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純国産の経済理論「SECIモデル」を見直すとき

純国産の経済理論「SECIモデル」を見直すとき

日本はアジアのなかでは「ノーベル賞大国」ですが、ただ残念ながらノーベル経済学賞の受賞者は輩出できていません。
そのような日本において、世界に絶賛された経済理論があります。それは、野中郁次郎氏と竹内弘高氏が著書「知識創造企業」(1996年)[1]で展開した「SECIモデル」です。
1996年といえば、日本経済が光り輝いていたバブル期(1986~1991年)の5年後です。「知識創造企業」は「なぜ日本のようなアジアの小国が世界1の経済を築き上げることができたのか」を説明してみせたのです。

この純国産経済理論を、いまこそ見直すべきではないでしょうか。スマートフォン開発で後れを取り、AI(人工知能)研究で米中に圧倒的に引き離され、自動運転車でリードできていない今の日本は、声高に技術立国を誇ることができないからです。
「SECIモデル」は、日本経済の成功体験を反映させたものです。ということは、その理論は日本人の感性や性質に合っているはずです。欧米の優れた理論を翻訳して日本風にアレンジすることも世界で勝つために必要ですが、理論の実践者である現場の日本人ビジネスパーソンの「肌に合わない」かもしれません。しかし純国産の経済理論なら新人会社員もすぐになじめるかもしれません。
世界に飛び出す前に、SECIモデルを今一度見直してみませんか。

 

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よくある職場の風景にもSECIモデルは潜んでいる

SECIモデルは経済理論ですが、単にビジネス研究として興味深いだけでなく、ビジネスの第一線で実践してこそ価値があります[2]。
そこでSECIモデルを解説する前に、「よくある職場の風景」を紹介します。そのなかに潜んでいるSECIモデルを掘り起こすことで、理解を深めていきましょう。

次に紹介するストーリーはすべてフィクションです。

 

新製品「AIシステム」の販売戦略を練る営業チームの様子

ITベンチャーのZ社は、新規のAI(人工知能)システムを開発し、そのβ版(試用版)を販売することにしました。システムのβ版は見込み顧客に無料で配布することもありますが、Z社では正式版が完成したら割り引いて販売することを条件に、β版を有料販売することにしたのです。これはかなり強気な戦略といえます。

このAIシステムβ版販売に先立ち、営業チームが編成されました。チームリーダーは、社内でも人望が厚いA営業部長(52歳)が任命されました。そのほかB課長(42歳)、スタッフC(27歳)、スタッフD(25歳)という布陣です。
彼らの特性は以下のとおりです

A営業部長(52歳) 人事評価:超優秀

大学院でプログラミングやシステムを学び、卒業後はエンジニアとしてキャリアをスタートさせた。その後、Z社に転職して営業職に就く。人格者で温厚な性格だが、部下の評価はシビア。

B課長(42歳) 人事評価:並

流通会社の営業職のころ、社内システムの開発に携わったことがある。Z社に転職してからは、ITソリューションを必要としている企業のニーズをみつけることに定評があるが、努力家ではない。

スタッフC(27歳) 人事評価:優秀

社長からチーム編成を命じられたA営業部長が最初に指名した若手ホープ。コミュニケーション能力が高く、努力家。

スタッフD(25歳) 人事評価:力量が劣る

A部長は、迷いながらDをチームに入れた。A部長は、厳しいシチュエーションのなかでDが成長することを期待している。

 

チームが発足してから2週間が経過し、A部長は危機感を強めています。リサーチを兼ねた潜在顧客への営業が一巡した段階で、Z社のAIシステムは高く評価されたものの、「スペックが高すぎて使いみちがわからない」「価格が高すぎる」という声が目立ったからです。
そこでA部長は、二巡目の営業攻勢をかける前にチームミーティングを開催することにしました。

最初に意見を求められたB課長は、スペックを落とした廉価版の開発を、開発部に提案すべきだと提案しました。B課長も「スペックも価格も高すぎる」と感じていたからです。
次に発言した優秀スタッフCは、AIの導入に意欲的な顧客に現行のハイスペック版を無料で提供し、使用事例を紹介するホームページをつくってはどうかと提案しました。
ただ、このAIシステムは社運をかけて開発したため、社長から「割引販売はするな」と言われています。そのためB課長は「割引も禁止されているのに、無料配布なんて社長が許すわけがない」と言いました。
スタッフDはB課長の案を支持しました。

A部長は優秀スタッフCの案が妥当であると感じました。A部長は、2~3社分であれば「部長決裁」で無料配布を強行できると踏んでいました。そして、使用事例をホームページで公開すれば、顧客が「AIを使った業務改革」をイメージしやすくなります。「あの著名企業も当社のAIシステムを導入しました」とPRできれば、宣伝効果も高まります。
優秀スタッフCはすでに無料配布に適している企業を選定していて、ホームページのイメージも持っていました。それらを資料にしていて、ミーティングのときに全員に配布しています。

