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カルロス・ゴーンも使った“integrity” ドラッカーの翻訳者はなぜ「真摯さ」と訳したのか

カルロス・ゴーンも使った“integrity” ドラッカーの翻訳者はなぜ「真摯さ」と訳したのか

ドラッカーの『マネジメント』には、非常に印象的な一節があります。
それは、マネジャーの資質として不可欠な要素について言及している部分。

学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、始めから身につけていなければならない資質が、1つだけある。才能ではない。真摯さである。

何度読み返しても、この部分にさしかかると、その度に立ち止まり、釘付けになってしまう。
逃げ場が用意されていないとでもいうのでしょうか。
この文章は、なにかとても重くて大切なものを鋭く突き付けられているという、切実な思いを抱かせます。

そして、この文章の最後で「真摯さ」と訳されている“integrity”は、ドラッカーの著作全体に通底しているコンセプトでもあります。

通俗的な言い方をすれば、これこそがドラッカーの「キモ」。

ドラッカーはなぜこの言葉を使ったのでしょうか。
この言葉の意味、この言葉にこめた彼のメッセージについて考えてみたいと思います。

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 カルロス・ゴーンも使った“integrity”という言葉

 

日産の“「サステナビリティレポート 2016」には、当時のCEO、カルロス・ゴーンのメッセージが載っています *1-1:p.4。

日産自動車は、持続可能なモビリティの新たな時代をリードしていることを誇りに思っています。 そしてその過程における当社の目標は明快です。世界で最も持続可能な会社となることです。 私たちはイノベーションをもたらすことに焦点を当て、誠意と透明性をもって行動することによ り、長期的な成長の実現を目指しています。

原文は、以下のとおりです [1-2:p.4]

Nissan is proud to be leading the way toward a new era of sustainable mobility. Our goals are clear: We want to be one of the most sustainable companies in the world and to achieve longterm growth by focusing on innovation and acting with integrity and transparency.

今となっては複雑な思いを抱かせるメッセージではありますが、原文の“integrity”は日本語訳では「誠意」と訳されています。
『マネジメント』では「真摯さ」。
微妙に違います。

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 “integrity”を1語で表す日本語はない

 

“integrity”の意味を確かめたくなった筆者は、英語と日本語間の通訳・翻訳を生業とする友人たちに、この言葉について尋ねてみました。
日本人、アメリカ人、オランダ人(オランダ語・英語・日本語のトリリンガル)の3人です。

彼らの話を総合すると、次のようになります。

  • “integrity”の使用頻度は低い。つまり、日常的に使う言葉ではなく、特別な印象を与える
  • “integrity”は政治家や財界人が演説やスピーチなどで好んで使う印象がある
  • “integrity”は日本語に翻訳するのが非常に難しい
  • “integrity”に1語で対応する日本語はない

そして、彼らが“integrity”の意味に当てはまる日本語として挙げたのは、以下のような語です。

  • 真摯さ
  • 誠実さ、誠意
  • 高潔さ
  • 清廉潔白さ
  • 高い品格、品位
  • 公正さ
  • 完全性

確かにこれらすべての意味を1語で言い表す日本語はありませんから、1語に翻訳しようとすれば、これらのうちのどれかを選ぶか、いっそのこと造語するしか方法はありません。

まさに翻訳者泣かせ。

でも、翻訳者とは違い、私たちには、これらの語の意味やそれらが喚起するイメージを総合的に受け止め、解釈することが許されています。
上の語群から、なんとなく、“integrity”の意味やニュアンスがつかめるのではないでしょうか。

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  『マネジメント』に深い関りをもつ2人の著作者と“integrity”  [1]

 

~2人の著作者~

2009年、型破りな小説が出版されました。
タイトルは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』 を読んだら』 [2]。
略して『もしドラ』 。
この本はビジネス関連の書籍としては異例の売行きを示し、300万部超の大ベストセラーとなりました。

