「風土」という言葉は少し厄介です。
いつのまにか自然に形成され、熟成されたというニュアンスを感じさせるからです。
そのコンセプトも抽象的で捉えどころがないという印象を与えます。
でも、少なくとも「企業風土」の場合、それを形成しているのは間違いなく経営陣をはじめとする組織の構成メンバーであり、責任の所在も当然そこにあります。
現在の企業経営は大きな変革期のただ中にあります。
こうした時代に、その変革を担う人材を育成し、彼らが持てる力を存分に発揮するための装置として、日本の企業風土は十分に機能しているといえるでしょうか。
外国人教育に携わる立場にいるからこそ鮮明に見えてくるものがあります。
本稿ではそうした立場から、日本における企業風土の課題について考えてみたいと思います。
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目次
重要度を増す企業風土
企業風土は組織の構成メンバーの考えや行動パターンに大きな影響を与えます。
まず、企業風土とはどのようなものなのか、明確にしておきましょう。
図1 組織風土の氷山モデル
出典:[1] 産業能率大学総合研究所(2018)豊田貞光「【SANNOエグゼクティブマガジン】どうすればカイシャの閉塞感は打開できるか?」
https://www.hj.sanno.ac.jp/cp/feature/201803/08-01.html
組織風土を理解しようとするとき、その手がかりとなるのが図1のような「氷山モデル」です [1]。
この図によると、組織風土は水面上の「ハードな構造」と水面下の「ソフトな構造」で構成されています。
「ハードな構造」がビジョンやシステムといった顕在的な要素で成り立っているのに対して、「ソフトな構造」は、メンバーの価値観や暗黙のルールなどの潜在的な要素で構成されています。
企業風土がこのような二重構造で構成されていることは非常に大きな意味をもちますが、それについては後ほど詳しくお話ししたいと思います。
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大切なのはソコではない
「ちょっと違うんじゃないか・・・」
読み進めるうちに、違和感がじわじわ増してきました。
ビジネスマナー本を手に取ったことがある方なら、おわかりでしょう。
そこには、日本人が得意とする、「相手に合わせること」、「相手を立てること」、「行き届いた心遣い」がこれでもかというくらい、ふんだんに盛り込まれています。
髪型、メイク、服装、持ち物はいずれも地味で目立たず、清潔感のあるものに。
あいさつは、笑顔で明るく爽やかに。
お辞儀は目礼から拝礼までの5段階。
相手が求めていることをまず理解する。
意見が対立したときには相手に不快感を与えないように、とりあえず相手の意見を受け入れる。
和を乱してはならない。
目上には従順に。
取引先にはくれぐれも阻喪のないように・・・。
ビジネスマナーは企業風土を映す鏡です。
それは、多くの企業でヨシとされる価値観や行動パターンが、あるいはそれらに基づく「暗黙のルール」、つまり図1でみた「ソフトな構造」の各要素が反映され結実した、規範の体系だと筆者は考えます。
翻って考えると、ビジネスマナーが企業における価値観や行動パターンを形成し、規定しているともいえます。
価値観や行動パターンがマナーを形成し、形成されたマナーが価値観や行動パターンを規定する―その螺旋状の循環が、「暗黙の規範」をより強固にしていると考えることもできます。
筆者は大学で外国人留学生を対象とした「ビジネスジャパニーズ」クラスを担当しています。
このクラスではビジネスマナーも学習項目のひとつです。
そこで、これまで新刊を中心にビジネスマナー関連の書籍にはできるかぎり目を通してきました。
それでわかったのは、日本のビジネスマナーを支配しているのは、いわば「相手中心主義」、「取引先至上主義」という世界観だということです。
そのベクトルは非常に強固で固定的です。
もちろん、「相手を尊重する」という態度は人間関係の基本ですし、何事においても有益で重要だと筆者も思います。
でも、その発露のありようを当事者である個人に任せるという発想はほとんどなく、すべてが細分化されマニュアル化されているのには驚かされます。
意外に思われるかもしれませんが、筆者が外国人留学生を対象にしたクラスでビジネスマナーを扱う目的は、彼らに日本流のビジネスマナーを習得してもらうことではありません。
その目的は、彼らが日本の企業で働くことになったとき、ビジネスパーソンとしてどう振舞うか、その行動スタイルの選択肢を増やすことでした。
つまり、日本流のマナーを知り、日本の企業でそのように振舞うことのメリットとデメリットを明確に理解した上で、自分はどう行動するのかを自分自身で選択する―そのための判断材料を提供するという位置づけのハズでした。
ところが・・・。
「やっぱり、違う!」
多数のビジネスマナー本を読み進めるうちに、直観的な違和感は確信に変わりました。
