タレントマネジメントという概念は、世界的なコンサルティングファームであるマッキンゼーの人材育成関連書籍『The War for Talent(人材獲得・育成競争)』をきっかけに日の目を浴びることとなりました。
かつて、日本のみならず欧米社会においても、「それぞれの人材が持つ個性や才能」に着目することはあまり一般的ではありませんでした。
そこから、それぞれの人材が持つ個性や特技が「企業競争力の源泉」と認識されるようになったのは1990年代に入ってからのことです。
そして今日では、企業の繁栄に関わる優秀な人材を惹きつけるための手法として、タレントマネジメントが注目されつつあります。
本記事では、人材の確保・育成手段としてのタレントマネジメントについて解説します。
目次
タレントマネジメントとはどういうものか
タレントマネジメントは、組織内の全ての個々の社員が保持する資質や技能、経験などを統合的に管理し、これらの情報を元に人材の配置・育成を最適化する手法を指します。
このアプローチは、組織が戦略的な目標を達成するための人材を確保し、競合他社に対して優位性を保っていくことを目指すものです。
タレントマネジメントでは、社員一人ひとりの興味や適正に基づいて個別のキャリアパスを設計し、その成長と進歩を援助します。
つまりタレントマネジメントは企業の競争力強化のためだけでなく、社員自身のスキルや知識を向上させ、自己実現を助けるものであり、社員自身の幸福にもつながるのです。
タレントマネジメント導入が組織にもたらすメリット
人材が競争の中心にある現代のビジネス環境では、タレントマネジメントは企業の成功において重要な役割を果たします。
以下が、タレントマネジメントの導入がもたらす主なメリットです。
- 人材配置の最適化
- 中長期的視点に基づく能力開発の実現
- 人事評価の精度向上
- 社員の定着率向上
以下、順に説明していきます。
1.人材配置の最適化
タレントマネジメントによって、社員一人ひとりのスキルや個性を把握した上で、適材適所の人材配置を実現します。
企業は一般的に複数の部署を抱えていますが、それぞれの部署のニーズに合う能力や個性を持った社員を配置することで、生産性の向上が可能です。
また、社員にとっても「自分自身の能力を最大限に発揮できる環境」に身を置くことで、職業人としての幸せを追求することができます。
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2.中長期的視点に基づく能力開発の実現
組織にとって必要なスキル・能力を定義しておけば、その素養を持った社員を早期から選抜し、中長期的な時間をかけて教育することが可能です。
各社員の持つ素養については、タレントマネジメントの制度によって把握した情報を活用します。
例えば、営業の適性が乏しく、一方でバックオフィス部門での勤務に素養があると早期から判明している社員に対しては、「営業研修の受講」などに参加させるという無駄なリソースの投入を行う必要はありません。
むしろバックオフィス業務で役立つ事務スキルの教育を集中的に受講させるほうが合理的である、という考え方ができるでしょう。
3.人事評価の精度向上
タレントマネジメントでは、個々の従業員の能力や経歴をデータとして管理します。
そのため人事評価を行う際、現場の直属の上司が感じた印象だけに基づいて評価を下すのではなく、人事部が保有する各人のデータを参考にし、より多面的な人事評価を行うことができます。
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4.社員の定着率改善
タレントマネジメントを通じ、社員一人ひとりの個性や能力を尊重した配属や仕事の割り振りを実施することで、社員は自分の才能が認識され、価値が認められていると実感できます。
社員の満足度とロイヤリティ(職場への忠誠心)が高まることで、社員の離職を防ぎ、定着率を高めることにつながるでしょう。
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タレントマネジメントにおける2つの手法
企業が採用するタレントマネジメントの方法は一つではありません。
主な手法としては以下の2つが挙げられます。
- 包括的アプローチ(全社員を対象としたアプローチ)
- 排他的アプローチ(特定の社員を選抜して行うアプローチ)
どちらを選択するかは、企業の現状や目指すビジョンによるため、それぞれの特性を理解することが重要です。
以下でそれぞれ解説していきます。
1.包括的アプローチ(全社員を対象としたアプローチ)
このアプローチでは、企業全体の人材がタレントマネジメントの対象です。
新人からマネジメント層までをその対象とすることはもちろん、企業によっては正社員以外のアルバイトやパートといった非正規雇用者も対象とします。
例えば東京ディズニーランドを運営する株式会社オリエンタルランドのように、大量のアルバイト従業員によって現場の運営が支えられている企業も存在します。
