新型コロナウイルスは、企業の倒産や離職者の増加など、日本のみならず世界中の多くの人々に影響を与えています。
感染拡大防止のため各国が対策を行いましたが、その中でも日本の新型コロナウイルス対策は「戦力の逐次投入」といわれます。
しかし「戦力の逐次投入」という言い回しを日常的に使用している人は少なく、その意味まで知っている人は多くないのではないでしょうか?
そこで本記事では「戦力の逐次投入」の意味や事例などについて、詳しく解説していきます。
- 戦力の逐次投入の意味や事例が知りたい方
- 戦力の逐次投入は本当に愚策なのか知りたい方
上記の方におすすめの記事ですので、ぜひご一読ください。
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戦力の逐次投入とは
戦力の逐次投入とは、『戦力を逐次的』つまり小出しにして戦力投入していく、という意味です。
この策が愚策という共通認識が蔓延し「戦力を小出しにした結果、小さな敗北が積み重なり、大敗してしまう」というニュアンスを兼ねるようになりました。
元々は軍事戦略用語でしたが、現在ではビジネスでも使用されるようになりました。戦力の逐次投入は、実際の施策や戦争でも行われているため、後に実際の例を解説します。
事例:戦力の逐次投入は愚策なのか
戦力の逐次投入は愚策ではありますが「失敗の本質」ではありません。戦力の逐次投入は、後に振り返って分かることであり、その渦中にいる当事者にとっては冷静に判断、実行ができません。
そのため、置かれた状況で最善の策を講じた場合でも、結果として戦力の逐次投入と酷評される場合があります。実際に起きた「戦力の逐次投入」として有名な事例は以下の2つです。
- 金融緩和の事例
- ガダルカナル島をめぐる争いの事例
それぞれ解説していきます。
金融緩和の事例
白川前総裁時代の日本銀行が2013年に行った金融緩和は、戦力の逐次投入であると国内で大きく批判されました。実際、段階的に緩和を行ったため、結果的に戦力の逐次投入であったといえます。
白川総裁の後任、黒田総裁は記者会見で「施策は、これまでとは次元の違う金融緩和です。まず、第1に戦力の逐次投入をせずに現時点で必要な政策を全て講じたということです」と発言しています。
また、現在の日銀執行部も、2016年1月に1度金融緩和を行ないましたが、同年9月にもう1度金融緩和を行い、これも戦力の逐次投入ではないかと評されています。
参考:戦力の逐次投入とムービング・ゴールポスト|ニッセイ基礎研究
ガダルカナル島をめぐる争いの事例
太平洋戦争中に、ソロモン諸島のガダルカナル島をめぐって行われた日米両軍の攻防戦でも、戦力の逐次投入が行われました。
1942年8月、アメリカ軍は日本軍が飛行場を建設中のガダルカナル島に上陸し、日本軍を制圧、占領。これに対し日本の本陣はガダルカナル島の奪還を命じ、10月末までに3度にわたり攻撃を行っています。
ガダルカナル島に上陸した日本陸軍の部隊は、わずか900名の兵力で、1万人以上の米軍の海兵隊がいる飛行場の奪還へ向かいました。
当然ながら、戦力が勝るアメリカ軍の反撃により全てが失敗に終わり、翌年2月には、日本軍はガダルカナル島からの撤退を余儀なくされました。
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戦力の逐次投入を行うと、結果的に敗北してしまう可能性は上がると言えるでしょう。
しかし、相手の戦力に応じて自分の戦力を調整し、相手が強ければ逐次的に戦力を投入する臨機応変な立ち回りは、愚策にしかなりえないのでしょうか。
こうした状況による判断を、数学的に解析し見出した戦略が「ランチェスターの戦略」です。
本章では以下の2つを紹介しながら「戦力の逐次投入」がなぜ大敗してしまうのかを、数学的に紐解いていきます。
- ランチェスターの戦略誕生の背景
- 第一法則、第二法則とは一体何か
ランチェスター戦略誕生の背景
ランチェスターの戦略とは、第一次世界大戦時にイギリスのエンジニアであるF・W・ランチェスターが考案した「ランチェスターの法則」と、第2次世界大戦時に進化させた「ランチェスター戦略方程式」を融合させたものです。
世界で最も広く利用されている戦略の1つで、弱者が強者に立ち向かうために考案されました。現代では、実践的なマーケティング理論としても活用されています。
日本では1970年代前半にスピード勝負、体力勝負に頼らない科学的、論理的な戦略が求められると考え、経営コンサルタントの田岡信夫氏が海外から持ち込み体系化したことで広まりました。
第一法則:弱者の戦略
「第一法則」は1対1の戦いをイメージしたもので、以下の計算式で求められます。
「戦闘力=兵数×武器効率」
例として、以下のような近距離戦を想像すると分かりやすいでしょう。
- 竹槍を持った兵士が20人いるA軍と10人いるB軍では、Aチームは10人残り、Bチームは全滅する
- 竹槍を持った兵士が20人いるA軍と、銃を持った兵士が20人いるB軍では、銃の武器効率が高いためA軍が全滅する
兵士の戦闘力が同じであれば、兵士の数が多く、武器効率の高い方が勝利するというシンプルな法則です。
