「社員1人ひとりのモチベーションが高まれば、企業の生産性は向上する」
これはわかりきったことですが、しかし実行することは簡単ではありません。社長が従業員に、「モチベーションを高めて仕事をしなさい」と言うだけでは効果はあがらないでしょう。経営者や管理職は「どうやって社員たちのモチベーションを高めるか」ということを突き詰める必要があります。
また従業員たちも「職場環境がどのように変われば、自分のモチベーションが高くなるのか」ということを考え続けることは大切です。そのように思考し続けることで職場が改善され、働きやすさややりがいが生まれるからです。誰もが本当は「やらされる仕事」より「やりたい仕事」をしたいはずです。
企業や個人が生産性を向上させるには、大学やシンクタンクの研究者たちが取り組んでいるモチベーション研究が役立つかもしれません。
「研究を知る」には、研究者たちが書いた論文を読み込む必要がありますが、論文は難解な言葉が並ぶので理解することは大変なことです。
そこでモチベーション研究の論文からエッセンスを抽出して、それをビジネスの現場に落とし込んでみましょう。
コンサルタントから教えを請うのとは異なる気づきに出会えるかもしれません。
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目次
論文「戦略的人的資源管理研究における従業員モチベーション」からエッセンスを抽出する
まずは早稲田大学大学院経営管理研究科の竹内規彦教授の論文「戦略的人的資源管理研究における従業員モチベーション」から、エッセンスを抽出していきましょう[1]。
竹内氏は、企業が「人的資源管理」を上手に運営すると、従業員のモチベーションが高まり、個人、集団、組織のパフォーマンスが向上する、と考えています。
人的資源管理とはあまり聞き慣れない言葉ですが、一言で説明すると「企業の人事部の仕事」となります。
人事部を、経理部や総務部などと同列の管理部門とみなす企業は多いと思いますが、最近は人事部のメンバーを経営戦略に積極的に関与させる「戦略人事」や「人事戦略」が注目されています[2]。これは戦略人事で業績を上げようという考え方で、竹内論文もこうした流れに合致する内容といえます。
竹内論文で注目したいのは、人的資源管理の仕事として次の13項目を挙げている点です。
(1)職務分析・職務デザイン
(2)採用
(3)選抜
(4)教育・能力開発
(5)グループインセンティブ
(6)報酬制度
(7)従業員参加・権限委譲
(8)チームの活用
(9)業績評価
(10)職務の安定(雇用保障)
(11)従業員の発言機会・苦情処理
(12)内部昇進・キャリア開発
(13)情報共有化とコミュニケーション
企業経営者や人事部長なら、常に気にかけている項目ではないでしょう。
またこの13項目はかなり具体的な内容なので、「社員のモチベーションを高めたい」「生産性を向上させる施策を打ち出したい」と真剣に考えている企業がすぐに取り組めそうです。
後ほど「論文と実務のドッキング」の章で、この13項目をビジネスの現場に落とし込んでみます。
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論文「組織・個人パフォーマンスモデルの研究」からエッセンスを抽出する
次に紹介するのは、三菱総合研究所の研究員が著した「組織・個人パフォーマンスモデルの研究」です[3]。
同社のサービスのひとつに、クライアント企業のモチベーション向上や組織風土改革といったソリューションがあります。この論文は、その業務を担当した研究員たちが書きあげました。
三菱総研論文の骨格は、組織パフォーマンスを算出する次の数式です。
〈メンバーの業務遂行力×組織の場の力=組織パフォーマンス〉
この数式からは、組織パフォーマンスを向上させるには、メンバーと組織の両方を向上させる必要があることがわかります。
また、組織パフォーマンスは加法(足し算)的に増加するのではなく、乗法(掛け算)的に急増することもわかります。つまり、メンバーと組織の両方を改善すると、生産性は加速度的に上昇するわけです。
メンバーの業務遂行力とは具体的には、「コンピテンシー」「スキル」「仕事への姿勢」となります。
この論文では特にコンピテンシーを重視しています。コンピテンシーは思考行動特性と訳されています。よい職場環境をつくる人やチャレンジ精神が旺盛な人、ビジョンを明示できる人は、コンピテンシーが高い人と評価されます。
例えば、弁護士資格を持っていれば法律関連の仕事に就くことができますが、それだけで訴訟で勝てるわけではありません。有能な弁護士になるには、相手の本音を探り、さまざまな分野の情報を収集・分析し、高い目標を設定し、段取りを立てて着実に実行しなければなりません。コンピテンシーは、実質的な業績を上げる力といえます。
もう一方の、組織の場の力とは具体的には「会社のビジョン」「職場の風土」「上司の行動」「人事制度」「法令順守環境」のことです。「組織の場」とはこの論文の著書の造語で、単なる職場という意味ではありません。職場を含むあらゆるビジネスシーンを「組織の場」と呼んでいるのです。
論文の著者は、組織の場の力はメンバーの業務遂行力に影響を与えるもの、とみなしています。つまり企業は、従業員(メンバー)がコンピテンシーという能力を獲得でき、従業員がコンピテンシーを遺憾なく発揮できる職場環境を整えなければならない、というわけです。
例えば上司は、部下(メンバー)に興味を持ち、声かけすることでコミュニケーションを深め、部下のモチベーションを高めなければなりませんが、そういった上司を育成することも、職場環境を整えることになります。
「論文」と「実務」をドッキングさせてみる
それでは竹内論文と三菱総研論文の2本の論文からモチベーションと生産性に関わるエッセンスを抽出できたところで、これを企業の現場にどのように落とし込んでいったらいいのか考えていきます。
竹内論文から導かれる、生産性向上のために企業がすべきこと
企業の人事部や管理職にとって竹内論文は、そのまま「13のやることリスト」になります。この13項目を、すでに職場のカイゼンに落とし込んだ事例を紹介します。
