「デジタル改革はITと混乱させてはいけません」。
DXをテーマにしたイベントの中で、台湾政府のオードリー・タン氏はインタビューに対しこのように答え、自身がどのような取り組みをしているかを紹介しました。
オードリー氏の考える「DX」とはどのようなものでしょうか。デジタルとITの違いとは何でしょうか。
また、オードリー氏が語る「問題解決法」は、ビジネスシーンでも広く役に立ちそうです。
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目次
「IT」と「デジタル」の違い
2021年3月に開催された「Sansan Evolution Week」でインタビューに応じたオードリー氏は最初にこう切り出しました。
「よく日本のメディアでもこのお話をするのですが、わたしはIT大臣と呼ばれますけれども、違うんです。」
いきなりこう言われて、面食らった参加者も多かったことでしょう。
しかしその理由について、オードリー氏はこう続けました。
「ITというのは機械をつなげるもの、デジタルというのは人をつなげるもの、という大きな違いがあり、これが重要なポイントです。
特にデジタル改革というのは、このITと混乱させてはいけません。みなさんのお仕事は人に声を与え、声を持たなかった人に声を与えて参画を促し、一方的ではなく多方的な形で多くの人を巻き込むことです。」
デジタルとは何か、ということをたった一言で説明したのです。
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台湾政府の「人をつなぐ」DXと「リバースメンター」
「包括的な形で参加のビットレートを上げるというのがデジタル化の正しい道のり」。
そう語るオードリー氏は何をしているのでしょう。インタビューでその一部を語りました。組織作りの参考にもなるでしょう。
台湾では、投票権のない18歳未満の人でも、請願書を出すなどの形で政治参加できるデジタルプラットフォームを構築しています。
「宿題」でプラスチックストロー廃止の請願書を出した16歳の少女もいたということです。
こうしたプラットフォームが年配の人と社会問題を共有する場所になっていて、同じ問題意識を持てるようになる、つまり「つながる」のだと言います。
そして現在は10代のインターンシップを採用し、政府のウェブサービスに高齢者向けの機能をつける作業をしています。タッチパネルでの操作性向上や音声による指示などの利便性向上に、若い世代の知恵を借りているということです。
これにより受益者になるのは高齢者です。若い人の働きで高齢者の利便性を上げることで、「最近の若者は・・・」といった批判が軽減されているのだと言います。
デジタルを通じ、世代間を超えて人をつなげるという姿勢です。
そして目から鱗なのが、「リバースメンター」と呼ばれる制度です。
閣僚に若者の「メンター」をつけるというもので、20~30代の若者を閣僚のカウンセラーとして採用し、若い世代の声やデジタルについてアドバイスするという仕組みです。
メンターとして採用されるのはネット上でよく知られている人たちなのだそうです。
デジタルネイティブが閣僚にアドバイスをする、シンプルながらとても合理的で包括的な考え方です。
「DX」に対する誤解
さて、DXを導入・検討しているという企業は多いことでしょう。
電通デジタルの発表によると、2020年度の段階でDXに着手している企業は74%と、年々増加しています(図1)。
図1 DXの取り組み状況
(出所:電通デジタル「日本企業のデジタルトランスフォーメーション調査 2020 年版」)
https://www.dentsudigital.co.jp/release/DD2020049_1218.pdf
そして、一定の成果が出ているとする企業の成果内容はこのようなものです。
図2 領域別のDXの成果
(出所:電通デジタル「日本企業のデジタルトランスフォーメーション調査 2020 年版」)
https://www.dentsudigital.co.jp/release/DD2020049_1218.pdf
上位には全社戦略の策定・実行、ソリューションの導入などが挙がっていますが、イノベーションの醸成・推進、顧客体験向上、顧客への新しい価値提供などが下位に来ています。
しかし、これで良いのでしょうか。
経済産業省の「DXレポート」にある「DXの定義」とはこのようなものです。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること |
<引用:経済産業省「DXレポート」>
