今回は「サーバント・リーダーシップ」についてお話しますが、その前に、皆さんは、ヘッセの『東方巡礼』という短編小説を読んだことがありますか?
この小説には、レーオという名のサーバント(召使い)が出てきます。
主人公は、ある修道会が企画した当方巡礼の旅の一員となったのですが、道中いつもレーオがこまめに全員の世話をしてくれることに感謝しながら旅を続けていました。
ところがある日、突然レーオが姿を消してしまいます。すると、一団は旅を続けることができなくなってしまったばかりか、誰がリーダーだったかも分からないままに分裂してしまいました。
実はレーオこそがこの修道会の偉大なリーダーだったのです。
彼は自分が本当はリーダーであることを隠し、道中でサーバントとして一団に奉仕することを通して、東方巡礼の旅を導いていたのです。
「サーバント・リーダーシップ」という言葉を聞いた時、最初は違和感を感じる方が多いのではないでしょうか。
サーバントには「召使い」という意味があるため、リーダーシップのあり方としては疑問を持つかもしれません。しかし、「奉仕する人」「尽くす人」と考えればどうでしょう。事実、この考え方に基づいて行動し、成果をあげているリーダーが存在するのです。
今回は「サーバント・リーダーシップ」とは何かを解説し、どうすれば成果をあげることができるかを考えるとともに、成功事例として、資生堂の経営改革についてご紹介します。
目次
「サーバント・リーダーシップ」とは
「サーバント・リーダーシップ」とはどのようなものか、一言で言うと、『ミッションの名の下にフォロワーに誇り高く尽くす』ことです。
「尽くす」といっても、下手に出て召使いのように振る舞うことでは決してありません。重要なのは、リーダーが掲げるミッションにフォロワーが共感し、実現のために動き出すとき、そのフォロワーの行動に対して奉仕し、支援するということです。
そして、そのおかげでチームとしての成果が上がることをフォロワーが認めたとき、リーダーは受け入れられ、その場にリーダーシップという現象が生まれるのです。
引っ張るリーダーから支えるリーダーへ
皆さんは、優れたリーダーといえば誰を思い浮かべるでしょうか。
日本では、豊臣秀吉のような戦国武将や、坂本竜馬などの明治維新の志士、産業界では松下幸之助や本田宗一郎のようなカリスマ性を持った経営者がよく挙げられます。
また海外でも、リンカーン大統領やキング牧師、ガンジーなど、偉人と呼ばれる人々には強力なリーダーシップがあったとみなされてきました。
しかし彼らはもともと偉人であったからリーダーシップを発揮できたのではありません。
リーダーシップを発揮し、フォロワーに認められることによって、偉人と呼ばれるようになっていったのです。
優れたリーダーは強力なリーダーシップによって組織をぐいぐい引っ張る人だと思われがちです。しかし、サーバント・リーダーはそれと反対に、ミッションに向かって歩む人を後押しする人です。
先述の偉人たちの中にも、自分が信じるミッションに貢献しているフォロワーを支え、彼らに尽くし、奉仕した局面があったかもしれません。
例えば、インド独立の父と呼ばれるガンジーの「塩の行進」というエピソードがあります。
彼は、イギリス人に独占されていた塩の生産を、インド人によって行おうと呼びかけました。最初はみんな、そんなことは無理だと思ったのですが、ガンジーが海に向かって歩き始めると、そのミッションに共感した人々が徐々に加わり、大行進となったのです。
冒頭で紹介した『東方巡礼』のレーオもそうですが、旅や行進の水先案内人はサーバント的な側面を持っています。しかしそれは、フォロワーについてきてもらうために媚びへつらうことではなく、そこにはリーダーによって提示された熱い想いが必ず存在しているのです。
ロバート・K・グリーンリーフの考えた「サーバント・リーダーシップ」
「サーバント・リーダーシップ」は、アメリカの大手通信会社AT&Tのマネジメント研究センター長を務めたロバート・K・グリーンリーフによって1970年台に提唱された考え方です。
1960年台のアメリカでは、若者たちの間で反体制のムードが高まっていました。このような中、グリーンリーフはこのままでは次世代リーダーが出なくなることを懸念したのです。そして、どんなタイプのリーダーシップであれば、そういう若者にも支持されるか考え抜き、そこで出会ったのが、冒頭にご紹介したヘッセの短編「東方巡礼」でした。
実は、「政治、経済、軍事のリーダーたちはもう信じられない」と騒いだ当時の若者たちの間で支持が高かったのが、ヘッセの作品でした。グリーンリーフは、彼らにも受け入れられるリーダー像を探すために、ヘッセ全集を紐解いたといわれています。[1]
