昔のリーダーに求められる資質と、現代のリーダーに求められる資質は変わりました。例えば最近、サーバント・リーダーシップが注目を集めています。リーダーといえばこれまでは、上司が部下を支配するタイプが理想とされていましたが、サーバント・リーダーシップでは上司が部下に奉仕したり部下をサポートしたりすることが求められます[1]。
そして現代型のリーダーには、心の知能指数と呼ばれるEQが必要になるでしょう。EQは自分の感情をコントロールしたり、スタッフの感情を敏感に察知したりする資質のことですが、なぜこれが今のビジネスにマッチするのでしょうか。
理想のリーダー像とEQの本質を紹介したうえで、リーダーシップとEQの関係について考察します。
(肩書は2019年7月時点のものです)
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目次
現代の理想のリーダーとは
EQを解説する前に、現代のビジネスシーンで求められる理想のリーダー像を考えていきます。それを知った後にEQを知れば、リーダーを目指す人がなぜEQを高めなければならないのかがみえてきます。
ここでは、国内の有力ヘッドハンターとして知られている、G&Sグローバルアドバイザーズ社長、橘・フクシマ・咲江氏の考えをベースに、理想のトップを考えてみます[2][3]。
自律的に育つ環境をつくるリーダー
橘氏は、ユニ・チャーム株式会社代表取締役社長、高原豪久氏の次の言葉に注目しています。
「人は育てるものじゃない。育つものだ」
これは、リーダーの人材育成術のひとつと考えることができます。つまり「自律性を持って自分たちで考え、自分たちで行動できる」人材を育てることが、リーダーの務めなのです。
この教えには2つのポイントがあります。
ひとつ目のポイントは、自立ではなく自律にフォーカスしていることです。自立は、独立して自分の力で先に進むことです。自律は、自分が立てた規範にしたがって行動することです[4]。企業にコンプライアンス(法令遵守)が求められるように、個人にも自分を律する行動が求められます。しかもビジネスの世界は厳しいので、自分を律ししつつも、前に進んでいかなければなりません。
自分を律しながら前進するには、優れた直感力や、先を読む力、スピード感が必要になります。
2つ目のポイントは、経営者や管理職といったリーダーが、部下やスタッフを育成して自律的な人間を増やさなければならない、ということです。リーダー自身が自律的な人間になり、それを部下に継承していかなければなりません。
そのためにリーダーにはEQが必要なのですが、その理由はのちほど解説します。
多様性を生かせるリーダー
橘氏によると、これまでの日本のリーダーには、次のような特徴がありました。
・多様性を活かすことに慣れていない
・仲間と阿吽の呼吸で仕事をしていく
この特徴は一概に「悪」とはいえず、国内だけで完結するビジネス環境では有効に働くこともありました。
商品やサービスに独自性があり市場で競争力を維持できていれば、多様性を受け入れないほうがむしろ、同質の人たちのなかで仲よく利益をわけることができます。
そして阿吽の呼吸で仕事を進めることができれば、会議も打ち合わせも闘争も葛藤も生じません。つまり、効率的にロスなく仕事を進めることができます。
そして多様性を許容しないことで、阿吽の呼吸が生まれやすくなります。
しかし日本経済は今、グローバル化を避けられない状況です。しかも労働人口の減少や人手不足が深刻化しているので、女性や高齢者や外国人に労働参加してもらわなければなりません。多少性を受け入れることしか選択肢はありません。
そして多様な人たちが仲間に入ってくれば「阿吽」は通用しません。
多様性を活かせるリーダーにも、EQが必要です。
優秀な従業員を集めるリーダー
ソニーの創業者、盛田昭夫氏は「来る者は拒まず、去る者は追わず、帰ってくる者は大歓迎」と述べたそうです[2]。
この真意は、来る人は自社にないモノを持ち、去る者は外から評価された者であり、帰ってくる者はその両方を持っている、となります。つまり、来る者を拒まないことも、去る者を追わないことも、帰ってくる者を大歓迎することも、有効な人材政策というわけです。
この考え方の根底には、「優秀な人材に来ていただく」「適切なポジションを提供できないのは会社の責任」「外で鍛えてきた人を優遇させていただく」という、へりくだった姿勢があります。
リーダーは、優秀な従業員を集めるために、自分を下に置く謙虚さが必要です。この考え方や姿勢にも、EQは関係してきます。
結果を出すためのコミュニケーションが取れるリーダー
リーダーにはコミュニケーション能力が欠かせない、とは誰もが指摘することであり、それはどのリーダーも知っています。
しかし橘氏は、リーダーは「単なるコミュニケーション」では足りず、「結果を出すためのコミュニケーション」を持っていなければならない、と指摘します。
リーダーが部下とコミュニケーションを深める目的は、経営戦略を実行し成功を収めるためです。そこでリーダーには、「社員にどう動いてもらうか」という視点が求められます。
長時間残業もパワハラも、かつては仕事をさせる手法として考えられていました。それは「社員をどう働かせるか」という思想です。しかし長時間労働やパワハラが横行している会社はブラック企業と呼ばれ、社会悪とみなされるようになりました。
コミュニケーション下手なリーダーが、「部下たちがわかってくれない」と嘆くことはもう許されません。それは「わかってもらう努力をしていない」と判断されてしまいます。
つまりリーダーの必須コミュニケーションにすでに、結果を出すコミュニケーションが組み込まれているのです。
ここにもEQが関わってきますので、後段でじっくり解説します。その前にEQについての理解を深めておきましょう。
そもそもEQとは
次にEQ(Emotional Intelligence Quotient)についてみていきましょう。
ここではEQの提唱者のひとりである、アメリカのピーター・サロベイ博士が研究開発顧問を務める株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント(本社・東京都目黒区)の「感情知能EQ理論ハンドブック」[5]を参考にします。
EQの発見