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf p3
「顧客エクスペリエンスの変革を図る」。
DXの本質はここにあります。
手作業をタブレットに変えたら、新しいシステムを導入したら業務効率が良くなった—
これは「DX」ではないのです。
DXレポートの真意は正しく伝わっていない、と経済産業省自身も「DXレポート2(中間とりまとめ)」の中で振り返っています。
先般のDXレポートによるメッセージは正しく伝わっておらず、「DX=レガシーシステム新」、あるいは、現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要である、等の本質ではない解釈が是となっていたとも言える。 |
<引用:経済産業省「DXレポート2 中間取りまとめ(概要)」>
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation_kasoku/pdf/20201228_2.pdf p3
オードリー氏の言うところの「IT化」で満足してしまっている企業が多いのです。
「デジタル・エクスペリエンス」という言葉になって浸透していればまた話は違ったかもしれませんが、「データの活用によって顧客体験を向上させよ」というのがDXの本筋です。
例えば顧客の購入履歴データを管理し、分析し、カスタマイズされた商品の提案をする、顧客の購入傾向を分析して新商品の開発に活用する、あるいは「売らない店」というのが新しいマーケティング手法として挙がりつつありますが、購入はネットですぐにできるが、商品に触れることができる場所でリアル体験も同時に満たしてもらう・・・
DXとはアイデアの数だけ存在するものであり、物理的に何かを刷新するという行為ではなく、各社が考えて行動するということでもあるのです。
その目標は、「顧客とつながる」ことです。
オードリー氏の発想を借りれば、企業と顧客がつながる体験、顧客と顧客がつながる体験です。
これらを通じて競争上優位に立てるブランドを構築してはじめてDXと呼べるのです。
「デジタル格差」の敗者にならないための処方箋
さらに経済産業省は、「DXレポート2(中間取りまとめ)」の中で、このような懸念を示しています。
一方、2020年に猛威を振るった新型コロナウイルスの影響により、企業は事業継続の危機にさらされた。企業がこの危機に対応するなかで、テレワークをはじめとした社内のITインフラや就業に関するルールを迅速かつ柔軟に変更して環境変化に対応できた企業と、対応できなかった企業の差が拡大している。押印、客先常駐、対面販売など、これまで疑問を持たなかった企業文化、商習慣、決済プロセス等の変革に踏み込むことができたか否かが、その分かれ目となっており、デジタル競争における勝者と敗者の明暗がさらに明確になっていくことになろう。 |
<引用:経済産業省「DXレポート2 中間取りまとめ(概要)」>
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation_kasoku/pdf/20201228_2.pdf p3
非常事態下でも「顧客とのつながり」「社員同士のつながり」をデジタルによって維持できたか?
これがひとつの指標になるということでもあります。
そのためには、企業文化という領域にまで踏み込む必要性があるというのです。
しかし、「企業文化」という部分になると、必ず「抵抗勢力」が現れることもあるでしょう。
オードリー氏は、新しいものを持ち込むにあたって生じる批判について、このようなソリューションを語りました。
「批判する人たちに意思決定のプロセスに参加してもらうという考え方があります。
実は批判する人たちは気にしているんですね。気にしていなければわざわざ批判なんてしません。私がいつもやるのは、デジタル大臣だったら何をされますか?と聞くんです。そうしたらいろんなアイデアが出てくるんです。」
「自分が寄与した結果だということになると政府が悪いという批判はなくなります。自分の考えが具現化するわけですから、政策になるわけですから、批判というのは建設的な批判になるわけです。」
DX関係者が集まるイベントで、
「みなさんのお仕事は人に声を与え、声を持たなかった人に声を与えて参画を促すこと」
と語ったオードリー氏。
モノをつなぐのではなく、人をつなぐ。企業と顧客、顧客と顧客、社員同士をつなぐ。
DXの本質はここにあるのです。
デジタルネイティブでもある若者をDXの「リバースメンター」とするのもまたひとつの方法でしょう。
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