2021/01/26

デジタル・マーケティング時代の成功事例 「カスタマー・ジャーニー」に見る企業の感動経営

スマホ時代にはスマホ時代のマーケティングがある。
そう解くのは、マーケティング理論の権威、フィリップ ・コトラー博士。
博士が提唱する「マーケティング4.0」の中核をなすコンセプト、それが「カスタマー・ジャーニー」です。

 

 「カスタマー・ジャー二―(Customer Journey)」とは

 

~「5つめのA」~

それは文字通り、「顧客の旅」。

まず、筆者が知らず知らずにカスタマー・ジャーニーを旅していたというお話から始めたいと思います。

そこそこ収入があった頃、某ハイブランドのバッグを買いました。
6、7年ほど前のことです。
ふらっと立ち寄ったショップでそのバッグに出会いました。
ロゴが悪目立ちせず、材質、質感、デザイン、色、大きさ、どれをとっても好みにぴったり。
高価でしたが、ボーナスのほとんどをつぎ込んでも惜しくはないと思うほど惚れ込んでしまいました。

実際、使い勝手も申し分なく、使えば使うほど味が出てくる。
思い切って買ってよかったと満足していました。

ところが、昨年の夏、突然、不具合が生じました。
持ち手の繋ぎ目に使われている塗料(コバ)がベタベタして、それが手にも洋服にも付着してしまい、洗っても落ちない・・・。

もともと高価なバッグです。
修理代も嵩むだろうと覚悟して、カスタマー・センターに電話しました。
氏名とショップ名からすぐに購入履歴の確認が取れ、指定された住所にバッグを送ると、翌日、電話がかかってきました。

「大変、申し訳ございません、不良品でございました。あいにく同じデザインのものは販売が終了しておりまして、ご足労をおかけいたしますが、お近くのショップでお好きなバッグと交換させていただきたいのですが・・・。お召し物はこちらで責任をもってクリーニングさせていただきます」

前のバッグの価格範囲内での交換でしたが、気に入ったのはそれよりずっと低価格のバッグでした。
正直、差額がもったいないとは思いましたが、どうしたものか、他のバッグには心が動きません。
少し迷った末、その小ぶりのバッグに決めました。

驚いたのは、その後です。

「では、差額を返金させていただきます」
「えっ? 今、何とおっしゃいました?」

ちょうどその頃、愛用していたパソコンが寿命を迎えたのですが、新しいパソコン代とその差額はほぼ同額。

こんなことってあるんだ!

興奮冷めやらぬまま、筆者はそのエピソードを家族に話し、友だちに語り、気のおけない仲間で作っているLINEグループにも流しました。
「ねえねえ、ちょっと聞いてよ~!」と。

“インスタグラム ストーリー”にも投稿しました。
「ほらほら、見てちょうだい!」と。

それが、カスタマー・ジャーニーの「5つめのA」であることを知ったのは、その少し後のことです。

 

~4Aから5Aへ~

コトラー博士らが著した『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』 *1 は、デジタル・マーケティングの方向性を示しています。
それは、伝統的なマーケティングとは決定的に異なる側面をもちますが、両者が断絶しているというわけではありません。

マーケティングの中核をなすコンセプト「カスタマー・ジャーニー」とは、言葉のとおり、顧客の旅。
製品サービスを巡って顧客が踏んでいくステップ、プロセスを旅に喩えたものです。

デジタル・マーケティング以前にもカスタマー・ジャーニーというコンセプトはありましたが、デジタル・マーケティングとそれ以前のマーケティングでは、そのフレームワークが決定的に異なります。

まず、従来のマーケティングにおけるフレームワーク「4A」をみてみましょう(図1)。


図1 「マーティング4.0」以前のカスタマー・ジャーニーのフレームワーク「4A」
参考:[1] フィリップ ・コトラー+ヘルマワン・カルタジャヤ+イワン・セティアワン 著 恩藏直人 監訳 藤井清美 訳(2017)『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』 図5-1を参考にして筆者作成

4Aは図1のように、ブランドを知る段階から始まって、好きか嫌いか態度を決め、買うかどうかを決め、買った後に再度購入するかどうかを決めるという、4段階のプロセスを想定したものです。

