高橋由伸さんは子どもの頃から野球の才能を発揮。
プロ野球に入ってからも巨人の主力選手、日本代表にも選ばれ、プレーヤーとして輝かしい成績を残しました。
2016年、現役引退の直後に巨人軍の監督に就任。いきなりマネジメントを任されたことで、戸惑いはなかったのでしょうか?
対談は高橋さんの本音と苦悩が垣間見えるエキサイティングなものとなりました。
目次
高橋由伸さんが監督1年目に考えていたこと
安藤広大(識学代表・以下「安藤」):由伸さんは自分に対してすごく厳しい人だと伺っています。監督になったときに「選手に対しても、もっと厳しくしたい」と思うことはありましたか?
高橋由伸(以下「高橋」):それはありました。でも、自分の考えていることや目標としていることと、彼らのそれが一致するとは思っていませんでした。同じことが通用するとも思っていなかった。
安藤:なるほど。
高橋:あまりいいことではないのかもしれませんが、それなら「いかに今、選手にいいパフォーマンスを出してもらうか?」を考えようと思ったんです。どうしたら彼らが気分よくやってくれるのか? 最初にそういう視点から入ってしまったんですよね。
安藤:そのやり方に「よかった点・悪かった点」があると思うのですが……。
高橋:僕がそういうやり方をとったのは、今いる選手たちにもうひと頑張りしてもらって、その年に結果を残さないといけなかったからです。そうなると、経験ある選手を優先することになる。下からいい選手はなかなか出てこないし、育成する時間もありませんでした。
そうすると、経験が長く、年齢的にも実力的にも下り坂にさしかかっている選手たちを使うことになる。それでなんとかこのシーズンを勝たないといけなかった。ベテラン選手たちに残っている力をさらに出させるにはどうすればいいか? そういうマネジメントの仕方になっていました。
安藤:なるほど、なるほど。
高橋:僕が一緒にやっていて感じたのは、彼らも少しマンネリ化してきているということです。でも気分を変えさせれば、もうひと花ふた花咲かせそうな選手はいました。僕が監督になる直前まで同じ選手として一緒に戦っていたので。
安藤:選手をやめてすぐ監督になられたんですもんね。
高橋:はい。そこでその年に勝つためにはどうすればいいのか? ベテラン選手の「もうひとしぼり」に賭けるのか、新たな選手を使って勝つのか? そこは、いちおうリーダーとしての「見立て」ですよね。僕はベテラン選手で戦うほうが、勝つためには近道になるだろうと思ったんです。ただ、あるチームがとてつもない変異を起こしてズバ抜けてしまった。
安藤:広島ですね。
高橋:はい。僕は広島が三連覇のときの監督なので。
広島がつねに断トツで優勝してしまった3年間だった。順位としては、そのなかでは2位に入っていました。でもそこで初めて「あ、これじゃとても勝てないな」と気づいたんです。それで、2年目3年目は少しずつ変えていこうと思いました。
監督の上に「会社」がいる
安藤:なるほど。では、1年目の作戦は、完全に満足ではしないにせよ「そっちを選択してよかった」という感じなのでしょうか?
高橋:うーん……そうですね。正解だったかどうかは、そのとき何を求められていたかによると思います。監督というのはリーダーのようで、その上にもうひとつ「会社」というリーダーがいるので。
安藤:はい、わかります。監督にも評価者がいますもんね。
高橋:はい。そこは当然、すべてにおいてベストを求めてくるわけです。チームの勝ち、チームの改革、選手の育成など、いろんなことの「ベスト」を求められる。それらすべてに、なんとか応えようとするのが監督です。その下にコーチや選手がいるわけです。
だから1年目は、改革は少しずつ始めていたのですが、育成にはなかなか手をつけられていなかった。つけようとしたんだけど、彼らを使うことは「勝つ」ことには直結しないという判断でした。
安藤:なるほど。
高橋:そこを、どうやってうまくバランスをとっていくかというのが、ジャイアンツの監督の難しさなのかなと思います。
安藤:フロントからの設定は明確には来ないんですか?
高橋:基本は「好きにどうぞ」なんです。
安藤:ああ、そうなんですね。
高橋:僕のときはそうでした。ある程度、会社とのビジョンが一致していないと、なかなか難しいなと思いましたね。
安藤:なるほど。
高橋:やはりそれぞれトップがいるわけですよね。オーナーがいて、会社のトップがいて、現場のトップがいて、僕らにはGM(ゼネラルマネジャー)がいる。
安藤:なるほど。
マネジメント側はどこまでやるべきか
安藤:識学でやらせていただいているマネジメント手法は「頑張らざるをえない環境をつくる」というものなんですね。環境をつくって、結果的に成果が出て、やる気が出る。そういう運営をしていきましょうと言っているのですが、それについてはどう思われますか?
