企業が繁栄するためには、従業員の努力が不可欠です。各社、そのための仕組みづくりをしていますが、十分に機能しないケースが多々あります。
その中で、従業員が活躍したケースがあります。
東京都にある機械メーカーA社の経営哲学は「顧客感動」でしたが、この難問を実現したのは、地震などで被災した顧客企業に駆けつけた従業員でした。当時、筆者は同社の広報課長で心理士でもありました。そこで、同社が行った取組みと従業員の心理について、心理学、脳科学から明らかにします。
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目次
人を克己させる「オペラント条件づけ」
女子マラソンの指導者として著名な故小出監督の在りし日の映像を見ていると、「いいよ、いいよ」「よくやった」「すごくいい」など褒める姿があります。故小出監督は「褒められて悪い気になる人はいない」「良いところを伸ばす」と述べています。私たち人間には褒められると嬉しくてモチベーションを高めるという心理があり、これを心理学の専門用語では「オペラント条件づけ」と呼んでいます。
「オペラント条件づけ」は、アメリカの心理学者B. F.スキナーが発見した理論で、動物に芸を仕込むときやe-ラーニングなどに応用されています。
猿や犬に芸を仕込む時には、餌を使います。動物は、餌が欲しいために芸をするようになるわけです。この餌を「賞」と呼びます。次図のように、芸という行動に対して、餌という賞が与えられると、芸という行動が促進されます。人間には、褒められたり感謝されたりすると、これが「賞」として働き、嬉しくなり、「褒められること」をまたしようと頑張れるようになります。
アメリカの心理学者ハーロックの実験によると、小学生を褒められるグループ、叱責されるグループ、放置されるグループに分けテストをくり返し行いました。その結果、褒められた児童の成績が一番良くなることがわかりました。スパルタ教育より、褒めて育てた方が教育効果は高いのです。
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やる気をはく奪する「アンダーマイニング効果」
しかし、褒めてもオペラント条件づけが働かない場合があります。
子供にお菓子やおもちゃなどのご褒美をあげると、子供はご褒美が欲しいために勉強をするようになります。しかし、そのうちご褒美を与えなくなると、勉強をしなくなってしまいます。
このことをアンダーマイニング効果といいます。よく「人参をぶら下げる」という表現を使いますが、これは、最初は効果があるのですが、最終的には効果が無くなってしまうのです。
脳内物質の作用「ドーパミン」と「オキシトシン」
それでは、なぜオペラント条件づけという現象が起きるのかを説明しましょう。私たちの頭の中には、数十種類の脳内物質があり、与えられた刺激に対して異なる脳内物質が分泌され、私たちの心理に大きく影響します。
顧客満足企業では、従業員は自分を犠牲にしてまでお客様に奉仕する姿があります。そこで、自分を犠牲にしても奉仕する心理について紹介します。例えば、お年寄りに席を譲るなど、他の人のためになること(利他行動)をすると気分が良くなります。利他行動は「賞」として働きます。実は、利他行動を行うと脳内物質のオキシトシンが放出されます。オキシトシンは精神の安定や幸福感を与える効果があります。この気持ちが「賞」として働きます。奉仕する喜びが動機づけになるのです。
次に、嬉しいことが起こると、脳内物質の「ドーパミン」が放出され、脳の報酬系と言われる部分に働きかけ、快楽を感じさせます。そして、脳は快楽を得たいために体験した「嬉しいこと」を起こすよう繰り返すように指示を出すのです。オペラント条件づけで褒められたことや芸を繰り返すのは、ドーパミンの作用だったのです。
自分を犠牲にしても従業員は満足する
話を戻して、A社のことです。
A社は顧客の災害対応に積極的に対応していました。生産機械メーカーなので全国にユーザーがおり、地震や台風が発生すると、いち早く被災地に入って生産機械の点検修理を行いました。
しかし、一口に災害対応といっても、被災地に分け入ることは危険が伴います。ある時は、自衛隊も被災地に入れない状況でしたが、独自のルートを探し出して現地入りしたこともあります。また、災害はいつ発生するかわかりません。夜に発生することも休日に発生することもあります。そうすると、予定も家族団らんも犠牲にしなければなりません。ですから、一般の人なら、できれば災害対策には携わりたくないと考えるのは当然です。
また、この仕事はサービス部門が担当していたのですが、サービス部門は、お客様のクレーム処理的な要素が強く、地味な日陰の存在であり、その意味からも配属されたくない部門でした。つまり、仕事に対するモチベーションは極めて低下していました。
このようなサービスマンやサービス部門が、何故奮い立って我先にユーザーを助けに出かけていくようになったのでしょうか?
