日本型雇用と言えば「新卒一括採用」「終身雇用制度」という言葉で言い表される事が多かったが、最近は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれることも多い。
とはいえどちらも内容は同じで、0から人を育て、人を育てながら人に対し仕事を割り当てる考え方だ。
価値観や社会構造の変化が緩やかであれば、あるいは知識や技術の習得に時間が掛かる事業領域や環境であれば、その考え方は決して無意味ではない。
対義語は「ジョブ型雇用」。
単純に言えば、求められる役割やポジションに人を割り当てる考え方だ。
目的のために必要な駒を調達する考え方のため、当たり前だが調達する人材はすでに出来上がっている必要がある。
0から人を育てる手間やコストを考えれば、非常に効率の良い採用の考え方だ。
目次
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違い
この2つの言葉がいつ頃から日本でも注目を浴びるようになったのかはわからないが、中央省庁に限定して探してみると、2016年12月の内閣府の資料で、
「ジョブ型正社員の雇用ルール確立について~実現へのハードルをどう乗り越えるか~」
というものがある。
そしてその資料は、「1.ジョブ型正社員とは何か」という言葉から始まる。[1]
つまり、2016年の時点でも内閣府の資料では、ジョブ型雇用と言う考え方について、共通の認識形成から資料を始める必要があったということだ。
逆に言えばこの頃、政策の中枢でもまだ、この言葉に対する共通の認識が十分形成されていなかったということだろう。
単純に単語にだけ言及している資料で言えば2013年ころまで遡ることができたが、いずれにせよ、
「メンバーシップ型雇用」
「ジョブ型雇用」
と言う言葉が盛んに用いられるようになってから、まだそれほど長い時間が経っているわけではない、ということは間違いないようだ。
その一方で、このジョブ型雇用という考え方。
筆者の肌感覚で言えば、恐らく1990年代の終り頃にはすでに、実質的に運用されていたように記憶している。
そのきっかけは、おそらく1995年7月に東証に設置された「特則市場」だ。
今で言うマザーズやジャスダックの走りで、ベンチャー企業の上場を促すために作られた特別なマーケットだった。
それ以降、様々な規制が緩和されベンチャーブームが巻き起こり、そして次々にベンチャー向け証券市場が生まれ、若い上場企業経営者が続々と誕生した。
しかし当然のことながら、創業から間もないベンチャー企業では0から人を育てるような資金力も時間も人的リソースも無い。
そのため、すでに出来上がっている人材を好条件で外部から調達し、上場企業の要件を整える必要があった。
この際の採用と雇用の考え方は、まさに今でいう「ジョブ型雇用」だ。
会社は、上場するために必要な仕事と機能を満たす人材を募集し、その条件に合致する人物だけを採用する。
応募した人材は、会社の要件を満たすことができれば恵まれた条件で雇用をされるが、その一方で必要な能力を満たしていなかった場合、法的な問題はともかくとして解雇に近い扱いで職を追われた。
つまり、ジョブ型雇用の考え方はベンチャーマーケットの成長とともに当然のように運用され始め、すでに20年以上の歴史があるということだ。
私自身、2000年代初頭からそんな環境で多くの人を「ジョブ型」で採用し、またジョブ型雇用の面接の形で、何人かの経営者にお会いする経験もしてきた。
すでに歴史上の言葉になりつつある「バブル崩壊」から10年も経たない時期から、そのような働き方や雇用が実質的に運用されていたと聞けば、意外に思う人も多いのではないだろうか。
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採用されるというリスク
このベンチャー経営の現場における「ジョブ型雇用」の実態は、なかなか過酷だ。
内部監査の十分な実績と経験があるという触れ込みであったにも関わらず、形ばかりの書類を書くことしかできない責任者は数ヶ月で席を失う。
公開準備室の責任者として採用したにも関わらず「Ⅱの部」すらまともに書けないのであれば、雇用を維持することはさすがにできない。
他の社員と比べものにならない高給では配置転換も非現実的なので、それがジョブ型雇用の一つの現実であった。
そして恐らく今も、多くの会社でそのような運用が事実上なされているだろう。
つまりジョブ型雇用では、採用のミスマッチは雇用する側だけでなく、雇用される側にも強烈なリスクがあるということだ。
自分の実力を偽って、あるいは過大評価されて採用されてしまったら、またすぐに次の仕事を探すことになる。
そして私自身、採用される側としてそんなリスクを強烈に感じたことがある。
ある会社の事業再生に携わり、事業売却というイグジットで仕事を終えようとしていた時のことだ。
幹部社員の人材紹介を仕事にしている友人から、紹介したい会社があると誘いを受け、ある会社の経営トップとお会いすることになった。
魅力的な製品を創ることで知られる製造業の会社で、身に余るほどの光栄であり、なぜそんな会社のトップが自分に興味を持ってくれたのか。