ただし、その違和感はビジネスマナーそれ自体に根ざしたものだったというわけではありません。
先ほどお話ししたように、ビジネスマナーは企業風土を映す鏡のようなものです。
その鏡に映った企業風土の方にフォーカスするのが本稿の立場です。
では、その違和感は何に由来するものだったのでしょうか。
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「風土疲労」が招く弊害
筆者が抱いた違和感の「正体」は、つきつめると次の3つの疑問に集約されます。
1.日本の企業風土は、制度疲労ならぬ「風土疲労」を起こしているのではないか
2.上記1が要因となり、日本の企業風土は、「ハードな構造」と「ソフトな構造」との間で乖離が生じているのではないか
3.筆者の目的設定は甘すぎたのではないか
まず、上の1と2について考えてみましょう。
制度疲労という言葉があります。
制度を運用しているうちに社会状況が変化して、その制度が実情と適合しないものになってしまったというような意味合いでよく用いられます。
それと同じように、日本の企業風土は、現在の時代性にそぐわないものになってしまっているのではないでしょうか。
ここではそれを「風土疲労」という造語で呼ぶことにします。
ここでもう一度、「氷山モデル」を概観してみましょう。
図1 組織風土の氷山モデル
企業風土に関する研究では、組織風土は変革が可能だとされています [2]。
企業風土は、マネジメントのあり方や組織における責任・意思決定・権力の構造、モチベーションなど、コントロールが可能な要素で構成されているためです。
でも、氷山モデルをみて気づくのは、「ハードな構造」と「ソフトな構造」とでは、変革のスピードや変革のしやすさ・生じやすさの程度が異なるのではないかということです。
「ハードな構造」は絶えず変革を迫られます。
先ほどもお話ししたように、市場の競争原理のただ中にあっては、刻々と変化する状況に合わせて常にビジョンを立て直し、目的や目標を設定し直し、それに適合した制度を制定し直さなければ生き残りは困難です。
もし「ハードな構造」に風土疲労が生じたら、忽ち淘汰されてしまうでしょう。
したがって、「ハードな構造」は変わることが前提であり、時流に合わせて変えざるを得ない、変わらざるを得ないものといえます。
一方、「ソフトな構造」は長年にわたって培われたものであり、黙示的であることも手伝って、いわば「惰性」が働き、「変えよう」と意図しない限り変わらない、変わりにくいものです。
そのため、「ソフトな構造」には元来、「風土疲労」を招きやすいという性質があると考えられます。
そう考えると、そもそも企業風土というものは、「ハードな構造」と「ソフトな構造」の間で乖離が生じやすいものだということがわかります。
これまでお話ししたように、日本のビジネスマナーは、いわば周囲に好印象を与え、好感度をアップさせるためのテクニックの集合体です。
それはそのまま企業の価値観といってもいいでしょう。
確かに、それが有益なストラテジーとして機能していた時代もありました。
そうやって円滑なコミュニケーションをはかり、良好な人間関係を築いて、予定調和的な雰囲気の中、円満にものごとを回していく―それは、かつての「日本的な経営」には適合したあり方だったかもしれません。
でも、時代は変わりました。
経済産業省は現在の人材に求められるスキル・コンピテンシーを以下のように示しています。
経済産業省による「人材に求められるスキル・コンピテンシー [3]
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ここにみられるのは、先ほどみたビジネスマナーには完全に欠落している価値観です。
たとえば、1)の「課題設定力、目的設定力」の前提となるのは、自分の頭で状況を判断し、分析し、決定して、さらにその結果を自分自身の責任として引き受けるという精神性です。
また、3)の「コミュニケーション能力」にしても、「相手が何を求めているのかを忖度し、相手の意見をまず受け入れる」のではなく、「主張・反論をするディベート力」としての能力が求められています。
それは、相手におもねることなく、率直に発言して、意見交換・議論をする力です。
さらに、5)の「リーダーになる資質」には、「ハードな構造」に関わる明確な目標・ビジョンを設定する能力、妥協しない強い意志やこだわり、牽引力などが挙げられています。
これはビジネスマナーにみられるような「衝突を避ける」、「なにごとも無難に」という方向性とは正反対のベクトルを示しています。
このように、「ソフトな構造」の価値観は、現在の状況と甚だしく乖離しています。
また、そのことが、さらに「ハードな構造」との乖離を生じさせてもいます。
これでは、企業風土は機能不全を起こしてしまいます。
いくらハード面で野心的なビジョンを掲げ、戦略的な目的や目標を設定しても、ソフト面が障害となって、変革を成し遂げることは困難です。
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「風土疲労」を招くのもリカバリーするのも人材マネジメント