高橋:そこは僕らの育った環境が、すでにそうなっているかもしれません。
おっしゃるように、戦う場に放り込まれて、やらざるをえない、頑張らざるをえない環境で、僕も選手の時代は戦ってきたので。
そういう、自分のやってきたことや成功体験は、監督になってからもある程度活用しました。でも当然、それにうまく当てはまる選手と、なかなか当てはまらない選手がいたりしました。
1年目2年目はそういうふうにやったのですが、3年目は少し趣向を変えました。こちらが管理できることは、ある程度管理しようと思ったんです。そこで、結果を出せる可能性を高くしました。
それでもやるかどうかは選手次第なので、結果が残るかどうかはわかりません。でも、とにかく与えるだけではなくて、こちらができることはやろうと思ったんです。
安藤:「マネジメント側が決めること」を増やしたと?
高橋:そうですね。ただ、そうすることが正しいとは、僕はどこかで思っていないところがあるんです。
安藤:なぜ正しくないんですか? 選手が考えなくなるからでしょうか?
高橋:なんて言ったらいいのかな……。僕の見立てが間違ったら、すべてが間違ってしまうなと思うんです。
安藤:ああー、なるほど。
そこは会社経営においてはこう言っています。私は経営者ですが、経営のセンスがあるほうではまったくないと思っています。見立てを間違えることがよくあるんです。
それでも、すべて私が決めるんですね。「間違えたら、修正すればいい」というようにグイグイ回していく。社長は、最終責任者ですよね。だから、誰も私のケツを拭いてはくれないんです。たぶん、監督も一緒だと思うのですが……。
高橋:はい。
安藤:だから、別に見立てが間違っていてもいいという発想なんです。これはどう思われますか? 「選手には選手の人生があるから」という感じなのでしょうか。
高橋:それもあります。それに、監督は社長であって、社長ではないんですね。うまくいかなければ「自分が辞めて責任をとる」というだけですから。
安藤:あー、そうか。責任をとれないということですか。
高橋:監督は経営者ではない。社長であり社長じゃないようなところがありますね。
プロ野球界は、選手一人一人が「個人事業主」なんです。それがモロに出てしまうので、ルールがあるなかでも、それぞれの価値観や考え方、立ち位置があったりする。「俺だったらこうするのにな」という意思表示を、直接的ではなくても間接的にしてくる人がたくさんいるんですよね。
安藤:そこは難しいところですよね。
「姿勢のルール」と「行動のルール」
安藤:ちょっとここで、識学について少しだけ説明させていただきますね。
僕らは組織での「ルール」を2つに分けています。「姿勢のルール」と「行動のルール」と呼んでいます。
姿勢のルールは、挨拶、掃除、会社でいうと日報などです。行動のルールは、会社でいうと訪問件数や、営業トーク、売上げなどです。
この「姿勢のルール」と「行動のルール」の違いってなんだかわかりますか? どういうものを「姿勢のルール」と言っているか。
高橋:うーん、なんだろう。
安藤:これ、姿勢のルールは「できる・できないが存在しないルール」なんです。
「やろうと思えばできるルール」が、姿勢のルール。「スキルやお客さんの状態によって、できる・できないが存在するルール」のことを、行動のルールと呼んでいます。
高橋:うん、うん。
安藤:マネジメントでいちばん初めにやらないといけないことは、この「姿勢のルール」を徹底して守らせるということです。
なにせ「できる・できない」が存在しないルールなので。
これを守ることが「組織の一員として最低限の条件」になる。
そういう状態をつくらないと、組織運営はうまくいかない、とお伝えしています。
たとえば僕らはバスケットボールチームも運営しているのですが、外国人で「姿勢のルール」を守らない選手がいたのでその人には辞めてもらうことにしました。
なぜ僕らがこれを「姿勢のルール」と呼んでいるかというと、「できる・できない」が存在しない「やるか・やらないか」のルールだからです。
つまりこのルールを守るかどうかは、ルールの決定者である上司や経営陣に対する姿勢を表しています。
これを守らない人間は、本当はその組織にいてはいけないということです。だから、とにかくここを徹底する。
高橋:いや、まさしく我々にもそういうことがあるんです。僕もこのことでかなり悩んだんですよね。
安藤:そういう方に私たちがさせていただいているアドバイスがあります。それは、マネジメント側と選手側をあくまでも「ルールの決定者」と「それを守る人」という関係性にすることです。たとえば、赤信号を渡っているのを警察に注意されて、文句をいう人はいません。
たとえばどんなことがあったんですか?
