新型コロナウイルス感染症の影響による業績悪化などが原因となって、採用予定者の内定取り消しを行う企業が増加しています。
法律上、使用者側が一方的に労働者を解雇することは厳しく制限されていることは、ご存じの方も多いでしょう。
これに対して内定取り消しについては、「まだ雇用関係には入っていない」というイメージから、解雇よりは緩やかに認められるのではないかという印象を抱きがちです。
ところが上記のイメージとは裏腹に、安易な内定取り消しを行うと、解雇とほぼ同等の基準によって違法と判断されてしまいます。
そのため、企業としては安易な内定取り消しは避けるべきです。
この記事では、内定取り消しに関する法的な注意点を、弁護士が労使双方の視点から解説します。
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目次
「内定」の法的性質について
法律上、内定取り消しの要件は、解雇の場合にかなり接近しています。
このことは、以下の「内定」の法的性質に由来しています。
内定の時点で労働契約は成立している
「内定」は、法的には「始期付解約権留保付労働契約」と解されています。
分解して考えると、
①将来のある時点から実際の雇用関係がスタートする(始期付)
②一定の場合には使用者側が解約権を行使できる(解約権留保付)
③労働契約
が「内定」ということになります。
注目すべきは、内定の時点ですでに労働契約が成立しているということです。
契約関係を解消するためには、原則として当事者双方の合意による必要があります。
したがって、使用者側が一方的に内定取り消しを行うことは、原則として認められないというのが出発点になります。
内定者の地位は「試用期間中の労働者と同じ」
そうはいっても、
「使用者側は「解約権を留保している」のだから、解約権を行使すれば内定取り消しは認められるのではないか」
と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、内定を受けた採用予定者は、他の企業への就職活動をストップしたり、他の企業から受けていたオファーを蹴ったりするのが通常です。
そのような状況にある採用予定者に対して、使用者側がいつでも一方的に内定取り消しを通告できるとすれば、労働者側にとってあまりにも酷です。
そこで、後でも解説する大日本印刷事件判決(最高裁昭和54年7月20日判決)では、採用内定者の地位を試用期間中の労働者を同じであると判示しました。
したがって、内定取り消しが認められるかどうかについては、試用期間中の労働者を解雇できるかどうかの基準に準じて判断されることになります。
内定取り消しが認められる場合とは
内定取り消しが認められるための基準を、もう少し内定取り消しのケースに即して考えてみましょう。
解雇権濫用法理が適用される
前述のとおり、採用内定者の地位は試用期間中の労働者と同じであると捉えられていますので、内定取り消しには「解雇権濫用法理」が適用されます。
解雇権濫用法理を定める労働契約法16条では、客観的に合理的な理由がなく、社会的相当性を欠く解雇は無効である旨を定めています。
したがって、内定取り消しが認められるかどうかは、採用内定者としての地位や、内定取り消しが行われた理由などの事情に鑑みて、客観的な合理性および社会的相当性があるかという観点から判断されます。
大日本印刷事件による内定取り消しの基準
前述の大日本印刷事件では、内定取り消しの理由が以下の2点を満たすことを要求しています。
①採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であること
②採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができること
上記のうち、②は解雇権濫用法理を言い直したものに過ぎませんが、注目すべきは①の点です。
使用者側は、書類選考や面接などを通じて、労働者側に関するあらゆる情報を可能な限り収集し、その結果をもとに内定を出すかどうかを判断することが期待されています。
言い換えれば、内定を出した時点で使用者側が知ることができた情報については、後出しで内定取り消しの理由として用いることはできないということになります。
大日本印刷事件では、採用内定者が「グルーミーな印象である」ことを理由として内定取り消しが行われました。
しかし使用者側にとっては、採用内定者が「グルーミーな印象である」ことは当初からわかっていて、内定を出す段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性を判断することが可能だったため、内定取り消しは違法無効であると判断されたのです。
内定取り消しを巡る使用者側の注意点
上記のとおり、安易な内定取り消しは無効になってしまいますので、使用者側としては、採用活動には特に慎重に取り組まなければなりません。
労務紛争への対応にはかなりの手間と費用がかかる
仮に採用内定者側から内定取り消しの無効を主張され、法的手続きに発展してしまった場合、使用者側としては多額の損害賠償義務を負ってしまう可能性があります。
またそれだけでなく、労務紛争への実際の対応に当たる従業員の人件費も無駄になりますし、外部弁護士を雇う場合にはその費用もかさんでしまいます。
このように、労務紛争が発生してしまうと、使用者側にとって重いコストが生じてしまうので、未然に内定取り消しに関するトラブルを防止することが大切です。
景気変動に耐性のある中長期的な採用計画を
内定取り消しを行うリスクの高さを考えると、使用者側としては、一度出した内定を取り消すことはできないというつもりで採用計画を立てるべきでしょう。
今回の新型コロナウイルスのように、突発的な景気変動をもたらす事象の発生は予測することができません。
そのため、数年間の中長期的なスパンで採用計画を立てて、各年における景気変動の動向を見ながら、計画の範囲内で採用人数を柔軟に調整できるようにしておくのがよいでしょう。
内定取り消しを受けた労働者側がとり得る対処法
労働者が会社から内定取り消しを受けた場合は、会社に対して以下の方法により内定取り消しの無効を主張しましょう。
一転内定が復活したり、そうでなくても金銭的解決を得られたりする可能性があります。
会社と解決金の支払いなどについて交渉をする
労働者としては、内定取り消しの無効を主張する、つまり会社に対して自分を予定どおり採用するように要求することが基本線となります。
しかし、会社の側の採用意欲が失われている状況では、そのまま就職してもうまく職場になじめないかもしれません。
そこで、会社との交渉の中では、一応内定取り消しの無効を主張しつつ、会社側から合理的な解決金の支払いを引き出すという方法が有力です。
解決金の相場は賃金の3か月分から1年分程度と幅がありますが、会社にとっても話し合いで妥結することのメリットは大きいため、ある程度高めの金額を要求してみてもよいでしょう。
労働審判・訴訟で内定取り消しの無効を主張する
会社との交渉がまとまらない場合は、法的措置に移行するほかありません。
法的措置の代表例としては訴訟が思い浮かぶでしょうが、労務紛争に関しては「労働審判」という選択肢もあります。
労働審判は、審理が原則として3回以内で終結する迅速な手続きで、証拠に関するルールも訴訟よりは緩やかです。
そのため、労働者が自力で手続きを進めたい場合には、まずは労働審判での解決を目指すとよいでしょう。
一方、会社と労働者の言い分があまりにも食い違っている場合には、最初から訴訟手続きへ移行する方がよいこともあります。
その場合は、弁護士に相談をして準備することをお勧めいたします。
まとめ
新型コロナウイルスの影響下で、内定取り消しが相次いでいますが、「他の企業もやっているから」という理由で安易に内定取り消しを行ってしまうと、企業は手痛いしっぺ返しを食らってしまいます。
使用者側としては、綿密かつ柔軟な採用計画を立てて、内定を巡るトラブルが発生しないように努めましょう。
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