これを中小企業に当てはめて考えると、兵力では大企業に勝てる可能性が低いため、社員の質(兵士の戦闘力)を高めていくことが重要といえます。
第二法則:強者の戦略
「第二法則」は、1人で多数の相手を攻撃する広域戦、遠距離戦をイメージした法則です。
近代的な戦い方をイメージしており、計算式で表すと以下の通りです。
「戦闘力=武器効率×兵力数の2乗」
具体的には、以下のような例があげられます。
同じ武器効率を持ったA軍20人とB軍10人では、A軍兵力数20人の2乗ーB軍兵力数10人の2乗=√300人=17人となり、17人残ります。
両軍が武器効率の同じ武器で戦うと、兵力が多い側が勝利します。
この法則は、もともと資本(兵力の数)を多く持っている大企業に有利な法則となっています。
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戦力の逐次投入は戦略的に物事を進めていく上で歴史的、数学的にも愚策だと紹介してきました。しかし現代では、戦力の逐次投入は真っ向から否定される策とはいえません。
- ビジネス現場では役に立たない
- 毎回全力投下にはできない
- 意気込みは伝わるが解決策とは限らない
上記の三つの理由のためです。それぞれ分かりやすく説明していきます。
ビジネス現場で役に立たない
日本銀行の事例でも紹介しましたが、戦力の逐次投入はビジネスにおいて役に立ちません。
目標の実現に向けて最大限の施策を講じたとしても、予定していた目標を達成できなければ、何もせずに成果が出るのを待つか、戦力を追加投入する以外の選択肢はありません。
しかし、ビジネスの現場では何も施策を打たず、成果が出るまで待つことは施策に余程の自信がない限り難しいでしょう。また、待っているだけでは損害が増え、結果として戦力追加を何度も行うことになります。
「最初から全力投下すればよかった」というのは、分析した後から言えるのであって、敗北の最終段階には必ず逐次投入という状況に陥るのです。
毎回全力投下にはできない
「最初から全力投下すれば、戦力の逐次投入による負けはなくなる」と考える方もいるかもしれませんが、それは机上の空論です。
「全力投下して勝つ」という戦略は事後の分析によって分かるのであって、それが分からない状況で毎回「全力投下」することは困難です。
「絶対に相手に勝てる戦力を計算すること」は事実上不可能であり、ビジネスの場合、個人の資本ではないため「全資本を投下」などという策を打てることは稀でしょう。
「戦力の逐次投入だ」という批判は「もっと早く全力投入をすればよかったのに」と同じ意味のため、今後何かの問題に取り組む際にもあまり参考になりません。
意気込みは伝わるが解決策とは限らない
「戦力の逐次投入をしない」という選択肢は「完璧な策で事業を行う」という意気込みは伝わりますが、それが必ず解決に繋がるとは限りません。
先述した日本銀行の黒田総裁も、2013年の金融緩和政策の際「戦力の逐次投入をしない」と宣言していました。
「一気に片をつける意気込み」は強く伝わりますが、そもそもどんな戦略であっても、一気に解決するかどうかは誰にも分かません。
結果的に日本銀行はその後2回の金融緩和政策を行ない、宣言との矛盾により批判を浴びました。
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2020年以降、現在に至るまで、世界は新型コロナウイルスに翻弄されました。
各国が行った新型コロナウイルス対策の中でも、お手本と呼ばれている台湾は、いち早く国境封鎖やロックダウンに踏み切りました。しかし、日本は一時しのぎのような対応を行ない「戦力の逐次投入」ではないのかと批判を浴びています。
ここからは、日本と台湾の新型コロナウイルス対策を比較しながら、戦力の逐次投入がどういった影響を与えるのか解説します。
日本の新型コロナウイルス対策
日本では、2020年1月に初めての感染者が確認されてから、感染者数は急増し、翌年2021年7月には、東京など7都府県に4回目となる緊急事態宣言を発令しました。
1度は感染拡大が落ち着いたかに見えましたが、8月には全国での新規感染者数が1597人となり、翌年1月には2度目の緊急事態宣言を発令し、3月21日まで継続しました。
しかし、再び感染者数が増加したため、2021年4月25日には、東京をはじめとする4都府県を対象に3度目の緊急事態宣言を発令。
緊急事態宣言の他にもまん延防止等重点措置を行うなど、一度で感染拡大を抑えるのではなく期間の短い制限を何度もかける対策を行ないました。
台湾の新型コロナ対策
台湾は、当初の感染拡大の中心地となった中国との経済や社会的な結び付きの深さから、感染拡大が広がることが懸念されました。
しかし、中国が発生源ではないかと言われた直後に、直行便の乗客を対象に検疫を実施し、早期に中国本土との往来を全面禁止にするなど強力な対策を講じました。
さらに、過去にSARSの感染拡大が国内で起こってしまった事を教訓に、政府だけでなく企業においても強力な感染防止策が講じられるなど、先回りした対応が行われました。
