「もし明日、患者さんが1人も来なかったら?」
そんな不安を感じたことはないでしょうか?
歯科医院とは患者さんが来院することでようやく成り立つビジネスであり、さらに患者さんにとっても歯科を受診する際は、多くの場合ネガティブな感情や思考を伴っています。
つまり、患者さんは苦痛を我慢しながら受診し、できることなら「歯医者には行きたくない」と考えているということになります。
このような状況で歯科医院の経営を成功させるには、どのようにすれば良いのでしょうか?
現代は子どもの虫歯本数や虫歯になる人も減り続けているうえに、予防目的で歯科医院に訪れる人は少ない状況です。さらに、そこに追い打ちをかけるように新型コロナウイルスの流行によって、来院する患者さんも減少しています。
そこで本記事では、歯科医院の経営において重要なことや、歯科業界を取り巻く環境の変化などを解説していきます。
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歯科医院の経営は変化する環境を把握することが重要
現在、ビジネス環境は激しく変化しており、その変化するスピードも速く先を見通せない「VUCAの時代」と呼ばれるようになっています。もちろん、歯科医院を取り巻く環境も変化しており、その変化に対応できなければ歯科医院の経営が傾くことになるでしょう。
しかし実際に、歯科業界の変化を把握できていない従業員の方も多く、正しい危機意識を持つことができていない方も少なくありません。仮に経営者である院長先生が危機感を持っていたとしても、実際に働いている人たちが適切な危機意識を持てないと、成長意識が損なわれてしまい、勉強や技術練習が不十分になる可能性があります。
したがって、昨今の歯科医院を取り巻く環境がどのように変化しているのかを院長先生が把握し、そういった危機感を適切にスタッフさんと共有することで、働く人たちの意識を変えることが重要です。
歯科医院に来る理由
第一に、患者さんが歯科医院に来る理由の割合を整理しましょう。
1年間で歯科を受診したことがある人のうち、受診理由としては最も多いのが「虫歯の治療」がおよそ60%で、「検診・指導(定期的なものを含む)」がおよそ6%、そして「歯周病の治療」がおよそ8%です。
つまり、半数以上の方が治療目的で来ており、予防目的で来ている患者さんは10%もいないということになります。また、およそ40%の人が繰り返し治療のために来院している可能性が高いのです。
対して、アメリカでは受診理由として最も多いのが「歯科検診」であるため、日本とアメリカでは歯科医院への来院理由に大きな違いが見られます。
歯科医師数の増加
厚生労働省による「医師・歯科医師・薬剤師統計」をみてみると、2018年では人口10万人に対する歯科医師数は約83人です。2016年に行われた調査時と比較して0.6人増えていることがわかっています。
そして、この増加傾向は過去10年以上において続いており、対人口比の歯科医師数は毎年増え続けているのです。
歯科医師数は年々増えているのに対して、日本の人口は2008年を境に減り続けていることを考えると、経営に悩む歯科医院が出てくるのも、ある意味では当然といえば当然の結果でしょう。
(参考:医師・歯科医師・薬剤師統計丨厚生労働省)
子供の虫歯が減ってきている
現在、子どもの虫歯が大幅に減ってきていることをご存知でしょうか?
