「幸運な偶然を手に入れる力」を意味する言葉セレンディピティ(serendipity)が、注目を集めています。ノーベル賞の受賞者や芸術家のインタビューなどでも、たびたび耳にするのではないでしょうか。
近年では、ビジネスシーンでもセレンディピティが意識されるようになりました。その背景や理由、セレンディピティが起こりやすくなるコツなどについて解説します。
目次
セレンディピティとは
はじめに、セレンディピティの意味や、よく似た言葉であるシンクロニシティとの違いを説明します。
セレンディピティとは
セレンディピティとは、「偶然の幸運を手に入れる力」のことです。予想していなかったものが発見できたり、ひらめきによって新たなアイディアが浮かんだりします。
代表的な事例としては、ニュートンが「リンゴが木から落ちる」状況を見た結果、「万有引力の法則」を発見したことが挙げられます。また、フレミングがシャーレの中に偶然発生した青カビを見てペニシリンを発見した逸話も、セレンディピティの事例のひとつです。
セレンディピティの語源
セレンディピティの語源は、英語の「serendipity」から来ています。セレンディップ(セイロンの旧称)の王子が、思いがけない幸運のおかげで、人生が好転していく冒険物語「セレンディップの三人の王子たち」が元となっている造語です。
物語を読んだイギリスの政治家兼小説家のホレス・ウォルポール氏が、1754年に生み出した言葉とされています。
セレンディピティとシンクロニシティの違い
シンクロニシティとは、「意味のある偶然の一致」を表す言葉です。心理学者のカール・グスタフ・ユング氏によって唱えられた考え方です。
セレンディピティとシンクロニシティは、「偶然」という点では同じですが、シンクロニシティはあくまでも起こった現象そのものを指します。一方のセレンディピティは、幸運な偶然を得る主体的な力を指している点が、2つの言葉の違いです。
セレンディピティの3要素とは
脳科学者の茂木健一郎氏によると、セレンディピティには以下の3つのAが大切で、その3つを回していくことでセレンディピティに出会える確率が高まるとされています。
- Action (行動)
- Awareness(気づき)
- Acceptance(受容)
3つのAの中でも一番大事なのは行動です。何もせずに待っているだけでは、偶然の幸運には恵まれないので、どんな理由、目的でもいいから、とにかく行動することが大切です。
行動の次に大切なのが気づきです。幸運な偶然が起こっていることに気づかなければ、チャンスをみすみすと逃してしまいます。
3番目の要素は、acceptance(受容)です。出会ったものが、自分の今までの価値観とまったく異なっているものであっても、それを受け入れてみると何かが生まれるといいます。
セレンディピティがビジネスにもたらす3つのメリット
人類の歴史において、さまざまな発明品を生み出してきたセレンディピティは、ビジネスにおいてはどのようなメリットをもたらすのでしょうか。
1. 新たなアイデアや解決策が見つかる
自分が意図していない行動や出会いから、新たなアイデアが生まれたり、問題の解決策が見つかったりします。全く予想外の出来事から、大きなビジネスチャンスを得ることもあります。
2. 常識を覆すようなイノベーションが生まれる
セレンディピティによって得られた情報やアイデアの中には、これまでの常識や経験を大きく覆すようなものもあります。前述したニュートンやフレミングの発見も、そのひとつです。
そうした発見のように企業や業界に影響を与えるイノベーションをもたらす可能性があります。
3. 経営戦略に役立つ
経営戦略を考える際は、さまざまな状況を予測します。しかし、人間が予測できる範囲には限界があります。
先の見えない現在のビジネス環境において、セレンディピティは大変重宝します。偶然の引き寄せによって、今まで考えつかなかったような戦略を取れるようになります。
セレンディピティが起こりやすくなる6つのマインド
先ほど、茂木氏が提唱するセレンディピティの3つの要素を紹介しました。ここでは、さらにセレンディピティが起こりやすくするには一体どのような心構えが必要なのかを詳しく説明していきます。
1.好奇心を持つ
何事にも好奇心を持って、意識的に行動して毎日を過ごすと、ふとした瞬間にセレンディピティに出会う可能性は高くなります。例えばいつもと違う道を歩いたり、道端で見かけた花を調べてみたりするだけでも、新しい情報や気づきを得る確率が高まります。
まずは小さなことでよいので、まわりに目を向け、行動することを心がけてみてはいかがでしょうか。
2. 新しい様々なことにチャレンジする
好奇心にも通じる話ですが、日々、新しいチャレンジをすることが大切です。例えば、以下のように小さなチャレンジから始めても良いでしょう。
- いつもと違うランチメニューを選んでみる
- 新しいジャンルの本を読んでみる
反対に、決まりきったルーティンの生活を送っていると、セレンディピティは起こりにくくなってしまいます。
例えば、家と職場の往復だけ、ランチはいつもの店で毎日同じメニュー、特定の人としか会わないなどという状況です。
多様な価値観を持つ人と接することで、自分にはないヒントを得られ、新しいチャンスにつながることは多々あります。様々な人と関わる機会を、意図的に増やしてみてください。
3.オープンマインドでいる
