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アトキンソン氏の「中小企業は再編すべき」という説を徹底検証

アトキンソン氏の「中小企業は再編すべき」という説を徹底検証

政府の成長戦略会議のメンバーに、ゴールドマン・サックス出身で小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が起用されたことが話題になっています。


アトキンソン氏は中小企業の再編を提唱しているため、「頑張っている中小企業もあるのに潰せというのか」「従業員を露頭に迷わせるつもりか」といった反発の声がネット上で多く上がっています。

アトキンソン氏は「小さな企業は生産性が低い」というデータなどに基づいて再編を主張しているのですが、感情的なだけの反発は何も生みません。


まず冷静に足元の状況と、将来の社会モデルについて考えてみましょう。

 

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アトキンソン氏の理論と、真っ向からの反論

 

まず「中小企業」の定義はこのようになっています(図1)。


図1 「中小企業」の定義(出所:「2020年版中小企業白書」中小企業庁) pxi
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/chusho/99Hakusyo_zentai.pdf

まずアトキンソン氏は著書「日本企業の勝算」のなかで、日本企業について「競争力は高いのに生産性では世界で下位」だと指摘しています(図2)。


図2 国際競争力と生産性(「日本人の勝算」p59より作成)

その上で、日本企業の99.7%を中小企業が占めていながら、日本全体の生産性が低いのはやはり中小企業の生産性が低いからである、と指摘しています。

実際、大企業と中小企業の生産性には大きな差があります(図3)。


図3 企業規模別労働生産性の推移(出所:「2020年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/chusho/99Hakusyo_zentai.pdf pI-97

そして、こうしたアトキンソン氏の主張に反論する記事がネット上に掲載されました[1]。
記事の書き手は中部圏社会経済研究所研究部長の島澤諭氏です。

島澤氏は下のようなデータを挙げ、日本の生産性低迷は大企業の問題だ、と主張しています。
労働生産性(付加価値を労働者数で割ったもの。付加価値は売上高から人件費や原材料費などのコストを引いたもの)を要因別に分解したものです(図4、5)。

雇用数を増やすと、そのぶん分母が大きくなり労働生産性は下がってしまうという点を指摘しています。


図4 大企業の労働生産性とその要因
(出所:「法人企業統計調査を用いた労働生産性の要因分解」公益財団法人中部圏社会経済研究所)
https://criser.jp/bunnseki/report.html pdf No24 p11

製造業と非製造業では事情が違いますが、島澤氏は90年代以降の大企業製造業の労働生産性について「従業員数要因(従業員削減)と売上高要因(売上高維持)によって押し上げられている」としています。
そして実際の付加価値要因率はマイナスであり、これを「偽りの生産性改善」と呼んでいます。
純粋な生産性向上ではなく、労働生産性を表す数式の「分母」の部分を小さくして、生産性が高いように見せかけているにすぎないという主張です。

一方で中小企業の労働生産性要因は下のようになっています。


図5 中小企業の労働生産性とその要因
(出所:「法人企業統計調査を用いた労働生産性の要因分解」公益財団法人中部圏社会経済研究所)
https://criser.jp/bunnseki/report.html pdf No24 p12

中小企業の場合、大企業とは正反対で、従業員数要因(雇用吸収)と売上高要因(売上高減少)が生産性を押し下げているものの、付加価値率要因はプラスを維持する「真の生産性改善」が行われているとしています。

そして島澤氏は、中小企業が付加価値率を向上させているにもかかわらず売上高要因で労働生産性が低くなっているのは、大企業による搾取のせいであると主張します。
そして、中小企業の整理淘汰は日本経済の土台を切り崩すものだと結論づけます。

もちろん、国内に約358万[2]もある中小企業を十把一絡げにして語ることはできませんし、アトキンソン氏も中小企業からの搾取を大企業が自社の利益に移転している傾向のある業種も存在すると指摘していますが、その影響についてはもっと精査する必要があります。

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一人歩きする「生産性」の言葉

 

これらの議論に筆者が違和感を覚えているのは、「生産性」という言葉が一人歩きしていることです。議論はそう単純ではありません。

「生産性」には2つの種類があります。

国際比較などで使われる「生産性」は、GDPが基準で、

GDP/総人口 または GDP/就業者数×労働時間

で、「1人あたりのGDP」ということができます。一般的に「日本の生産性が低い」と言われるのはこちらの数字です。

一方「企業の生産性」は売上高が基準で、

(売上高➖人件費や原材料費など)/就業者数

です。

よって、企業単体で見たときと国全体として見たときには景色はガラリと変わります。

中小企業の労働生産性が多少伸びたとしても、国全体として金額ベースで見れば売上高はやはり大企業にはかなわないという点があります。

日本の企業の数の割合は中小企業が99.7%、大企業が0.3%という比率です。
一方で企業規模ごとの付加価値の合計を見た場合、

大企業合計:約120.5兆円(47.1%)
中規模企業合計:約99.4兆円(38.9%)
小規模事業者合計:約35.7兆円(14.0%)