文部科学省の「和元年度学校保健統計調査速報」によると、1989年では12歳児1人当たりおよそ5本もあった齲蝕本数が、2010年になると1.37本に減っています。そして、2016年には0.83本に、2019年には0.70本にまで激減しているのです。
これは、歯科医療技術が発展したことや、国民の歯に対する意識の高まりが要因と考えられます。
年代別にまとめると下記のようになります。
1989年 | 1993年 | 1999年 | 2005年 | 2010年 | 2016年 | 2017年 | 2019年 |
4.9本 | 3.6本 | 2.4本 | 1.7本 | 1.37本 | 0.83本 | 0.82本 | 0.70本 |
(参考:和元年度学校保健統計調査速報丨文部科学省)
虫歯になる人も減少している
減っているのは虫歯の本数だけではありません。
先程の調査によると、虫歯のある小学生の割合は1979年におよそ95%でピークでしたが、その後は年々減り続けていき、2019年にはおよそ30%にまで減っており、ピーク以降では過去最低を記録しています。
これは小学校に限ったことではなく、幼稚園や中学校、高校などすべての学校段階において過去最低の記録となっています。また、未処置歯がある児童・生徒の割合もすべての学校段階において、調査が始まった1948年以降、最も低くなっているのです。
8020運動の効果が表れてきた
1989年に開始された8020(ハチマル・ニイマル)運動から、30年以上が経ちました。この運動は「80歳で20本の健康な歯を保つこと」を目標にした歯の健康づくり運動で、開始された当初は、これを達成できていた人は10%にも達していませんでした。
しかし、2010年には80歳で20本以上の歯が残っている人の割合が38.3%に、そして2016年には50%に増加。当時は8020運動は夢物語とされてきましたが、その目標が実現する日も近いかもしれません。
もちろんこれは国民の意識と歯科医院での適切な治療もあってこその結果ですが、これがより進んでいくことで、歯科医院を必要とする患者さんが減少していくこととなるでしょう。
(参考:歯科疾患実態調査丨厚生労働省)
新型コロナウイルスによる歯科医院経営への影響
近年において環境の変化のなかで最も大きな変化と言えば、やはり新型コロナウイルスの流行ではないでしょうか。
新型コロナウイルスによって、多くの歯科医院で収入が減っています。ある歯科医院では、保険診療収入で2020年4月は前期に比べて85%、5月では88%となったようです。
また、日本歯科医師会による「新型コロナ対応下での歯科医業経営状況等アンケート調査報告書」では、2020年4月において外来患者数は前年同期と比べて「大幅に減った」「やや減った」が合計で90%以上にものぼっています。
さらに、同調査では予約日の調整や予約診療のキャンセルが「大幅に増えた」が23.9%、「やや増えた」が30.8%で、あわせて50%以上が「増えた」と答えました。
(参考:新型コロナ対応下での歯科医業経営状況等アンケート調査報告書丨日本歯科医師会)
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上記で見てきたように、歯科医院を取り巻く環境は大きく変化しつつあります。
また、歯科医院に来院する理由の60%が虫歯治療という現状において、子どもの虫歯本数の数、そして虫歯になる人自体の数も減り続けていることを考えると、この先5年後、10年後はどんどん先細りになっていく可能性が高いと言えます。
さらに、増え続ける歯科医師数に対し人口は減り続けるため、競争はさらに熾烈なものになっていくでしょう。
このような状況で1つ言えることは、ただ変化を眺めるのではなく、変化に適切に対応し続けていかなければ、今後の安定した歯科医院の経営は困難だということです。
戦略的な経営が求められる
現在、日本における歯科医院へのイメージは「虫歯を治すところ」や「歯を抜くところ」といったものですが、このままでは他の歯科医院との差別化ができずにコモディティ化してしまいます。
コモディティ化してしまうと自身の歯科医院が患者に選ばれなくなり、患者を集めることができなくなる可能性が高くなるでしょう。したがって、現在の歯科医院に求められるのは、戦略的な思考に基づいた経営です。
これからの歯科医院には下記の3つの観点から、戦略的な経営をすることが重要となるでしょう。
- 理想的な歯科医院をイメージする
- 現在と理想のイメージとの差を埋める
- 目標を事業計画書に落とし込む
ただ訪れた患者さんの抱えている疾患を治療するだけではなく、どういったサービスを提供する歯科医院であるべきかを考え、それを実践すべく計画に落とし込みましょう。
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環境の変化に対応していくことは中長期的な視点において大切ですが、すぐに効果がでるものではありません。
歯科医院を取り巻く環境の変化に対応していくことは重要ですが、もう一つ重要なことがあります。
それは、現時点で「歯科医院の経営においてしてはいけないことをしていないか」をチェックすることです。
もし現在の経営で当てはまるものがあればそれを改善するだけで即効性のある効果が期待できるでしょう。
ここでは歯科医院の経営においてしてはいけないことを見ていきます。
- ノウハウコレクターになっている
- 人に対して興味を持っていない
- 組織構造が不明瞭なまま
それでは1つずつ解説していきます。
ノウハウコレクターになっている
近年では、歯科医院の経営に関する情報も多く出回るようになってきており、インターネットで調べればすぐに何らかの情報が手に入ります。そして、毎月のように収益を上げるためのセミナーや講演会が開催されています。
このように、簡単に情報が手に入ることは良いことかもしれませんが、その一方で情報に踊らされてしまう歯科医院経営者も少なくありません。
情報をもとになにか対策をしたり行動を起こせれば望ましいのですが、多くの方が情報やノウハウを手に入れた段階で満足してしまい、なにかやった気になってしまっているのです。
また、勉強をして知識を手に入れても「ウチの場合は違うから…」や「どうせうまくいかない」と考えて、何もせずに終わってしまう場合もあるでしょう。
ちょっとしたことからでも実践を通して新たな課題の発見や解決の糸口になることもあります。また、危機感や課題をスタッフに共有するきっかけにもなるはずです。
人に対して興味を持っていない
あらゆるビジネスに言えることですが、人に興味を持たずして成功するビジネスはありません。なぜなら、どれだけ優れた技術やサービスを持っていたとしても、顧客がいなければビジネスにならないからです。
例えば、あなたの歯科医院に来院される患者さんは、何を求めて来ているのか考えたことはありますか? 虫歯を治すため? 歯を抜くためでしょうか?