「奉仕」と「指導」二つの役割は共存しうるか
グリーンリーフが「サーバント・リーダーシップ」の有効性について検証する過程で、深く自問した事柄があります。
それは、「奉仕」と「指導」という一見相反する役割が、地位や職業が何であれ、同じ人物の中ではたして融合できるのかということでした。
彼はその答えとして、奉仕者であることとリーダーであることは共存可能で、実際の成功者としてアメリカ独立宣言の起草者であるトーマス・ジェファーソンなどを挙げています。
もっとわかりやすい例としては、一般家庭における親子の関係が当てはまります。親は子供に対し、無条件に何かしてあげたいという奉仕の感情と同時に、しっかり導いていきたいという考えを持ち、指導的な立場に立つからです。
グリーンリーフは、「サーバント・リーダーシップ」の基本理念として、下記のように述べています。
「それは、最初は奉仕したいという自然な感情から始まる。その後に、自覚的に選択した上で導きたいという気持ちになっていくものなのだ」
資生堂 池田守男氏の「サーバント・リーダーシップ」改革
それでは、「サーバント・リーダーシップ」の実践例として、資生堂における経営改革の事例をご紹介しましょう。
池田守男氏は、1961年に資生堂に入社後、秘書課に配属され、自ら「生涯一秘書」が自分の使命であると思うほど、懸命に務めた方だったそうです。常に奉仕と献身の心を信条とし、歴代の社長に仕えることで資生堂の発展に貢献してきたのです。
そんなある日、池田氏に大きな転機が訪れました。2001年、当時副社長として資生堂を縁の下から支えていた池田氏が、次期社長に指名されたのです。
資生堂ではその年から3年かけて大規模な経営改革を行う予定であり、当時その準備に追われていた池田氏にとって、それは思いがけないことでした。
池田氏は当初迷いました。社長の役割はトップダウンでリーダーシップを発揮することであり、今まで支える事に徹してきた自分の役目ではないと感じたからです。
しかし一方で、社長の役割とはそれが全てではないはずだという思いが沸き起こりました。「社長は会社全体を支える存在である。つまり全社員を支えることで役割を果たすことができるのではないか」という思いです。
こうして池田氏は社長となり、自らの考えを実践しつつ資生堂の経営改革に取り組むこととなったのです。
「店頭基点」逆ピラミッド型組織とは
改革に取り掛かかった池田氏は、物事をスタートするときはまず「初心に帰る」べきだと考えました。
資生堂にとっての「初心」とは、お客様のことを第一に考え、行動することです。つまり、店頭を起点とし、お客様や販売社員の動きに、会社のすべての動きがかみ合うようにするのです。
この「店頭起点」というスローガンにより、常に店頭でお客様に奉仕する販売第一線の社員を、営業所や本社の人間がみんなで支えるという意識が強まりました。そして、資生堂版のサーバント・リーダーシップに欠かせない旗印となったのです。
また、池田氏は社長の役割を「すべてのお客様や社員に奉仕し、支えること」だととらえていました。そして、この考えを社員に見える形で示すにはどうすればよいか思案していた時、偶然目にした社内の組織図から、あるひらめきを得たのです。
池田氏はその時、社長を頂点とするピラミッド型の組織図を、ちょうど反対側から見る位置にいました。社長が一番下にいて、最上部の一般社員まですべての社員を支えている図です。そしてさらに上部にお客様を配置する逆ピラミッド型のかたちを思い浮かべたとき、これこそが目指す組織の在り方をわかりやすく伝えるイメージだと確信したのです。
第一線の社員へは「全員で支える」という強い想いを発信
では、どのようにしてこのメッセージが社内に浸透していったのでしょう。
池田氏はこの考えをリーダーシップ論として社員たちに説いたわけではありません。
自分の信じる「想い」として、社員がいつも見ているイントラネットに発信したのです。タイトルはそのまま『想い』としました。
こうして社長在任中の4年間ずっと「お客様に奉仕し、お客様の喜びを全員が目指していく」「全員が第一線をサポートする」というメッセージを発信し続けたのです。
このメッセージに対しては、店頭をはじめ多くの社員からレスポンスがあり、改革の進捗把握や課題の抽出に有効であったと言います。また、発信するだけではなく、レスポンスへは必ず返信し、多くの意見を取り入れることにより、独りよがりになることなく改革を推進することができたのです。
ミドル層へは「上司を見るな、お客様を見よ」
池田氏が意識的に心がけたことの一つに、ミドル層の意識改革があります。