レストランチェーン「サイゼリヤ」を運営している株式会社サイゼリヤは、「外食産業の生産性は低い。国際競争力のあるメーカー並みの生産性を目指す」という目標を掲げて改善に取り組みました。
接客担当者と調理担当者のすべての作業工程を動画で撮影し、秒刻みで作業を分解しました。その結果、無駄な作業を削れただけでなく、厨房面積を半分にしたほうが効率的に働けることがわかりました。
従来の厨房面積は54平方メートル(11.4メートル×4.7メートル)でしたが、これを26平方メートル(6.5メートル×4メートル)にできたのです。
厨房を狭くできたことで、広い面積のテナントが少ない都心部にも出店できるようになりました。
サイゼリヤでは社長直轄の業務改善推進部門を立ち上げ、このカイゼンに取り組みました。社長直轄のため同部門の機動力と発言権は高まり、改善案を全店に広げる作業もスムーズに進みました。同社はさらに「従業員の士気も高まった」と振り返っています[4]。
サイゼリヤの事例は、竹内論文の13項目のうち次の4つに該当します。
(1)職務分析・職務デザイン:職務を秒単位で分析した
(3)選抜:業務改善推進部門のメンバーを選抜した
(7)従業員参加・権限委譲:業務改善推進部門は社長直轄なので権限が強い
(8)チームの活用:業務改善推進部門というチームを立ち上げた
ネットファッション通販ゾゾタウンを運営する株式会社スタートトゥデイは、労働時間を短縮することを生産性向上の目標に据えました。そこで6時間勤務(9~15時)で帰宅する「ろくじろう」という取り組みを始めました。
チーム単位で時短計画を練るようにしたため、メンバー内に連携の意識が生まれました。さらに「ろくじろう」は全部門で一斉にスタートさせたので、チーム間の競争意識が醸成されました。
社内に「時間になったら切り上げる」「会議を長々行わない」「幹部への説明は資料をつくらず口頭で済ます」という意識が広まり、1日の労働時間が6時間台となった月も徐々に出始めました[5]。
これは竹内論文の13項目のうち次の5つに該当します。
(1)職務分析・職務デザイン:「6時間勤務ありき」で職務をデザインすることにした
(7)従業員参加・権限委譲:従業員全員が参加した
(8)チームの活用:チームごとに競わせた
(9)業績評価:「6時間」という数値目標があるので評価しやすい
(13)情報共有化とコミュニケーション:メンバー内に連携の意識が生まれた
三菱総研論文から導かれる、生産性向上のために企業がすべきこと
三菱総研論文からは、企業は個人のコンピテンシーを向上させるために、職場環境を整える必要があることがわかりました。
管理職やチームリーダーの全員が「部下やメンバーのコンピテンシーを高める」という意識を持たなければなりません。会社によっては、コンピテンシーという用語がまだなじみのあるビジネス用語になっていないかもしれません。そのような会社では、管理職研修でコンピテンシーを学ぶところから始めたほうがいいでしょう。
さらに三菱総研論文では、従業員の多くがコンピテンシーを獲得するには、管理職やチームリーダーがPDCAで組織やチームを回していく必要がある、と説いています。具体的に次のような業務を行うことになります。
・Plan:会社ビジョンへの共感を高め、目標を共有する。従業員の能力や適性を把握して適材適所の人事を行う。
・DoとAction:職場の問題を見える化する。迅速かつ真摯に行動できる従業員を育成する。技術を伝承する。上司は部下への声かけを増やし、部下からの報連相に的確に対応する。
・Check:能力や業績の応じた公正な評価を行い、人事制度への信頼感を醸成する。
PDCAで職場改善の好循環をつくり、そのなかで従業員1人ひとりがパフォーマンスを発揮していくことになります。
まとめ~研究者の論文はとても役に立つ
日本のビジネスシーンではOJTが重視され、あまり理論が重んじられない傾向があるように見受けられます。その傾向は、大学時代の専攻とはまったく関係しない部署に新卒者を配属する人事からもみて取れます。これは「人材は企業がいちから育てる」という会社側の強い意思であり、日本企業の強さの源になっていました。
しかし昨今、長時間労働やパワハラがやり玉にあがっているように、スパルタ方式で人材育成する手法は禁じ手になりつつあります。
そこで企業が「従業員のモチベーションを上げて生産性向上を達成しよう」という目標を掲げたとき、研究者たちの論文を参考にする方法が有効なのです。「机上の空論」と切り捨てることなく、普段使い慣れない理論をあえて重視することで、新しい人材活用がみえてくるかもしれません。
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参照
[1]戦略的人的資源管理研究における従業員モチベーション(早稲田大学大学院教授、竹内規彦)http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/07/pdf/004-015.pdf
[2]戦略人事・経営(BizHINT) https://bizhint.jp/keyword/12266
「戦略人事」となるために(1) いま人事に求められる「戦略人事」とは何か(パーソナル総合研究所)https://rc.persol-group.co.jp/column-report/201607122118.html
[3]組織・個人パフォーマンスモデルの研究(三菱総合研究所客員研究員、佐藤敦、三菱総合研究所研究員、片山進)https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180407133903.pdf?id=ART0010625281
[4]株式会社サイゼリヤ(財務省関東財務局「生産性向上・人材投資事例集」)http://kantou.mof.go.jp/content/000192323.pdf
[5]株式会社スタートトゥデイ(財務省関東財務局「生産性向上・人材投資事例集」)http://kantou.mof.go.jp/content/000192323.pdf