連日、新型コロナウイルスに関するニュースがトップで報じられています。社労士である筆者の顧問先の8割はサービス業のため、早朝から深夜まで経営者たちの悲痛な叫びに耳を傾ける日々です。
実際のところ、雇用されている従業員の不安と、経営者の不安とでは比になりません。従業員への所得補償の補てんとして「雇用調整助成金[1]」の活用、資金調達の手段として「新型コロナウイルス感染症特別貸付[2]」等の利用が、現時点で利用可能な「企業の延命措置」となります。しかし、もし、これで繋げなかった場合は、などと考え始めると答えは迷宮入りです。
突然すぎる顧問先の稼働停止の対応に追われ、筆者自身がフリーズしかけていた時、とある助言を受けました。
「顧問先に対して、まずは“死ぬ気でお金を借りろ”と指導すべきだ」
そう教えてくれたのは、瀕死の企業を何社も蘇らせた元事業再生請負人。筆者はその言葉を信じ、全ての顧問先へ説得をしました。資金調達は経営者にとって最重要課題であり、キャッシュがある安心感は、必然的に心の余裕を生みます。ここ数週間の観察で、これは「絶対」と言い切れる事実でした。
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目次
「ノーワーク・ノーペイ」では済まされない労働者への義務
首相と都知事から「外出自粛要請」が出され、都内の飲食店が受けたダメージがどれほどかは想像に難くないでしょう。営業を続けようと、テイクアウトに力を入れたり、店内で顧客同士が対面しない座席配置にしたりと、多少なりとも可能な限りの手を尽くすのが、せめてもの努力です。
しかし、それでも休業を余儀なくされた、あるいは時間短縮営業となった場合、経営者(使用者)は「休業手当」の支払い義務があります。労働基準法第26条に「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。」と定められているからです。
「使用者の責に帰すべき事由による休業」とは、使用者が休業になることを避けるため、「社会通念上の最善の努力をしたかどうか」が判断の基準となりますが、言い換えると、「不可抗力以外は“使用者の責に帰すべき事由”に該当すると考えるべき」とされています。
今回のコロナショックによる休業が、果たして「使用者の責に帰すべき事由による休業」なのかどうか、その該当性について、個人的には「疑問なしとしない」ところではあります。しかし、労働者(従業員)の生活を保障するためにも、休業手当の支払いは必須です。後日、助成金の受給ができれば、休業手当として支払った額のおよそ8割は戻りますが、使用者の喫緊の課題としては、次の給与支給日までに、休業手当を含む給与相当額のキャッシュを確保することです。
そのためにも、「資金調達」が絶対条件なのです。
労働集約型産業は店をたたむのか、耐えるのか
サービス業を代表とする「労働集約型産業」の特性として、「売上高に対する人件費比率の高さ」が挙げられます。先ほど触れた、飲食店をテイクアウトのみで営業することや、店舗自体を休業させることは、すなわち、「従業員の余剰」を意味します。これらの現実を目の当たりにし、従業員のモチベーションはかなり低下しています。
では、企業として、その場しのぎの解雇をせず、休業手当を支払い続けてでも従業員の雇用を維持することで、何が得られるのでしょうか。また、経営者として、この休業(あるいは営業自粛)期間に、何をすべきでしょうか。
とある顧問先(飲食店)から、従業員の解雇について相談を受けました。コロナショックによる解雇は「整理解雇[3]」に当たるため、4つの要件をクリアする必要があります(図1)。
図1:厚生労働省/労働契約の終了に関するルール(3 整理解雇)
なかでも「人選の合理性」について慎重に検討すべく、社長と筆者で長時間協議した結果、一つの事実にたどり着きました。
社長いわく、「料理を作る側が、どんなに美味しい料理を作っても、売上げに直結しない。逆に、接客スタッフがおすすめ料理のアピールや、食後のワインを案内することで、明らかに売上げが伸びる」。また、常連顧客の中からは、「Aさん(ホールスタッフ)今日はいないのかぁ」と、残念がる声を聞くこともあるとのこと。つまり、顧客と接する接客スタッフ次第で売上げが変動すること、さらに、接客スタッフ個人に顧客が付いていることが分かりました。
もし、この事実に気付かず、Aさんを整理解雇の対象者としてしまった場合、その後の経営は取り返しのつかない事態に陥ったでしょう。
企業理念と経営理念がひとの心をつなぐ
よく、「会社は生き物」と言われますが、人間同様、企業にも成長サイクルが存在します。
