昨今、「退職代行」という言葉を耳にする機会が増えました。これは、社員に代わって企業に退職の意思を伝えるサービスのことです。
このサービスが利用されると、退職する社員が担っていた業務が滞るだけでなく、残された社員の精神面にも影響を及ぼす可能性があります。
そのため、企業として退職代行が使われないような組織を目指さなければなりません。
本記事では退職代行サービスの概要や使われる原因、人材が流出しない組織にするためにできるマネジメントを解説します。
退職の原因をなくして人材の定着をうながし、継続的に成長できる企業を目指しましょう。
目次
退職代行とは社員本人に代わり退職の意を伝えるサービス
「退職代行サービス」とは、社員本人に代わって勤務先に退職の意向を伝えたり、手続きをサポートしたりするサービスです。
退職の意向は本人が伝えるのが基本ですが、従業員が人間関係や職場環境に悩まされている場合、退職代行が利用されるケースがあります。
最近よく耳にするようになった言葉かもしれませんが、実は、退職のサポート自体は10年以上も前から行われていました。
かつては弁護士が依頼を受け、本人に代わって企業に退職の意向を伝え、賃金未払いといったトラブルを解決してきたのです。
その後、2017年5月に新野俊幸氏が「辞めづらさ」を疑問視して退職代行会社「EXIT」を設立したことがきっかけとなり、退職代行サービスが広がりをみせました。
退職代行サービスが退職時に多く利用されている実態は、2024年にマイナビキャリアリサーチLabが公表した「退職代行サービスに関する調査レポート」(転職者や企業の人事担当者対象)からも伺えます。
この調査によると、直近1年間での退職代行サービス利用者は16.6%という結果になりました。
上司からの引き止めやトラブルへの発展などを懸念する際、「職場の人と直接やりとりをする必要がない」という点が大きなメリットであり、近年利用は増加傾向にあるのです。
退職代行サービスの3つの形態
退職代行サービスの運営元は「法律事務所」「退職代行ユニオン」「民間企業」の3つがあり、それぞれで対応できる範囲が異なります。
それぞれの特徴を解説します。
法律事務所
3つの運営元のうち、対応範囲が最も広いのは法律事務所であり、社員の依頼を受けて正式な代理人として退職日や退職金の交渉、未払い賃金の請求などを行います。
さらには、社員と企業との間に起きた損害賠償トラブルにも対応しているのが特徴です。
退職代行ユニオン
退職代行ユニオンとは、社外の労働組合であり、特定の企業に属さない団体です。
団体交渉権を持つため、従業員の退職に関する交渉も可能です。
社員の単なる辞意の伝達だけでなく、未払い賃金や有給休暇の消化に関する交渉、退職関連書類の発行請求なども行います。
ただし、交渉の過程で裁判に発展した際は対応できないため、必要に応じて弁護士に依頼する必要があるでしょう。
民間企業
民間企業は退職の意思を伝達できますが、弁護士や退職代行ユニオンとは異なり、企業と交渉する権利は持ちません。
あくまでも辞意の伝達と、連絡事項のみを企業に伝えます。
ただし、法律事務所や退職代行ユニオンに比べて安価に利用できるため、昨今利用が増えています。
退職代行を使われた際に企業が行うべき対応
退職代行から急に連絡が入ったら、企業としては焦ってしまうでしょう。
後々不利な立場になってしまう事態を防ぐために、社員に退職代行を使われた際に、企業が行うべき対応を把握しながら進めることが大切です。
サービス元の情報を調べる
先に解説したとおり、退職代行は弁護士、退職代行ユニオン、民間企業と3つの形態があります。
業者を騙った詐欺の可能性も否定できないため、まずは連絡してきた組織の身元を確認しましょう。
弁護士や退職代行ユニオンの場合は、組織や担当者名を聞き、正規の組織かどうかを確認します。
弁護士や退職代行ユニオンは依頼者に代わって企業と交渉する権利を有しているため、これらの申し出に対して誠実に交渉に応じる必要があります。
その一方で、民間の退職代行サービスは条件交渉ができません。
仮に有休休暇消化や即時退職の交渉を持ちかけてきた場合は、弁護士の資格がないまま行う非弁行為(弁護士法違反)が疑われます。
