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「シンギュラリティ(技術的特異点)」に向けて、我々は何をすべきか
2016年3月に「アルファ碁」と呼ばれるAIを搭載したコンピュータが、囲碁の世界チャンピオンを破ったのは記憶に新しいでしょう。
2030年には日本の労働人口の約49パーセントが人工知能などにより代替可能になると言われています。[1]
人工知能やロボットによって代替可能な職業としては、銀行窓口係や警備員、タクシー運転手などが挙げられています。
「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ばれる、人類の知能をAIが凌駕する時期は専門家によって意見が異なりますが、AIがますます企業内に侵食するのは間違いないでしょう。
そこでAI時代のマネジメントに問われる能力について、専門家の意見や実例を取り上げつつお話しします。
AI(人工知能)時代の問われる3つの力
「週刊東洋経済」5月12日号で、「AI時代に勝つ子・負ける子」という特集が組まれました。子供の将来を案ずる親に向けてのメッセージであるとともに、現役のビジネスパーソンとしてAIに向き合う契機になるテーマです。
その中でAI時代に必要な力として、「数学力」「読解力」「論理力」の3つが挙げられました。[2]
数学力
AI(人工知能)と一括りにされますが、注目を浴びているのは「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる機械学習の手法です。
ディープラーニングの基礎となるのは、脳を模した「ニューラルネットワーク」と呼ばれるモデル。
2012年にカナダトロント大学のジェフリー・ヒントン教授によって提唱されたこの手法は瞬く間に普及し、2016年には囲碁の世界チャンピオンを破る囲碁プログラム「アルファ碁」に搭載されたのは周知の通りです。
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社会人が後から数学力を身に着けるのは難しい
このディープラーニングの仕組みを理解するには、統計学をはじめとする数学の知識が必要です。
とはいえこれから大学に入学し社会人を迎える子供と、現役のビジネスパーソンとを同列に並べるわけにはいかないでしょう。
私自身、理系から文系に移って両方の学生や研究者と顔を合わせてきましたが、文系出身者の数学力の弱さは日本も海外も変わりません。文系・理系両方の素養をもった秀才も中にはいるのですが、一朝一夕で数学力を身に着けよというのはやはり難しいでしょう。
データサイエンティストを利用するのも一つの手
AIの仕組みを理解しきれないのでしたら、統計学のエキスパートでもあるデータサイエンティストの力を借りるのも一案です。近年では、データサイエンティストの需要はますます高まっています。それはもはやこれまでようなIT領域にとどまらなくなっているのです。
海外の一例ですが、米メジャーリーグ(MLB)のアスレチックスが、客観的なデータに基づいて選手を評価することで成果を挙げました。そのため現在のMLBでは、データ活用がもはや常識となっています。[3]
このように数学を理解するデータサイエンティストが、AI時代のビジネスには欠かせません。AI時代に問われるのは、数学力だけでなく、数学力を身につけた人材をうまくマネジメントできるかでしょう。
また余談ですが、数学を受験科目とした平均年収が532万円、数学を受験しなかった者の平均年収が443万円というデータがあります。[4]
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読解力
国立情報学研究所の新井紀子教授は、子供の読解力の低さを指摘しています。
RSTと呼ばれる同研究所が開発したリーディングスキルテストを実施したところ、想像以上に中高生の読解力が低いことが判明しました。[5]
コミュニケーション能力も、相手の心情を読み取るという意味で、一種の読解力といえます。
特に外国人と接して感じるのが、相手の思考が読めないことです。
言語スキル、とくに英語のスキルでは、話す・聞く・読む・書くという4つの能力が相補的に上達します。
これは、話し相手の仕草や表情、思考法や慣習などあらゆる情報を五感に取り込むことも含んでいます。グローバル化により、日本人の常識ではうまく把握しきれない外国人とのやり取りもますます必要になるでしょう。読解力を含めて、「国語力」のスキルアップは測られるべきといえます。
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論理力
AI時代にこそ「考える力」が必要となる
問題を設定し思考する能力が「論理力」です。AIやIoTといった最新テクノロジーの登場により、旧来の知識は役に立たなくなります。
人工知能の分野でもさまざまな手法が研究されてきましたが、ディープラーニングの登場により、事態は一変しました。
ディープラーニング以外の人工知能が無駄になったとまでは主張できませんが、ディープラーニングだけでも十分に人間の能力を超える成果を出しています。しかし、それは人工知能=AI分野の中でも、限られた分野でしかないのです。
つまり、最新テクノロジーは入れ替わり変化するために、それに対応できる力が必要になります。それが、核となる「考える力」です。
とはいえ、日本人にとってウィークポイントであるかもしれません。2020年に大学入試制度が変わり、思考力や判断力を測る記述式の問題が導入されます。[6]
裏を返せば、思考力を問う教育はこれまで軽視されてきたということです。ではどのように考える力を身に着ければいいのでしょうか。
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英米大の流儀
思案するうちに浮かんだのは、ロンドンにある大学院に通っていたときのエピソード。日本では珍しい、授業内で議論を重ねるスタイルが印象的でした。
年度末に論述中心の試験を受けますが、オリジナルのアイディアを小論文内で提示できないと、最高評価のdistinctionをもらえません。資料や文献をまとめるだけでは、どれだけ頑張ってもMeritしか取れないという成績評価システムです。
専修担当の講師が学生に口酸っぱく議論を勧めるのも、議論することで理解が深まるだけでなく、論理力、新しいアイディアを生み出す発想力が身に着くからだと振り返って思います。
ハーバードビジネススクールが開発した「ケースメソッド教育」はよく知られています[7]が、英米系の大学で議論を重視するのは、確固とした理由と成果があるのでしょう。
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AI(人工知能)と向き合った見習うべき先人達
2030年に人工知能によって代替可能な職は労働人口の半分になるという数字は驚異的に感じるでしょう。たった12年後ですので、30~40代のビジネスパーソンは2030年でも現役で働いているはずです。
AIを活用して高校野球の記事を書くという試みを、朝日新聞が2018年夏に実施しました。日本語が自然でないものの、内容を正確に伝えています。
また、「将棋」では佐藤天彦名人が2016年にPonanzaと呼ばれる将棋ソフトに敗れ、人工知能が将棋界でもっとも強いプロ棋士を破りました。
人間はAIに敗れる一方なのでしょうか?
