『キャリアアップ助成金』は、非正規雇用の従業員を正社員化したい中小企業にとって、非常に有効な制度です。
国の支援を受けながら人材を育成し、処遇を改善することで、定着率の向上や採用力の強化にもつながります。
本記事では、助成金の基本から全コースの内容、申請手続きの流れ、活用方法、さらに実際の成功事例までを詳しく解説します。
制度の概要を正しく理解し、自社の人材戦略に活かしていきましょう。
目次
キャリアアップ助成金とは?
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用の労働者の正社員化や処遇改善を支援するために、厚生労働省が設けている助成制度です。
特に中小企業においては、パートや契約社員などを正社員に登用したり、賃金制度や教育訓練制度を整備したりする際に、一定の要件を満たすことで助成金を受け取ることができます。
キャリアアップ助成金の目的は、働く人のキャリア形成を後押しし、安定した雇用環境を実現することにあります。
人材の定着や育成に課題を抱える企業にとって、有効な支援策のひとつといえるでしょう。
キャリアアップ助成金の対象となる「事業者」
キャリアアップ助成金の対象となる事業者は、次の全てに該当する必要があります。
- 雇用保険適用事業所の事業主
- 雇用保険適用事業所ごとに、キャリアアップ管理者を置いている事業主
- 雇用保険適用事業所ごとに、対象労働者に係るキャリアアップ計画を作成し、管轄労働局長に提出した事業主
- 実施するコースの対象労働者の労働条件、勤務状況および賃金の支払い状況等を明らかにする書類を整備し、賃金の算出方法を明らかにすることができる事業主
- キャリアアップ計画期間内に計画に記載した正社員化・処遇改善に取り組んだ事業主
また、キャリアアップ助成金は大企業と中小企業で支給金額が異なります。
中小企業事業主の範囲は以下の通りです。
資本金の額・出資の総額 | 常時雇用する労働者の数 | |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
資本金の額か常時雇用する労働者の数のどちらかが該当していれば、中小企業事業主と判定されます。
キャリアアップ助成金の各コースの概要
キャリアアップ助成金のコースは全部で以下の通りです。
- 正社員化コース
- 障害者正社員化コース
- 賃金規定等改定コース
- 賃金規定等共通化コース
- 賞与・退職金制度導入コース
- 社会保険適用時処遇改善コース
それぞれ詳しく見ていきましょう。
正社員化コース
正社員化コースは就業規則または労働協約その他これに準ずるものに規定した制度に基づき、有期雇用労働者等を正社員化した場合に助成します。
1人あたりの助成額は以下の通りです。
事業規模 | 条件 | 支給額 |
中小企業 | 有期雇用→正規雇用 | 重点支援対象者:80万円(40万円×2期)
その他:40万円(40万円×1期) |
無期雇用→正規雇用 | 重点支援対象者:40万円(20万円×2期)
その他:20万円(20万円×1期) |
|
大企業 | 有期雇用→正規雇用 | 重点支援対象者:60万円(30万円×2期)
その他:30万円(30万円×1期) |
無期雇用→正規雇用 | 重点支援対象者:30万円(15万円×2期)
その他:15万円(15万円×1期) |
ここで説明される重点支援対象者は、雇入れから3年以上の有期雇用労働者や、派遣労働者、母子家庭の母などが含まれます。
障害者正社員化コース
障害者正社員化コースは、障害のある有期雇用労働者等を正規雇用労働者等に転換した際に助成金を受けられるコースです。
支給額は以下の通りです。なお、かっこ内は大企業の場合です。
支給対象者 | 措置内容 | 支給総額 | 支給対象期間 | 各支給対象期における支給額 |
・重度身体障害者
・重度知的障害者および精神障害者 |
有期雇用から正規雇用への転換 | 120万円(90万円) | 1年(1年) | 60万円×2期
(45万円×2期) |
有期雇用から無期雇用への転換 | 60万円(45万円) | 30万円×2期
(22.5万円×2期) |
||
無期雇用から正規雇用への転換 | 60万円(45万円) | 30万円×2期
(22.5万円×2期) |
||
・重度以外の身体障害者