本人の委任を確認
先に説明したとおり、企業に連絡してくる業者が退職代行サービスを名乗る詐欺や、嫌がらせの可能性は否定できません。
従業員本人からの正式な依頼であると確認するために、連絡してきた退職代行業者に対し、委任状や契約書の提出を求めましょう。
ここでの確認を怠ると、本人の意思に基づかない手続きに関与したとみなされるリスクがあるため、慎重な対応が必要です。
退職届の提出依頼と受理
続いて退職届の提出を求めます。退職者本人が作成した退職届を、退職代行サービスを通じて企業が受け取ることは問題ありません。
企業に規定のフォーマットがある場合はそれを伝え、届いた退職届に不備があれば速やかに再送を求めましょう。
不備のない退職届が届いたら受理し、退職代行業者を通じて本人にその旨を伝達しつつ退職手続きを進めます。
民法第627条では以下のように定められているため、依頼者が退職を申し出てから2週間で雇用関係は終了します。
【民法第627条】(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)一部抜粋
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
期間の定めのある雇用形態の場合、原則として契約期間中の途中退職は認められません。
しかし、病気や介護などやむを得ない事由と判断される特段の事情がある場合は、この限りではありません。
貸出品の返却依頼
パソコンや業務用の携帯電話、制服など、業務にあたって企業が貸与している品は返却を求めます。
資格喪失に伴い返却が必要な健康保険証や、経費精算の手間を減らすために企業が貸している法人カードなども同様です。
退職代行を使用した時点で本人からの持参を期待するのが難しいため、宅配便を手配して送ってもらうことが現実的でしょう。
企業の機密情報や個人情報が記載された書類を返却してもらう際は普通郵便ではなく、書留や特定記録郵便、その他追跡可能な宅配便など、配達の記録が残る方法を利用するのが一般的です。
退職代行を使われた際に注意する点
ひとりの退職でも、企業にとっては大きなダメージとなります。
ここでは、退職代行業者から連絡があった際、今後円滑に運営を続けるために注意するべき点を解説します。
必要に応じて引き継ぎを求める
法律上、退職時の引き継ぎは明確な義務として規定されていません。
そのため、一般的には引き継ぎを行わなくても退職自体は可能です。
ただし、従業員が担当していた業務の引き継ぎを怠ったことと会社が被る損害との間に直接的な因果関係が認められる場合には、当該従業員に対して損害賠償請求が認められるケースもあります。
取引先の情報や大事なプロジェクトや商談で依頼者のみが知っている情報があり、企業が損失を被る可能性があれば、引き継ぎを求めることは妥当な判断です。
有給休暇の残日数を確認する
年次有給休暇は労働者が法律上で保障された権利です。
退職時に企業が有給休暇の消化を拒否することは、労働基準法違反に該当します。
退職代行業者から連絡が入った際は、未消化の有給休暇日数を確認しましょう。
社員が申請すれば、取得の手続きを進める必要があります。
他の社員をフォローする
組織から社員が一人でも欠員となると、残された社員の業務負担が増加する可能性があります。
退職代行が使われる際には、依頼者が職場に現れるケースは基本的にないため、業務の引き継ぎが十分に行われないことが多いものです。
後任の担当者は困惑し、業務の抜け漏れや、場合によっては認識不足から大きなトラブルに発展する可能性があります。
過去の該当業務取扱者から業務遂行に関する情報を集めたり、必要に応じてメンタルケアをしたりして他の社員をフォローしましょう。
退職代行を使われる原因
社員の退職代行の活用により、現場へのしわ寄せや残された社員の不安の増加など、多数のデメリットがあります。
ここでは、退職代行を使われる原因を紹介します。原因を知り事前に対応策を講じましょう。
パワハラ・セクハラがある
退職代行を利用すれば、原則、職場の人間と接することなく退職できます。