それが、オペラント条件付けでした。災害で落胆しているお客様を助けると、お客様に感謝され喜ばれます。そうすると、サービスマンはやりがいを感じ、モチベーションが高まります。嬉しいことは繰り返して経験したいために、次もユーザーを助けよう考えるようになります。この意識は徐々に深まり、従業員満足につながっていきます。
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このことは、お客様の声を従業員にフィードバックしていく必要があるということを物語っています。顧客の感謝の言葉が前述の「賞」として働くのです。
筆者は、お客様の感謝の言葉を朝礼などで紹介して褒めました。こうすることで、紹介された従業員は、「このようにすれば褒められる」ということがわかり、オペラント条件付けが働き、一生懸命にお客様に奉仕しようとします。また、朝礼に参加した他の従業員も何をすればよいかがわかります。
また、筆者は広報・マーケティング戦略として、日陰の存在であったサービス部門にフットライトを当てることにしました。サッカーやプロ野球で活躍した選手に対する「ヒーロー・インタビュー」を採用したのです。サービスマンの活躍についての広報キャンペーンを行いました。具体的には、報道関係者(主に業界紙)に報道を促進する交渉を行い、災害発生の都度、サービス部門の取り組みについてのニュースリリースを行いました。また、サービス部門の新システムの記者会見も行いました。同社の情報誌にもサービス部門の記事を載せました。当然、ホームページにも掲載し、ユーザー会や展示会でもサービス部門の紹介をしました。まさに会社のコンテンツを総動員したヒーロー・インタビューでした。当業界は、A社の災害対応の記事で溢れました。
普通の人なら新聞に載ることは考えられませんが、自分の記事が新聞に載ってしまったのです。サービスマンたちは歓喜しました。そして、業界の注目はサービス部門に集まりました。こうなると、自分たちの仕事に誇りを持つようになります。また、自分がコミットしたことに対しては、完遂しなければ気が済まない「一貫性の原理」という心理が働きますので、それまで以上に努力しなければならなくなります。こうして、サービス部門のレベルはどんどん上がっていきます。
広報部門のない企業もありますが、そのような企業でもホームページやSNSがあります。これらの媒体で集中的にキャンペーンを打てばいいのです。
このようなことから、災害が発生すると、自主的に出張を申し出る、いわゆる「志願者」が続出するようになりました。それに加えて、PDCAが自動的に動き出すようになりました。何をすればユーザーのためになるのかを考え、それを実行・評価して、サービスを改善していきました。そして、このノウハウは部門内で共有されることになりました。このようにして、従業員満足の輪が広がって定着していったのでした。
まとめ オペラント条件付けを効果的に利用しよう
企業が繁栄するためには、顧客満足が重要であり、そのためには従業員満足は不可欠ですが、以上のように、心理学に基づく従業員満足のための仕組みづくりが効果的だということです。
また、どの組織でも従業員が嫌々ながらに仕事をするような状態であれば、仕事の効率も質も悪くなります。そのような時にオペラント条件付けを利用すれば、従業員のモチベーションを高め、従業員は生き生きとして仕事に取り組むように導くことができるのです。
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