この『もしドラ』の中で作中テキストとなったのが、本家ドラッカー著『マネジメント [エッセンシャル版] 』(以下、『マネジメント』) [3]。
『もしドラ』のヒットが売上を押し上げ、こちらもたちまちのうちにミリオンセラーに。

『もしドラ』の著者、岩崎夏海氏は、異色の経歴の持ち主です。
秋元康氏に師事し、AKB48のプロデュースを手がけました。その経験から、『もしドラ』の登場人物の何人かはAKB48のメンバーがモデルになっています。
放送作家として多くのテレビ番組の制作にもあたりました。

片や『マネジメント』の編集と翻訳を手がけたのは、上田惇生氏。ドラッカーの主要著作をすべて翻訳し、ドラッカーから厚い信頼を得ています。
『マネジメント』はぺーパーベースで300ページあまり。
原書にして800ページにおよぶ『マネジメント―課題、責任、実践』(1973年)を上田氏がドラッカーと相談の上で、編集し、新たに翻訳し、当時最新の論文を加えたものです。

『マネジメント』と深い関りをもつ上田氏と岩崎氏。
彼らはドラッカーが述べた“integrity”をどのように捉えているのでしょうか。
ここでは、『マネジメント』に深く関わる2人の著作者の視点を通して、ドラッカーの記した“integrity”の意味を捉え直してみたいと思います。

 

~問題の箇所~

問題になるのは、『マネジメント』の以下のような部分です。
少し長くなりますが、冒頭で触れた部分も含めて、引用します。

人を管理する能力、議長役や面接の能力を学ぶことはできる。管理体制、昇進制度、報奨制度を通じて人材開発に有益な方策を講ずることもできる。だがそれだけでは十分ではない。根本的な資質が必要である。真摯さである。

最近は、愛想よくすること、人を助けること、人づきあいをよくすることが、マネジャーの資質として重視されている。そのようなことで十分なはずがない。

事実、うまくいっている組織には、必ず1人は、手をとって助けもせず、人づきあいもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。
真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。

このような資質を欠く者は、いかに愛想がよく、助けになり、人づきあいがよかろうと、またいかに有能であって聡明であろうと危険である。そのような者は、マネジャーとしても、紳士としても失格である。

マネジャーの仕事は、体系的な分析の対象となる。マネジャーにできなければならないことは、そのほとんどが教わらなくても学ぶことができる。しかし、学ぶことができない資質、後天的に獲得することができない資質、始めから身につけていなければならない資質が、一つだけある。才能ではない。真摯さである。

この文章のボスの下りで、誰でもひとりくらい思い浮かべる人がいるのではないでしょうか。
筆者にもそのような人が数名います。
その思い浮かべた人たちから、“integrity”の意味を帰納的に抽出する―それもひとつの方法でしょう。

 

~岩崎氏を貫いた一節~

『マネジメント』の翻訳者、上田氏と『もしドラ』の著者、岩崎氏は親交があり、かつて対談しています。
その対談で、2人は“integrity”について何を語っているのでしょうか。

まず、岩崎氏から。
上記の部分を指し、
「この一節が僕を貫いた」
と彼は言います。

ここで、『もしドラ』のあらすじを簡単にご紹介しましょう [2]。
ヒロインは川島みなみ。高校生です。

野球部のマネージャーになった彼女は、軟弱な野球部を「甲子園に連れて行く」と心に誓いますが、当の部員たちは誰も相手にしません。

彼女は、ある日、マネジメントに関する本を求めて本屋に行きます。
そこで、店員に薦められるままに、中味も見ずに買ったのが、『マネジメント』。
みなみは次第にその本に魅了され、その内容を野球部に当てはめて、実践していきます・・・。

この小説のはじめの部分。
みなみは、『マネジメント』の次の箇所を繰り返し読みます。
「才能ではない。真摯さである」

それから、
「真摯さってなんだろう?」
と呟いた途端、ふいに涙が溢れ出てきて止まらなくなります。

それはおそらく著者の経験が投影されていると思われる部分ですが、それが最終章でのクライマックスの伏線にもなっています。

 