もしも職場でパワハラやセクハラが生じていた場合、精神的に職場の人間と顔を合わせること自体ができなくなっているケースが多くみられます。
辞意を伝える上司が問題の当事者というケースもあるため、社員は自分から直接辞意を示すことは避け、確実に辞められる方法をとった結果、退職代行を利用しているのかもしれません。
人間関係が悪い
パワハラやセクハラが起きていなくとも、そもそも職場の人間関係が悪いことも退職代行が使われるひとつの原因です。
依頼者は退職の意思を伝えることで、同僚から無視や嫌味を受けるのではないかと考えます。
退職の意思を伝えてから実際に退職するまでの期間に、そのような精神的な苦痛を避けるために、退職代行サービスを利用するのです。
退職を引き止められている
職場の環境によっては欠員がある状態で運営されていたり、経営層の判断でボリュームのある仕事を少人数でまかなっていたりするケースがあるでしょう。
そのような状況では、退職の意思を伝えても、同僚や上司から過度な引き止めに遭ったり、場合によっては威圧的な言動を受けたりするケースも考えられます。
従業員が「退職を申し出ても、なかなか辞めさせてもらえない」と感じている場合、退職代行サービスを利用して、確実かつ迅速に退職手続きを進めようとするのです。
社員を退職させない職場にするためにできること
どのような立場の社員であっても、退職してしまうと一時的にもスムーズな組織運営が難しくなってしまいます。
ここからは、社員を退職させないためにできる組織マネジメント手法を紹介します。
飲みニケーションを強要しない
企業は手っ取り早く親睦を深められる手段として、しばしば業務外の食事会や飲み会などの交流の場を持とうとするでしょう。
しかし、アルコールは理性を司る大脳新皮質という脳の部分の働きを鈍らせるため、本能的な行動をとりやすくなります。
結果として、アルハラやパワハラ、セクハラといったリスクを高めることにつながります。
社員に退職を考えさせるような経験をさせないようにするため、業務外の飲み会や食事会への参加を強要しないようにしましょう。
信頼関係の構築は安易に飲み会に頼るのではなく、日々の業務の指導や助言など本質的な関わりを通じて行われるよう、意識的に仕組みを整えることが大切です。
客観性のある評価方法を採用する
組織においてはしばしば特定個人のマイルールが敷かれ、部下がそれに疲弊するケースがみられます。
業務の本質とは関係のない部分で精神をすり減らさなければならない状況は、特に優秀な社員にとって大きなストレスとなり、離職を考えるきっかけになる可能性があります。
それを防ぐためには、評価基準を明確にし、客観性・公平性のある評価方法を導入することが有効です。
例えば、営業成績が前年度比20%以上上がったら1ランク報酬を上げるなどです。
これにより、働きが正当に評価されるようになり、特定個人の主観的な「マイルール」による不公平感が是正されることで、退職の防止につながるでしょう。
マイナス評価を取り入れる
パワハラ問題は上司が「自分のほうが部下より上の立場であるから何を言っても許される」という思い込みから生まれることもあるでしょう。
当人は立場にあぐらをかいており、部下に仕事を押しつけたりきつい口調で話したりするケースがあります。
それを防ぐため、不適切なマネジメントやハラスメント行為に対しては、明確な基準に基づいてマイナス評価を取り入れることで、評価を公平にしましょう。
「現状維持だと評価が下がる」と危機感を覚える結果、パワハラにつながる慢心が解消されます。
健全な組織運営で人材の流出を止めよう
退職代行を使われると退職者に会わずに手続きを進めるため、引き継ぎ不足による既存業務への支障や、残された社員の心理面にも少なからず影響を与えることになります。
しかし、退職に至る原因の多くは、コミュニケーションのあり方や評価制度の見直しなど、日頃の組織マネジメントを改善することで取り除けるはずです。
公平な文化や評価体制を構築することで不健全な体勢を解消し、社員が心身ともに健康で持てる能力を最大限に発揮できるような組織を目指しましょう。