・重度以外の知的障害者 ・発達障害者 ・難病患者 ・高次脳機能障害と診断された者 |
有期雇用から正規雇用への転換 | 90万円(67.5万円) | 45万円×2期
(33.5万円×2期) |
|
有期雇用から無期雇用への転換 | 45万円(33万円) | 22.5万円×2期
(16.5万円×2期) |
||
無期雇用から正規雇用への転換 | 45万円(33万円) | 22.5万円×2期
(16.5万円×2期) |
賃金規定等改定コース
賃金規定等改定コースは、有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を3%以上増額改定し、その規定を適用させた場合に助成されます。
1人当たりの助成額は以下の通りです。
賃金引き上げ率 | 中小企業 | 大企業 |
3%以上4%未満 | 4万円 | 2.6万円 |
4%以上5%未満 | 5万円 | 3.3万円 |
5%以上6%未満 | 6.5万円 | 4.3万円 |
6%以上 | 7万円 | 4.6万円 |
また、以下の条件を満たすと1事業所当たり1回のみ助成額が20万円(大企業は15万円)が加算されます。
- 職務評価の手法の活用により賃金規定等を増額改定した場合
- 有期雇用労働者等に適用される昇給制度を新たに規定した場合
賃金規定等共通化コース
賃金規定等共通化コースは、雇用するすべての有期雇用労働者等に、正規雇用労働者と共通の職務等に応じた賃金規定を新たに作成・適用した場合に助成されます。
支給額は中小企業で60万円、大企業で45万円で、1事業所当たり1回支給されます。
賞与・退職金制度導入コース
賞与・退職金制度導入コースは、全ての有期雇用労働者等に関して賞与・退職金制度を新たに設け、支給または積立を実施した場合に助成されます。
支給額は以下の通りです。
賞与又は退職金制度いずれかを導入 | 賞与及び退職金制度を同時に導入 | |
中小企業 | 40万円 | 56万8,000円 |
大企業 | 30万円 | 42万6,000円 |
社会保険適用時処遇改善コース
社会保険適用時処遇改善コースは、雇用する短時間労働者に、以下のいずれかの取り組みを実施した場合に助成されます。
- 新たに社会保険の被保険者要件を満たし、その被保険者となった際に、賃金総額を増加させる取り組みを行った場合
- 週の所定労働時間を4時間以上延長する等を実施し、これにより当該労働者等が社会保険の被保険者要件を満たし、その被保険者となった場合
支給額は以下の通りです。
企業規模 | 1年目の取組 | 2年目の取組 | 3年目の取組 |
中小企業 | 40万円(10万円×4期) | 10万円 | |
大企業 | 30万円(7.5万円×4期) | 7.5万円 |
また、以下のように労働時間を延長した場合や賃金を引き上げた場合、中小企業には30万円、大企業には22.5万円が支給されます。
- 週の労働時間を4時間以上延長した場合
- 週の労働時間を3時間以上4時間未満延長し、賃金を5%以上引き上げた場合
- 週の労働時間を2時間以上3時間未満延長し、賃金を10%以上引き上げた場合
- 週の労働時間を1時間以上2時間未満延長し、賃金を15%以上引き上げた場合
キャリアアップ助成金の申請までの流れ
ここではキャリアアップ助成金の申請までの流れを解説していきます。
正社員化支援に関するコースの場合
正社員化コースなど、正社員化支援に関するコースの場合、以下の流れで申請が進められます。
- キャリアアップ計画の作成・提出
- 就業規則等の改定
- 就業規則等に基づく正社員化
- 正社員化後6か月分の賃金の支払い
- 支給申請
就業規則等の改定では、正社員化規定を設けることが必須です。
また、正社員化前6か月と比較して、3%以上の賃金増額が必要になります。
処遇改善支援に関するコースの場合
賃金規定等改定コースなど、処遇改善支援に関するコースの場合は以下の流れで申請が進められます。
- キャリアアップ計画の作成・提出
- 取組の実施
- 取組後6か月分の賃金の支払い
- 支給申請
「取組の実施」は就業規則の改正等が挙げられ、そこで賃金規定や賞与制度を変更し、処遇改善に努めます。
中小企業がキャリアアップ助成金を活用する3つのメリット
中小企業がキャリアアップ助成金を活用するメリットとして、以下の3つが挙げられます。
