日本でDXが進まない理由のひとつとしてよく挙げられているのが、AIなどを使いこなす「IT人材」の不足です。
実際、IT人材は将来的にはもっと不足していく、という経済産業省の試算もあります。
しかし、闇雲に「IT人材を確保したい」とだけ考えていても意味はありません。
自社にとって真に必要なIT人材を確保するには、それなりの準備が必要なのです。人数を揃えれば良いというわけではありません。
目次
IT人材不足は10年後には現在の2倍以上、争奪戦激しく
経済産業省の推計によると、IT人材の不足は2020年で36.9万人、10年後の2030年には78.9万人不足する見込みです[1]。
危機的状況とも言える現実を目の前にして、大企業でもIT人材の確保に特別の施策を実行するところが出てきています。
まず、ダイハツはAIを使って業務改善ができる「AI人材」の自社育成を始めました[2]。
例えば現場では、エンジンの測定試験中に発生する異常燃焼の音をAIに学ばせ、機械が異常を自動識別するシステムを作っています。熟練工でなければできなかった作業をAIで行うことで開発のスピードアップにつなげるといいます。
事務の現場ではコールセンターでの問い合わせ対応時に利用できるシステムを導入しています。
2020年12月から、全スタッフを対象にしてAI啓発研修を開始しています。
また、NTTグループではこのようなことがありました[3]。
30代の技術社員が、管理職になり現場を離れる将来に幻滅し、退職しようとしたときのことです。
しかし最先端の現場にいながら厚待遇も権限も得られる人事制度ができると慰留された。今は給与も3割増しの1千万円超だ。高度技術者だと認められれば、年収は最高で3千万円になる。 |
<引用:「IT人材、年収3000万円の衝撃」日本経済新聞 2019年11月5日>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51778760U9A101C1PE8000/
背景には、研究開発人材は35歳までに、3割がGAFAなどに引き抜かれてしまうということがありました。他に引けを取らない報酬体系が必要と考えたのです。IT人材の確保は、海外勢との争いでもあります。
日本企業のDX進捗状況
さて、一方で日本企業のDXの進捗状況を見てみましょう。
「2025年の崖」問題が指摘され、少しずつDXへの意識を高めた企業も多いようですが、日経BP総研の調査によると、その成果はこのようになっています(図1)。
図1 日本企業のDX推進状況
(出所:「日経BP総研、国内900社の『デジタル化実態調査』を発表」日経BP)
https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/newsrelease/corp/20191125/
6割の企業が「全く推進していない」と回答しているのは、厳しい結果と言わざるを得ません。
そして、推進している企業においては、その本気度と成果はこのようになっています(図2)。
図2:DXを推進する企業の本気度と成果
(出所:「日経BP総研、国内900社の『デジタル化実態調査』を発表」日経BP)
https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/newsrelease/corp/20191125/
DXを推進し、本気で取り組んでいるとする企業でも、4割が「まだ成果を上げていない」のです。
本気で、と言うからには人材確保にも走ったことと思われますが、なぜ成果を上げられないのか。
「IT人材」というものに対する認識を誤っている可能性があります。
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「IT人材」=「理系エンジニア」ではない
冒頭に紹介した経済産業省の推計を細かく見てみましょう(図1)。
図1:2030年のIT人材の需給
(出所:「AI人材育成の取組」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_ikusei/pdf/001_03_00.pdf p1
「IT人材」と一口に言っても、システムベンダーとして開発に携わるエンジニア、システムのユーザー企業内で情報システム部門に携わる人員のほかに、「IT利活用人材」というのが存在します。図の一番右側がそれにあたります。
エンジニアに限らず、ITの仕組みなどについてある程度のリテラシーを持ち、それを実際にマーケティングや商品開発に生かすことのできる人材も「IT人材」として不足しているのです。
上の図を見れば、そのような「IT利活用人材」のほうが将来不足していく人数が最も多くなっています。
実際、先端IT人材を抱える企業であっても、IT人材についてこのような課題を持っているのです(図2)。
図4 先端IT人材に求める「質」(出典:「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_s02_00.pdf p10
