文芸用語の1つであるナラティブは、最近、ビジネスシーンでも用いられるようになりました。
とはいえ「ナラティブ」という単語を聞いたことはあるけれど、意味を理解していない人は多いのではないでしょうか。
また、なぜビジネスでナラティブが重要なのかを理解している人も少ないはずです。
そこで本記事では、ビジネスシーンにおけるナラティブについて解説していきます。
記事前半はコミュニケーションにおけるナラティブ、後半ではマーケティングにおけるナラティブを解説しているので、ぜひ最後まで読んでみてください。
目次
ナラティブとは?【語り】
ナラティブ(narrative)は「物語」「語り」という意味で用いられる言葉です。
医療、臨床心理、教育などで用いられることが多い言葉で、ビジネスシーンでも「ナラティブアプローチ」や「ナラティブマーケティング」といった使い方がされます。
元々ナラティブは、1960年代のフランス構造主義の中で物語の役割に関する注目度が高まったことから、文芸理論用語として登場した経緯があると考えられています。
ちなみに、映画で客観的に物語を語る「ナレーション」や「ナレーター」は、ナラティブから派生した言葉です。
ナラティブとストーリーの違い
ナラティブに似た言葉としてストーリー(story)が挙げられます。
ストーリーは、物語の筋書きや内容そのものを表す言葉です。
一方のナラティブは、あくまでも「語り」を示す言葉で、物語の筋書きを示すわけではありません。
実際「ストーリーが良い」と用いられる一方で、「ナラティブが良い」という表現はほとんど見かけません。
組織内で使えるナラティブアプローチとは?【物語で悩みを解決】
ビジネスシーンで用いられるナラティブとして、まず挙げられるのが「ナラティブアプローチ」です。
ナラティブアプローチは、1990年代に臨床心理学の分野から生まれた用語です。
カウンセリングの際に、患者自身に自分の物語を語らせて、問題の原因になっている否定的な思い込みを発見し、それを肯定的な内容に書き換えるアプローチとなっています。
一般的には精神科や心理学で用いられるアプローチですが、ビジネスシーンにおけるコミュニケーションでも応用可能です。
ナラティブアプローチを活用することで、従業員の可能性を最大限引き出せる可能性があります。
ナラティブアプローチの実施手順
ナラティブアプローチの実施手順は以下の通りです。
- ドミナントストーリーを聞く
- 問題を外在化させる
- 過去を深掘りする
- 例外的な結果を見つける
- オルタナティブストーリーを作る
それぞれ解説していきます。
手順①:ドミナントストーリーを聞く
心理療法士のエプストンとホワイトは、患者が抱える否定的な思い込みを「ドミナントストーリー」と名付けています。
ナラティブアプローチを実施する際は、まず患者のドミナントストーリーを聞き出すのが一般的です。
そのためには、患者の心の壁を解放して、正直に話してもらう環境を構築する必要があります。
場合によっては、視覚・嗅覚・聴覚などの感覚系が及ぼす作用を活用して、リラックスできる環境を構築する必要があるでしょう。
手順②:問題を外在化させる
物語を一通り聴き終えたら、その否定的な思い込みを、客観的な問題に置き換えます。
ドミナントストーリーを外在化させることで、患者自身が、自分の問題について客観的に見れるようになります。
逆に、問題が内在化してしまっていると「全部自分のせい」と思い込むようになり、自己嫌悪や自己否定に繋がってしまう恐れがあります。
手順③:過去を深掘りする
問題を外在化させたあとは、様々な角度から質問して、過去を深掘りしていきます。
なぜ自己否定に陥るようになったのか、その根本的な原因を探っていくのです。
これをナラティブアプローチでは「反省的質問」と言います。
例えば「失敗した時に上司や同僚からはどのように言われましたか?」というように過去を深掘りしていき、詳細を洗い出していきます。
手順④:例外的な結果を見つける
反省的質問を繰り返していくにつれて、例外的な結果を見つけられる可能性があります。
例えば「仕事で失敗したことで自己嫌悪に陥っていたつもりが、実は周囲の人から頑張りを評価されていた」というのは、よくある事例です。
このような例外的な結果を見つけたら、それをさらに深掘りして、例外的な結果の印象度を強めていきます。
手順⑤:オルタナティブストーリーを作る
先ほど発見した例外的な結果を元に、否定的な思い込みを、ポジティブなストーリーに作り直します。
「仕事で失敗した」という経験を「新しいことに挑戦できた」などに書き換えるのです。
このような新しいストーリーのことを「オルタナティブストーリー」と言います。
ドミナントストーリーを排除し、オルタナティブストーリーに書き換え、患者の精神状態をポジティブなものにするのが、ナラティブアプローチのゴールです。
ナラティブがビジネスシーンで注目されている3つの理由
ナラティブがビジネスシーンで注目されている理由として、以下の3つが挙げられます。
- 理屈だけで商品が売れなくなったから
- コモディティ化が進んでいるから
- 消費者の「消費→経験」が進んでいるから
それぞれ詳しく解説していきます。
理由①:理屈だけで商品が売れなくなったから
ナラティブがビジネスシーンで注目されている理由として、理屈だけで商品が売れなくなったことが挙げられます。
なぜなら、資本主義が加速している現代社会において、利便性やコスパを追求できるのは大企業だけになってしまったからです。
理屈で勝負しても、結局はユニクロやアマゾンなどの大企業と競合する形になってしまいます。
一方で、ナラティブを用いて感性に訴えかける商品であれば、その限りではありません。
資本力の強い企業が真似できない独自のナラティブを提示できれば、それだけで商品の付加価値を高めることができます。
理由②:コモディティ化が進んでいるから
現在、ほとんどの商品・サービスが成熟しきっており、機能や品質面で大きな差が出なくなるコモディティ化が進んでいます。