その選択はすべて個人によるものですが、顧客の意思決定に最大の影響を与えるのは、企業の「タッチポイント」―ブランドと顧客の接点です。

たとえば、最初の「認知」の段階でのテレビ広告、「行動」段階でのセールスパーソン、「再行動」段階のサービス・センターというふうに。
したがって、これらのタッチポイントは、すべて企業のコントロールの及ぶ範囲内です。

この4段階のプロセスでは、左から右へと段階を踏むごとに、プロセスを通り抜ける顧客数は減少していきます。
それは、視点を変えれば、プロセスで検討されるブランドの数も、プロセスが進むにつれて減少していくことになります。

もうひとつの特徴は、マーケターは「行動」(購買)後の顧客の行動を追跡して、顧客維持率を測定しようとすることです。
つまり、最後のプロセス「再行動」(再購入)が顧客ロイヤルティを測る基準になっているのです。

次にデジタル・マーケティングのカスタマー・ジャーニーをみてみましょう(図2)。


図2 「マーティング4.0」におけるカスタマー・ジャーニーのフレームワーク「5A」
参考:[1]フィリップ ・コトラー+ヘルマワン・カルタジャヤ+イワン・セティアワン 著 恩藏直人 監訳 藤井清美 訳(2017)『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』 図5-1を参考にして筆者作成

図中の5つのAのうち、最初の「認知(知っている)」から、「訴求(大好きだ)」、「調査(いいものと確信している)」を経て、4つ目の「行動(購入するつもりだ)」まで、つまり製品を知ってから購買するところまでがいわゆるセールス・サイクル。
ここまでは先ほどみた伝統的なマーケティングとほぼ共通しています。

一方、デジタル・マーケティングでは、4つ目の「行動(購買)」の先の「5つ目のA」・「推奨(推奨するつもりだ)」に至るまで顧客をいざない、顧客を推奨者にすることが重要視されます。

ここで、筆者のエピソードを思い浮かべた読者がいらっしゃるかもしれません。
そう、あのエピソードの最後の部分―ブランドの期待以上の対応に感激して、その体験を周囲の人々に語ったり、SNSで発信したり、という行為が「5つ目のA」・「推奨」にあたります。

なぜ、それが重要な意味をもつのでしょうか。

 

 カスタマー・ジャーニーの最終目標

 

デジタル・マーケティングではなぜ「5つ目のA」・「推奨」が大切なのか。
そこには、4A時代にはなかった、デジタル・エコノミーの特徴が反映されています。

 

~スマホの普及とSNSの利用~

スマホなどのモバイル端末の普及によって、社会のコミュニティは大きく変化しました。
SNSの利用者が増え、ソーシャル・メディア・コミュニティーが驚異的に拡大しています。
以前の口コミでは、情報が伝わる範囲は、家族や友人、知人、隣人程度だったと考えていいでしょう。
一方、現在は、SNSによって、発信者が把握しきれないくらい広範に情報が行き渡ります。
このことによって、「推奨」の力がこれまでとは比べものにならないほど増幅されているのです。

ここで、モバイル端末の普及率をみてみましょう(図3)。


図3 日本における個人のモバイル端末保有率
出典:[2-1]総務省(2020)「令和2年 情報通信白書」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd252110.html

モバイル端末全体の普及率は80%を超え、そのうち、スマホの保有率は67.6%に上ります。

では、SNSの利用者はどのくらいいるのでしょうか(図4)。


図4 日本におけるSNS利用者数とSNS利用率
出典:[3] ICT総研(2020)「2020年度 SNS利用動向に関する調査」
https://ictr.co.jp/report/20200729.html

SNS利用者は2020年末に8,000万人弱、インターネット利用人口に対するSNS利用者の割合は80.3%と見込まれています。
ちなみに、2019年、個人のインターネット利用率は89.8%でしたが、インターネット利用端末は、スマホが63.3%、タブレットが23.2%で、合わせて86.5%に上ります [2-2]。

 

~「推奨」の増幅がカギ~

このように、タブレット端末が普及し、SNS利用者も多い状況では、「口コミ」は以前とは比べものにならないくらいの広がりをみせます。

筆者も LINE、Twitter、Facebook、Instagramを利用していますが、それぞれのタイムラインにはさまざまな製品の写真、その製品に関するコメントや質問がひっきりなしに流れてきます。

