダイバーシティって何?(第2回)–ダイバーシティの歴史的展開と企業のかかわり
https://toyokeizai.net/articles/-/10938