例えば、ユニクロのヒートテックと、無印良品のあったか綿は、名称こそ違えど、基本的にはほとんど同じ製品です。
ただし、ユニクロと無印良品では、背後に潜んでいるナラティブが決定的に異なります。
どちらかと言えば、無印良品の方がナチュラルなイメージを感じるはずです。
このように、製品そのもののコモディティ化が進んでいる現代社会では、製品の背後に潜むナラティブで差別化する必要があります。
理由③:消費者の「消費→経験」が進んでいるから
市場が成熟するにつれて、消費者の消費活動が「モノ消費」から「コト消費」に変換されるようになっています。
つまり、形のあるモノではなく、心を満たしてくれる経験(コト)に、消費者はお金を払うようになっているのです。
このような社会でモノに付加価値をつけて販売するには、モノをナラティブで包み込むしかありません。
「消費→経験」が加速している現代では、ナラティブに対する理解が必要不可欠となります。
ナラティブマーケティングとは?【物語でアプローチ】
ナラティブマーケティングは、一人ひとりの消費者が持っているストーリーにアプローチするマーケティング手法です。
従来は、作り手や売り手のストーリーで商品を包み込むアプローチが一般的でした。
一方でナラティブマーケティングの主役は、作り手や売り手ではなく、買い手です。
「この商品を購入することで、あなたはこんな風になれる!」という視点でマーケティングが実施されます。
つまるところ、ナラティブマーケティングの最終到達点は、買い手を「物語のヒーロー」にすることなのです。
ナラティブマーケティングの3つのメリット
ナラティブマーケティングのメリットは以下の3つです。
- リピーターが増える
- 付加価値を高められる
- 消費者の感情を強く動かせる
それぞれ詳しく解説していきます。
メリット①:リピーターが増える
ナラティブマーケティングを実施することで、リピーターが増える可能性があります。
商品に対して深く感情移入するようになるからです。
仮に機能面や価格面で優れた競合商品が出ても、そう簡単に乗り換えられなくなります。
理屈ではなく感性でモノを選ぶようになっている現代で、ナラティブマーケティングによる囲い込みは非常に有効です。
メリット②:付加価値を高められる
ナラティブマーケティングを用いることで、商品の付加価値を高めることに繋がります。
ナラティブマーケティングの基本は「消費者を物語の主人公にする」ことです。
そして消費者は、自分をより良くする商品に対しては「自己投資」と割り切って、多くのお金を投じることがあります。
その典型例が、ブランド商品です。「このブランドの服を着るとカッコよくなれる!」と強く信じるほど、ブランド商品に対して大きな価値を感じるようになります。
そして結果的に、顧客単価が上昇するのです。
メリット③:消費者の感情を強く動かせる
ナラティブマーケティングを用いることで、消費者の感情を強く動かすことができます。
「感動」は、マーケティングにおいて最も重要な要素です。
もし、商品が提示するストーリーに感動してくれれば、それだけでマーケティングとしては100点満点だと言えます。
そしてナラティブマーケティングは、一般的なマーケティング手法に比べて、消費者の没入感が強いため、消費者の感情を強く動かせる可能性があります。
コンバージョンだけでなく、口コミ効果も期待できるでしょう。
ナラティブマーケティングの活用事例3選
ここではナラティブマーケティングの活用事例を3つ紹介していきます。
事例①:パタゴニア
ナラティブマーケティングの活用事例として、パタゴニアが挙げられます。
パタゴニアの経営理念は「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。
地球に住む全ての人々を巻き込んだ経営理念だと言えます。
実際、パタゴニアは数々の先進的な取り組みを実施しており、環境保護を訴えている人々から絶大な信頼を得ています。
特に有名なのが「Don’t Buy This Jacket」の不買キャンペーンです。
自社製品を小売店から購入するのではなく、環境保護の観点から、古着屋で購入することを促したのです。
その結果、パタゴニアの印象が良くなっただけでなく、古着製品の価格が高騰する異例の事態も起きています。
事例②:無印良品
無印良品は、Instagramで自社製品を紹介する際に、ユーザーが参加できる巻き込み型のナラティブマーケティングを展開しています。
具体的には、新商品を紹介する際に、あえて詳細を説明しないのです。
新商品の効果的な使い方をユーザーに任せることで、ユーザー自身が物語を作る「余白」を作ることに成功しています。
また、無印良品の商品を紹介するとフォロワーが増えやすいことから、無印良品専門のブロガーやインスタグラマーが続出しているのも興味深い現象です。
事例③:オリエンタルランド
ディズニーランドなどを手掛けるオリエンタルランドは、ナラティブマーケティングの先駆者的存在です。
ディズニーランドに入ってしまえば、瞬く間に来園者はディズニーの世界の主人公に。
それだけでなく、スタッフは「キャスト」と言い換えられ、観るもの全てがエンターテイメントのように映ります。
このノウハウは、テーマパーク事業だけでなく、商品開発、メディア展開、リアル店舗などでも応用可能です。
商品を見つけ、購入してから利用するまでの、消費者目線のナラティブを強く意識することが、現代のマーケティング業界で求められています。
まとめ
それでは本記事をまとめていきます。
- ナラティブは「物語」「語り」という意味で用いられる言葉
- 現在は、ナラティブなどを活用して、感性で商品を売る時代
- ナラティブマーケティングは、付加価値、リピーター率向上などのメリットがある
感性でモノを売る必要がある現代社会では、ナラティブを用いた商品開発やマーケティングが必要になってきます。
また、ナラティブアプローチを活用することで、部下のポジティブな部分を引き出すことも可能です。
「ナラティブ」という概念を使いこなすことで、より円滑にビジネスを進められるようになるでしょう。