では、「ソフトな構造」はどうしてこれほど現状と乖離してしまったのでしょうか。
その鍵を握るのは人材マネジメントではないかと筆者は考えます。
図2 人材の選考にあたって特に重視した点(5つ選択)
出典:[4] 一般社団法人 日本経済団体連合会(2018)「2018年度 新卒採用に関するアンケート調査結果]
( 2018年11月22日) p.6
http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/110.pdf
図2は経団連による調査の結果で、人材の採用選考にあたって特に重視した点を表しています。
この図に挙げられている項目をみると、先ほどの「人材に求められるスキル・コンピテンシー」との微妙なズレに気づきます。
上位1位から3位までの「コミュニケーション能力」、「主体性」、「チャレンジ精神」はともかく、「論理性」、「責任感」、「課題解決能力」、「リーダーシップ」、「ポテンシャル」、「専門性」、「創造性」などの項目の割合は、「協調性」や「誠実性」に比べ、非常に低い値を示しています。
こうした価値観が「ソフトな構造」に反映し、「ハードな構造」との乖離を産んでいるのではないでしょうか。
「風土疲労」の要因のひとつが人材マネジメントにあることの証左として、もうひとつ、「役割等級制度」に関するデータをみたいと思います。
現在は、企業の競争力を強化するために、人材マネジメントの基盤が「役割等級制度」に移行しつつあります。
これは、役割や職務に基づいて等級や報酬を定める制度のことで、グローバル企業では以前から広く導入されています。
この制度のメリットは、優秀な外部人材やグローバル人材の獲得がしやすくなることです。
「海外に拠点を持ち駐在員を置く日系大手企業および外資系企業を主な対象とした」経済産業省の委託調査によると、現在、この制度を導入しているのは、日系企業の55%、外資系企業の90%に上ります [5]。
でも、その導入理由は日系企業と外資系企業とではかなり隔たりがあります(以下の図3)。
図3 役割・職務を人材マネジメントの基軸にする理由
出典:[5]経済産業省(2019)平成30年度 産業経済研究委託事業「企業の戦略的人事機能の強化に関する調査 (経営力強化に向けた人材マネジメントに関する提言および先進企業事例) 【報告書】 」p.9
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/20190329_01.pdf
この図からわかるのは、同じ「役割等級制度」を導入していても、人材マネジメントのあり方が日系企業と外資系企業では異なることです。
外資系企業が「外部競争力」を重視しているのに対して、日系企業は「内部公平性」を重視しています。
日系企業は内向き、外資系企業は外向きともいえます。
以上のことから、日本の人材マネジメントは、グローバルな競争力を増すための制度を導入しながら、内向きの視線をもち、かつての「日本型人材マネジメント」からいまだに脱し切れていないのではないかと筆者は考えます。
旧弊な人材マネジメントが「風土疲労」を招いているとすれば、それをリカバリーするためには人材マネジメントを見直し、変革することが必要です。
「風土疲労」とそのリカバリー、人材マネジメントはその双方で大きな鍵を握っているのです。
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間違ったメッセージを送ってはならない
最後に、筆者が抱いた違和感の3つ目、「筆者の目的設定の甘さ」について少し考えてみたいと思います。
それは、学生たちに間違ったメッセージを与えてしまうのではないかという恐れといってもいいでしょう。
先ほどお話ししたように、「ビジネスジャパニーズ」クラスでビジネスマナーを扱うのは、彼らにそれを習得してもらうためではありません。
日本人とは異なる彼らの感性やモノの見方・考え方、価値観を日本式に変容させ、日本の型に嵌め込むこと、つまり「同化」は何の意味もないどころか、かえって弊害となります。
日本人からみたらユニークと思える彼らのあり方こそが、現在、日本の社会に求められている多様な価値観に寄与し、ビジネスの世界で求められているイノベーションの創出にも役立つはずです。
彼らに日本のビジネスマナーを学ぶ機会を設ける目的は、日本の企業風土を理解し、彼らが日本で働く際に、その行動パターンに関する選択肢を増やすことでした。
ところが・・・。
もし日本の企業風土の「ハードな構造」と「ソフトな構造」が合致しているのなら、つまり、企業理念と企業内の暗黙の価値観とが一体ならば、それがどのようなあり方であれ、それを知ることには大きな意味があります。
でも、現在のように企業理念と暗黙の価値観が乖離していて、暗黙の価値観と現在の時代性との間にズレがある場合、そのズレた方の価値観のみを知ることにどのような意味があるでしょうか。
その価値観が、「かつてはそうだった」と言われるにふさわしいものであるとしたら?
