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M&Aにおいては企業価値の算定が必要不可欠です。正しい企業価値算定のためには、簿外に存在するリスクを正しく理解する必要があります。
しかし、偶発債務については正しい理解ができていない方もいるのではないでしょうか?
本記事では、M&Aをする上で無視できない偶発債務の基本と、具体的な対策方法までを徹底的に説明します。
- M&Aは偶発債務に注意!
- 仕訳の仕方もわかるようになる
- デューデリジェンスの実施は不可欠
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偶発債務とは何か?
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偶発債務とは、決算時点では債務として確定していないものの、将来その債務が発生する可能性があるものを指します。
もう少し具体的に説明すると、今後支払いが必要になる可能性がある、未払い労働賃金や損害賠償債務などが偶発債務に当たります。この際、債務が発生する可能性が高いものについては、一定の条件で引当金の計上が必要になるので注意が必要です。
偶発債務は発生時点では確定した債務ではないため、貸借対照表上に内容が記載されることはほぼありませんが、注記表には記述が必要になります。
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偶発債務の具体例
偶発債務の具体的な例として下記の4つが挙げられます。
- 債務保証
- 割引手形
- 裏書手形
- デリバティブ
それでは1つずつ解説していきます。
①債務保証
債務保証とは、信用力や担保が十分でない会社や個人が、銀行から借入をする際に、第三者がその支払い義務を担保することを指します。
例えば、A社がB社の借入に対して債務保証を引き受けている場合、B社が潰れてしまえばA社は借入の肩代わりをしなければなりません。債務保証を引き受けている会社は、こうした有事の際のリスクを抱えているため、偶発債務の発生リスクがあります。
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②割引手形
割引手形とは、期日が到来していない手形を銀行に割り引いてもらい、現預金に変える資金調達方法です。
万が一、割り引いた手形が不渡りになってしまった場合(手形の発行会社が倒産してしまった場合)、手形割引をした企業に対して支払いの履行が求められます。したがって、割引手形が決算期時点で残っている場合は、偶発債務があるといえます。
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③裏書手形
裏書手形とは、期日が到来していない受取手形を、取引先に支払手形として回すことです。この際、受け取った手形の裏側に、手形を譲り渡した旨を記載するため、裏書手形と呼ばれています。
万が一、裏書きで回した手形の振出人が倒産した場合は手形の不渡りとなり、裏書きをした企業が振出人に代わって支払いをする必要があります。これにより、裏書手形が決算期に残ってしまっている場合には、偶発債務があるといえるのです。
④デリバティブ
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金融派生商品と呼ばれるデリバティブ商品には様々なものがありますが、特に海外と貿易を行なっている企業は、為替デリバティブと呼ばれる商品を利用している可能性があります。
また、為替予約も為替デリバティブの一つです。為替予約を用いて相場を固定している場合、固定した価格と実勢の価格には差異があるため、損益が発生する可能性があります。
上場企業などでは時価評価を適宜行なっていますが、中小企業などでは正しく時価評価されていないケースもあるため、偶発債務となる可能性があることを覚えておきましょう。
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経営者
偶発債務と簿外債務は概念が非常に似ており、違いがわかりにくいため、わかりやすく簿外債務について解説します。
簿外債務とは?