そのような企業の場合、非正規雇用者もアプローチの範囲に含めることを検討する価値があるでしょう。
このアプローチを採用することで、一人ひとりのスキルと志向性を理解し、それに適した役割を与えることができます。
社内の豊かな多様性を確保し、一人ひとりのスキルと志向に沿った役割を与えることで、「適材適所」を徹底できるのが、包括的アプローチの特徴です。
2.排他的アプローチ(特定の社員を選抜して行うアプローチ)
排他的アプローチは、特定の個々人(たとえば幹部候補や専門職など)をマネジメントの対象とする、選抜式の手法です。
このアプローチでは、特定の人材に集中してリソースを投下する「少数精鋭型」の人材育成を行います。
全社員を対象としない分、大量の社員を抱える大企業でも実施しやすく、また教育コストや管理コストも包括的アプローチに比べて抑えることができます。
経営者によっては、「伸び幅が乏しい社員にまでリソースを回すような余裕は我が社にはない」という考えもあるでしょう。
その場合、この排他的アプローチのほうがマッチしているかもしれません。
タレントマネジメント実施のステップ
タレントマネジメント戦略の実施にあたっては、以下のようなステップで進めます。
- 組織の戦略と「タレント」の定義
- 社員の「タレント」調査
- 「タレント」の育成・配置計画の作成
- 実施および評価
以下、それぞれについて説明します。
1.組織の戦略と「タレント」の定義
ファーストステップとして、組織の目標・ビジョンを明確化した上で、「それらを実現するために役立つタレントは何か」を定義する必要があります。
組織の目標に直接的に役立つ見込みのない個性を持った社員を揃えることは、リソースの無駄遣いとなりかねません。
営利を追い求めて競争力を高めなければならない企業にとって、「みんな違ってみんないい」と言っている余裕はないのです。
誤解される場合もありますが、タレントマネジメントはあくまでも「企業の競争力向上の手段」であり、ダイバーシティの推進ではありません。
したがって、まずは「組織の未来にとって必要な資質とはどういうものか」を定義することが欠かせないのです。
2.社員の「タレント」調査
次に、組織が定義したタレントに一致した能力や資質を備えた社員の存在を把握するため、社員一人ひとりの潜在的能力や資質、経歴を調査します。
これは、組織が定義した「タレント」の基準と一致するかどうかを判断するための重要なプロセスです。
この段階で得られた情報は、組織内でのスキルギャップの特定や、どの社員が追加の育成・位置付けの見直しを必要としているかを理解する上で極めて有益です。
3.「タレント」の育成・配置計画の作成
「タレント」調査の結果に基づいて、社員の育成と配置の計画を作成します。
育成計画には、必要なスキルと経験を獲得するためのトレーニングと開発プログラムが含まれます。
一方、配置計画のプロセスでは、社員の潜在能力が最大限に活用される配置を考えることが必要です。
従来の日本企業における総合職の人材配置においては、(特に若手社員の場合)社員それぞれの特性についてあまり考慮せず、「新人には色んな仕事をやらせて苦手なことにも慣れさせる」というやり方が多く見られました。
しかしタレントマネジメントに基づく育成・配置計画は、このような従来式の「いろいろやらせる」やり方とは異なります。
社員のタレントに照らし、「中長期的に見て役に立たない仕事はやらせない」「社員の長所や特性を伸ばすための仕事を与える」という考え方に基づいた配属や仕事の割り振りを行います。
4.実施および評価
最終プロセスとして、育成と配置の計画を実施した上で、一定期間経過後、期待される結果が達成されているかどうかの結果測定を行い、評価と反省を行います。
タレントマネジメントを取り入れることは、あくまでも「組織の目標を達成するための手段」だということを忘れるべきではありません。
日本企業においてよく見られる「残念な事例」として、「欧米の進んだ制度を取り入れる」こと自体が目的となってしまい、「その制度を導入した結果、組織の理念や戦略の役に立ったのか」を深く検証しないケースがしばしば見受けられます。
せっかく導入したタレントマネジメントの制度が上記のような「導入したこと自体に満足する」だけで終わってしまうことのないよう、定期的に効果を測定し、必要に応じて改善する意識が必要です。
まとめ
タレントマネジメントは、組織全体のパフォーマンスを最大化するために、社員個々の能力、スキル、経験を理解し、活用する手法であり、その最終的な目的は組織の競争力を強化することです。
この手法は、社員の自己実現を支援し、個々のキャリア形成を支援することにもつながり、社員自身の幸福にもつながるという特徴があります。
ただし、「タレントマネジメントを導入すること」自体を目的とするのではなく、導入による成果を定期的に調べ、組織の戦略達成にとって役立っているかを確認し、問題点を改善することが成功の鍵となります。