A部長は、B課長の提案に対し、「確かにAIシステムの廉価版をつくることは必要なことだ」と思いました。しかし同時に「それを検討するのはいまではない」とも思いました。
しかしここでCの案を採用し、B課長の案を却下すると、B課長のメンツがつぶれてしまいます。そうなるとBは、自分にすり寄ろうとしているDに接近しようとするかもしれません。それは「謀反の種」になりかねません。

そこでA部長は次のように話し、ミーティングを締めくくりました。
「B課長が提案した廉価版については、私も必要だと感じていた。いかんせん、この価格は高すぎる。だからこれを最優先事項としたい。明日、部長会議があるから、その席で社長に提案する。その前に、今日中に開発部長に打診しておく。
だから、廉価版の提案については私1人で動くのでみなさんは関与しないように。
あなたたち3人には、C君が提案した無料配布と使用事例を紹介するホームページの制作を進めてほしい。割引販売も許されていない商品(AIシステム)を無料で配るわけだから、社長が納得するような大企業や著名企業を選ばなければならない。しかも対象の企業のなかに、うちのAIシステムを使って『圧倒的な業務の効率化』を達成できる部署がなければならない。来週1週間で、無料配布先企業の選定を進めてほしい。
それと『無料配布ありき』の営業戦略を立てたことは口外しないでほしい。顧客企業がうちのホームページに登場してくれる確約が取れた段階で、私が社長に直談判します」

A部長はこのミーティングの後、開発部に行って開発部長と面談し、廉価版AIシステムの開発に着手できるかどうか相談しました。開発部長は「まずは現行のAIシステムを売ってくれよ」と笑って言いましたが、不愉快そうにはしませんでした。
この開発部長は、営業のトップながら開発業務をリスペクトしているA部長を信頼しているからです。
そしてA部長は翌日の部長会議で、潜在顧客はZ社のAIシステムの価格を高いと感じていることから、将来的に廉価版の開発が必要になるだろうと報告しました。それは社長も同感でした。

ただA部長は、B課長をかばうためにこの一連の行動を取ったわけではありません。廉価版の必要性を認め、開発に時間がかかるから早めに手を打ったまでです。
しかしA部長は、部長会議の後すぐにB課長に会い、次のように言いました。
「部長会議でBさんの廉価版開発の提案が了承されました。開発部長も『開発部内でも廉価版は必要だろうと話していたところだ』と言ってくれました。的確な提案を出してもらい、感謝しています」
B課長は満面の笑みを浮かべ「部長、ありがとうございます」とお礼を言いました。

ストーリーは以上です。このなかにSECIモデルを考察する材料が含まれています。
ただ、それを掘り起こす前にSECIモデルについてみていきましょう。

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SECIモデルと「知識創造企業」

「知識創造企業」の著者である野中氏と竹内氏には、「なぜ日本企業は最強の国際競争力を身につけることができたのか」という疑問がありました。両氏には日本企業が、効率的でなく、企業家精神に富んでなく、自由闊達でない、と映っていたからです。
そして日本企業は、「組織的知識」を創造することで強くなったと見抜いたのです。
組織的知識の創造とは、1:新しい知識をつくり、2:それを組織に広げ、3:製品・サービス・業務システムに落とし込む――過程のことです。

日本企業が組織的知識を創造できたのは、「人間知」があるからです。人間知には、「形式知」と「暗黙知」の2種類があります。
形式知は、形になった知識のことで「文章、数値、技術仕様、マニュアル」などが該当します。
暗黙知は、文章などで表せないもので「個人の知識、信念、ものの見方、直観」などのことです。
以上のことをまとめるとこうなります。

・世界で成功した日本企業には、知識創造企業という性質がある
・企業が知識創造企業になるには組織的知識(人間知、形式知、暗黙知)が必要である

そして、組織的知識を持ち、形式知と暗黙知を活用して知識創造企業になるためには、企業はSECIモデルを構築しなければならないのです。

 

Socialization(共同化)、Externalization(表出化)、Combination(連結化)、Internalization(内面化)とは

SECIモデルは、組織運営の手法です。共同化、表出化、連結化、内面化の4つのステップを踏むことで、企業は組織的知識を獲得できるようになります。

「共同化」とは、各社員が共体験をすることで暗黙知を獲得し、それを他の社員に伝達する過程です。
各社員は、共同化で得た暗黙知を形式知に変換することが求められます。これが「表出化」です。例えば先輩社員が自分の暗黙知をマニュアル化して後輩に渡せば、表出化したことになります。
形式知は社内に多く誕生しますが、そのままでは会社全体の総合力は高まりません。強い企業になるには、複数の形式知を組み合わせて新しい形式知をつくらなければなりません。この、形式知のボリュームを増やすことを「連結化」といいます。
連結化された形式知は、全社員が実践しなければなりません。連結化された形式知を実践することで、社員たちは企業に蓄積された知をビジネスに活用できるのです。これを「内面化」といいます。
内面化することで、新たな暗黙知が生まれます。

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SECIモデルの実践

SECIモデルの概略が理解できたところで、先ほどみた、架空のITベンチャーZ社のAIシステム営業チームの活動に潜んでいるSECIモデルを掘り起こしていきましょう。