で、数の上では99.7%を占める中小企業の付加価値全てを合わせても、生み出している付加価値は全体の半分程度にすぎないのです(図6右)。

大企業による搾取があったとしても、それだけでここまでの差が開くかという点には疑問が残ります。

さらに、従業者数に占める割合を含めて全体を見てみましょう(図6中央)。


図6 大企業と中小企業の数・従業者数・付加価値額(出所:「2020年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/chusho/99Hakusyo_zentai.pdf pXiii

日本の全従業者数に占める割合は大企業が全体の31.2%、中規模企業は46.5%、小規模事業者は22.3%です。

つまり大企業と中小企業では、付加価値総額は1:1、従業員総数は3:7ということになります。
創出している付加価値との間にはやはりアンバランスがあります。

 

「人口減少モデル」への対策

 

さて、このような状況の中で、経営者が考慮しなければならないもうひとつの大きな要素があります。

人口の減少です。

まず中小企業の賃金について見てみます(図7)。


図7 賃上げの推移(出所:「2020年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/chusho/99Hakusyo_zentai.pdf pI-36

中小企業も現状では賃上げを続けており、これだけを見ると生産性が低いというイメージとは違うように見えます。

しかし、ここにもひとつのカラクリがあります(図8)。


図8 労働分配率の推移
(出所:「2018年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/chusho/00Hakusyo_zentai.pdf p134

上の図8は、企業が生産性(付加価値額)のうちどのくらいを従業員に給与や福利厚生などの形で分配しているかをみたものです。

中小企業は2016年度で74.3%と、付加価値額の多くを従業員に分配しています。
しかしこれは裏を返せば、限られた利益の大半を使って給与を捻出しているということでもあります。
また、最低賃金が引き上げられたのでやむなく賃上げをした、という企業も少なからずあることでしょう。

一方で人手不足がすでに始まっています。
今後同じ人数を確保しようとすると、今以上の給料を払い続けなければなりません。
これにどこまで耐えられるかという問題が出てきます。
さらには、利益を人件費にばかり充てていると、設備投資費など、成長費用を捻出できるかということも問題です。

小さい企業ほど融資を受けにくいという傾向がある中で、かつ地銀の体力が弱まっている現在、景気動向によっては資金調達が難しくなることも考えられるでしょう。
生産性の向上を図ろうにも、限られた利益しかないために投資ができなくなってしまうのです。

また、人口の減少に伴って今後、国内市場は縮小します。

これまで中小企業が雇用を吸収し続けてこられたのは、成長期以降の日本の経済が「人口増加モデル」にあり、純粋に人が多いぶんモノが売れていたという側面があります。
しかし今後は、国内市場の縮小は避けられません。
であれば、「より安く」ではなく「高付加価値」を生み出す事業展開をいく必要があります。

実際、消費者の価値観は変わっています(図9)。


図9 消費者の意識の変化(出所:「2019年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/05Hakusyo_part3_chap1_web.pdf p336

「安ければいい」という価値観は、2000年と比較して2018年では大きく減少し、「利便性」や「プレミアム(特別感)が重視されるようになっているのです。

 

「淘汰なのか」という過剰反応

 

また、人口減少が中小企業にもたらしている問題として「後継者不足」がすでに表面化しています。
日本政策金融公庫の調査によると、調査対象の中小企業の中では、現在経営者が50代という会社でも半数近くが「自分の代で事業をやめるつもりでいる」と回答しています。
経営者が60代になると、半数以上が廃業を予定しています(図10)。


図10 経営者の年齢別にみた事業承継(出所:「中小企業の事業承継の実態と課題」日本政策金融公庫)
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/ronbun1702_01.pdf p5

後継者が決まらずそのまま廃業するというのは、結局のところ企業を育てられなったまま消えるということでもあります。
生産性の高い企業であれば雇用吸収もでき、後任候補も挙げやすかったのではないでしょうか。
後継者がいないというのは、その企業は継ぎたい人がいない=継ぐ魅力やメリットがないということで、実際そのような企業が多い可能性は高いと言えます。

ところで、「中小企業の数を減らせ=潰せ、ということなのか」「大企業に買収されてリストラされるのか」という感情的な反発も見られますが、一方でこのような事実もあります。

中小企業のM&Aが拡大しているのです。中小企業が自ら「数を減らす」行為と言えますが、中小企業のM&Aを手掛ける大手3社の成約件数は、2012年に比べて2017年では3倍以上に増えています(図11)。


図11 中小企業のM&A成約組数(出所:「2018年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/chusho/00Hakusyo_zentai.pdf p306