AIはあくまでも道具に過ぎない
結論を先に申し上げると、最新のイノベーションを使いこなすだけでなく、イノベーションにも対応できる「論理力」などの能力を備えた棋士が成功しました。
将棋界でイノベーションが起きたのは、人工知能が最初ではありません。
コンピュータの登場により、将棋の指す手などを集めたデータベースを管理できるようになりました。
すると、羽生善治氏をはじめとする「羽生世代」の棋士たちが高い勝率で勝ち始めたのです。将棋棋士で文筆家の故河口俊彦氏は、羽生世代の棋士の強さは、相手がミスしやすい局面にもっていく能力に長けるといった終盤にあるといいます。[8]
コンピュータなどを使ったデータ管理能力ではなく、道具にとらわれない能力が要因であるとプロの棋士が結論しているのは興味深いことです。
最新の道具を使いこなしてこそ。
これは人工知能登場後の将棋界にも当てはまります。棋士より強いとされる将棋ソフトを活用して研究するのが棋士のあいだでスタンダードになりましたが、タイトルを奪取したのは一握りです。
強い将棋ソフトが登場する前から実力が認められていた佐藤天彦名人や豊島将之棋聖たちが、その人たちです。
話題になることの多い藤井聡太七段も三段になった頃に将棋ソフトを活用して強くなったといわれています[9]が、もともと将棋の終盤の力がずば抜けて高いことで有名です。
豊島棋聖は、将棋ソフトの登場によりこれまでの経験が活かされない将棋が増え、若手の棋士が活躍するようになったと分析します。[10]藤井七段を含めて、将棋ソフトの示すデータを理解する「デジタルリテラシー」も高かったのです。
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AI(人工知能)とうまくつきあうこと
将棋界の事例は、AIだけでなく最新のイノベーションとうまくつきあうこと、イノベーションに頼らなくとも自力で道を開いていける能力を身につけるのが重要なことを示唆します。AIでは置換できないリーダーシップ能力こそが、AI時代に生き残る武器になると、経営コンサルタントの大前研一氏も主張しています。[11]
AIの脅威にさらされるのは、日本だけではありません。東京大学経済学研究科の柳川範之教授はAIに職業が奪われる前に、アメリカや中国などのAIを上手に活用する国が日本の職業を奪うのではと警告しています。[12]
個人的に、イノベーションを上手く活用するということで思い出されるのが、海外でのイノベーションをすぐに取り入れるスピード感です。留学中の大学院でも、教育のICT化にも完全に対応していました。
リーディングアサインメント用の論文等も教育用CMSを介して配布、学生や研究者もノートパソコンやタブレットを常用、Adobe Reader上にハイライト表示やコメントするなど、最新のイノベーションに対応しようと必死です。
社会人から大学院に入学するエリートも多く、切磋琢磨する教育環境は非常に刺激的でした。
こうした知見は、人工知能に脅かされる現役のビジネスパーソンにヒントを与えます。
重要なのはAIをむやみに恐れず、うまくつきあうこと、人工知能に頼らなくとも自力で問題を解決できる能力を備えることなのです。
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参照
[1]日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に(https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx) [2] 「AI時代に求められる力は?」(内外教育 2018年6月15日号 21頁) [3] 「データとAIの力が勝利の条件を変えた!」(週刊ダイヤモンド 2017年3月4日号 32-35頁) [4] 参照:「数学回避が招く年収格差」(週刊東洋経済 5月12日号 44-45頁) [5] 「読解力を最重要視する理由」(週刊東洋経済 2018年5月12日号 26-27頁) [6] 「戦略的に学び、想定外の場で「情報編集力」を鍛えよ(人材教育 2017年11月号 32-35頁) [7] 『ケース・メソッドの理論と実際』5-6頁 [8] 『羽生世代の衝撃』13頁 [9] 『証言 藤井聡太』 18頁 [10] 「ついに掴んだ初タイトル」(将棋世界 2018年9月号 4-10頁) [11] 「10年後に産業界は一変する 自ら学ぶ人以外生き残れない」(週刊ダイヤモンド 5月12日号 30-33頁) [12] 「AI時代の経営を考える」(學士會会報 No.923 35-38頁)<<あわせて読みたい>>