高度プロフェッショナル制度は、残業代ゼロ法案として労働者にとってはネガティブな側面が強調されて国会で議論がされています。しかし、本質は一定以上の高収入な労働者の残業代がゼロになることではありません。また、経営者の立場からも将来的に年収の制限額が低下して残業代がゼロになる対象者が増えればうれしいという問題でもありません。
むしろ、そのような期待をしているとしたら、今以上に従業員の質が低下し、それとともに経営力も低下していくことでしょう。そこで、高度プロフェッショナル制度の導入が決定する、しないに関わらずその本質を理解し、人材マネジメントに生かすことが従業員の生産性を向上させて経営力の強化につながることについて解説します。
目次
高度プロフェッショナル制度とその本質
1.高度プロフェッショナル制度とは
高度プロフェッショナル制度とは、「専門性の高い一部の職種で一定の年収以上の労働者に対して労働時間に関係なく成果に対して報酬を支払う成果報酬型労働制度のこと」です。現在、この法案は残業時間に対する規制がないことから過労死が増える制度、および定額で残業させ放題が可能な残業代ゼロ制度と政治問題化して論争が続いています。
同制度には大きな問題が含まれていることは事実ですが、問題点についてはさまざまなメディアで論じられていることや、同制度の本質を考えるにあたっては不要なため問題点の検討・議論は行いません。ここでは、同制度の本質がなぜ必要か、その本質がこれからの企業経営と人材マネジメントにどのように関連するかについて考察をします。
2.高度プロフェッショナル制度の本質
高度プロフェッショナル制度の本質は、低いとされる日本のホワイトカラーの労働生産性の向上や、アップルを始めとするアメリカのIT企業のような独創的、創造性のあるビジネスモデルや製品・サービスの開発を可能にすることです。なぜなら同制度のもとでは、労働時間と報酬がリンクしていないため、従業員に短時間で成果をあげようとするモチベーションが働き、労働生産性の向上が期待できるからです。また、成果によって報酬を変えることで、従業員に均質で無難な業務の遂行で満足することなく業績向上に寄与する成果を出そうとする意欲が強く働くからです。
同制度を単純に現在の企業経営に取り入れることは、国会でも議論中であり多くの問題点も内在しており簡単に取り入れられませんが、その本質を企業経営・人材マネジメントに取り入れる考え・視点を持つことは重要です。
現代の経営環境に必要な人材マネジメントと高度プロフェッショナル制度
1.労働生産性の低さと高度プロフェッショナル制度
日本の生産性の低さは以前から指摘されていますが、公益財団法人日本生産性本部が2017年12月に発表した「労働生産性の国際比較 2017年度版」によると相変わらず低いままです。日本の時間当たり労働生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟の35カ国中20位、1人当たりでは同21位です。主要先進7カ国(G7)のなかでは最下位です。日本の労働生産性は、1位のアイルランドの約半分しかなく、G7トップのアメリカの約3分の2しかありません。
この労働生産性の低さの原因に、年功序列型賃金体系、終身雇用、成果に関係なく支払われる残業代など、能力に対して正当な報酬が支払われてこなかったことが考えられます。一方で、これらの制度は「長期的な視点での人材育成」「従業員の企業に対するロイヤルティの高さ」が日本的経営として過去には大きな成果をもたらしました。しかし、今やその強みは日本を取り巻く環境の変化でむしろ弱みとなってきています。
2.企業経営を取り巻く環境と高度プロフェッショナル制度
企業経営を取り巻く経済、社会、労働環境は以下のような問題に直面しています。
2-1 経済環境
・世界的な不況の継続
・日本の人口減少(日本国内の需要減=経済規模の縮小)
・国際化の進展、国際間競争の激化
・AIやIoTなどIT技術の進化
・個人の価値観の多様化
・所有する満足消費から使用する満足消費への移行
・技術格差が狭まり製品の差別化が困難
・個人の価値観、技術などの変化のスピードが速い など
2-2 社会環境
・少子高齢化の進展(労働力減少による人手不足・人材不足)
・女性の活用