それでは、学生たちに間違ったメッセージを送ることになるでしょう。
こうして、筆者は自ら設定した目的の甘さを深く省みて、シラバス(授業計画)を練り直すことにしました。
では、その方向転換の目指すべき方向性とは・・・?
筆者が出した答えは、次のようなものです。
- 「学生たちが『風土疲労』の現実をありのままに知り、そのことについて考え、議論する場」を設ける
具体的には、以下のような手法をとることにしました。
- 日本のビジネスマナーを知り、そこにどのような価値観が反映されているか考える
- 企業のホームページなどで自分が関心を抱いている企業の理念を調べる
- 調べた企業理念とビジネスマナーに反映された価値観とを比較対照する
- 上記3から見えてきたことを発表する
- 上記4をもとに議論する
すると、1の段階での学生たちの感じ方や考えが、各ステップを経て、次第に変容していくさまがみてとれます。
ちなみに、以下のA~Eは、1の段階で学生たちが実際に述べた感想や意見です。
あなたが採用担当者だったら、どの発言に心を動かされるでしょうか。
- 「あそこまで気を配って仕事をしているなんて、さすが日本人だと思いました。私も日本人と同じように働けるようがんばります」
- 「日本人のように働くことは、私には到底できないと思います。日本の会社で働くのが怖いです」
- 「あんなに細かいルールやマナーを本当に守らなければならないんでしょうか。申し訳ありませんが、ちょっとやりすぎだと思います」
- 「ひとつずつのルールに理由や意味があるのはわかります。でも、もっと大切なことがあるような気がするんですが・・・」
- 「私の国では、なんでも上司に相談したら、“お前には自分の考えがないのか”と言われ、一人前の大人として扱ってもらえません。日本人のやり方はちょっとショックです」
多様な人材が能力を発揮できる企業風土を
本稿では、外国人教育の現場から見えてきた日本の企業風土の課題について筆者の考えを述べてきました。
でも、これまでお話ししてきたことは、外国人にかぎったことではありません。
大切なのは、それぞれの企業が真に求める人材の力を育て、伸ばし、彼らがその力を存分に発揮することができるような土壌を確保することです。
そのために、企業理念と企業内の暗黙の価値観とをすり合わせ、「ハードな構造」と「ソフトな構造」が矛盾なく合致し機能するよう見直して、変革する―そのようにして、新たな企業風土を創出することが、今こそ必要なときではないでしょうか。
参照
[1]産業能率大学総合研究所(2018)豊田貞光「【SANNOエグゼクティブマガジン】どうすればカイシャの閉塞感は打開できるか?」
https://www.hj.sanno.ac.jp/cp/feature/201803/08-01.html
[2]吉田佳絵・高野研一(2018)「現代企業においてパフォーマンス向上に寄与する組織風土要因に関する研究」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jima/69/1/69_1/_pdf/-char/ja
[3]経済産業省(2017)産業人材政策室「産業界が求める能力・スキル」 https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/jinzairyoku/jinzaizou_wg/pdf/003_05_00.pdf
[4]一般社団法人 日本経済団体連合会(2018)「2018年度 新卒採用に関するアンケート調査結果]」
http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/110.pdf
[5]経済産業省(2019)「平成30年度 産業経済研究委託事業「企業の戦略的人事機能の強化に関する調査 (経営力強化に向けた人材マネジメントに関する提言および先進企業事例) 【報告書】 」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/20190329_01.pdf