~ドラッカーの著作に通底する“integrity”の意味~

岩崎氏は、ドラッカー自身が「真摯さの体現者」であると考えています。
上田氏も岩崎氏の発言を受けて、ドラッカー自身が真摯さを体現していたと言います。

ドラッカーの著作には、ドラッカー自身の真摯さが通底している。
それが、ドラッカーの本を読んだり、彼のエピソードを聞いたりしたときの感激につながる。
彼が著作の中で使う「真摯さ」という言葉に説得力があるのは、彼自身が真摯だからだ。
ドラッカーの真摯さが心を打つのだ、と。

それに続けて、岩崎氏は、“integrity”は「信念を貫く」という姿勢を表しているのではないかと述べ、上田氏もそれを肯定しています。
さらに、岩崎氏は、“integrity”には、「首尾一貫性」という意味合いもあるのではないかと述べています。

このことからわかるのは、『マネジメント』の翻訳者である上田氏は、“integrity”を「真摯さ」と訳してはいるものの、「真摯さ」というただひとつの意味だけをそこに見出しているのではないということです。
筆者の友人が挙げた語群を上田氏が知らないはずがありません。
でも、翻訳者としてそのうちのひとつを選ばざるを得なかった。

上田氏はドラッカーの著作を翻訳するだけでなく、相談を重ねながら編集も行っています。
さらに、ドラッカーが来日した際には生身の彼に接し、彼をアテンドし、厚い友情を結んでもいます。
その彼が選んだ“integrity”の訳語「真摯さ」には、上田氏が深く理解したドラッカーの理論とメッセージ、さらに皮膚感覚で捉えたドラッカーの実像が反映されているに違いありません。

でも、それは“integrity”が想起させるコンセプトのひとつに過ぎません。
岩崎氏が述べた「信念を貫く姿勢」、「首尾一貫性」を上田氏が肯定しているように、私たちもあの一節を読み込み、また彼の他の著作も読んで、ドラッカーの理論やメッセージを深く理解した上で、“integrity”に立ち返り、そのコンセプトを把握する。
そして、それに合致する日本語を、自分自身で選択してもいいのではないでしょうか。

たとえば、筆者にとってドラッカーの “integrity”は、今のところ「高潔さ&品格&真摯さ」ですが、この先、さらに別の意味を見出していくかもしれません。

企業のこと、組織作りのこと、マネジメントのことについて書かれているのにもかかわらず、ドラッカーの『マネジメント』は人間の本質にコミットした箇所が随所にあり、心を揺さぶられます。

彼の著作を深く理解し、自分なりの“integrity”の意味を見出していく―それはビジネスパーソンの素養にとどまらず、人生の楽しみのひとつかもしれません。

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参照

[1-1] Nissan global(2016)「サステナビリティレポート 2016」https://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/SR/2016/SR16_J_All.pdf
[1-2] Nissan global (2016)“SUSTAINABILITY REPORT 2016”(英語版)
https://www.nissan-global.com/EN/DOCUMENT/PDF/SR/2016/SR16_E_All.pdf
[2] 岩崎夏海(2012)『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』をよんだら』 ダイヤモンド社(電子版)
[3] P.F.ドラッカー著 上田惇生編訳(2001)『マネジメント [エッセンシャル版]―基本と原則』ダイヤモンド社(電子書籍版)
[4] 上田惇生(2012)『NHK「100分de名著」ブックス ドラッカー マネジメント』 NHK出版(電子書籍版)


1.

[2]「第一章 みなみは『マネジメント』と出会った」

[3]「日本の読者へ」、「第5章 マネジャー」

[4]「あとがき」、「対談―上田惇生×岩崎夏海 今こそ、イノベーションのとき」、「読書案内」

2.

[4]「対談―上田惇生×岩崎夏海 今こそ、イノベーションのとき」

 

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