経営改革の成功にはマネジメントを担うミドル層の取組みが大きくかかわっており、資生堂の目指す逆ピラミッド組織においても要となる重要な存在です。
池田氏は、彼らに対し「上司の方ばかりを向いて仕事をするのではなく、お客様の方を向こう」と呼びかけました。
「サーバント・リーダー」という言葉こそ使っていませんが、社長である自分を含め、上司たるもの率先してお客様のほうを向き、部下を支える意識を持つべきだと唱えたのです。
資生堂経営改革の成果
こうして池田氏は、4年間の在職中一貫して自分の信念である「サーバント・リーダーシップ」を大いに発揮し、「店頭起点」を掲げた経営改革を成し遂げました。
次期社長の前田新造氏とちょうど交代の時期に当たる2005年3月度の決算報告において、池田氏は自ら取り組んできた改革についてこのように述べています。
「4年間、組織や風土に至るまで会社の仕組みをすべて見直す改革を行ってきたが、営業や生産・物流の仕組みについては十分な成果が表れている」[2]
その上で、改革は現在7合目まで上ることができたとし、残りの改革を全うすることを後任の前田氏に託すかたちで退任したのです。
「サーバント・リーダーシップ」を身につけるための10の行動
それでは、「サーバント・リーダーシップ」を身につけたい人にとって、具体的にはどういった行動をとるのが望ましいのでしょうか。
アメリカの「グリーンリーフ・センター」の本部長を務めるラリー・スピアーズは、グリーンリーフの考えを整理し、下記のような10項目にまとめました。
1.傾聴(Listening)
相手の望むことを意図的に聞き出すことに強くかかわる。
同時に自分の内なる声にも耳を傾け、自分の存在意義をその両面から考えることができる。
2.共感(Enpathy)
他の人々の気持ちを理解し、共感することができる。
傾聴するためには、相手の立場になって、何をして欲しいかが共感的にわからなくてはならない。
3.癒し(Healing)
個人や組織に欠けているもの、傷ついているところを見つけ、癒すことができる。
人を癒すことを学習することは、集団や組織を大変革し統合させるための大きな力となる。
4.気づき(Awareness)
倫理観や価値観を含め、自分と自部門をよく知ることができる。
一般的に意識を高めることが大事だが、特に自分への気づき(self-awareness)がサーバント・リーダーを強化する。
5.説得(Persuasion)
自らの職位に付随する権限に頼ることなく、また、服従を強要することなく、他の人々を説得することができる。
6.概念化(Conceptualization)
「大きな夢」を見る能力を育てる。日常の業務上の目標を超えて、自分の志向をストレッチして広げる。制度に対するビジョナリーな概念をもたらす。
7.先見力・予見力(Foresight)
過去の教訓、現在の状況を踏まえ、将来起こりうる結果を見定めることができ、それが見えたときにはっきりと気づくことができる。
8.執事役(Stewardship)
「執事役」とは、その人に大切なものを任せて信頼できると思われるような人のことを指す。
9.人々の成長にかかわる(Commitment to the growth of people)
人々には働き手としての貢献を超えて、その存在そのものに価値があると信じることで、組織の中の一人ひとりの成長に深くコミットできる。
10.コミュニティづくり(building community)
同じ制度のなかで仕事をする人たちの間に、コミュニティを創り出す。
まとめ
今回は「サーバント・リーダーシップ」について解説してきましたが、いかがでしたか?
サーバントという言葉だけに囚われると、意味を取り違えてしまうかもしれませんが、本来はリーダーの使命感に基づく高貴な行動であることがお分かり頂けたと思います。
偉人やカリスマではない普通の人でも、「サーバント・リーダーシップ」を身につけることで、周りから慕われるリーダーになることは可能です。
今回ご紹介した池田守男氏の事例や、スピアーズによる行動特性を参考に、皆さんの行動に取り入れてみても良いかもしれませんね。
[adrotate group=”15″]
参照
[1] サーバントであることがリーダーへの道
https://www.jbgroup.jp/link/special/206-3.html
[2] 2005年3月期 決算説明会 株式会社 資生堂
https://www.shiseidogroup.jp/ir/pdf/acc/2004/acc_0504.pdf
参考文献:『サーバント リーダーシップ入門』金井 壽宏・池田守男 著 かんき出版