「これ、買ったよ」
「○○でセール中。〇〇がおすすめです」
「〇〇がついに発売になるらしい」
「新製品を買ってみたんだけど・・・」
「これを買って大成功だった」
「〇〇は要らない。〇〇で十分」
「○○と〇〇とでは迷うな、どうしよう」
「どなたか、〇〇はどこのメーカーがいいか教えていただけませんか」

このように、顧客はSNSによって互いに積極的につながり、推奨し合い、質問し合う関係をもっています。
それは、4A時代のタッチポイントとは全く異なる方向性です。
現在の顧客は、企業主導の広告でもセールスでもなく、仲間同士の情報交換をより信頼し、求めているのです。

4A時代には、顧客個人がブランドに対する態度を自分で決めていました。
でも、現在では、ブランドに対する評価や態度には、顧客をとりまくこうしたコミュニティが強く影響しています。
一見、個人的に思える多くの決定が、実はコミュニティの決定なのです。
したがって、新しいカスタマー・ジャーニーでは、こうした「推奨」の増大を考慮しなければなりません。

ただ、ここで注意しなければならないのは、顧客同士の強いつながりが、ある種のバイアスを産む可能性があるということです。
そのバイアスによって、ブランド本来のアピール力が強化されたり、希薄化されたりすることもあります。

もうひとつの注意点は、顧客ロイヤルティの変化です。
先ほどみたように、4A時代は、顧客維持率や再購入率がその基準になっていました。
でも、デジタル時代の現在では、顧客ロイヤルティとは「推奨」であると定義できます。
顧客は再購入しなくても、そのブランドに満足していれば、進んで推奨するからです。

このように、最終段階である「推奨」こそが、デジタル・マーケティングと従来のマーケティングを区別する要素であり、この「推奨」へと顧客をいざなうことが、カスタマー・ジャーニーの最終目標なのです。

マーケターはこうした現在の状況を理解し、顧客を推奨者にするために、顧客エンゲージメント―顧客との関係性を構築し強化する活動をすることが重要です。

 

 顧客とのエンゲージメントを強化するために

 

では、顧客を「推奨」にまで進めるためには、どのようにしてエンゲージメントを強化すればいいのでしょうか。
最後にそのことについて考えてみたいと思います。

ここで、もう一度、筆者のエピソードを思い出してください。
筆者は、愛用していたバッグに不具合が生じたとき、購入時から時間が経っていたため、高い修理代の負担を覚悟していました。
ところが、ブランドは素早く対応し、新しいバッグとの交換を提案しました。
さらに、不具合によって汚れた衣服のクリーニングも引き受けてくれました。
しかも、使い古したバッグの購入代金と、交換したバッグの価格との差額をキャッシュで返金!

全く予想も期待もしていない対応でした。
それだけに、筆者はそれに驚き、感激しました。
そして、それを周りに伝え、SNSに投稿し、推奨しました。
ここから導き出されるのは、期待以上のものを得たときに、顧客は推奨者になるということです。

コトラー博士は、顧客の「ワオ(すごい!)」を産み出すこと、その「ワオ要素」が最終的に顧客を推奨に進ませるものであると言います。

成功する企業やブランドは、「ワオ!」を意図的に作り出し、顧客を「推奨」へと建設的に導き、創造的なエンゲージメントを実現します。

スマホ時代にはスマホ時代のマーケティングがある。
「ワオ」をどうやって産み出すか、それこそがマーケターの腕の見せどころです。

参照
[1]フィリップ ・コトラー+ヘルマワン・カルタジャヤ+イワン・セティアワン 著 恩藏直人 監訳 藤井清
美 訳(2017)『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』 朝日新聞出版(電子書籍版)
[2-1]総務省(2020)「令和2年 情報通信白書」>第2部 基本データと政策動向>1 インターネットの利用動向>(1)情報通信機器の保有状況
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd252110.html
[2-2]総務省(2020)「令和2年 情報通信白書」>第2部 基本データと政策動向 インターネットの利用動向>(2)インターネットの利用状況
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd252120.html
[3]ICT総研(2020)「2020年度 SNS利用動向に関する調査」
https://ictr.co.jp/report/20200729.html

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