また、買収した企業だけでなく、買収された企業もそうでない企業に比べて労働生産性が向上していることもわかっています(図12)。


図12 売り手企業の労働生産性(出所:「2018年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/chusho/00Hakusyo_zentai.pdf p324

事業の継続や雇用の維持を考えている企業はこのような形ですでに手を打っています。
自分たちの持つ技術を維持するためにも、売り手としてスモールM&Aを選択しているのです。

なお、筆者の知人は金融機関で、後継者のいない中小企業のM&Aを多く手掛けています。
その現場からすると、買い手企業は勢いのある中小企業だと言います。

また、「大企業による中小企業の買収」は一般的に考えづらいということです。
それもそのはずで、大企業の立場からすると、地域性など何か特別な目的がない限り、事業規模の小さな企業を買収するというのはコストが合わないことなのです。

事業を承継できないのは「経営者の諦め」「怠慢」である場合も少なくありません。
厳しい言い方をすれば、政策が変わらなくても、会社を成長させられなかったがために、あくまで「自然淘汰」されてしかるべき企業だったということです。

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最後に、人口減少が確約されている中で、「小さな企業であることのメリット」があるのかどうか考えてみましょう。
不利な点が多くありますが、それを上回るかどうかを冷静に考える必要があります。

・融資を受けにくい
・売上高規模が小さいので大きな設備投資、人材育成に費用をかけられない
・少ない人数では多様な販路を作るのが難しい
・狭い領域での事業は環境の変化に脆弱

特に環境の変化という点では、今回の新型コロナウイルスのパンデミックで多くの事例が示されたのではないでしょうか。
航空会社ですら、特定の領域に頼った収益構造のために、経営危機に直面しました。

なお、奇しくも航空機産業の話題ではありますが、このような試みをする中小企業もあります。

パリ、イギリス、シンガポールの持ち回りで開催される世界3大航空ショーは、世界中からあらゆる規模の関係業界が集まる場所です。

ここに直接乗り込み、技術をアピールし続けている中小企業があるのです。

技術に自信をもち、海外との直接ルート、しかも航空機産業という巨大市場にアプローチしようというものです。
複数の企業がクラスターとして、ひとつの企業のように振る舞うことで海外のメーカーへのアプローチが可能になっています。

航空機産業は階層化されています。
その頂上に位置するのが「ティア1」と呼ばれる機体メーカー、大型部品メーカー、エンジンメーカーですが、実際ティア1クラスの企業とも交流や商談機会を持つまでになりました。

ひとつひとつの中小企業の特技は異なりますが、共同工場を構えることで製造フロータイムを短縮できることも同時にアピールしています。
より裾野の広い業界に活路を見出そうという動きです。

なお、一連の報道の中で、「中小企業の経営者の質」に触れられることがない、というアトキンソン氏と同じ疑問を筆者も持っています。

アトキンソン氏が挙げているのは、このような例です。

しかし、イノベーションを起こせる中小企業は全体のほんの一部でしかありません。この役割をこなしている中小企業は、大変限られています。
イノベーションを起こせないその他多くの中小企業は、最新情報や技術に疎い傾向があるようです。『中小企業白書』によると、例えばシェアリングエコノミーに象徴されるビジネス上の新しい概念を知っているかどうか調べたところ、小規模事業者の経営者の81.8%は「知らない」と回答したようです。
<引用:「日本企業の勝算」p148>

実際のデータは下図です(図13)。中規模事業者でも、74%が「知らない」と答えています。


図13 企業規模別にみたシェアリングエコノミーの認知状況(出所:「2019年版中小企業白書」中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/05Hakusyo_part3_chap1_web.pdf p300

また、「SDGs」についても、その認知度は低い状態です。下の図14は関東の中小企業での認知度・対応状況についてアンケート調査を行った結果です。


図14 SDGsの認知度(出所:「2019年版中小企業白書」中小企業庁」)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/05Hakusyo_part3_chap1_web.pdf p343

もちろん、全ての中小企業を一括りにして語るのは乱暴で、応援すべき中小企業も存在します。しかしこのような新しいビジネスの概念を知らず、持たずにいる企業が圧倒的に多いのも事実です。

今後、実際に中小企業の再編に向けた政策が実施される可能性は大いにあります。
しかしこうした知識の取りこぼしがある企業が感情論を表明しても、なんら効力はありません。
ビジネスの最新情報や人口問題から目を逸らし、新しいものから逃げ続けていては、まさに淘汰の対象になってしまいます。

 

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参照
[1]「アトキンソン氏に反論する-日本の生産性低迷は大企業の問題だ-」
https://news.yahoo.co.jp/byline/shimasawamanabu/20201021-00203988/
[2]「2019年版中小企業白書」中小企業庁
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/shokibo/00sHakusho_zentai.pdf p21

 

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