部下の仕事に対するモチベーションを高めるべく、時には「頑張れ!」と励まし、時には「何をやっているんだ!」と叱り、時には飲みニケーションにて親交を深める。そのような管理職の方も多いかと思われます。
叱咤激励をしている時には、「頑張ります!」と決意してくれて、部下の顔にもやる気がみなぎっているかもしれません。
しかし、その後の部下の行動には目立った変化が見られるかといえばそうではない。あるいは短期間の改善は見られたものの、結局元に戻ってしまった。そのような状況が多いのではないでしょうか
「部下に頑張ってほしい」とメンタルに呼びかけるモチベ―ション信仰は本質的な改善につながりません。この記事では、部下の行動力を上げるために知っておきたい、本当の意味でのモチベーションのありかをご紹介します。
目次
モチベーションの源泉は心にあるという勘違い
「部下のモチベーションを高めたい!」と考える人の多くは、行動力の源泉が人の心、あるいはマインドと呼ばれるような場所にあると認識していると思われます。「やる気」や「情熱」、あるいは仲間に対する「愛」や「思いやり」が人を行動に駆り立てると考えているわけです。
しかし、普遍的な行動の原因を解明する「行動分析学」を創始したアメリカの科学者スキナーは異なる立場を取りました。人が行動する理由、すなわちモチベーションの源泉は人の内部ではなく、行動の結果や状況の変化にあると考えたのです(1)。
シンプルな例ですが、私たちが帰宅した時に部屋の電気のスイッチを点けるのは何故でしょうか?「スイッチを押したい!」という強いモチベーションが理由だ、と答える人は少ないでしょう。私たちが電気のスイッチを押すのは「部屋が明るくなるから」です。このポジティブな結果、つまりメリットがあるからこそ、私たちは自主的にスイッチを押すのです。
他の行動も同じです。ご飯を食べるのは空腹が満たせるから、小説を読むのは魅力的な物語や文章を堪能できるから、待ち合わせに遅れずに到着するのは相手に怒られずに済むからです。
過去にメリットを伴うと学習した行動を私たちは積極的に行おうとします。そして私たちは、人がそのような状態になっているのを見て「意欲的だ」「モチベーションが高い」と判断するのです。
反対にデメリットを伴う行動に対しては、極めてモチベーションが低い状態になります。不味いお店には行かなくなりますし、クラゲに刺されたら海で泳ぎたくなくなります。怒りっぽい人には極力近づかないようにするでしょう。
モチベーションは行動の後に来る
私たちはモチベーションが高いから行動するのではなく、過去の結果によって行動に対するモチベーションが変わるのです。モチベーションは行動に先立つものではなく、行動の結果として付随する副産物に過ぎません。
得をする行動にはモチベーションが高くなり、損する行動にはモチベーションが低くなる。生物の生存戦略から見れば至極当然の行動原理だと言えます。人間も動物の一種に過ぎません。他の生き物よりメリット・デメリットが多様化・複雑化しているだけで、この原理原則は変わらないのです。
したがって、部下を言葉で鼓舞したところで仕事を取り巻く環境が変わらなければ行動が根本的に変化することはないでしょう。これが部下を行動させるためにモチベーション信仰から脱却するべき理由です。
部下のモチベーションは環境が決める
あなたが部下のモチベーションが低いと感じるのであれば、仕事をすることによって生じるネガティブな結果、つまりデメリットが部下のモチベーションを低下させていることになります。一つ例を挙げて考えてみましょう。
会議で部下が積極的な意見を出してくれない、と悩んでいるとします。その原因は会議で意見を出すことにメリットが伴わない、あるいはデメリットが伴っていることにあると考えられます。
たとえば、意見を出してもすぐに上司に否定されるような環境では、積極的に意見を交わすことは難しくなるでしょう。意見を出すことと否定されるというデメリットが結びついてしまい、行動を消極的にさせてしまうからです。
また、意見を出した人間が担当責任者に任命されるような風潮になっている場合も、会議に対するモチベーションが低下する可能性があります。意見を出すことと業務の負担が重くなるというデメリットが結びつくからです。
モチベーションを上げるには行動に伴う結果をコントロールする
会議で自由闊達な意見を交わすためには、行動の結果をコントロールする必要があります。その際に考えるべき原理原則は至ってシンプルです。
・行動に伴うメリットを増大させる
・行動に伴うデメリットを軽減させる
この2点を意識して対策を取れば、自ずと部下のモチベーションは高まっていくでしょう。
行動のデメリットを軽減する
まずは、例に沿ってデメリットを減少させる方法を考えてみます。
・意見が否定される
・意見が採用されると担当者にされる
この2つが意見を出すモチベーションを低下させる理由になっているのであれば、決して意見を否定しないブレインストーミング方式を採用し、意見を出した者を必ずしも担当者に任命しないというルールを明示して会議に臨むようにしてみるのはいかがでしょうか。
もちろん、共有されたルールは必ず守られなければなりません。もし約束を違えば、さらに部下には「上司は約束を守らない」という経験だけが残り、再びルールを設定したとしても積極的に意見が出されることはなくなるでしょう。
行動のメリットを増やす
ここまでは行動に伴うデメリットを解消させるアプローチです。これに加えて、メリットを増大させるアプローチも取っておくとより効果的です。