・労働・企業に対する価値観の変化
・インターネット、モバイル機器の普及 など
2-3 労働環境
・雇用形態の多様化、非正規社員の比率増大
・賃金格差の拡大
・賃金の上昇の鈍化
・長時間労働問題 など
これらに対応するには、さまざまな経営リソースと個別対策が必要ですが、その前提となる基本的な必要条件として以下の2つを満たす従業員が必要です。
・自ら考えて行動できる能力のある従業員
・本質を見極めてそれを解決できる創造性にあふれた従業員
一方で野村総合研究所の「就業意識の変化から見た働き方改革」というレポートによると、1997年から2015年にかけての労働者の就業意識は次の項目で強まっています。
・会社や仕事のことより、自分や家庭のことを優先したい
・人並み程度の仕事をすればよい
・たとえ収入が少なくなっても、勤務時間が短いほうがよい
・出世や昇進のためには、多少つらいことでも我慢したい
最後の「出世や昇進のためには、多少つらいことでも我慢したい」は日本語からはポジティブに聞こえますが、裏を返すと「寄らば大樹の陰」という安定志向、自らは積極的に行動しないで、ただ企業に寄生していたいという意思がみえます。
他社に横並びの製品やサービスをリリースしていれば一定の売上・利益を確保できていた時代は、過去となりました。多様化した価値観・ニーズをしっかり捉えなければ売上・利益を伸ばせない時代です。このような時代には、自ら考えて、ないものを創造する能力が必要なことはいうまでもありません。高度プロフェッショナル制度の本質は、これから必要とされる人材を育成するマネジメントに必要な考えです。
優秀な従業員の離職を防止と企業を強くする高度プロフェッショナル制度
今までの時代は、労働意欲を上げるには昇給、昇進が最も効果的でした。しかし、これらは継続的な効果がなく従業員が現状に満足するとそこで労働意欲は現状維持か元に戻ります。また、景気の低迷で昇給、昇進をさせたくても原資やポストがなくなっています。さらに、お金や地位に働く価値を見いだしていない労働者も増加しており、かつてほどの効果は大きくありません。さらに、優秀と思われる人材を厚遇しても、今の時代は優秀な人材ほど企業を去り、できない優秀ではない人材のみが残る傾向が強まっています。
では、どうすればよいのでしょうか? 労働者には「自ら率先して働くタイプ」「言われたことをするだけで満足するタイプ」、そして「できるだけサボろうとするタイプ」がいます。高度プロフェッショナル制度の本質は最初のタイプの従業員を100%生かせるようにすることです。経営者」人材マネジメントからみると、このタイプの従業員は何もしなくても企業に貢献してくれているので問題がないように思えます。
しかし、優秀な従業員が転職をしたいと考えるのは、自分よりも企業に貢献していない同僚や上司と比較して給与や地位がアンバランスと思うようになったときです。特に優秀な従業員が、一生懸命働いているのに周りがダラダラと仕事をしているのをみて、働くことにバカバカしさを覚えたときでしょう。そのため、まずは優秀な従業員の離職防止が必要ですが、それには高度プロフェッショナル制度を利用すると効果的です。
なお、企業の強みを高めていくには一部の優秀な従業員だけに依存するだけでなく、より多くの従業員が成果を出せるようにしたほうが好ましいことはいうまでもありません。高度プロフェッショナル制度は、現在の制度では対象者を年収や特定の高度な専門業務に限定するとされていますが、同制度の本質は「個々の従業員の労働意欲が生かせる労働環境」「業務内容と成果と報酬が明確な労働環境」ですから、年収や業務内容は関係ありません。経営者としては人材育成・管理マネジメントとしていかに同制度を自社に採用していくかを検討のうえ実施していくことが必要です。
まとめ
高度プロフェッショナル制度は、労働者とってネガティブなだけの制度、経営者には企業の人件費削減の手段になるだけと思っていませんか。同制度の本質を理解し労使が合意した形で導入できると双方にメリットがあり、企業がこれからの時代を勝ち抜いていける経営力の強化ができます。本記事を参考に同制度の本質を人材マネジメントに生かすことを考えてください。
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