間違ってはいませんが、完璧な答えではありません。患者さんにとって「虫歯を治すこと」は目的ではなく、手段に過ぎません。患者さんの目的は「虫歯を治して快適な生活を送るため」といったように、別なところにあるのです。
自身の歯科医院が提供する治療やサービスのその先まで想像して経営をすることで、患者さんにとってより高い価値を提供することができるでしょう。
組織構造が不明瞭なまま
歯科医院においては組織構造が不明瞭なまま経営されているケースが少なくありません。例えば、新人の歯科衛生士が入ってきた際に、その人を育成する人や責任者は決まっていますか?
ありがちなケースとしては、院長が朝礼などで「皆でいろいろ教えてあげてください」と伝えるだけというパターン。これだけでは、誰が何をどのように教えるのかがわからず、育成がままなりません。
また、新人の育成だけではなく、どのような業務においても組織構造が不明瞭だと問題が生じやすくなります。例えば、受付が1人しかいなかったとしても「受付部」をつくり、担当業務や責任をハッキリさせることが重要です。
スタッフさんや歯科衛生士など、従業員に立場と責任を与えると、責任感や自信を持てるようになり成長していきます。そうすることで、少人数でも高いパフォーマンスを発揮できる組織となるでしょう。
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ここまで、環境の変化ややってはいけないことについてみてきましたが、そもそも歯科医院の経営とはどのようなことなのでしょうか?
結論からいうと歯科医院の経営の本質にあるものは、
- マーケティング
- マネジメント
です。もし現在、歯科医院経営がうまくいっていないのであれば、この2つの重要性を認識することが必要です。
歯科医院経営が失敗する理由
そもそも、歯科医院の経営がうまくいかなくなる理由はどこにあると思いますか?
上記で解説した環境の変化に対応できなかったり、やってはいけないことをやっている場合は原因は明らかですが、環境に対応しつつやってはいけないこともしていないのであれば、どこに問題があるのでしょうか?
それは、経営に力を入れていないことです。当たり前の話ですが、経営に力を入れなければ経営はうまくいきません。
それでは、少し思い出してみましょう。
この1ヶ月の間、あなたは何に時間を費やしてきましたか? そのほとんどが治療ではないでしょうか。マーケティングやマネジメントに費やした時間が少なければ、当然その結果も期待できないはずです。
院長先生がするべき3つのこと
歯科医院を経営しているのは院長先生です。院長先生は下記の3つの役割を兼務しなければなりません。
- 歯科医師
- マーケター(マーケティングをする人)
- マネージャー(マネジメントをする人)
歯科医院の経営がうまくいっていない人のほとんどが、歯科医師としてしか活躍していないということです。
一方で、経営を軌道に乗せている人は歯科医師として働きつつ、しっかりマーケティングやマネジメントも行っています。
とはいえ、いきなり歯科医師の仕事を減らしてマーケティングやマネジメントをするわけにもいかないので、まずは歯科医師が9割だった時間配分を、歯科医師を8割、マーケティングとマネジメントで2割というように、時間配分を変えてみることから始めましょう。
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ここまで、歯科医院経営について、歯科医師数や国民の歯の健康などの状況の変化とともに、「やってはいけないこと」、そしてやっていくべきことを解説しました。
増加傾向にある歯科医師と減少していく人口、むし歯になる人という状況はこれからも続いていくことが考えられ、今後ますます、その競争は激化していくでしょう。
その中で歯科医院の経営を続けていくには、経営者でもある院長先生が歯科医師というプレイヤーとしてだけでなく、マーケター、マネージャーとしても歯科医院を統べることが重要です。
これまでと少し働き方が変わる部分もあるでしょうが、自身の歯科医院の状況と今後必要なものを捉え、スタッフにも共有することで健全な経営を目指していきましょう。
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