たとえば、意見を最も多く出した人に手当を出す、というルールは効果的かもしれません。しかし、必ずしも物質的な報酬である必要はありません。部下が意見を出してくれたことに対して承認すれば良いのです。
「意見をありがとう」と感謝の意を述べても良いですし、「~ということだね?」と確認を取るだけでも構いません。あなたの意見をしっかりと受け止めましたよ、という意思表示が大切なのです。人は社会的な動物ですから、承認されるだけでも大きなメリットとなります。少なくとも部下が意見を出した後に「・・・他には?」などとぶっきらぼうに返すよりも余程意味があるでしょう。
メリット・デメリットは人によって異なる
モチベーションを上げたければ、行動に伴うメリットを増やしてデメリットを減らす。このアプローチは普遍的な行動原理に影響を与えるものです。したがって、会議の場面に限らずあらゆるシチュエーションに当てはめることができます。
しかし、問題となるのが人によってメリット・デメリットが異なるという点です。仕事で成果を出したインセンティブとして、金銭的な手当を望む人もいれば休暇を取得したい人もいるでしょう。担当の営業先を変えて欲しいという部下もいるかもしれません。先ほどの会議の例を挙げるなら、自分が出した案の担当者になりたい人もいればそうでない人もいるはずです。
ですから、上司がこれはメリットだろうと先入観でインセンティブを与えたとしてもそれが部下のモチベーションを下げる可能性もあるということを考慮に入れなければなりません。部下のモチベーションを上げたいのであれば、まずは彼らの振る舞いをつぶさに観察して、何を好み、何を嫌がるのかを分析することが大切なのです。
機能的アセスメントで部下の行動法則を知る
部下の行動分析の手法として参考になるのが、行動分析学で使用される「機能的アセスメント」です(2)。機能的アセスメントは、部下の行動がどのような状況や結果によって起こるのか、あるいは起こらないのかを調査・分析する手法です。
まずはターゲットとなる行動を設定する
機能的アセスメントでは、基本的に1つの行動に的を絞って分析を行います。その方が行動と環境の因果関係が明確になり、また調査・分析の負担も少なくなるからです。部下のモチベーションが低いな、と考えるきっかけとなった何らかの具体的な行動があると思います。
・会議で意見を出さない
・あいさつをしない、声が小さい
・営業回りでの会社訪問数が少ないetc・・・。
その中の1つをピックアップしてターゲットにしましょう。1つの行動の法則が掴めれば、他の行動に応用できるケースも少なくありません。
機能的アセスメントの3つの方法
機能的アセスメントによる行動の調査には以下の3つの方法があります。
・間接的アセスメント
ターゲットとなる人物についてよく知る人物にインタビューや質問、紙による調査を行い、ターゲット行動に関する情報を収集します。最も情報を得やすいのはターゲットの同僚でしょう。積極的あるいは消極的に仕事をしている時の状況や、普段交わしている会話などから当人の価値観を探ることができます。
・直接観察
ターゲットとなる行動を直接観察する方法です。観察する項目は「行動する時の状況」「行動の生起頻度」「行動の結果」の3つです。どのような状況でどのような結果が伴う時に行動力が高まるのかをチェックします。たとえば、特定の相手や取引先に対してだけあいさつをする、会議で特定のテーマの時にだけ積極的に意見を出している、特定の業務だけ生産性が高いことが分かれば、それらに伴う状況や結果を調べることで部下のモチベーションを上げるヒントになるでしょう。
単純な例でいえば、あいさつをした時に仕事について小言を言われたり、無視されたりする相手にはあいさつをしないかもしれませんが、元気に返事してくれる、あるいは笑顔で返事をしてくれる相手には積極的にあいさつをしているかもしれません(3)。
・実験的操作
意図的に環境を操作することで行動がどのように変化するのかを分析する手法です。たとえば、仕事を頼む時や報告を受ける時に通常どおりに接した場合と、普段とは異なる事柄を加えた場合で、その後の行動に差が出るかどうかをチェックするのです。例えば、簡単な報酬を付加する、感謝の意を述べる、アドバイスをする、普段行っている小言を控えるなどが考えられます。
これらの調査を経て、好ましい結果を得られたものについては積極的に取り入れていきましょう。目立った結果が出なければ、再度仮説を立てて分析に取り組みます。この繰り返しが部下の仕事に対する意欲を着実に高めていくことにつながるでしょう。
部下のふり見て我がふり直せ
人は環境に応じて、その人が過去の経験から学習した最適な行動を選択します。そして、会社という組織内においては、上司という存在は部下にとって大きなウェイトを占める環境要因となり得ます。したがって、部下のモチベーションが下がっているという状態は、上司であるあなたという環境によって最適化された結果、生じている可能性もあるのです。
「部下のモチベーションが高くない」と嘆く前に、あなたの行動が部下にネガティブな影響を与えていないか、その点を見直してみることが肝心ではないでしょうか。
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参照
[1]杉山尚子、島宗理、佐藤方哉、R.W.マロット、M.E.マロット著「行動分析学入門」1998年、産業図書
[2]レイモンド・G・ミルテンバーガー著「行動変容法入門」2006年、仁瓶社
[3]舞田竜宣著「行動分析学で社員のやる気を引き出す技術」2012年、日本経済新聞出版社