簿外債務とは会計帳簿に記載する必要がないために、貸借対照表上に表れない債務のことを指します。したがって、「簿外債務の一部が偶発債務になる」という認識を持つと良いでしょう。
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簿外債務の種類
簿外債務には、退職給付引当金、賞与引当金、貸倒引当金などの各種引当金から、リース債務や、その他偶発債務などが含まれます。
偶発債務が発生する例が下記の7つです。
- 未払いの残業代
- 退職給付引当金
- 賞与引当金
- 貸倒引当金
- リース債務
- 売上割戻引当金
- 修繕引当金
それでは1つずつ解説していきます。
①未払いの残業代
経営者
中小企業における簿外債務のリスクとして非常に大きいものが、未払いの残業代です。
中小企業の場合は勤務管理体制が整っていないケースが散見されます。これにより、実は残業代がまだ社員に対して支払われていないことはよくあるのです。こうした企業を買収した場合、M&Aで経営者が変わった後に、従業員から未払い残業代を請求される可能性があります。
このような事態に陥らないためにも、経営者や管理職へのヒアリングを通じて、未払い残業代の有無を確認しなければなりません。
②退職給付引当金
退職給付引当金は、退職金を設定している企業が、従業員が退職するときのために引当てるものです。
本来であれば、貸借対照表上で負債として引き当てておくべくものになりますが、税務上損金にならないために、この計上を怠っている中小企業も存在します。これにより、退職金制度はあるのに引当金を積んでいない場合は、簿外債務として負債が隠れている可能性が高いです。
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③賞与引当金
賞与についても多くの企業で支払われていますが、引当金として積んでいない中小企業も存在します。その原因は、賞与のタイミングで費用計上していることです。こうした企業においても、簿外債務として賞与引当金が隠れている可能性を疑いましょう。
④貸倒引当金
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売上債権に対して、その一部を貸倒引当金として積んでいる企業もありますが、中小企業によっては積んでいないケースがあります。
また、貸倒引当金についても損金にできる金額が決まっているため、中小企業においては計上しないケースがあるのです。この場合、簿外債務として貸倒引当金が積み重なっている可能性がないか確認する必要があります。
⑤リース債務
ファイナンスリースにおけるリース債務も、貸借対照表上に負債として積み立てていないケースがあります。
リース債務には賃貸借処理と売買処理の2種類がありますが、賃貸借処理については貸借対照表上にリース債務が記載されません。決算書明細でリース会社の利用があるにもかかわらず、リース債務が計上されていない場合には、簿外債務の可能性を疑うとよいでしょう。
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⑥売上割戻引当金
相当な取引量がある取引先については、リベートとして売上割戻しをする契約を結んでいる場合もあります。こうした契約があるにもかかわらず、売上割戻引当金が積まれていない場合は、簿外債務があると考えるべきです。
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⑦修繕引当金
貸借対照表上に有形固定資産がある会社には、修繕引当金が簿外債務として隠れている可能性を疑ってみましょう。
特に、今期に建物の大規模な整備などを行った場合、修繕を翌期に持ち越すケースはよくあります。この際は、修繕引当金として貸借対照表上に記載されるべきですが、記載をしていない企業も存在するのです。
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経営者
簿外債務が発生するのは、「中小企業が税務会計を取っているケースが多いから」という点が一つの理由になります。税務会計とは、課税されるべき企業の所得を計算するために用いられる会計方式です。
国はなるべく企業から税金を取りたいため、発生が確実になっていない債務については損金として扱わないという姿勢を取っています。これにより、中小企業は簿外債務について詳細に確認するメリットがないため、簿外債務の取り扱いが後回しになっているケースが多いのです。
偶発債務が引当金として計上される条件
冒頭で解説した通り、偶発債務は基本的には引当金として計上されることはありません。しかし、下記の4条件で偶発債務は引当金として計上されます。
- 将来の特定の費用または損失であること
- 発生が今期以前の事象に起因すること
- 債務の発生確率が高いこと
- 引当金の金額が合理的に算出可能なこと
それでは1つずつ解説していきます。
①将来の特定の費用または損失であること
引当金の計上のためには、「将来発生する費用であること」が前提になります。また、その発生理由が明確になっていなければなりません。したがって、事業全体に係る一般的なリスクに対しては、引当金を計上できないということになります。
②発生が今期以前の事象に起因すること
債務の発生が決算期以前の事象に起因することが引当金の前提になります。これにより、翌期以降の売上に対して引当金の設定ができません。
③債務の発生確率が高いこと
債務の発生確率が高い場合、その債務は引当金として計上されます。発生確率が高いとは、今までの企業運営を照らした際に、同様の債務が発生したことがある場合を指します。
④引当金の金額が合理的に算出可能なこと
過去に似たような事案が発生したなど、合理的に費用や損失を算出することができなければ、引当金への計上はできません。
[参考:第7章 損金の額の計算┃国税庁]
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現物出資って何?会社設立と増資、M&Aにも利用される現物出資をわかりやすく解説実務的な仕訳処理について
中小企業の場合、債務保証などの偶発債務については仕訳をしていない場合が多いということは説明しましたが、実際に仕訳処理をする際はどのように行うのでしょうか?