人間の欲求を段階的に示した「マズローの欲求5段解説」と、企業成長の各フェーズとを照らし合わせてみると、高次な欲求(企業の成熟度の上昇)へ到達すればするほど、各自が明確なビジョンを描けているかどうかが重要になります。
いま、自社が掲げる「理念」を明確に理解している人は、どのくらいいるでしょうか。
企業が掲げる理念は2種類あります。一つは「企業理念」で、企業にとっての不変の価値観や存在理由といった、企業存続のモチベーションとなるコアな部分を指します。もう一つは「経営理念」で、企業の経営方針となる基本的な考え方や方向性を示すものです。これら「企業/経営理念」について、従業員がどこまで理解し、共感しているのかによって、仕事に対するモチベーションは変わります。
アルフレッド・デュポン・チャンドラー提唱の「組織は戦略に従う」の考え方でも、戦略と組織は適切な関係を保たなければならず、その整合性が目標達成には不可欠とされています。前出の「経営理念」が戦略とリンクしている必要があり、個々の従業員がこれらを理解していることが、企業成長のマスト条件と言えます。
今回、休業を余儀なくされた企業すべてに「企業/経営理念」について再考するよう提案しました。そして、その理念を踏まえて従業員と面接をしてもらいました。
「会社は、あなたたちのためにお金を用意し、あなたたちの生活を守れるように努力します。その代わり、営業を再開した時、あなたたちはこの企業/経営理念を理解し、共に目指してくれるかどうか知りたい。」
数日にわたる面接ののち、従業員数名から退職の申し出を受けました。これは、ある意味企業にとって「本当に必要な従業員」が確認できた瞬間でもありました。
労働集約型産業における労働需給のミスマッチの本質
2017年1~9月(月平均)のハローワークにおける「需要(求人)超過の動向」を示したグラフが図2です。「介護サービスの職業」が15万人と断トツの求人超過となり、次位に「飲食物給仕係」が続くため、労働集約型産業を代表する「2大サービス業」の間で、労働需給のミスマッチが起きていることが分かります。
図2:内閣府/日本経済2017-2018 -成長力強化に向けた課題と展望-第2章多様化する産業キャリアの現状と課題 第2節産業構造の変化が求める人材p100
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/pdf/n17_2_2.pdf
労働集約型産業(特にサービス業)において、付加価値は「人」にあります。ときには、前出の接客スタッフAさんのように、提供されるサービス自体ではなく、そこに付随する「人」によって集客数や利用者数、売上げに変化を生じさせます。労働集約型産業は、個々の労働力への依存度が高い分、労働者の成長がイコール業績アップの担保になると言えるでしょう。
人材育成に成功している企業は、離職率が低く求人の必要がないことを加味すると、図2のような労働需給ミスマッチが起きている企業は、「人材育成に失敗している」とも取れます。場合によっては「企業/経営理念」の浸透が不十分な結果、企業への魅力や価値観が薄れ、離職につながる可能性もあります。
まとめ 「今必要なリーダー」に必要な要素は2つ
会社は、利益が出なくて倒産するのではなく、キャッシュが不足することで倒産します。どんなに素晴らしい事業計画や経営戦略よりも、今は「とにかく生き延びること」が必要不可欠なのです。
この未曾有の事態に必要とされるリーダーの資質(実力)は、2つです。
「資金調達ができること」
「企業の未来を語れること」
コロナショックが収束した時、生き残っている企業のヒントが、この2つにあるはずです。
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参照
[1]参照:厚生労働省/雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症について)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html
[2]参照:経済産業省/新型コロナウイルス感染症で影響を受ける事業者の皆様へ
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf
[3]参考:厚生労働省/労働契約の終了に関するルール(3 整理解雇)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/keiyakushuryo_rule.html