自分の心をさらけ出し、いろいろなものを受け入れることが重要です。自分の意見だけが正しいと思うのではなく、いろいろな物の見方を取り入れようとするオープンマインドが、セレンディピティを引き寄せる可能性を高めます。
4. ポジティブに受け止める
物事をポジティブに受け止めると、視野が広がります。嫌な出来事があったときも、その中に隠れているメッセージや背景を考えられるようになると、新たなアイデアが浮かんでくることもあります。
そのような前向きな姿勢が、チャンスにつながることも大いにあり得ます。
5. 自分の考えやアイデアを表明する
自分の考えを頭の中にとどめておくのではなく、SNSで発信したり、周りの人に表明したりするのも有効です。
それが引き金となって、ひとりでは思いつかないようなアイデアや、違う角度からの閃きを得られることは少なくありません。また、思いもよらない人から連絡が来ることもあります。
ブログやSNSは「セレンディピティエンジン」とも呼ばれるツールです。世界中の人とつながることのできるSNSは、偶然やきっかけなどに出会う確率を大きく上げてくれます。
6. ゼロベース思考を持つ
ゼロベース思考とは、今自分が持っている前提を一旦なくして考える思考法のことです。ゼロベース思考で取り払われる前提条件としては、お金、時間、スキル、人脈、住む場所、やり方などが挙げられます。
これらを気にせずに思考することで、想像もつかなかったアイデアの結びつきが起こり、セレンディピティを引き起こす確率が高まります。
セレンビティが起こりにくくなった2つの理由
セレンディピティはイノベーションを生み出すことがあり、ビジネスにおいても、さまざまな面で期待されています。しかし、最近はセレンディピティが起こりにくい環境になっています。その背景について、詳しく見ていきましょう。
1. リモートワークの定着
昨今では、リモートワークを採用する企業が増えてきました。リモートワークには多くの利点があるものの、家族以外とは会わずに一人で黙々と仕事をこなす日が増えます。以前のように、社内の廊下ですれ違って立ち話をするような機会はめっきり減りました。
以前は、ムダにも思えるような他愛のない会話から幸運な偶然が起こり、多くのアイデアが生まれてきました。それが激減した今、セレンディピティが起こりにくくなっているといえます。
2. インターネットによる偏った情報
もう一つの理由としては、インターネットによる情報の偏りが挙げられます。検索やSNSを通して目にするものは、自分が興味のある情報のみで、それ以外の情報は素通りしてしまいます。
例えば、インターネットに表示される広告やおすすめ商品は、自分の好みのものばかりです。
しかしセレンディピティは、偶然目にした未知の情報と、自分の知識が化学反応を起こして生まれやすくなるものです。積極的に新しい情報に触れるなどして、意識的にセレンディピティーの機会を創出していく必要があります。
セレンディピティが企業の成功につながった5つの例
ここでは、セレンディピティによって画期的なアイデアが生まれ、思いがけずヒット商品となった例を5つ紹介します。
1. 3Mポストイット
セレンディピティで最も代表的な成功事例は、付箋として世界中で使われている3Mのポストイットです。
3Mの研究員であったスペンサー・シルバー氏は、強力な接着剤の開発をしていましたが、うまくいかず粘着性の弱い製品が出来上がってしまいました。それを見ていた同社の研究員が、落ちないしおりとして使えるのではと閃めいたのが、ポストイット誕生のきっかけです。
2. コカ・コーラ
コカ・コーラは以前、コカ・ワインの一つ「フレンチ・ワイン・アンド・コカ」というアルコール飲料の一種でした。当時のアメリカでは人気があったのですが、1886年にアトランタで禁酒法が制定され、販売中止となりました。
そこで、ワインの代わりに水を入れようとした開発者が誤って炭酸水を入れたところ、思いがけず美味しい飲料ができあがりました。それを製品化したのが現在のコカ・コーラです。
3. Twitter
Twitterは現在多くの人が利用しており、特に日本では人気の高いSNSです。しかし、2006年に作られた当初は、社員が遊びで作ったメッセージの交換ツールでした。
ところが、社内での人気に気づいた幹部が調べると、このツールに中毒性があることを発見し、改良を重ね、今のスタイルとなったのがTwitterです。
4. 電子レンジ
アメリカの軍需製品メーカーで働いていたスペンサー博士という人物は、1945年にレーダーの実験をしていました。その際、ポケットの中にあったチョコレートが電波で柔らかくなったことに気づき、やがて電子レンジの発明につながりました。
5. サランラップ
第二次世界大戦当時、アメリカ軍の兵士の水虫防止のためにブーツの中敷きに使われていましたが、戦争が終わり、その用途がなくなりました。
その後、ピクニックに行く際に奥さんがレタスをサランラップ包んでいるところから着想を得て、食べ物の鮮度を保ちながら衛生的に持ち運べるものとして大ヒットしました。
まとめ
セレンディピティは偶然の産物であり、必ずしも引き寄せられるとは限りません。しかし、セレンディピティが起きやすいような環境を作り出すことはできます。
セレンディピティを単なる偶然の出来事ではなく、ビジネスに欠かせないものとして意識してみると、思いがけずチャンスをつかめるかもしれません。予測不可能な時代を生き抜くためにも、セレンディピティを意識した生活をおくってみてはいかがでしょうか。