注目すべきは上から2つ目、3つ目の項目でしょう。
「その技術・サービスを用いた製品やサービスを具体化できる人材が不足している」
「その技術・サービスを用いた製品やサービスの販売を拡大できる人材が不足している」
結局のところ、自社の事業に理解がないエンジニアはいくら採用しても無駄なのです。顧客ニーズに合わない商品をいくら大量に安く生産しても無駄であるのと同じです。
「人材確保やハードウェアにコストをかけたのにDXの成果が上がらない」という企業の多くは、この状況に陥っている可能性が高いと言えるでしょう。
無駄に高スペックな機能を持つソフトが誕生したとしても、使い道がなければ意味はありません。まさに、「お金をドブに捨てる」行為なのです。
各種の「IT人材」が融合する必要性
もちろん、プログラミングができてソフト開発ができて、事業のことも理解してマーケティング能力にも長けている、そんな人材が最強ではあります。
しかし、そうそういるものではありません。
そこで必要になってくるのは、このような組織のあり方です(図3)。
図6:第四次産業革命の下で求められる人材
(出所:「AI人材育成について」経済産業省)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/koyou/dai5/siryou4.pdf p3
強いて分ければ左側は技術系人材、右側は営業などの事務系部門の人材、といったところでしょうか。
まず、大前提は、ITリテラシーの全体的な底上げです。いまだに「自分は文系だからシステムのことはよくわからない」と言っていてはだめなのです。逆も同じです。「自分はシステム屋だから営業のことはわからない」と言っていてはだめなのです。
「プログラミングまではできないけれど、どういう仕組みで動いているかはなんとなくわかるから、こんなこともできるんじゃないかと思っている」
「マーケティングのプロにはなれないかもしれないけど、自分の作るシステムがこういう風に利用されているならここを改善したい」
双方をこのレベルの意識に押し上げる必要があります。
そしてエンジニアはエンジニアで、最新技術を常に学び続けなければなりませんし、営業など事務職は事務職で、業界や経済事情といったトレンドを常に学び続けなければなりません。
しかし、適度なITリテラシーのもとで、両者が共通言語で会話できるようになる学習・土壌が必要なのです。
エンジニアの頭数だけがそろえば良いというのではなく、それを使ったビジネスを描けるディレクター的存在があってはじめてIT導入は機能するのです。
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欠かすことのできない、「明確なビジョン」
「DX」という言葉を押しつけられて、「これはなんだか良いらしい」という漠然とした考えでITを導入しても、まず上手くはいきません。
「この技術を使って何ができるか?」というのは本末転倒な考え方だからです。
正しいIT技術の導入方法はその逆であり、まず社内課題を洗い出して、「この業務を改善できるシステムはないか?」と探すのが本筋なのです。
なお、スティーブ・ジョブズとiPhoneについて、このような逸話があります。
ジョブズは常に「テキサスのおばさんでも簡単に使える機械」を目指していたそうです。彼は携帯電話からボタンをほとんどなくすために「タッチパネル」という方式を採用しました。「タッチパネルを発明したからアイフォーンを作った」のではないのです。消費者がどうしたら最も使いやすいかを考えて、タッチパネルを採用したのです。 |
<引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」角川書店 p41>
いかがでしょうか。順序が違うのです。
タッチパネルという便利なものがあるらしいからiPhoneが生まれたのではなく、iPhoneの思想を追求した先にタッチパネルが生まれたのです。
同様に、ITとやらを導入すると何か業務改善されるらしい、ではなく、このような課題を解決したいからこのようなITを導入したい、その思考順序でなければいくら人数を揃えてもDXの成果は上がりません。
AIやITでできることはどんどん増えています。しかし、まず自社の課題を明確に見極める、そして、従業員全体のITリテラシーを向上させる、この土壌ができあがってから初めてIT導入は効果を発揮するのです。
参照
[1]「AI人材育成の取組」経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_ikusei/pdf/001_03_00.pdf p1
[2]「ダイハツ、AI(人工知能)を活用し競争力を強化」ダイハツ工業
https://www.daihatsu.com/jp/news/2021/20210304-1.html
[3]「IT人材、年収3000万円の衝撃」日本経済新聞 2019年11月5日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51778760U9A101C1PE8000/