それでは、実務的な仕訳処理を確認しましょう。
①債務保証を引き受けた場合
当社がA社の債務保証1,000,000円を引き受けた場合の仕訳を考えてみます。
債務保証は、A社が借入を返済ができなかった場合に、当社が負担しなければならない将来の負債となるため本来は仕訳が必要です。
債務保証を引き受けた際の仕訳は下記のようになります。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
保証債務見返 | 1,000,0000 | 保証債務 | 1,000,000 |
借方の保証債務見返とは、当社がA社の債務を肩代わりし、1,000,000円を支払った際、A社に対して支払いを請求できる権利のことです。
②保証債務が解除された場合
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
保証債務 | 1,000,000 | 保証債務見返 | 1,000,000 |
保証債務が解除された場合は、逆仕訳をして終了となります。
③保証していた債務が不履行になった場合
保証していた債務が不履行になった瞬間に、保証債務は偶発債務から確定債務に変わります。したがって、まずは偶発債務として切っていた仕訳の逆仕訳をします。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
保証債務 | 1,000,000 | 保証債務見返 | 1,000,000 |
逆仕訳をした後は、確定債務として仕訳をし直します。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
未収入金 | 1,000,000 | 当座預金 | 1,000,000 |
上記のように仕訳を切ります。
借方を未収入金として計上するのは、現在は一時的に債務を立て替えているだけであり、今後A社から債務の回収が見込まれるためです。
また、貸方を当座預金にしているのは、当社は保証債務を引き受けているため、すぐに返済を履行しなければならないからです。
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M&Aにおける偶発債務
M&Aを行う際は、対象の企業価値の算定が非常に大切になります。なぜなら、企業価値算定を誤ってしまえば、それだけ企業を高値で買収してしまうことになるからです。
企業価値算定でよく使われるコストアプローチ法で導き出される企業価値には、偶発債務が折り込まれていません。これにより、偶発債務の状況によっては、買収側が損をしてしまう可能性もあります。こうしたリスクを検証するのがデューデリジェンスです。
企業価値の算定方法は、以下の記事でも説明していますので、気になる方はご覧になってください。
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デューデリジェンス(Due Delligence)はM&A対象先の企業価値や資産、リスクを算定することです。
特に偶発債務はデューデリジェンスのなかでも非常に難しいテーマとして扱われています。偶発債務はリスクとしては存在しているものの、リスクの金額や確度を計測するのが難しく、貸借対照表上に出てこないからです。
偶発債務や簿外債務などを調べるためには、関連資料のつぶさな調査が必要になるため手間はかかりますが、その後の買収額引き下げ交渉などにも役立つので丁寧に行う必要があります。
デューデリジェンス実施時のポイント
デューデリジェンスを実施する際のポイントは下記の3点です。
- 関係者、当事者に対して質問をする
- 役員会議の議事録を確認する
- 債務者を確定させる
それでは1つずつ解説していきます。
①関係者、当事者に対して質問をする
デューデリジェンスを行う際は、必ず関係者に対してヒアリングを行うようにしましょう。書面には残っていないような貴重な情報や、重大な情報が手に入る可能性が高いためです。
②役員会議の議事録を確認する
役員会議の議事録を確認することで、偶発債務や簿外債務に気づける可能性が高まります。特にこうした議事録に記載されていることは重要な事項が多いため、必ず一度は目を通すようにしてください。
③債務者を確定させる
今後発生するであろう偶発債務の債務者を確定させておくことも大切です。
確定しておけば、今後偶発債務が発生した際、債務者に対して求償債権を請求できます。必ずしも、この際債務者に全てを返済できる資産があるとはいえませんが、できるだけリスクは減らしておくのが理想です。
デューデリジェンスで必要なスキル
デューデリジェンスにおいては、財務や法務の分野における専門性が必要です。
公認会計士や税理士によっても得意分野は異なるため、適切なスキルを持った専門家に依頼することが重要になります。一方で、専門家に丸投げにしてしまうのもおすすめできません。
今後M&Aにおけるリテラシーはますます重要になってくるため、専門家だけに全てを任せてしまうのではなく、経営者自身がある程度のリテラシーを身につけることの重要性が高まっています。
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事業譲渡も検討の視野に入れてみては?
偶発債務が発生するリスクは株式譲渡、会社譲渡を受ける際は必ず付き纏います。
一方で、M&Aのなかには、簿外債務や偶発債務を検討する必要のない手法もあります。それが、事業譲渡です。事業譲渡であれば会社の所有者は変わらず、選択した事業のみを譲り受けできるため、偶発債務のリスクは小さくなります。
このように、経営判断に合わせてM&Aの戦略を考えることが今後は必須になってくるでしょう。
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繰り返しにはなりますが、偶発債務や簿外債務はM&Aを検討する際の企業価値に、大きく関わってくる重要事項になります。
特にM&Aは、会社の事業戦略に関わる大きなイベントです。したがって、専門家に依頼するだけではなく、経営者自身の理解も必要になります。
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