EQはそもそも、ビジネスで成功する要因を探るなかでみつかった概念です。従来は、学歴が高いこと、つまりIQ(知能指数、Intelligence Quotient)が高い人ほどビジネスで上手くいくと考えられていました。しかし実際は、IQが高くてもビジネスで失敗している人がたくさんいます。
そこでサロベイ博士たちは、ビジネスで成功している人の共通点を探りました。そしてひとつの答えが出たのです。
それは、「ビジネスで成功した人は対人関係能力に優れている」というものでした。
EQとは人間的魅力を支える資質
サロベイ博士たちが対人関係能力を研究したところ、ビジネスで成功している人たちが次の能力を持っていることを見つけました。
・自分の感情の状態を把握している
・自分の感情を管理、調整できる
・他者の感情の状態を感知できる
・前向きな感情を生み出している
・対人コミュニケーションをうまく保つことができている
そしてこれらを総合して「人間的魅力」としました。人間的魅力こそが、ビジネスを成功に導くカギとなります。
そしてEQは、人間的魅力を支える資質または能力、といえます
エグゼクティブたちがEQに驚嘆した
EQの理論の価値に最初に気がついたのは、アメリカのビジネス界でした。大企業のCEOなどのエグゼクティブたちはEQ理論を知り、EQを身につければ正しく意思決定できると確信しました。
エグゼクティブたちには、気持ちが落ち込んでいるときと、楽しい気持ちでいるときでは、判断に違いが生じているという自覚がありました。EQを身につければ、感情をコントロールできます。
リーダーやリーダーを志望する人がEQを身につけなければならないのは、このエピソードからもわかると思います。
リーダーとEQは相性がよい
先ほど、リーダーは以下の4つの「仕事」があることを確認しました。
・自分自身が自律性を持ち、自律的に行動できる部下を育成する
・多様性を生かす
・優秀な従業員を集める
・結果を出すコミュニケーション能力を身につける
EQの4つの能力を紹介しながら、リーダーの4つの仕事と比較してみましょう。
EQのひとつ目の能力は「感情の利用」です。リーダーがこれを身につけると、特定の仕事に有利に働く感情を生み出し、パフォーマンスを上げることができます。
これは自律的な行動を取ることに役立ちます。自分を律するには、ときに我慢が必要になります。我慢は負の感情です。
そして、感情を利用するには、物事に対する見方を変える必要があります。下積み生活は誰にとってもつらいものですが、「将来に役立つ」と考える人は負の感情を使って成長できます。一方、「つらいだけ」と考える人は負の感情に押しつぶされてしまうでしょう。
自律とは自分が立てた規範を守ることであり、そのためには目先の利益を追うのではなく、将来に目を向ける必要があります。そのときEQの感情の利用が役立ちます。
EQの2つ目の能力は「感情の識別」です。これは自分や他人の感情をしっかり把握する能力です。
多様性を受け入れることは、自分と異なる価値観を持つ人と仕事をすることになるので、大きなストレスを抱えることになります。そして多様性を持つ側はアウェーで働くことになるので、より大きなストレスを抱えることになります。
したがってリーダーが多様性を受け入れるときは、自身の感情と多様性を持つ人の感情に敏感になる必要があります。
EQの3つ目の能力は「感情の調整」です。感情を思慮深く調整して、行動につなげることです。
例えば、ある人と感情的に対立してしまったとします。このとき、ある程度時間が経過してから、明るく謝れるかどうかで「リーダーの器」が問われます。それには自分のプライドを捨てる必要があります。この能力を身につけると、優秀な従業員を集めることができるでしょう。
EQの4つ目の能力は「感情の理解」です。感情には、1)変化や出来事に対する反応、2)突然やってくる、3)思考や知的活動に影響を与える、4)行動を変える、という4つの性質があります。
コミュニケーションが苦手な人の多くは、感情の4つの性質を理解していません。感情の性質を理解していないと、相手の突然の大きな感情の変化を「モンスター」のように感じるでしょう。それではコミュニケーションを取る気が失せます。
コミュニケーションを良好に保つには、感情の性質を理解して、感情を調整して、感情を利用する必要があります。
総括~IQと共存するEQ
EQはIQのアンチテーゼといえます。IQが高いリーダーの言葉は、凡人の部下たちの頭上を通過するだけ、という状態になりかねません[6]。
EQが高いリーダーなら、部下たちの持ち味を引き出すことができます。
しかしEQとIQは対立する概念ではありません。
IQの高い人に、多くの才能が眠っていることは明らかです。だからこれまでIQの高い人がリーダーになっていました。
したがってIQが高い人がEQを持てば「鬼に金棒」状態といえます。つまりEQはIQを最大限活かすための能力ともいえます。
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参照
[1]サーバント・リーダーシップとは(NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会)
http://www.servantleader.jp/about_servant.html
[2]多様な人財支えてこそリーダー 経営者たちは変わった(日経スタイル)
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO39170910Q8A221C1000000?channel=DF041220173308
[3]橘・フクシマ・咲江(G&Sグローバルアドバイザーズ)
https://www.gandsga.co.jp/company/
[4]自律(コトバンク)
https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E5%BE%8B-535817
[5]感情知能EQ理論ハンドブック(株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント)
https://www.hrpro.co.jp/images/siteinsite/00099/eqhb.pdf
[6]頭でっかちは無用?(日経サイエンス)
http://www.nikkei-science.com/?p=55840