いろいろな意味で楽しみにしながら、会社を訪問した。
ジョブ型雇用の採用面接に入社志望の動機はない
迎えた当日。
大きな会議室に通されると、お迎えしてくれたのは人事部長だった。
「社長に急用が入ってしまい、申し訳ございません。今日は私の方でお話を聞かせて頂きます。」
「お忙しいでしょうから、気にしません。部長こそお忙しい中、ありがとうございました。」
「早速ですが、今回弊社を志望して頂いた動機をお聞かせ下さい。」
「・・・志望動機ですか?」
「はい、弊社に入りたいと思って頂いた理由です。」
「申し訳ございません。現時点で御社に入りたいという積極的な動機はありません。」
「え?」
「え?」ではない。呆気にとられたのはむしろ私の方だった。
メンバーシップ型の雇用であれば、確かに「会社に入りたい理由や情熱」は、採用基準での大きな加点ポイントになるのかも知れない。
しかし私は、CFOやターンアラウンドマネージャーといった特定の能力や実績について、経営トップに興味を持たれ面接に来ている立場だった。
つまりジョブ型の雇用であり採用なので、その採用の可否に「会社に入りたい理由や情熱」などほとんど関係ない。
少なくとも、採用を迷った時の最後の質問としてはアリかも知れないが、一番に関心を持つような内容ではないだろう。
「申し訳ございません。私はこの場は、自分ができることとできないことを試される場であると認識しています。そしてそれが、御社の求めるパーツに合致するのか。それを確かめて頂きたいと思うのですがいかがでしょうか。」
「・・・」
「おそらく社長さんがここにいらっしゃったら、まずそこに関心を持ったと思います。私のやる気や御社への敬意をご確認されるのは、その後でも良いかと思います。」
「わかりました。では、あなたがこれまで何をしてきたのか。強みやアピールポイントを説明して下さい。」
「承知しました。では手短に済ませるために、御社の不足しているどのような機能の一部として、今回私にご期待をして下さっているのか。先にお聞きすることは可能ですか?」
「全体としてご自身の強みを話して頂いたらそれで十分です。」
「部長、御社が私に期待し想定して下さっていること以外のキャリアや実績をお話することに、意味はないかと思いますがいかがでしょう。」
「・・・」
「失礼を申し上げるようで恐縮ですが、部長は今回、経営トップが私に何を期待されて興味を持って下さったのか。把握されていますか?」
「・・・急に入った予定だったので、正直把握していません。」
「そうですか。では大変残念ですが、この面接に意味はないと思います。後日改めて社長にお会いさせて下さい。私をうっとうしい奴だと思われたら、そう報告して頂いても結構です。」
「わかりました。経緯は伝えます。」
結局この会社とは、これを最後に縁がなかった。
正直言い過ぎでありやり過ぎかも知れないが、ジョブ型雇用で、なおかつ安くはない給与を提示され仕事を引き受けるとは、こういうものであると思っている。
もう10年以上も前のことだが、忘れがたい、ジョブ型で雇用される側として「恐怖」を感じた出来事だった。
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ジョブ型雇用の時代には新しい採用の常識が求められる
ジョブ型雇用とは、形こそ雇用ではあるがその実態は請け負いとも言える働き方だ。
ラーメン屋さんであれば、店主は報酬の見返りに最低限、ラーメンといえるものを顧客に提供する義務がある。
電気屋さんにエアコンの修理をお願いしたのに、カバーだけ新品にしておきましたと言われて納得する人はいない。
同様に、ジョブ型雇用で会社に尽くそうという人材は、プロとしての自覚が高ければできないことは引き受けないし、ミスマッチを嫌うはずだ。
できることとできないことを整理し、ハッキリと意思表示するだろう。
そしてこのような採用の形は、本来的にはとても楽なものだ。
経営トップ自ら候補者に会わずとも、必要な要件と条件を共有すれば、取締役まで任せている幹部であれば容易にその適不適を判断できるのだから。
しかし今回のお話でお会いした人事部長は、役員でありながらそれを一切把握しておらず、そして経営トップはそんな形で幹部社員の採用を部下に任せ、進めようとしていた。
そのため、経営トップに直接お会いさせて頂くか、それが難しいのであれば切って下さいと申し出た。
結果としてご縁がなかったのは残念だったが、それで良かったと思っている。
今後、特に幹部以上の社員の中途採用についてはますます、教育や育成を前提としないジョブ型雇用が主流になっていくだろう。
そんな時代にあっては、まず会社こそが「自社に足りているものと足りていないもの」を整理し、求職者に正しいメッセージを伝える努力をする必要があるのではないだろうか。
なんとなく実績アピールの上手い人を採用しないためにも。
そして、何もかも経営トップが意思決定をしなければ動かないという組織を変えるためにも。
[1]内閣府「ジョブ型正社員の雇用ルール確立について~実現へのハードルをどう乗り越えるか~」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/jinzai/20161220/161220jinzai02.pdf