- 正社員化にかかる人件費の削減
- 従業員の定着率向上とモチベーションアップ
- 採用競争力の強化
それぞれ詳しく解説していきます。
正社員化にかかる人件費の軽減
正社員化にかかる人件費の増加は、多くの中小企業にとって悩ましい課題です。
非正規雇用の従業員を正社員として登用する場合、給与や社会保険料の負担が増えることが一般的です。
そこでキャリアアップ助成金を活用すれば、このようなコスト増加を一定程度軽減することができ、企業にとって大きな助けとなります。
助成金があることで、正社員化に踏み切るハードルが下がり、将来的な人材の定着や育成にもつながります。
長期的な経営戦略としても有効な選択肢となるでしょう。
従業員の定着率向上とモチベーションアップ
非正規雇用から正社員へと登用されることで、従業員は将来への安心感を得られます。
安定した雇用形態は、生活基盤の安定につながり、働き続けたいという意欲も固まるでしょう。
また、企業側がキャリアアップに取り組む姿勢を示すことで、従業員は自分の成長を会社が支えてくれていると感じやすくなります。
その結果、職場への愛着やモチベーションが向上し、離職率の低下や職場全体の活気にも好影響を与え、生産性向上も見込めるはすです。
採用競争力の強化
人材確保が難しい中小企業にとって、キャリアアップ助成金を活用した制度整備は、採用競争力を高める手段のひとつです。
正社員登用の仕組みや研修制度が整っていることは、求職者にとって魅力的な要素となります。
待遇やキャリアの見通しが明確であれば、企業への信頼感が増し、応募者の質や数の向上にもつながるでしょう。
また、採用時にこうした支援制度を丁寧に説明することで、安心感を与え、入社後の早期離職を防ぐ効果も期待できます。
中小企業がキャリアアップ助成金を活用する際の3つの注意点
中小企業がキャリアアップ助成金を活用する際の注意点として、以下の3つが挙げられます。
- 助成金支給までに時間がかかる
- 就業規則への明記が必要
- 遡って訂正はできない
それぞれ詳しく解説していきます。
助成金支給までに時間がかかる
キャリアアップ助成金は、申請から実際の支給までに長い期間を要します。
例えば「正社員化コース」の場合、対象者の正社員転換後6か月間の賃金支払い実績を確認したうえで申請が可能です。
さらに審査に数か月を要する場合もあるため、支給までにトータルで正社員化から1年近くかかることもあります。
中小企業にとっては、キャッシュフローに余裕がない中での立替的な支出となるため、制度を活用する前に資金繰りの見通しをしっかり立てておく必要があります。
就業規則への明記が必要
キャリアアップ助成金を活用するためには、正社員転換制度や賃金規定などの制度内容を就業規則に明記しておく必要があります。
制度が文書化されていない場合は、助成金の対象とならない可能性があるので注意してください。
また、就業規則を変更する際には、労働者代表の意見を聴取し、変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出る必要があります。
中小企業ではこの手続きが後回しにされがちですが、助成金の審査では制度の整備状況も厳しく確認されるため、早めの対応が重要です。
遡って訂正はできない
キャリアアップ助成金は、事前の手続きを正しく行っていない場合、あとから制度の導入や計画書の提出を遡って修正することは認められていません。
例えば、キャリアアップ計画の提出前に正社員化してしまった場合、その社員について助成金を申請することはできなくなります。
「あとで整えれば大丈夫」という考えは通用せず、制度の適用にはタイミングと手順の厳守が求められます。
助成金を活用する際は、計画的に準備を進め、事前に必要な手続きや届出を確実に済ませておくことが不可欠です。
まとめ
キャリアアップ助成金は、非正規雇用の従業員を正社員化・処遇改善する中小企業にとって、非常に有効な支援制度です。
各コースの内容や申請手続きを正しく理解し、活用することで、人材の定着や採用力の向上にもつながるでしょう。
ただし、就業規則の整備や事前の計画提出、長期的な資金計画など、注意点も多く存在します。
助成金のメリットとリスクを十分に把握し、自社に合った形で戦略的に活用することが成功の鍵となるはずです。