A部長はエンジニアとしてAIに精通しています。また営業経験も豊富です。技術的な知識と営業の機動力の両立は、誰でもできるわけではありません。つまりこのスキルこそ、A部長の暗黙知です。
社長がAIシステム営業チームのリーダーにA部長を据えたのは当然でしょう。

優秀スタッフCは、ニーズ調査のなかで、顧客が価格の高さに懸念を示していることを知っていましたが、高スペックのまま売る方法を考えました。そして課題を克服するために、「割引販売はできない」というルールをあえて破り、無料配布を敢行すべきだと訴えたのです。大胆な考えではありますが、IT・ネットビジネスでは、β版を無料で配布することは珍しくありません。そして無料でAIシステムを提供する有名企業には、自社のホームページに登場してもらう交換条件を飲んでもらおうというのです。
有名企業がZ社の製品を褒めれば、大きな宣伝効果が生まれます。AIシステムの無料提供を広告費と考えれば、コストは十分吸収できます。
若手ホープと目されているだけあって、「暗黙知の勘所(かんどころ)」を心得ています。

B課長の廉価版開発のアイデアは、決して間違ってはいません。しかし高級バージョンと廉価バージョンを用意するのは、どのジャンルのどのメーカーでも採用する常套手段です。
常套手段を知っていたことは評価できますが、しかしB課長が廉価版を提案したのは営業チーム発足からわずか2週間後のことです。これでは社内の他の人たちから「高スペックAIシステムの販売を早々にあきらめたのか」と思われかねません。
B課長はまず、高スペックAIシステムを売る戦略を考えるべきでした。

確かにA部長は、B課長のアイデアを採用し、開発部長や社長に廉価版開発への着手を依頼しました。しかしA部長の手元には、無料配布と使用事例紹介ホームページという別の戦略もあるわけです。またA部長は元エンジニアなので開発の様子を知っています。開発期間を考えると、早めに廉価版が必要になることを開発部長と社長に認識させることは、営業チームのリーダーとして当然の行動です。

暗黙知から形式知への変換(表出化)についても、A部長とスタッフCはできていました。A部長は営業チームミーティングの終了間際に、次の2点を決めました。
・廉価版については自分1人で対応する
・3人はCが提案した無料配布作戦とホームページ作戦に集中する
自分、B課長、Cの3つの暗黙知を「明確な指示」という形式知にして部下に明示しています。
Cは自分のアイデアを資料にしてミーティングで配布しています。これも暗黙知を形式知に変換しているといえます。
この2人は、自分の頭のなかにあるものを表出させることを常に意識しているのです。

それでもB課長は、暗黙知は薄いものの、形式知に敬意を払うことはできています。ところがスタッフDはそれすらできていません。Dはただ「課長とCの意見が異なったら、課長の側につく」と判断して行動しただけです。
Dは今後、社内に多数存在する「連結化された形式知」を自分のものにする「内面化」に取り組んでいく必要があるでしょう。そうでないと営業チームに入れてくれたA部長の期待に応えることはできません。

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まとめ~暗黙知を磨き続けるのか、それとも他の道を模索するのか

AIが、囲碁のトッププロを破ったことは有名な話です。囲碁のルールは形式知ですが、囲碁で勝つためには暗黙知が必要です。これまでのAIを搭載していなかったコンピュータは、形式知の獲得は得意でしたが暗黙知は苦手でした。しかしAIコンピュータは暗黙知を獲得しつつあるのです。
AIがなかった時代、日本企業は暗黙知を磨き上げることで世界経済の頂点に君臨しました。しかしバブル崩壊後の「失われた20年」で、日本型暗黙知は陳腐化してしまったようにもみえます。
それというのも、現在の日本の世界3位の座は、「勝ち取った3位」というより、「2位に引き離され4位の猛追を受けている3位」という印象が強いからです。
2018年の世界のGDPは次のとおりです。日本は中国に7.1兆ドルも離されていて、ドイツとは1.2兆ドルの差しかありません。

1位アメリカ:19.5兆ドル
2位中国:12.0兆ドル
3位日本:4.9兆ドル
4位ドイツ:3.7兆ドル
[3]

アメリカと中国の成長ぶりをみると、日本が2位に返り咲くことはもうできないかもしれませんが、3位を死守することは不可能ではありません。そのためには、日本型暗黙知を復活させるのか、それとも暗黙知はAIに任せ、欧米の成果主義や合理主義をいま以上に導入していくのか、または第3の道を模索するのか、検討しなければならないでしょう。
その検討を進めるには、SECIモデルを再検証する必要があるでしょう。

 

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参照
[1]知識創造企業
https://www.amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E8%AD%98%E5%89%B5%E9%80%A0%E4%BC%81%E6%A5%AD-%E9%87%8E%E4%B8%AD-%E9%83%81%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4492520813
[2]お客様の期待を超える品質「CSL Quality」富士通コミュニケーションサービス
http://www.fujitsu.com/jp/group/csl/about/business/
[3]世界の名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)
https://www.globalnote.jp/post-1409.html

 

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