その結果、新規陽性者数が0ではなかったものの、感染対策、国民の行動変容に繋がる仕組み作りの確立、及び徹底した検査の実施が行われたこともあり、新規陽性者数は2桁台に抑えられています。
戦力の逐次投入をしなかった事例
新型コロナウイルス以外にも企業としての危機は多くあり、乗り越えられなかった企業も多数存在しています。しかし、戦況が悪かったとしても戦力の逐次投入を行わず、危機を乗り越えていった企業も、同じく多数存在しています。
以下に2つの企業を例に、戦力の逐次投入を行わなかった施策を紹介します。
- ANA
- セコム
全ての企業が同じ手法を採ることで、危機を乗り越えられるわけではありませんが、あくまで参考としてご覧ください。
ANA
航空業界は新型コロナウイルスの影響を直接受けた業界であり、現在もその影響が続いています。そんな中、ANAでは、ある手段でこの危機を乗り切ろうとしています。
ANAの2020年度の売上高は前期比63%の減少、純損失は4046億円と、かなり大きい負担を強いられました。
しかし、財務状態を確認すると、金融機関から多額の借入れを行うなどし、2021年度の夏、冬のボーナスを支給しないことを労働組合に提案するなど、普段であればかかる固定費をできるだけ抑えました。
つまり、今回の影響が長期戦になることを最初から見越して、できる限りの資金を集め、出ていく資金をできる限り抑える方法を選択したことになります。
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日本で警備業を1から始めたセコムは、創業2年目にSPアラーム(オンラインセキュリティシステム)の開発に着手、4年目から販売を開始し、3年程度かけ普及させました。
しかし、セコムは1970年に「機械警備システムが将来のネットワークへと発展するという」予測の元、事業の全体を巡回警備から機械警備へと大きく転換を決断。
その結果、1972年度に巡回警備とオンライン・セキュリティサービスの売上比は50対50となり、1974年度には20対80へと逆転しました。
戦力の逐次投入で敗北を回避するには
戦力の逐次投入で敗北を回避するには「一点に全力投下」することではなく「適切な判断、撤退」を行うことです。
戦力の逐次投入で敗北する原因は「逐次」を判断する機会はあるにもかかわらず、一度決めた戦略を見直すことなくそのまま「投入」し続けるためです。
日本人の多くは「目標の再設定」や「撤退」を恥と考えてしまう傾向にあるため、限りある戦力をそのまま「投入」し続けます。
戦力の逐次投入で敗北を回避するためには「状況を何度も確認しながら、一度決めた戦略でも白紙に戻して次の戦略を素早く検討する」ことが重要になってきます。
戦力の逐次投入は結果論
戦力の逐次投入は結果論であり、当初から戦力を小出しにする戦略を立てることは少ないです。また、現代において戦力の逐次投入が愚策であるかどうかは判断しかねます。その理由は、以下の2つになります。
- VUCAの時代は先行不透明だから
- ポテンシャルは測れないから
VUCAの時代は先行不透明だから
VUCAとは「社会やビジネスにとって将来の予測が難しくなる状況」を意味し、以下の4つの単語の頭文字をとった造語です。
- V(Volatility:変動性)
- U(Uncertainty:不確実性)
- C(Complexity:複雑性)
- A(Ambiguity:曖昧性)
元々は1990年代後半に軍事用語として発生した言葉ですが、2010年代に入り、変化が激しく先行き不透明な社会情勢を表し、ビジネス界においても使用される言葉になりました。
2010年代からVUCAと呼ばれていましたが、現代では新型コロナウイルスによるパンデミックやテクノロジーの発展などから、より先行き不透明な状況に陥ったため多用されるようになりました。
このような流動的な時代では、戦力の全力投下が失敗に終わる可能性もあり、逐次的な投入によって損害を最小限にする必要もあります。
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戦力の逐次投入がどんなに愚策だとしても、実際にその施策を行う社員たちのポテンシャルは測りきれるものではありません。
きちんとした施策を考えることは重要ですが、むしろ会社の危機という「逆境」が、社員それぞれの能力を飛躍的に高めることもあります。
資金や社員数、社員の能力などの資本が潤沢にある場合には、一気にカタをつけるために全力を一点に投資することも良いでしょう。
しかし、戦力(社員のポテンシャル)を正確に判断できていれば、戦力の逐次投入を行ったとしても、勝利に繋がる可能性を限りなく高めることができるでしょう。
まとめ
誰も未来を予測できないように、戦力の逐次投入も愚策だと言われながら結局は結果論であり、どんな状況でも悪いというわけではありません。
状況に応じて正しい判断ができるよう、日頃から自分が持っている能力や情報など、資本の棚卸しをしておくことをおすすめします。
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