近年では、さまざまな形で「ハラスメント」が強調され、以前ならば黙認されていた行為の中には、社会的に許されなくなってきているものも増えています。
職場における「パワハラ」行為もそのひとつでしょう。
一昔前であれば、上意下達のピラミッド的な組織構造が悪い方向に働き、立場が下の人間に我慢を強いることが黙認されていた側面がありました。
しかし現代では、こうしたパワハラ行為が横行する企業は時代遅れとみなされても仕方ありません。
従業員にとって魅力的な企業であり続けるため、マネジメントとしては、職場におけるパワハラの撲滅に取り組む必要があります。
2020年6月1日から施行されたいわゆる「パワハラ防止法」により、事業主がパワハラ撲滅に関して行うべき取り組みが定められています。
この記事では、弁護士である筆者が、パワハラ防止法および厚生労働省のガイドラインの内容を踏まえて、企業が取り組むべきパワハラ対策について解説します。
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目次
企業にとってのパワハラの弊害とは?
職場においてパワハラ行為が発生すると、実際にパワハラの被害を受けた従業員はもちろんのこと、企業にとっても以下のような重大なデメリットが生じてしまいます。
従業員の離職を招いてしまう
パワハラの被害に遭った従業員は、その後職場に居づらくなり、退職してしまうリスクが高まるでしょう。
さらに、パワハラが横行する職場であることに嫌気がさした他の従業員まで、連鎖的に退職してしまうリスクもあります。
労働局・労働基準監督署への内部リークが行われる可能性がある
職場でパワハラが行われている状態が見逃されていると、被害者やその同僚によって、労働局や労働基準監督署に対する内部リークが行われる可能性があります。
労働局や労働基準監督署による調査や指導が行われれば、企業としてはそれに対応しなければなりませんので、社内リソースの浪費に繋がります。
また、労働局や労働基準監督署による調査や指導が行われたことがニュースになれば、企業の労働環境に関する悪評が広まってしまい、新卒の採用などに影響が出てしまうかもしれません。
従業員によりSNSなどでパワハラの事実が拡散される
従業員がSNS上の個人アカウントから、職場におけるパワハラの事実を投稿してしまう可能性もあります。
こうした類の投稿は大きく拡散されるケースもしばしばですので、企業にとっては重大なイメージの低下に繋がりかねません。
拡散を行った従業員に対する懲戒処分などを検討することはできますが、一度拡散してしまった情報を引っ込めることはできないので、企業としてはこうした事態を未然に防ぐ必要があるでしょう。
パワハラ防止法が想定するパワハラ6パターン
パワハラについては、2020年6月1日からいわゆる「パワハラ防止法」が施行されました。
パワハラ防止法とは、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(通称:労働施策総合推進法)
の30条の2から30条の8の規定を指します。
このパワハラ防止法に関連して、厚生労働省は以下の6つの代表的なパワハラの類型を提示し、企業に対して防止の取り組みを求めています。
(参考:「改正労働施策総合推進法等の施行によるハラスメント防止対策の強化について」https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000595790.pdf)
身体的な攻撃
殴る・蹴る・物を投げつけるなど、物理的に従業員の身体に対して攻撃を加えることをいいます。
パワハラに当たるだけでなく、刑法上の傷害罪や暴行罪に該当する可能性もあります。
精神的な攻撃
人格を否定する・必要以上に長時間の叱責を行う・他の同僚が見ているところで罵倒するなど、従業員に対して不必要に精神的なプレッシャーを与えることをいいます。
程度が酷いケースでは、刑法上の脅迫罪・名誉毀損罪・侮辱罪に該当する可能性もあります。
人間関係からの切り離し
気に入らない従業員に対して、別室勤務や自宅研修を命じて他の同僚から遠ざけたり、集団で無視して職場で孤立させたりすることをいいます。
過大な要求
明らかに不必要な作業を命じたり、従業員の能力に比べて過酷すぎる目標を課し、達成できなかったことを厳しく叱責したりすることをいいます。
過小な要求
従業員の能力に比べて程度が低すぎる業務を行わせる、あるいは全く仕事を与えないなど、閑職に追いやることをいいます。
個の侵害
従業員を職場外でも継続的に監視したり、従業員のプライベートな事項を承諾なく他の同僚に暴露したりして、従業員のプライバシーを侵害することをいいます。
パワハラは上司から部下に対するものとは限らない
パワハラといえば、「上司から部下に対して行われるもの」というイメージをお持ちの方が多いかと思います。
典型的にはたしかにそのとおりですが、パワハラには別のパターンもあることに注意が必要です。
パワハラの定義上、「職場における優越的な関係を背景としている」ことが要件とされています。
上司・部下という上下関係は「優越的な関係」の典型例ですが、他にも以下のようなケースが考えられます。
専門性の高い従業員からそうでない従業員に対する言動
ある従業員が特定の技能に特化した専門性を持っている場合、他の同僚がその従業員に対して質問をするケースもあるでしょう。
この場合、「専門性の高い従業員とそうでない従業員」という関係は、上記の「優越的な関係」に該当します。
そのため、専門性の高い従業員が情報の見返りに不当な要求をしたり、「こんなこともわからないのか」などと威圧したりする行為は、パワハラに該当する可能性があります。
複数の従業員から一人の従業員に対する言動
複数の従業員が、集団で一人の従業員に対して言動を浴びせる場合、言われる側にとっては大きな同調圧力と精神的プレッシャーがかかります。
このようなケースでは、「集団vs一人」という関係が、上記の「優越的な関係」に該当します。
企業としては、こうした従業員に対する「いじめ」のような状況が発生しないように、しっかりと目を光らせておくことが重要です。
企業に求められるパワハラ対策とは?
パワハラ防止法では、企業に対して以下のパワハラ対策を求めています。
パワハラ防止方針を定めて従業員に周知・啓発する
パワハラに関して従業員の意識改革をするため、企業はパワハラ防止に関する方針を明確化したうえで、社員研修や広報などを通じて従業員に周知・啓発をしなければなりません。
その際、上記のパワハラ6類型を念頭に置いたケーススタディなどを用いて、従業員がパワハラに対する具体的なイメージを持てるように工夫すると良いでしょう。
従業員向けにパワハラ相談窓口を設置する
パワハラ問題を最小限の段階で食い止めるために、従業員向けにパワハラ相談窓口を設置することが求められています。
従業員が相談しやすくなるように、パワハラ相談窓口の担当者は、できるだけ各部署との間に利害関係が少ない中立の従業員に任せるのが良いでしょう。
小規模な企業ではなかなか独立した窓口を設けることが難しいかもしれません。
その場合は、社長などのマネジメントが直接パワハラに関する情報を吸い上げられるように、ホットラインを設けて従業員に周知しておくことも有効です。
実際に起こったパワハラに対して迅速に対応する
パワハラが実際に発生してしまった場合、企業は事実関係を速やかに把握したうえで、迅速に対応する必要があります。
被害者に対する配慮の措置を講ずべきことはもちろん、パワハラの再発防止に向けた措置についても適正に講じなければなりません。
こうしたケースでは、マネジメントが積極的に問題解決に関与したうえで、パワハラ撲滅に関するメッセージを全社的に発信することも有効になるでしょう。
まとめ
企業にとってパワハラ対策は、わかりやすく売り上げなどの利益に繋がるわけではありません。
しかし、長い目で見た企業価値という観点からは、後々重大なインパクトを持つ可能性が高いといえます。
健全な企業経営を実現するため、マネジメントが職場の環境に細やかな気を配ることが、長期的な企業価値の向上に資するといえるのではないでしょうか。
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