「ルールの徹底」か「勝つため」か
高橋:実際にあったことなので、例として出しても大丈夫だとは思うんですけど……。
チームの改革や育成という部分では、誰でもできることをきちんとやらせるのが大事です。「最低限、しっかり走ろう」とか。これは「姿勢のルール」の部分ですよね。
安藤:間違いないです。
高橋:トップである僕が決めた、グラウンド内での「最低限のルール」がある。それを怠った選手がいて、彼をレギュラーから外したんです。それは正直「勝つ」という観点では苦渋の選択でした。レギュラーを外すというのは、非常にツラいことだった。
ただ、彼はチームの中で一番手、二番手の選手ではなかったんです。だから外せたんだと思います。これが一番手の選手だったら、外せなかったかもしれません。口頭の注意をするくらいしかしなかったかもしれない。
あとはタイミングです。最初は口頭の注意でよくても、積み重なっていくとそれではすまされなくなってくる。やっぱり、その選手とはどうしても意思疎通ができていなかったんですね。でもまわりには「ルールを重視するがゆえに、勝つという目標に対して逆を向いているんじゃないか?」と思う人もいるわけです。
安藤:まわりというのは?
高橋:選手にもいたし、コーチの一部にもいたかもしれません。
安藤:でも「グラウンドでは全力で走れ」ということは明確に伝えていたわけですよね?
高橋:言っています。でも「勝つためにはそうじゃないのではないか?」という人もいたんです。ようするに我々監督側と選手側との認識の違いです。選手は仲間だから、外された選手と仲のいい選手は「それはいくらなんでもかわいそうだろう」という感情があったりするんでしょうね。
安藤:仲間意識ですね。
高橋:僕はそういう仲間意識は選手時代からあまりありませんでした。あくまでも勝つための仲間であって、傷をなめ合ったり、かばうための仲間ではない。そこに僕はあんまり重きを置いていなかったので、「外す」という選択をしたんだと思います。
安藤:なるほど。
高橋:あと難しいのが、我々はチームだけで戦っているわけではないんです。まわりによくわからない関係者がいっぱいいて、いろんな評論をするわけです。知らないOBが出てきて、「勝つためにはその選択は違う」「選手からすると違う」と言ったりする。
そういうのが膨らんでいくと、メディアがおもしろおかしく取り上げます。やっぱりガチャガチャしていたほうがおもしろいので、そうやってどんどん広げていかれてしまう。すると、やっぱりそっちの意見が主流というか、我々の決めていたルールよりも、まわりの声のほうが強くなってしまうようなこともあったんです。
安藤:やっぱりジャイアンツの監督は、いろんなことと戦わなきゃいけないんですね。
高橋:まあ、僕が勝手に気にしていただけなんですけどね。
安藤:いやいや。もちろん、それは宿命ですよね。それだけ人気のチームなので。
高橋:やっぱり、どうしても実績勝負の世界なので。
ルールを守らないトップクラスの選手を外せるか
安藤:「ルールを守らせるのが大切だ」ということは実感しておられたのですね。
高橋:やっぱり、僕が決めたルールを守らないのなら、チームにはいてもらえないな、と。「責任を取るのは俺なんだから」という意思表示でもありましたね。
安藤:いま思うと、もっと徹底的にやっておけばよかったと思いますか?
高橋:もっとやりたかったですね。でも、だからといって、僕が選手をクビにできるわけではないんです。
安藤:でも「使わない」という選択はできますよね。
高橋:選択はできるんですけどね。でも、もしそれが一番手、二番手の選手でも、同じことができたかというと難しいです。
安藤:なるほど。スポーツと比較するのはどうかと思うのですが、こういうことは会社経営でもよく起きるんです。「めちゃくちゃ売る営業マンが、ルールを守らない」というのはよくあるんです。「俺、売ってんだから」みたいな。
でも、結論からいうと、そいつを外したほうが全体の売上は伸びるんです。社員全員のトップに対する姿勢が10%よくなれば、エース100点分の売上も10人が10%よくなるだけで補える。
野球とは違うかもしれませんが、ルールを守らない人が躊躇なく制裁するほうが、結果的にはうまくいくんです。
私も会社をつくって最初のころは、そのへんをかなり意識していました。営業マンがヨレヨレのスーツを着ているだけで、翌日に営業から外したり。そこは徹底してやっていました。それは、姿勢の部分だからです。「売上がいかない」とか、そういうことには僕はなにも言わないんです。その姿勢の部分だけは、絶対に外してはいけないと思っています。
高橋:そうですね。僕も、それができたら理想だとは思っています。でも野球だと、いま目の前の試合を勝たないと、我々がクビを切られる可能性があるんですよね。
安藤:そこはまた難しいところではありますよね。
[ 後編へ続く ]
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